68話 あなたは妄言を信じますか?ー………
「それじゃあネイファくん、話とやらを聞かせてもらおうじゃないか」
男は、既に高齢者と呼ばれる部類に属している人間とは思えない流麗さで歩を進め、少女………もとい少年の前へと詰め寄った。その和装に描かれた海景色のごとく冷たい眼光には感情が微塵も感じられず、刀の柄にゆらりとかけられた手ですら、今にも少年を切り裂かんとしているかにすら見え………
だが、少年は臆さない。
ただそれが当たり前であるかのようにして、先ほど座っていた豪奢な椅子の上で小さく身じろぎし、ようやく重たい口を開いた。
「流石………とでもいうべきか?『星狩の末裔』。お前は既に六十は超えているはずだが………」
「………できるだけ早く本題に入ってほしいね。正直、彼のいない空間で君たちと平和的に相対するのは骨が折れるんだ」
「………それじゃあ、単刀直入に言わせてもらおう。『俺たちじゃない』」
「………………まぁ、そんな気はしていたが」
男は常人ならその場にいるだけで総毛立つほどの殺気をさっぱり納め、先ほどまでの柔らかい雰囲気に戻した。少年がクハッと小さく笑う。
「いやぁ、まさかこの一言を言うのに十年かかるとは思いもしなかったぜ。お前がああも俺たちを避けなきゃもっと早く伝えられたのに………」
「よく考えてみたまえ、あの状況だぞ?君たち以外にぱっと思いつく犯人らしき人物がいなかったんだよ」
「………まぁ、普段からあんだけやってればそう思われるのも無理ねぇか」
思い当たる節があったのか、少年は苦笑いしながらつぶやいた。
「だが、すまなかった」
男が頭を下げる。
「いいって、気にすんなよ!それより、ここからが本題だ」
「………というと?」
一瞬の沈黙の後、少年が口を開く。
「突然だがよぉ………『敵討ち』、したくねぇか?」
◇
その頃。
残してきた二人がそんな意味深な会話をしているとも知らず………
「魔女様!ソルス様の口癖は!?お好きな食べ物などもよろしければ………」
「まてよ、俺が先だ!なぁ魔女さん!文献にはソルス様の御姿は橙髪赤目のそれはもう見眼麗しいものだと記されていたが実際のところどうだったんだ!?」
「そんなもの世界一美しいと決まっているんだからどうだっていいだろ!?魔女様、ソルス様の魔力の波動を再現していただけないだろうか!実は私は魔力フェチでな………」
「魔女様、ソルス様の………」
「ソルス様の………」
「ソルス様は………」
………その全様を白で統一し、先の部屋と同じく天井のステンドグラスから差し込む光で美しく照らされ、得も言われぬ神聖さを演出していた大講堂は、変態達の手によって地獄と化していた。
「あぁ、あの、えっと………べ、ベレトさぁぁぁぁぁん!!!!!」
信者たちのあまりの剣幕に怯えた俺は知らずの内にウサギに欲情する生粋のド変態に助けを求めてしまっていた。
「皆さん、落ち着いて!落ち着いてくださぶふぉッ!?!?」
「ベレトさぁぁぁぁぁん!?!?!?!?」
押し寄せる人の波に呑まれ、今一人の変態がその命を散らした。アーメン………
「畜生、これじゃ収集がつかねぇ!『テレポート』!」
魔方陣の展開とともに魔力が俺の体を運ぼうと………
「そうはさせるかぁ!『却下』ぁぁぁ!!!」
群衆のうちの一人が叫んだ途端、ひゅんひゅんと音を立てながら俺を包んでいた光がほどけた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!もうおしまいだぁぁぁぁぁ!!!!!!」
そして、俺もベレトの如く人の大波に飲み込まれ………
そうになった瞬間、大講堂の扉が勢いよく開かれた。
「おいてめぇら!俺の愛しのリンに何してやがる!!!羨ましいから俺も混ぜろ!じゃなくてその手をどけろ!!!」
鼻血出てますよ。
と突っ込みたいのも山々だったが、作ってくれた一瞬の隙を無駄にするわけにもいかない。
「『テレポート』!!!!!」
今度こそ妨害も入らず魔法が発動し、扉の前で鼻血を垂らしながら仁王立ちしているネイファと苦笑いしているシロウの下へと脱出することに成功した。
「よう、破創の魔女。大丈夫か………」
「ネイファああああああ!!!!!」
「うおおぁぉおおおぉぉおおお!?!?!?!?!?」
俺は垂らした鼻血を拭おうともせずに俺の安否を気にかけてくれるネイファ、もとい命の恩人に抱き着いた。
「怖かった!怖かったよおおうおおお!!!」
「え、え、あ、あの………」
「あ゛り゛がと゛ぉぉぉぉ!!!!」
「お、おう………」
「スズキくん、感謝するのはその辺にしておいてあげてくれ………彼の鼻血が………」
と、シロウさんにたしなめられ、ようやく自分が抱き着いているのが変態だったことを思い出す。恐る恐る抱きしめていた両手を離すと………
「ああ、かいちょおおおおお!!!!!」
地面に鼻血で血だまりを作り気絶するネイファの姿があった。
◇
「いやぁ、すまねえ。リンには迷惑かけたな!」
楽しそうに笑うネイファ。短く切りそろえられた赤髪が海風に煽られ揺れる。
あの後、なんやかんやで信者の皆さんの質問にもしっかり答え、何ならお土産にトイレットペーパーももらった。………この紙、変なもん入ってないだろうな。
「全くだよ………コミュ障相手によってたかってさ………」
「あいつらには俺から強く言っとくから!ああ、それと………実は俺たち、結界村に移住することにしたから」
「へー、大規模な引っ越しって訳か。そりゃい………」
ん?
「ごめん、今なんて?」
「いや、だから俺たち結界村に引っ越すから。教団員全員で」
「な、なにゆえ………?」
「いやーだってさ、よく考えたら俺たちが信仰してる神が実在するんだぜ?ならその神のもとにお仕えするのが普通だろ?」
そうか?
いや、だってそれって………
「ちょっと待て、いろいろと問題があるだろ!?そもそも結界村はソルスのせいで五百年も外界から断絶されてたんだぜ?そんな神を信仰する集団を快く受け入れてくれるかよ?」
「いや、だってソルス様がいるんだろ?それで何も起きてないなら大丈夫じゃないのか?」
それはさあほら、あいつが何言っても信じてもらえないわけで。俺としても毎日この変態達の相手をするのは流石に無理だ。そもそもソルスはこいつらの異常性を知らないようだったし、ソルスにすら邪険に扱われかねない。
「まあそこはさ、要相談ってことでいいんじゃないか?俺が帰ったら皆に説明しといてやるからさ。何なら今から共鳴石で………」
あ。
そういえば、あいつらと連絡を取るのを忘れていたな。というか今の今まで共鳴石の存在すら忘れていた。急にいなくなったし、あいつら怒ってるだろうな……再会が怖くなってきた。
「確かに急にこの人数が来ても受け入れは難しいかもしれねえしな。そんじゃ橋渡しは頼むぜ」
「おう、ダメ元でやってみるけどダメでも文句言うなよ!?」
「分かってるって!それじゃあな、リン!シロウ!またいつでも遊びに来いよ!」
「できればもう来たくないけどね………」
心の中でシロウさんに激しい同意を示しつつ、小さくなっていく太陽教徒の皆さんに手を振り返した。
こうしてまた、夏の一日が過ぎていく。
俺たちは沈む夕焼けを追うように帰路についた。
◇
「よし、箸もあるね?」
「はい!」
「それじゃあ、手を合わせて………いただきます」
「いただきます!」
まるでしゃべれるようになったばかりの幼児と祖父のような茶番を繰り広げつつ、今晩もとにかくおいしそうなシロウさんと俺の料理に箸を伸ばしていた。
「うまい!うまい!うまい!やっぱすごいですよシロウさん!なんでこんなに美味いんですか!?」
あまりの美味さに興奮しつつ尋ねる。ちなみにこの質問、これで三回目である。
「スズキくん、それ聞かれるの四回目な気がするんだけど………」
四回目だったらしい。
「正直、何か気を使ってるわけではないんだよね………今まで自分の料理しか食べたことがなかったし、私にとってはむしろスズキくんの作るご飯のほうがよっぽどおいしく感じるよ。なんというか、こう………仲間と一緒に食べる味だ」
「あー、確かに。メリルに教わったのもあるけど基本は自己流だし、今は仲間に食べてもらうのがうれしくて作ってますから、そういうのが出てるのかもですねぇ」
にしてもうまい。箸が止まらない。シロウさんにも教わってさらに進歩した俺の料理も中々のものだが、やはりオリジナルには敵わない。
「………スズキくん」
「ふぁい?ろうひたんれふか?」
「あー、食べてからでいいよ。よく噛むんだよ」
「ふぁーい」
噛めば噛むほどあふれ出る旨味を堪能しながら、咀嚼し終えた食べ物たちを一気に嚥下する。一瞬のどが詰まりそうになるが、無駄に高いステータスを駆使すれば常人には到底なしえない謎の動きで飲み干すことが可能だ。
口内のものを飲み干したのを見てシロウさんが口を開く。
「突然な話だが………今から話す内容は、かなり不可思議な内容だ。だが、実際に起きた事だと前置きしておくよ」
今までこの世界でかなり変な体験をし続けた俺に何をいまさら………それに既にあの変態達を見てしまったのだ、たいていのことには驚かない自信がある。
「この島、このアーチェ島だが………ほんの十年前まで、この島は今の二倍以上の面積を誇り、もっと多くの太陽教徒が暮らしていたと言ったら、信じられるかい?」
………………ん?
更新遅くてすみません………それとブクマ一件いただきました!ありがとうございます!




