35話 夢幻と不老不死
『死』とは。
絶対であり絶縁であり、終わりにしてまた始まりでもある。誰の周りにも必然的に起こりうるそれは、世界の絶対法則と言っても過言ではない。
形あるものは例外なく滅びる。
それが何であろうと。
魔法も魔砲も魔女だって、死が組み込まれているから存在しうるのだ。
破壊すれば死ぬ。創造すれば死ぬ。眠れば死ぬ。食べれば死ぬ。欲情すれば死ぬ。燃えれば死ぬし、埋まれば死ぬ。溺れれば死ぬし、光がなければ死ぬ。
けして生物が脆いわけではない。
ただ、それが終わりであって、始まりとなりうるだけ。
絶対は絶対なのだ。
一つの例外も、あってはならない。
◇
『死』
それはいつでも隣にいた。
私がちょっと普通じゃないばっかりに、他人よりもちょっと死は近くにいた。
あの人が死んだ。あの子も死んだ。
そして、彼も。
私は、目の前の現実を受け止められないでいた。
いや、正確には何が起きたかも理解しているし、現実として認識している。
当たり前だ。今まで何度も見てきた。
私の視線の先には、最早何もない。
ただ、彼愛用の帽子が宙を舞い、ポフッと音を立てて落ちた。
それ以外、何も起こらなかった。
彼が下からひょっこり出てきて巨人を吹き飛ばすこともなく、ただ、沈黙が場を支配した。
死んだ?
そうだ、死んだのだ。
いつものことじゃないか、最終的には皆こうなるのだから。
不老不死?笑わせる。そんなことがあり得る訳がなかったのだ。
人間誰しも、死を持っている。
そんな枠外の存在は、それこそバケモノだ。
………こんな戯言で収まるような気持ちではなかった。
悲しくはあるが、涙は出ない。寂しいし悔しいし辛いし絶望しているけれど。
それらを遥かに凌駕する感情が、私の胸中に存在していた。
私は保有魔力が途轍もなく高い。レベルは8なのにも関わらず、勇者達をゆうに超える。
私達三欲が恐れられている理由は正にそこなのだが、今は関係ない。
保有魔力が高いほど魔法防御力も高い、という法則が存在している以上、自分の魔法で自殺することは出来ない。
魔法防御力が高いだけでなく、私には父親譲りの高防御もあるせいで更に自殺は難しくなる。
となると、誰かに殺して貰うしか私が今すぐこの世を去る方法はないのだが、そもそもそんなシチュエーションは出会おうに出会えない。
私の夢は死ぬ事だ。誰にも迷惑をかけずにひっそりとこの世を去りたい。
これ以上何かを巻き込んでしまうなら。
そしてそれを叶えるために、私は彼の元へと向かったのだ。
感じた魔力から彼が本物であることは分かっていたし、私を殺せる事も分かっていた。
だが彼は断った。
最後に思い出を作ってもバチは当たらないだろうと。
そう考えたのがいけなかったようだ。
今現在、私の夢を叶えられる人は一人もいなくなった。
私はどうすればいいのだ。こんな理不尽、あっても良いのか?
激しく渦巻く感情。
全部が全部、滅茶苦茶になるのを感じる。
例えば、この生まれたばかりの感情に名前を付けるとするならば。
『怒り』が一番しっくりくる。
渦はその内竜巻となり、荒れ狂う風が私を呑んでいく。
ふと、眠気を感じた。
眠い。
寝なきゃ。
おやすみなさい。
◇
「………はあっ?」
理解するのに若干手間取った。いや、若干なんてものじゃない。
あの巨体が主を………
「こーーーーーーーーーろーーーーーーーーーーしーーーーーーーーーたーーーーーーーーー!!」
奴が間の長いセリフを叫び終わっても動きがない。まさか、本当に?
信じられない、何かの間違いではないのか?そもそも主は不老不死で、死ぬことも老いることもないんじゃなかったのか?
今までの絶対が崩れていく気がした。
途端、私は脱力してしまう。
恐怖からではない。だが、それ以外に理由もない。
ただ、何故か私の体から力が抜ける。
瞬間、風が吹き抜けた。
「許せませんね」
そこには、ユリアがただ立っていた。
いや、ただ立っている訳ではなかった。
膨大な、そして終わりを感じられないほどの深い殺気と敵意を感じる。
今までのユリアとは桁違いな程の圧迫感。私は動けなかった。
「体内での循環……ようやく成功しました。お師匠様にも見せたかったのですが」
「っ!?」
今まで勝利の雄叫びをあげていた巨人が、ユリアの魔力に当てられたのか、ブルブルと震え始めた。
「あぁーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!」
狂乱したかのようにユリアに走りよる巨人。
「『スプリーム・ドラゴニア』」
一言だけ呟いた。
普段なら4、5枚程度の魔法陣が、数倍程の数に膨れ上がっていた。
「我が師よ、手向けの花にはちと汚いが……」
「おぉぉぉーーーーーーーーー!?」
「生憎、私にはこれしかないんですよ」
爆発、爆発、爆発、爆発、爆発。
純粋無垢にして清廉潔白、チリ屑程の穢もなく、ただ純粋な破壊。
視界を白に染め上げるその様は、咲き乱れる花々のようで……
動けずに吹き飛ばされた私は、動かぬ体に鞭打って顔だけは動かすことに成功した。
爆発によって起こっていた砂煙も次第に晴れていく。
そこには、魔力を使い果たして倒れるユリアと虫の息ながらも意識は保っている巨人の姿があった。
「…っ!?こ、これでも駄目なのか……」
今まで見た中でも最高峰の魔法だったというのに、奴を倒し切るには足りなかったようだ。
「き、貴様ら………良くもまぁやってくれたな…!まさかコイツにここまでダメージを与えるとは…」
一人離れた安全圏から叫ぶ男。
その脇にはメリルが抱えられていた。
「お前らはコイツの仲間か?大方連れ去られた仲間を連れ戻しに来たヒーローでも気取っているのだろうが、それなら帰ったほうが身のためだぞ!」
クハハハハハッッッ!
と笑い声が木霊する。
(クッ、動けっ体!)
私の体は微動だにしない。
まるで金縛りにでもあったかのようだ。
やるべきことが、あるというのに……!
(主に……顔向けできん………)
何故だ、なぜ動けない?
何か魔法的な力も感じない。大したダメージも受けていないし、理由が見当たらなかった。
「なっ!?なんだお前!なぜ目を瞑ったまま動き出すのだ!」
男の脇に抱えられていたメリルがスルリと降り立つ。
男の言葉通り、メリルは両目を閉じていた。
まるで、寝ているかのように。
すやすやと、寝息をたてていた。
ただそれだけなのに。
そこにいるだけで、私の動かない体は思考までも止まってしまった。
今度は、純粋なる恐怖によって。
「な、なんだ……?まさか、こんなタイミングで……!?」
狼狽する男。だが、危機に気付くには少し、遅すぎたようだ。
フラフラと頼りない足取りながらも確実に地を踏みしめてメリルが歩いていく。
「おい、待……」
男が燃え上がった。
厳密に言うならば、燃え尽きたの方が表現としては正しいだろう。
一瞬光っただけで人間が一人消滅したのだ。
恐ろしい………
姿形はメリルのままなのに、まるで中身だけごっそりと入れ替わってしまったかのようだ。
メリルは、近くにいた巨人に向けて、魔法を乱射し始めた。詠唱も一切行わずに、目を閉じて眠ったまま。
「お……………………おぉっーーー………………」
炎、雷、水、風、大地。
全てが巨人を蹂躙していく。
あの主を一撃で葬ったはずの巨人が、抵抗も出来ずに壊されていく。巨人の体に纏わりつく魔法たちは、まるで逃れようのない眠気のようであった。
やがて乱射も終わり、巨人も姿を消していた。
完全に消滅していた。
ヤバい。あのバケモノは私達も確実に殺しにくる。あれはメリルなんかじゃない。眠りを運ぶバケモノ。しかも永遠の眠りを、だ。
(ユリアを連れて逃げなければ……!)
だが、恐怖と自分にも分からない何かによって私の動きは制限を受ける。
(主……どうすればいいのだ?私は何を………すればいいのだ?)
メリルは対象が消滅した事に気付くと、側にあったメリルが縛り付けられていた機械に向かう。
謎の機械から伸びていたチューブや椅子は魔法によってあらかた薙ぎ払われた。
だが、巨大な望遠鏡のような物は、あれだけの魔法を浴びたにも関わらず、一切の傷もついていなかった。
眠らない物があるのが気に食わないのか、メリルは何度も魔法を撃ち込み続ける。
………あれが終われば、次は私達だ。
もう、終わりなのか。諦めるしかないのか。
結局私は何も出来なかった。主の敵を討つことも。メリルを助け出すことも。ユリアを連れて逃げることも。自分自身が逃げ出すことも。
ザザッ……ザッ………ミ、聞こザザザザッ
思えば短い人生だった。
ザザザザッえてるなら……ザザッしろザッ
生まれ変わるなら私は………
(おい、ヨミ!聞こえてるんなら返事しろ!)
幻聴が、聞こえた気がした。
次々回、4章最終話となる予定です。
今月は忙しかったので大分期間が空いてしまいましたが続きでした。
次の話は早めに出せるよう精進します……!