51話 あなたはどこのガキンチョですか?─もっと敬ってよー!
地響きを遥か彼方まで響かせながら、白銀の巨体が歩を進める。
俺は今、感動に打ち震えていた。
……震えられる隙間もないが。
「動いたー!お師匠様、動いてます、歩いてますよぉー!!」
「なんというか、こう、心が沸き立つようだ……!さぁ、奴を落とすぞ!キャラ被りは重罪だ!」
このクソ狭いコックピット内で、ワーワー叫びながら暴れるのはやめて欲しい。
「すぴー……すぴー…………」
最近は血を押さえ込み唐突に眠りに落ちることが減っていたメリルが眠ってしまった。いやだからこのクソ狭いコックピット内で寝るなよ!
「もう誰か頼むから降りてくれ!」
こうして、グダグダながらもこの先見られるかどうかも分からないロボット大戦の火蓋が切って落とされた。
◇
「……何とか動かせたようですね」
「あ、ああ。だがあれで大丈夫なのか?なんかフラフラしてやがるしよぉ……飛ぼうともしねぇし……」
どうやらベル姉は彼らが心配なようだ。
「大丈夫ですよ。僕の機体が負けるなんてことはありえないですから」
「そうだといいけどよぉ……」
先程の会場から2機の開戦を今か今かと見守る僕らの周りには、もう誰もいなかった。
騎士団が主体となって市民の避難誘導をし、今やこの王都にはほとんど一般人は残っていない。
……こんな素晴らしい経験を棒に振るだなんて、彼らはなんて残念な頭をしているのだろう。何千年も前の天才と、今を生きるこの僕との戦いに勝るものなど今後千年、いや何億年経ったとしても見ることは叶わないだろう。
「すみませんベル姉、さっきのは嘘です。急に猛烈に不安になってきました……」
「おいやめろよ!お前だけでも勝ちを信じてくれよ!いや、無理な注文だったな、すまねえ……」
そう、機体スペックには絶対の自信があるが、いかんせんパイロットがあの人なのだ。
僕たちは共に仕事をしただけで、彼自身の凄さについてはよく分かっていない。
ただとてつもない魔力をその体に有していることしか知らない。
結界村の結界を破壊した、と人聞きに伝え聞いているが、僕たちの知っているリンさんは朝から晩までおちゃらけているような変わった人なのだ。
「うぅ、本当に大丈夫でしょうか……勢いで託してしまいましたが……」
ダメだ、フラフラしながら何とか前に進んでいる様子を見ていると勝てるビジョンが思い浮かばない……
「ああ、一体どうすれば……」
持ち前の卑屈さが顔を出し、絶望に沈む寸前の、まさにその時であった。
(おーい、聞こえてるー?)
「えっ?……ベル姉、今なにか言いました?」
「あ?アタシは何も言ってないが……」
(違う違う、その子じゃないよー!聞こえてるならこっち来てー!)
「え、ちょ、なんですかこれ!?」
頭の中に直接声が響いている……?まるでリンさんから貰った共鳴石の魔導具のようだが……リンさんの声とはまた違う。
「お、おいユーリ、大丈夫か?」
(あれー?おっかしいなぁ……あ、転送ボタン押してないじゃん。うっかりうっかり♪)
なんだか1人で楽しそうにしているが……一体、何が起こっているのか見当もつかない。悪いことではないといいのだが……
(よーし、いくよー!押しちゃうよー!)
勿体ぶらないでいいから……!
(ポチッとな!)
僕は不意に視界に茜色の空が入った気がした。
そして同時に意識を手放した。
◇
「よーし、成功だね!さすが私!」
むふふーと嬉しそうに微笑む小さな子供の前で僕は突っ立っていることに気がついた。
「やぁ、ユーリ・エヴァンくん。君のことはずっと見ていたよ!やはり私が見こんだだけのことはあるよ、まさか旧神代の魔導技術の域にまで到達するとはね!」
なんだかすごく偉そうなお子ちゃまだな……
肩口に届かないくらいの黒い髪、純粋無垢な黒い双眸、ダボダボの白衣を肩にかけているがサイズがあっておらず、床にずりずりと擦れている。まだ成熟しきっていない子供だからだろうか、男の子か女の子か判別に困る中性的な顔立ちだ。
「えっと、君は誰なんだい?そしてここは……」
「待ちたまえ、ユーリくん。私は君にいくつか聞きたいことがあるんだ。質問に対する回答はそのあとでもいいかな?」
まぁそれくらいなら構わない。僕は頷いて了承の意を示した。
「うん、ありがとう!さて、まずは1つ目だ。君のその技術、一体どこで知ったものだい?私は君を観察し続けてきたが、あの技術に関する知識を得られる物は今や何も残っていないはずだ。なのに君はどうしてあれを知っていた?答えてくれ」
あれ、と言うのはやはりレイ・クラウスに用いた技術のことだろう。子供が一体どこの誰なのかは分からないが、僕は素直に話した方がいい気がしたのでそうすることにした。
「僕があの技術を知ったのは単なる偶然だよ。僕は少し前にある男に会ったんだ。彼は魔導具についてものすごく詳しくてね。ちょうど酒場で出会って酒が入っていたのもあって熱く語り合ったんだ。その時、僕はあの技術のヒントを得た」
「なるほど、ある男……ね」
少し考え込むようにするが、諦めたのか顔を上げる。
「まぁそれはそれでいいや。それじゃあ2つ目、君はあのレイ・クラウスがトワイライト・キリングに勝てると思うかい?」
「ああ、勝てるとも」
僕は即答した。絶対の自信を持って。
だが、あろうことか目の前の子供は首を横に振って見せた。
「いいや、無理だね。君の機体じゃ……今のままの君の機体じゃあ、あの暗殺者には勝てない」
思わず手が出そうになる。僕が人生をかけて生み出した最高傑作だぞ?それがあの程度の機体に遅れをとると?
だが、子供は確かにそう言った。
「…………おしえてくれ、なぜ、レイじゃ奴に勝てない?」
子供は少し考え込むようにした後、こう答えた。
「まだ操縦者が本気を出す気がないこと、そして、君があそこに居ないこと、この2つが敗北の原因だね。そもそもあの機体はまだ完成していないじゃないか。スペックで見れば同等だけど、装備の差、そして中身の差ってのはだいぶ大きいよ」
……なるほど、確かにそうだ。まだレイには戦闘用の武器が取り付けられていない。元々がその巨体で小型の生物を蹴散らす用途であったため、武器は後付けなのだ。
「だがそれはやつも一緒じゃないのか?あの機体には見る限り武器のようなものは……」
「はぁー……全く、君はやつがなぜ宵闇の暗殺者と呼ばれていたか考えたことがないのかい?」
「もちろんないが……」
「なら教えてあげよう。やつはその漆黒の機体を持って闇に潜み、闇の中で獲物を狩るんだ。だが、闇の中で狩りを行う時、ガチャガチャとデッカイ武器を見せつけてどうするんだい?」
「それは……」
確かに非効率極まりない。せっかく機体色を活かして闇に潜んだのにも関わらず、武器の音や光の反射で居場所をバラしてしまってはなんの意味もない。
「だからやつは、ある能力を持たされた。それは、物を透明にする能力……だよ」
それはまさに暗殺者にふさわしい、もはやズルと言ってもいい能力だ。闇に潜むどころか朝にも昼にも潜めるでは無いか。
「やっと事の重大さを理解したかい?今君の機体は結構ピンチだよ?……まぁあの魔女のことだからすぐやられたりはしないだろうけど」
ここで僕は理解した。先程から感じていた焦り。それはこの場から見えない彼らのこと……
「はやく、はやく戻らないと……このままじゃレイが……みんなが……!!」
「うん、そうだね。じゃあ最後に君の質問に答えようか」
くそ、今更そんなこと言われても……
「ここは神のいる世界、エデン。そして私は知恵の神、ラルフって言うんだ!今日から君の中にお邪魔することにしたから、よろしくね!」
は?
いや、情報が整理しきれない。神?エデン?僕の中?何も理解できない、今までの常識が音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。
「それじゃあ帰ろっか、ユーリくん!あ、私が可愛いからってイタズラしちゃダメだよ?私男の子なんだから」
またしても爆弾を投下され、ついに僕の意識はまたも闇の中へ落ちていくのだった。
本作初のおとこの娘キャラ登場です。どんどんキャラが増えるので今となっては僕も登場人物を把握しきれていません()




