59話 あなたは海に行きたいですか?ーYES
青い空、白い雲、照りつける太陽、よっては引いていく白い波、陽光に煌めく砂浜、そして極めつけは………
「いいじゃないいいじゃない!これでこそ夏ってモノよ!」
「ふっ、普段は影に潜むのが仕事だが………こういうのも悪くないな」
「わぁー!私海って初めてです!お師匠様、一緒に入りましょー!!」
「ほえー、海って近くで見るとこんな感じなんですねぇ………魚とかいるんでしょうか?」
強い日差しに負けず劣らず輝く美少女たちの肢体と豊満(二名ほど当てはまらないが)な肉体が惜しみなく晒され、周囲の人々の視線を集める。
そんな血湧き肉躍る光景に、俺は叫んだ。
「海!最高だぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
俺の魂の叫びは水平線へと響き渡った。
◇
「それでは皆さん、第一回魔女の家食料危機対策会議を開始したいと思います………って、メリルさんはどこですか?」
ユリアが会議開始の音頭をとってくれる。が、まだメリルが来ていないようだ。
「あぁ、まだ寝ているようだな。私が起こしに行ってこよう」
何とか絶望の淵から生還し、気力を取り戻したヨミが立ち上がる。
ここにいても気まずいし、俺も行くか………
ヨミの後に続いて俺も立ち上がる。
そんな中ソルスは、冷蔵部屋で生き残っていた数少ない食料であるしょっぱい保存食をツマミに酒を飲んでいた。………真昼間から酒を飲んでいることに対して小言のひとつでも言ってやりたいが、今回に関しては完全に俺に非があるので何も言えない。
既に階段を登り始めたヨミの後を着いていき、二階のメリルの部屋へと向かった。
すぐに部屋の前に辿り着き、ヨミが一応ノックをする。
「メリル、入るぞ………って、本当にまだ寝ていたのか。この暑い中よく眠れたものだ………」
呆れともつかない苦笑を浮かべ、ヨミが部屋へと立ち入る。俺もその後に続き、部屋へと立ち入った。
メリルはまだ寝ていた。
まるで悪夢に魘されるようにうんうんと唸りながら、だが。
「うぅ……あつ………むにゃ……………」
「おーいメリル、起きろー。今から今後に関わる重大な話があるんだ。ほら、暑いならまず布団を………ちょ、抵抗するな!うわあっ!?」
何やら楽しそうにしているヨミを視界の端に捉えながら、俺はメリルの部屋を見渡していた。
………物が少なく、かなり質素な部屋である。机、椅子、ベッド、机上に置かれた数冊の書籍、衣類をしまう箪笥、そしてわずかばかりの装飾品が陽の光に照らされ、淡く輝いていた。
メリルはほとんど金を使わない。もちろんわが家が食費すら賄えない財政危機に陥っていることは事実だが、少しくらい何か欲しがっても買ってやるのに………
今度金が入ったらメリルのために使ってやろうと心に決める。
「あっ、ちょっ……メリル!?どこ触って……起きてるんだな!?起きてるんだろう!?ってなあぁぁぁぁぁ!?!?!?」
なんだかイケナイものを見ている気分だ。ベッドの上では白いシーツがぐちゃぐちゃになり、メリルにいいように弄ばれ、服がはだけて掛け布団で何とか大事な所が隠されている状態のヨミの姿が………
「ありがとうございます」
「言ってる場合か!主、助けてくれぇぇぇぇ!!!!!」
◇
一発殴られた。
手加減されていなければ死ぬところだった。
「えっと………すみません、少し寝すぎてしまったようですね」
ヨミの背に背負われて階下へと降りてきたメリルが仏頂面のユリアに詫びる。
「いえ、別に怒ってる訳ではないですよ。ええ、そうですとも。別に昼まで寝た挙句、起きたら起きたで皆で楽しそうにしてたからって怒ってなんかいませんよ?別に私だけ酔っ払ったソルスさんにくだ巻かれていたからと言って怒ってなんかいませんよ?」
既に数本の酒を空け、完全に酔いつぶれて眠っているソルスを見る。顔を真っ赤にして酒瓶を抱えながら眠る姿はどこから見てもただのおっさんだった。
ソルスは飲むと笑い上戸になるので、相手をすると体力も精神力も根こそぎ持っていかれる。余程大変だったのだろう、ユリアのソルスへの視線がドライアイスより冷たくなっていた。
「………すみませんでした」
なんとも珍しいメリルの土下座姿が見られた。最近俺たち土下座を気軽にしすぎな気がするのは気のせいだろうか。一応日本で一番深い謝意を表す屈辱的なポーズのはずなのだが………
「はぁ、まあいいですよ。とにかく会議を始めましょう」
「……そういえば何があったんですか?会議だなんていつにも増して大袈裟なことをする必要があるほど酷いことが?」
メリルが顔を上げながら問いかける。
「ああ、それは俺から説明するよ………」
俺が陰鬱なオーラを纏っているのに気がついたメリルが首を傾げた。長い銀髪が揺れ、翠緑の瞳が不思議そうに俺を見つめる。
「…………実は、冷蔵部屋の氷が溶けちまってな。食料が全部ダメになったんだ。すまん、俺のせいで………」
バッ、と頭を下げる。
今回ばかりは何を言われても仕方がない。完全に管理を怠った俺の責任なのだから。とんでもない失態を前に、メリルの口からどんな非難の言葉が飛んでくるものかと怯えていたのだが、一向にその気配は無い。そっと顔を上げると、そこには何言ってんだこいつと言いたげなメリルの顔があった。
「いや、そんな訳ないじゃないですか。昨夜は私がご飯当番でしたが、まだ氷は十分ありましたよ?それにいくら暑いとはいえ魔力で作られた柱並の氷が一晩で溶け切る訳ないですよ」
………は?
「魔力というのはかなり便利でしてね、本来の物質と比べてその特性が顕著に現れるんですよ。魔力で作った炎なら本来の炎よりよく燃えますし、土なら栄養価が高いです。それと同じように、氷は本来より硬く、冷たく、溶けにくいんです」
「し、知らんかった…………」
マジかよ、そんなの初耳だぞ。
「まぁリンくんが知らないのも無理はありません。この研究はここ最近の物ですし。となると、氷が溶けた理由は………」
自然と視線がある場所に向かう。俺の視線に追従するように皆の視線が向いた先は………
「………うへへ、わたひがいくらかみひゃまらからってもう飲めないわよぉ………」
未だ夢の中の、酔っ払って真っ赤な太陽の女神だった。
「まぁぁぁぁたお前のせいかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
◇
「さっきは散々言ってくれたよなぁ…………?」
「…………はい、すみませんでした」
「………アンポンタンだっけか?その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!痛い痛い!頭グリグリはやめてぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
よく考えてみれば、普通に溶けるはずはなかった。そもそも俺が昼寝している時に出した氷なんて頭の上に乗せるための一袋分だし。
そうなると、やはりソルスが原因だろう。一応太陽の女神を自称するこの駄女神は、発光しながら高温を発する事が可能なのだ。寝ぼけて冷蔵部屋に入り込み、その権能で氷を溶かしきっていたとしてもおかしくない。
「私そんなことしないわよ!いくら昨晩はいいお酒沢山飲んだからって神気の解放なんてしたらリンかメリルちゃんが気づくでしょ!?だから痛い痛いやめてぇぇぇぇぇ!!!」
「まぁそうなんですけどね………そうなると他に候補もありませんし、やっぱりソルスじゃないですかね」
「よし、グリグリは継続だな。誰か異存ある?」
皆が首を横に振る。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
そんなソルスの思いが届いたのだろうか。
ピンポーン
インターホンの間の抜けた音が鳴り響く。
皆の動きが止まり、視線が玄関に集まる。
「あ、私が出ますね。はーい、今開けまーす!」
ユリアが扉を開くと………
「皆さん話は聞きましたよ!!それもこれも全て、水竜王たるこの僕、トーレンに任せてください!」
水も滴るクソイケメンの姿がそこにあった。
◇
「魔女様、お仕事の時間ですよ!」
…………知ってた。
「で、今回はなんですか?」
「ふっふーん、まぁ落ち着いて聞いてくださいよ………魔女様、今懐が寂しいんでしょう?しかも食事すらままならなくなったとか」
「いやいやなんで知ってるんですか!?たった今発見した情報なんですけど!?」
「なんでって盗み聞きしてたからに決まって………ちょ、何するんですか………痛い痛い頭グリグリしないでぇぇぇぇぇ!!!!」
「当たり前のように盗み聞いてんじゃねえよ!?この世界のプライバシー観念はどうなってんだ!」
トーレンさんの頭を思いっきりグリグリする。個人情報ってこんなに簡単に漏れ出ていいものだったのだろうか。
「ちょ、割れる!?本当に割れちゃいますからぁぁ!!!」
流石にこれ以上やると命の危機に陥るので手を離す。
「痛たたた……危うく僕の頭がスイカみたいに砕け散るところでしたよ………」
「自分で話の腰を折っといてなんですが、結局何の用ですか?」
「あぁ、そうでした。今回も魔女様にお仕事を頼みたくてやってきたのですが………宿もご飯もこっち持ち、しっかり報酬も出ますし、それにやることさえやってしまえば海で遊び放題のお仕事があるんですが………どうです?」
「その話、詳しく」
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