64話 日出づる島の少女
目を覚ました時、世界は漆黒に包まれていた。一寸先も見通せぬ闇の中、瞼の感覚のみで目を開いたことを知覚し、手に触れる感触のみで自分が草原の上に横たわっていることに気づいた。草原と言っても、この闇の中で生き抜ける植物などあるはずもなく、そのすべてが枯草らしかった。
何も見えない。地面の土を一握り掴み、眼前まで持ってきてもその形を欠片も読み取ることはできなかった。………当たり前か、ここに光源と呼べるようなものは何一つないのだから。
何も聞こえない。気圧は安定しているようで、風の音もしない。ただ、私の心臓の鼓動のみが静寂に抗っていた。
誰もいない。誰も。私はこの場に、いや、この世界に存在する唯一の生命だと思えるほどに、命の脈動を感じられなかった。
「く………らい」
暗い。
「こわ………い」
怖い。
「悲しい………」
悲しい。
「寂しいよ………」
寂しい。
「嫌だ………」
嫌な感情ばかりがあふれだす。暗闇は、人間の負の面を引き出す原初の恐怖だ。たった一つの明かりすらないこの常闇の中、私は恐怖と対峙していた。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ………………」
暗い、怖い、悲しい、寂しい………
不安で不安でたまらない。怖くて怖くてたまらない。嫌で嫌でたまらない。
たった一人世界に残された時、人は壊れる。人間というのは群れを作り、社会を形成することに慣れすぎた生物だ。決して孤独なまま生きるなどということは不可能。死あるのみ、だ。
故に、私は願った。強く、強く、何より強く、願った。
「一人は嫌だ………誰か、助けて!!」
その時、世界は極光に包まれた。まるで、先ほどまでの暗闇はこの光のためにあったのではないかと思えるほどの眩さで、星を、世界を、宇宙を包んだ。私は思わず目を閉じた。だがそれでも光が収まることはなく、膨張を続けた。いつまでも、いつまでも、止まることなく膨張を続けた。
この日、宇宙に日が昇った。
◇
「うわああぁぁぁぁぁ!!!!!……ぁ…………あ?」
とても嫌な夢を見てしまい、飛び起きる。だが、目の前の光景は今までに見たことのない場所だった。
「………知らない天井だ」
言いたかっただけである。………知らない天井なのは本当だが。
俺は服を着替えさせられ、布団に寝かされていたようだ。周囲を見渡してみると、どうやら床は畳張りで、小さな小屋のようなものの中だ。こうして寝かされていたということは相手に敵意はないのだろう。ひとまず落ち着きを取り戻す。
そして立ち上がる。体に異常はなさそうだ。んっ、と背中を伸ばし、深く息を吐く。
まったく、とんでもない目に会ったものだ。まさかこんな見知らぬ土地まで来てしまうとは………
実は酒を飲んでいる途中からの記憶がないのだ。はてさて、酔っぱらった俺は何をやらかしたのだろうか?いや、俺の失態と決めつけるには早いな、もしかしたらソルスのせいかも知れないし………そんな気がしてきた。
まぁ帰ろうと思えばテレポートで一瞬だが、一応助けてくれた人にお礼ぐらいはしておきたい。いったいどこにいるのだろうか?先ほどかなりの大声で叫んでいるのでもう近くまで来ていてもおかしくないはずだが………
これまた丁寧にそろえておいてくれていた靴を履いて扉を開き、外に出る。瞬間、夏の陽光が目を刺した。波の音が耳にやさしく木霊し、大魔海由来の涼しい風が吹き抜けていく。実に爽やかな気候だ。
「『空間探知』」
脳裏にこの周辺の空間情報が浮かぶ。どうやらここは小さな島らしい。少し離れたところに人の多い集落らしきところがあるな………後で行ってみるか。
「おや、お目覚めかね?眠り姫さんや」
森から現れた男性に声をかけられた。年はもう六十くらいだろうか、いかにも老人といった風貌で、日本の侍のような服装だ。八割がた頭髪は白色に染まっており、まるで戦えるようには見えない。だがその長身から発される圧力とオーラが彼がただ人ではないことを示していた。
「おっと、今の発言は許さないぜ!ビーチでの俺は確かにこの世界で最も美しい女の子だったが、今は健全な男の子だ!そこんところよろしく!で、どなたですか?」
「……………実はこの島の人だったりするかい?」
「いえ、全く初めてですけど………」
「………言い方を変えよう、君は太陽教徒かい?」
「いえいえ全然全くもって違いますが?」
「そうか、それなら話が通じそうだな………私の名はムラマサ・シロウ、好きなように呼んでくれ。見ての通り、ただの老人だよ」
人好きのする優しい笑みを見せるシロウ。先ほどまでの圧はもう感じない。どうやら警戒を解いてくれたようだ。それはともかく、何やら名前が日本っぽいのは日本人の末裔だからだろうか?
「俺はスズキリン、男です。破創の魔女なんて呼ばれてますけど………もう一度言います、男です」
「わ、分かったよ………それじゃあスズキくん、君はこの後どうする?一応衣類は洗濯しておいたが………まだ乾いていないし、それに三日も眠ってたんだ、おなかがすいていることだろう」
ここぞとばかりに俺の腹が空腹を主張する大きな音を鳴らす。くっ、ヨミでもあるまいに食いしん坊キャラっぽい展開になってしまう………!
「今ちょうど魚を捕ってきた来たところなんだ。食べていくかい?」
俺は知っている。こういう時、発していい言葉は一つだと。
「お、お言葉に甘えて………」
シロウは心底嬉しそうに頷くと、小屋の中へと向かい、早く来いと言わんばかりに手を振っていた。
また面倒ごとだ………が、今回はそう悪いことばかりでもないかもしれないな。
そんな俺の小さな祈りを知ってか知らずか、夏空に煌めく太陽は燦々と照り続けていた。
◇
「君が手伝ってくれたおかげか、今日の食事は一段とおいしそうだ。さ、遠慮なく食べてくれたまえ!」
現在シロウ宅のちゃぶ台もどきの上には、見ただけでよだれがあふれだしそうなほどの魚料理の数々が並んでいた。もちろん俺の料理スキルが火を噴いたというのもあるが、それ以上にシロウさんの料理の腕前がえげつなかった。我がパーティーが誇る家庭派女子、メリルさんに負けず劣らず、いやそれ以上の手腕を発揮し、見たことのないような料理をいともたやすく作り上げていた。
「シロウさん、料理上手いんですね………ビックリしましたよ」
「いやいや、それほどでもないさ。………この島ですることと言ったらこれくらいしかないからね」
………やべ、地雷踏んだか?
一瞬焦ったが、シロウは先ほどの明るい笑みを取り戻した。
「そういえば、まだ君にこの島について教えていなかったね。こんな年寄りの話でよければ聞いていくかい?」
「あ、はい。お願いします。この島についてとか何にも知らないんで」
「うん、それじゃあまずは、この島の名前だ。この島は、この世界でどこよりも早く日の上った島なんだ」
「どこよりも早く………」
日の上った島………?
何かの比喩だろうか?数十分で作ったのにまるで何時間もかけて煮込んだような魚の煮つけをほおばりながら益体のない思考を浮かばせては沈めていく。
「ああ、一度世界が終わり、再び始まった後、どんな場所よりも早く、この島に太陽が昇ったんだ」
………もしかして。
「君も気づいたようだね。………そう、この島は日の出づる島、それに加えて太陽神ソルス生誕の地にして太陽教の聖地、アーチェ島だ」
予告通り、ここから夏らしさは全くありません。シリアス展開になったり世界の秘密に迫ったりしますのでどうぞよろしくお願いいたします。
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