40話 あなたは共に、生きてくれますか?―YES
「あの子は上手くやってるみたいね。流石私たちが選んだ継承者だわ」
何もない、まっさらな空間で少女はつぶやく。
奇妙な場所だった。
どこまでも白く続く、無限の空間。
ただそこに存在することさえ奇異に映るほどの無限に、確かに彼らは存在していた。
少年と、少女がいる。
少女はさらりと流れる美しい黄金色の長髪に、貴金属を彷彿とさせる輝く碧眼を持ち、まるで美という概念を体現したかのような姿であった。華奢な体躯だが、その胸には立派な双丘が存在を主張している。人の域を超えた、一目見るだけで囚われてしまいそうな、そんな危うさを持ち合わせた美貌である。
「私たち、じゃない。私、だろう」
「そんなつれないこと言わないでよー!それに先にこの子に惹かれたのはあなたでしょ?」
「…………僕は来たくて来たわけじゃない」
対する少年の容姿は平凡極まりない。
頬に小さな刀傷を負っている。黒髪を適当な長さに切り、長年手入れがされていなかった影響だろう、髪質は最悪の一言に尽きる。背は少女よりかなり高いが、いかんせん座る姿勢が悪すぎる。その痩躯を丸め、暗い雰囲気をまとっている。
「とにかく、私たちがこうしているんだからそんなことは関係ないわ。この子には……」
「この世界を守ってもらわなきゃいけないんだから、だろう。まったく、何度聞かせたら気が済むんだ……」
「わあぁぁ!セリフとられたぁ!!」
少女の悲痛な叫びは、彼女ら以外に届くことなく虚しく木霊した。
◇
「……少し、良いか」
メリルの親父さんに話しかけられる。メリルと同じ銀髪に、対照的な紅蓮の瞳を持つ渋いイケメンだった。
……あっるぇー?
この人、どっかで見た事あるような……
(マスターの記憶力は相変わらずですね)
うるさいわい。
結局思い出すことは出来なかった。
「ええ、どうぞ」
「……ありがとう」
親父さんは、娘の前に歩み寄る。俺たちに囲まれているのが恥ずかしいのか、ゲイルは親父さんの後に引っ付いている。
「メリル……今まで、すまなかった」
親父さんは、土下座した。地に頭を擦り付け、精一杯の謝意を見せた。
「ちょ、お父さん!?」
これには流石のメリルも驚いたようだ。
「だから謝らないでって……」
「いや、それでもだ。そして……魔女殿」
鋭い眼光が俺を射抜く。ただ、それもすぐに消えてしまい、優しく微笑んだ。
「娘を……よろしく頼む」
まったく、しょうがないな……
「分かりましたよ。お宅の娘さんは任せてください」
「ぼ、僕からも!お姉ちゃんを……よろしくお願いします!」
ゲイルがその小さな頭を地面に擦り付けて懇願する。
「ちょ、ちょっとゲイル……」
「ゲイル、顔を上げてくれ」
するとゲイルは素直に顔を上げる。
「お前の姉ちゃんは俺が…いや、俺たちが、ずっと守ってやる。安心しな!」
ヨミが、ユリアが、満面の笑みで頷く。
「ありがとう、それでは、私たちは……」
「お姉ちゃん……バイバイ」
もう、俺たちは目を覚ましてしまうのだろう。
ゲイルと親父さんは、離れがたそうにしながらも、背を向け、歩いていく。
「……いいのか?」
「…………」
「メリルさん、行ってきてください」
同じく家族との別れを経験したユリアがメリルを促す。
「この機を逃したら、もうおしまいですよ。メリルさんはまだ、伝えたいことがあるんでしょう?」
「…っ!?ど、どうして……」
「そんなもの見れば分かりますよ!ほら!行ってきてください!私たちは、いくらでも待ちますから……ね?」
「あぁ、行ってくるといい。メリルを置いていくなんてしないさ」
そんな2人を見て、メリルは不安そうに俺を見た。
まったく、何を遠慮してやがるんだか。
「家族なんだろ、行ってこい。俺たちはいつまでだって待ってやる。たとえお前が眠っちまったとしても、目を覚ますまで待っててやるから」
「……っ!はいっ!!」
メリルは駆け出した。その長い銀髪をたなびかせ、彼女が1人の人間であると主張するかのように流れる涙も拭わずに。
「お父さん!ゲイル!」
「な、メリル!?」
「お姉ちゃん!?なんで……」
メリルは振り返った2人の胸に飛び込んだ。
その翠緑の瞳からは、まるで2人への愛のように止むことなく、とめどなく、涙が溢れ続ける。
「ごめんなさい…!ありがとう…!こんな私を…愛してくれて……!」
「お、お姉ちゃ……ぅぅ、うぅっ……うわあぁぁぁぁん!!!」
泣きじゃくる姉にあてられたのか、ついにゲイルも泣き出してしまう。
「…………っ」
親父さんも耐えられなかったのであろう。ただ静かに、その頬に涙が伝う。
既に世界は崩壊を始めていた。黄金色の草木達は、徐々に淡い光の粒子へと姿を変えていく。優しい夕日が世界を包み、溶かさんとするかのように。
その幻想的な変化は風景だけに留まらず、俺たちや親父さん達も飲み込んでいく。
チラチラと、地より降り注ぐ雪のように、光は空に登っていく。
「私………私は………産まれることが出来て、とても……!幸せでした……!!」
「あぁ………ああぁっ!!」
崩れ行く粒子はやがて1つの光となり、終わり続ける世界を照らす。
太陽と呼ぶには余りに小さく、月と呼ぶには余りに温かいこの光に名前を付けるとするならば。
それはきっと。
「お父さん、ゲイル………!」
「私も一生、愛してるから!!!」
光が全てを包み込み、この素晴らしい世界は、崩壊した。
「……さようなら、私の夢………おはよう、皆……!」
◇
「……帰るか」
「……はい!」
「……ええ!」
「……ああ!」
◇
森の奥深く、既に日も落ち、真っ暗な中眠っていた俺たちは、迷子になっていた団長さんと、なんとか無事だった勇者たちを拾い、あの廃屋で休息をとった。
勇者たちは生き延びているのが不思議な程に全身を損傷しており、俺特製のポーションで何とか持つほどだった。
「すまない…勇者と言う立場にありながらこのザマだ……」
今回の敗北は彼らの大きな転換点となるだろう。
そして、その惨状を生み出した元凶はと言えば……
「……ふに?」
小さくてかわいいのになっていた。
例えるなら……ちょっと大きくしたまんじゅうのようだ。サイズは拾った頃のスズメほどである。
「ふにふに〜!」
もっふもふの毛を擦り付け、俺に擦り寄ってくる。
「…こいつは結局なんだったんだ?」
ただいま俺は、他のみんなを休ませ、メリルと外を警戒中である。勇者たちはとても魔法的負荷に耐えられる状態ではなかったので、テレポートは使わなかった。
既に夜遅いし、歩いて帰るのも面倒だったのでここで一晩過ごすことにした。
「ケサランパサラン……でしょうか?確証はありませんが……」
ケサランパサラン……確か幸運を運ぶ毛玉の妖怪的なやつだったような……
「まぁ知らないのも無理はありません。かなりマイナーな精霊ですし」
「精霊?こいつも精霊なのか?」
精霊とは、以前ドラゴニアにて戦った、虹のエレメルが出したアレである。
だが、このケサランパサランもどきはあの時の風の上級精霊とは比べ物にならない魔力を保有していた。というか喋ってたし。
「ええ、位の高い精霊は人語を扱えますからね。ケサランパサランは世界的に見ても数の少ない精霊で、一部地域では神と崇められていることもあるらしいですよ。危害を加えられると豹変し、ああして化け物の姿になるそうです」
なるほどな、つまりコイツはあの時の黒竜の前身である、心を操る装置とやらであの姿が本当の姿だと思い込まされてたわけだ。
「ふにふに〜!」
「おっ?なんだこいつ、人懐っこいな、よーしよしよし」
「ふに〜!!」
ケサランパサランは嬉しそうにしている。
「精霊は魔力が高い者を好みますからね。どうせなら連れて帰ってあげましょう。フワフワですし」
「お前が連れて帰りたいだけだろ。フワフワだけど俺はパスかなー。1回こいつに殺されてるわけだし」
「…………」
おっと、メリルが俯いてしまった。この話はしない方がいいな。
「まぁ、そうだな。お前が連れて帰りたいなら連れて帰ってもいいぞ?ちゃんとお世話するんだぞ?生き物の世話は大変なんだからな?」
こうして結界村から出てくる前にはスズメと暮らしていたので、生き物とともに生きる難しさはわかっているつもりだ。まぁ、あいつは世話をする必要がないくらいにできる鳥だったけど。
「いえ、その………」
居心地悪そうに身をよじらせるメリル。
やはり話の変え方が強引すぎたか……
「無理、しなくていいんだぞ?」
「……………」
空気を読んだのか、ケサランパサランもどきは場を離れる。
「別に今すぐじゃなきゃいけない訳じゃないし。いつでもいいよ、待つって言っちまったからな」
「………いえ、いつまでも甘え続ける訳にはいきません。覚悟はもう決めましたから」
「そうか、じゃあ……」
◇
「教えてくれ………お前の話を」
木々の隙間を縫い月の光が私たちを照らす。
私の覚悟にそう返してくれた彼は、暖かく、そして少しだけ悲しそうに微笑んだ。脆く、今にも崩れ去ってしまいそうな……そんな表情。それは、いつも鏡越しに見ていた顔によく似ていた。
「………あなたも…………?」
「ん?なんか言ったか?」
先程の表情とは打って変わって、いつもの飄々とした姿に戻っていた。幸い、私の独り言は聞こえていなかったようだ。
「いえ、何も。それじゃあ、始めますね」
◇
「……ああは言ったものの、私はまだ自分を許せていません。家族を手にかけた、最低な娘です」
とても長く、濃密な家族との幸せな過去と、悲劇について語ったメリルはそう呟いた。
「私を愛してくれた2人をこの手で殺したんです。私は………」
「…………………」
「苦しみ続けねばならない、罪人なんです」
俺は、なんと言うべきなのだろうか。家族と慎ましく暮らしたかっただけなのに、脅威に襲われ、力を望み、その手であるはずだった未来を壊してしまった彼女に。
俺は、メリルの気持ちが分かる。手の届かない場所で、大切な何かを失う辛さを、苦しみを、悲しみを、知っている。
だからこそ、同類である俺が、彼女に言えること、してあげられることは………
「そんなことを、親父さんやゲイルが望むと思うか?」
「………?」
「お前が苦しんでるのを見て、親父さんたちが喜ぶわけないだろ。むしろそうさせない為に、親父さんはお前のことを俺たちに託したんだ」
「で……でも………」
「お前が、悲しいとか、苦しいとか、そう思う瞬間を一秒でも減らすのが俺たちの、仲間の役割なんだ」
「…………」
「だからさ、俺が、俺たちが……お前の罪を背負ってやる。つらいのも苦しいのも、ずっと一緒に背負ってやるから」
呆然と俺を見つめていたメリルだったが、少し経つと、ポロポロと涙を溢れさせた。
「ふ……ふふっ、言質、取りましたからね」
溢れ出る涙は、まるで感情の奔流のように激しく、月の光のように柔らかかった。
「私と共に………生きてくれますか?」
「…………あぁ!!」
こうして破創の魔女のパーティーに、世に名高き三欲が一角、睡眠欲の魔女メリルが加入した。
◇
こうして一晩を小屋で過ごし、何とか回復した勇者たちを王都に送り届けた後、俺たちは結界村に帰ってきた。
「ん、だはぁー……本当疲れたわ………」
「す、すみません……」
「まぁまぁ、こうして無事にメリルも帰ってきたのだ。謝ることはないぞ」
「そうですよメリルさん!お師匠様は人の事なんて微塵も考えてないんですから、毎回気にしていては面倒なだけですよ!」
「ねぇその言い草はさすがに酷くない?」
以前と変わらぬような、中身は無いのに、酷く心満たされる会話を交わしながら家路を歩く。
「おぉ、メリルちゃんお帰り。最近見なかったけどどこ行ってたんだい?」
「あはは……ちょっと家出を……」
「魔女様に襲われそうになったら家を頼ってくれていいからねー!」
「んな事しねぇわ!」
村の世話焼きなおばちゃんや、子供たち、皆がメリルを出迎えてくれた。
「お姉ちゃんお帰りー!また一緒に遊ぼー!」
「よぉ、メリルちゃん!久しぶりだなぁ!今度家に寄ってきな!魚、安くしとくぜ!」
「はい、ありがとうございます…!」
またしても泣き出してしまいそうなメリル。
「帰ってきて、良かっただろ?」
「ちょ、ちょっと!今我慢してるんですから、そういうこと言うのやめてくださいよ!」
ふふっ、と笑みが皆んなの顔に浮かんだ。
さて、ついに懐かしの我が家だ。1日2日しか経っていないのに、なんだか酷く懐かしく感じる。
俺は鍵を開け、ドアノブに手をかける。そして、開こうとして………止めた。
「メリル、お前が開けろよ」
「え、いいんですか?」
「あぁ」
それでは…と、メリルがノブを手に取る。
ガチャリ、ノブが捻られ、俺たちを迎え入れてくれる。
家に帰ってきた、その感慨を握りしめ、ドアを開いた……!
「あら、遅かったじゃない」
うちの駄女神、ソルスが優雅に紅茶を飲んでいた。
いや、は?
もはや半分忘れていたが………
「皆、お帰り!」
「「「「はぁ………」」」」
今まで何してたんだとか、一体どこにいやがったとか、こんな大変だったのにいい加減にしろとか、言いたいことはいくらでもある。
でも………まずは彼女を、迎え入れるのが先だ。
◇
帰って来た、そして、これからもここで日々を過ごしていくという決意を込めて。
「た……ただいま………!」
「「「お帰り!」」」
この返事が返ってくるその間は。
私は何時でも、ここに帰ってくるのだ。
今回のお話にて、第4章は終幕となります。
なんとこの章を終わらせるのに1年近くかかってしまいました。今後も超不定期更新で行きますので、どうぞご容赦ください。
ちなみに最後のシーンですが、ソルス様だけ展開に置いていかれ、後々話を聞かされるのですが、世間に憤慨して暴走し、一波乱を起こすのは、また別のお話………
それでは皆様、お次は第5章でお会いしましょう。




