44話 あなたは私を覚えていますか?─NO
「おんどりゃあー!」
「うっひゃーー!?ちょっと何よなんなのよ!……ってあら、あなただったのね。おはよう……うーん、よく寝てるわねって言った方がいいのかしら?」
「えーっと、おはよう……じゃなくて!ここはどこなんだ?というかあんた誰?」
俺が目を覚ましたのは、無限に続いているかのように果てのない真っ白な空間だった。そして、目の前に立っているのは……
「やけに俺の姿にそっくりだな……」
「んー、まぁそうよね。分かったわ、それじゃあこの私が説明してあげ……」
「ここは君の精神世界さ」
「ぬおっ!?びっくりしたぁ……」
物陰も何も無い場所からぬっと姿を現したのは、長身痩躯、黒髪を適当に切ったかのような髪型の男だった。
こいつ、とんでもない存在なんじゃないか……?その体から迸る魔力は、メリル所かソルスまでもを凌駕する程だ。
というかよく見たら、さっきの女の子もその域に達している。
……勝てるか?いや、まだ決断するには早い。一体なんの目的で俺をここに……
「だぁー!また台詞取られたぁ!」
女の子が叫ぶ。長く美しい金髪を振り乱し、ワーワー騒いでいる。……ソルスみたいだ。姿形は俺にそっくりなんだから、そんなはしたない事をするのはやめて欲しい。
「……はぁ、うるさいなぁ。だったらあとの説明は君に譲ってあげるよ。どうせ彼には半分も伝わらないさ」
「ふーんだ、そんな訳ないでしょう?この私の完全無欠の説明で、一から五百八十四まで理解しちゃいなさい!」
「既に訳が分からないんだが」
◇
「……ってな訳。どう、理解した?」
うん、分からん。
「そこのお兄さん翻訳してくんない?」
「ちょ、なんでよー!この私のウルトラスーパー完全無欠な説明じゃ足りないって言うの!?これはあれだわ、託す人を間違えた気がしてきたわね」
初対面の相手になんて言い草だこの女。この男がいなかったら殴ってるぞ。
「だから言ったじゃないか……分かった、僕が説明しよう」
男は一呼吸置いて、話し始めた。
「まずはここがどこかと言うと……先程言った通り君の精神世界さ。かなり奥の方だから、ここでの体験は君の記憶にも残ることは無いだろう。だからって僕らのこの行動が全て無意味になる訳じゃない。記憶には残らないが魂には残る。僕らが君に求めるのは意図的に行わなければならないことでは無いからね」
うーん、コイツの話もよく分からんな……
要するにここは俺の中であり、ここでの体験は全て忘れてしまう。だが、こいつらが俺に頼みたいのは覚えてなくてもできること……か。
ますます分からん。
「2つ目に、僕らについての話をしようか。結論から言えば、僕らは君のスキルだよ」
「は?」
まてまて、スキルに自我があるって?そんな訳がない。スキルとは神に与えられた人間の技能であるはず……
「ああそうさ、通常はね」
読心術でも使えるかのように俺の内心を見透かす男。そういえばここ俺の精神世界だったわ。全部筒抜けじゃん。
「僕らは君の事を見てきたが、君はもうあのお話については知っているんだろう?」
「あのお話……さっき馬車で話してたあれか?」
「ああ、そうだ。あのお話に出てきたレイがこの子、そしてユウが僕なんだよ」
「ほうほうなるほど……って今なんて言った?」
「理解を拒みたいのはよく分かるが、実際こうしてここに僕らがいるんだからしっかり受け止めて欲しいね。要するに僕らは新世界の創造主であり、おとぎ話の中の存在であり、君の破壊と創造のスキルって訳さ」
なるほど、分からん。
◇
「まぁ理解はした……つもりだ。それで、俺に頼みたいことってのは何なんだよ?というかなんで俺なんだ?そういう世界の危機とかは勇者共に任せりゃいいだろ?」
「そうなんだけどさぁ?ユウくんがあんたの下に惹かれちゃったから他の子にしようがなかったのよ」
「え?でもユウくんはレイちゃんラブなんじゃないの?それに俺はれっきとした男の子だから。他の人間がBLしてる分には気にしないけど俺が巻き込まれるとなったら全力で抵抗するよ?」
「そうさ、僕はこのバカに惚れてしまったからね。君に惹かれたってのはそういう意味じゃあない」
「ねぇユウくん今なんて言ったの〜?」
レイちゃん顔が怖いよぉ……
「僕は破壊という概念だからね。君の持った強い破壊衝動に自然と惹かれてしまったんだよ」
破壊衝動……?
優しさの権化と呼ばれるこの俺がそんなものを覚えたことは無いはずだが……
「まぁそういうことだから、あんたに託したってわけ。破壊と創造のスキルは存分に使って頂戴」
まぁ言われなくてもそうさせてもらってるが……
「そして、頼みというのはね……」
「ユウくん待って!大事な所くらい私に言わせて!」
「えー……ユウくんにしてもらいたいな」
「なんであんたまで……!いいから私に言わせなさいよ!いい!?私たちが頼みたいのは!」
「三欲の魔砲の破壊……だろう」
「そう!って……ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!またこんなんじゃないのおぉぉぉぉぉ!!!!!」
またもやセリフを取られたレイが泣き喚く。
……本当にソルスそっくりだ。
と、その影響なのか白い空間に徐々に綻びが生じ始めた。
「おいおい暴れすぎだろ」
「いや、これはこの世界の崩壊が近いだけ……君がそろそろ目覚めるからね」
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
うるさいうるさいうるさい!
まるで子供のように泣き喚くレイのうるささにキレそうになりながらも、俺はユウに話しかけた。
「えーっと、じゃあとりあえず三欲の魔砲の破壊を請け負えばいいのか?……というかあれ破壊スキルでも壊せなかったんだけど」
「あぁ、もちろん破壊スキルじゃ壊せない。あれは僕の力だからね。ほら、おとぎ話の中であれの破壊を試みたけど失敗に終わってただろう?」
破壊スキルでも壊せないって……
「どうすりゃいいんだよ」
正直俺に出来る気がしない。旧時代を丸ごと崩壊させた異次元の兵器……というかあんなもんを起動させようとしてたDr.マッド・マッド・マッドソンはなんだったんだ……
「さぁね、僕もあんなものを壊せるとは思えない。ただ、レイが言うんだ、間違いないさ。君なら必ず成し遂げられる」
「フッフッフっ……油断したわねユウくん、この私がただ泣き喚いていただけだと思っていたでしょう?だけど私はこの期を見計らっていたのよ!さぁ、現代の創造主に選ばれしあんたには、世界を救う役割を与えるわ!私の力とユウくんの力はあんたに託す。だから絶対、あんなものを起動させないでね!」
「やっと言えたね。それじゃあリン、頼んだよ。僕らの世界をそして……」
「「私たち(僕たち)の娘を」」
その言葉が俺の耳に届くと同時に、世界の綻びは亀裂となり、白い世界は霧散した。
◇
(マ………、応……要請…………マス……、応答を……します……マスター、応答を要請します……マスター、応答を要請します)
んんっ…………
意識がはっきりしない。なんだか大切な事を聞いた気がするのだが、靄がかかったように思い出せない。
あれは一体なんだったか……
「ん……あ…………」
喉から音が漏れた。
「……お師匠様?」
「ユリア……か?」
未だはっきりしない意識のまま、愛弟子の名前を呼ぶ。俺をお師匠様と呼ぶのはあいつだけだ。
「……お、お、お師匠様ぁぁぁ!!!」
ユリアの声が頭に響く。割と近くにいるようだ。うっすらと目を開ける。
強い光に目がやられそうになるが、次第に慣れてきた。
その先にあったのは、可愛らしい顔をぐちゃぐちゃに泣き腫らしたユリアの顔と、柔らかい太陽の光に照らされ、そよ風吹く心地よい草原だった。
「うぅっ……お師匠様ぁ……良かったです……!もう二度と目を覚まさないかと……」
「はっ……なぁに言ってんだ。俺は不老不死の破創の魔女様だぜ?そう簡単に死なねえよ……」
おっと、何故こんなにもユリアの顔が近いのかと疑問に思っていたが、後頭部に当たる柔らかい感触と、なんの突起もないまな板がすぐそこに見えることから、なんと俺は人生初の女の子に膝枕をされているようだ。
「ユリア、あと3年くらいこのままでいい?」
「はぁ…はぁ……ダ、ダメに決まってるでしょうが……」
先程のユリアの声を聞いて駆けつけてきたようで、息も絶え絶えのメリルがやって来た。
「わわわわわわ私は全然全然構わないというかそのなんというかむしろお願いしますと言うか………」
「はぁ……ユリア、落ち着いてください。どうせリンくんの頭の中はあなたの小さい胸でいっぱいですよ」
「爆殺しますよ」
「思ってない思ってないそんなこと全然全然思ってなななないかりゃ!」
「噛み噛みですけど」
おいおい手のひら返しにも程があるぜユリアさん。軽くからかったつもりだったのだが、メリルのせいで危うく爆殺されるところだった。
「あら、やーっと起きたのね!ほら、さっさと起き上がりなさいな!王都に向かうわよ!」
「お前はもうちょっと遠慮とか配慮とかを覚えてきてくれよ」
こいつ本当に神かよ。……いや、なんか似たものを見たことあるような……
ダメだ、思い出せない……
「それで主、一体何があったのだ?」
ソルスに次いでヨミや団長さんたちも俺の元へやってきた。
「いやぁ、それがよく分かんねぇんだよ。確か……」
(マスター、解析が終了しました)
おっ、流石仕事が早い。
(まずは干渉源ですが……)
ほうほう。
(特定不可)
へ?
(あれほどの精神干渉を行えるのならばとてつもない魔力を持つはずですが、私の知る中にそのような生命体は存在しません)
えーっと、つまり魔王の復活によって世界の強者達に攻撃が……とかじゃないのか?
(いいえ、魔王はマスターより弱いです。それどころかメリルといい勝負でしょう。たとえ復活しても、マスターにあれほどの精神干渉を行えるほどの力は有していません)
なるほど……結局分からずじまいか……
「んまぁ、結局よく分からん。風邪でも引いたかもな」
「風邪ですか!?はやく暖かくしなくては……」
目に見えてユリアが慌て出す。そんなユリアを見て、その場の全員が同時に吹き出した。
冗談だと気づいたユリアに怒られる。
あぁ、平和だなぁ。
そう深く実感する。
「それじゃあ行こうか、マテリア王国王都、アテリネへ!」
馬車は再び、王都へと走り出す。
窓から流れる風景を見下ろし、俺は強く願った。
この平和が、何時までも続きますようにと。
最近隔週になってしまい申し訳ありません。来週からは毎週投稿出来ると思いますので何卒お許しを……
話は変わりますが、ブクマ1件いただきました!作者も血の涙を流して喜んでおります。こういった皆さんの応援が励みになっております。本当にありがとうございます!