34話 どん底
落ちて墜ちてオチ続けた人生。
もしかしたら、これからは上っていくのかもしれない。
そんな希望を何度も抱いた。
ことごとく打ち砕かれた。
その度私は涙した。
ただ、ここからいなくなりたいと願うようになった。
でも、最強はそれを許してくれなかった。
何度も求めた楽しい日々。温かな人々と関わって、私はまた願ってしまう。
いつかこんな素晴らしい人々に迷惑をかけてしまうのならば、どうか。
叶わない願い。他には何も望まないというのに。
一番底に着くのはいつだろうか。
◇
人生には、良いときと悪い時があり、どちらかが来れば次はもう片方、と代わる代わる来ると聞いたことがある。
なるほど、それは真理であったというわけだ。
優しく強く、そして側にいてくれる仲間と出会えた俺に、次に来るのは悪い時だったようだ。
「隼人……どうする」
俺は隼人に意見を求める。まずこの状況、打破するのは不可能に近い。
ならばもちろん逃走するのが最善。だが。
「逃げるにしても、紅助を回収してから。だね」
いくら相手が格上だからといって、仲間を捨てていい理由にはならない。俺は隼人の視線を受け、走り出す。
「『ブレイク・ワールド』!」
隼人のブレイク・ワールドによって、一時的に俺にかかる空気抵抗が格段に低くなる。
……いつもより効果が高い。隼人の必死さが伝わってくる。
無論、俺だって死を覚悟して走っている。
「ふーーーーーーーたーーーーーーーーーりーーーーーーめーーーー……」
セリフはとてもゆっくりだが、体の動きは俊敏だ。
空気抵抗を受けずに動く俺の真上を正確に狙い、チョップを落としてくる。
それより速く、俺は刀を抜き放ちいなす。
神界にて鋳造されたこの刀は、銘を『水面の揺らぎ』という。
『その美しさ、揺れる水面のごとし。これを手にせし者、流水の如く舞い踊る』
この世界に伝説としても残っているこの刀は、先代の主と共にあらゆる攻撃をいなし捌き、どんな敵でも一刀の下に両断してみせたという。
……俺にそれほどの力があれば。
現在の俺のレベルは59。
三勇者の中では二番目である。
通常、モンスターと戦う時はレベル差10以内が基本だ。
それ以上を相手にすれば、ほぼ確実に死ぬ。
巨人とのレベル差は28。もはや勝利は不可能。だが。
「回避は普段から修練を重ねているんだ、そう簡単に当たりはしないよ!」
剣士としては二流の俺だが、回避に限っては、装備の補正も相まって一流級だ。
巨人が、手、足、瓦礫など、なんでも使って攻撃を仕掛けてくる。が、俺は殆どを動体視力と反射神経で避け、刀でいなし、回避し続ける。
「くそっ、隼人……急いでくれ………」
だが、物量には耐えきれず、少しづつではあるが俺にも攻撃がヒットし始めた。
「もーーーーーーーーいーーーーーーーーいーーーーーーー」
突如、攻撃の雨が止んだ。
俺は体の至る所から出血し、回避し続けた事で溜まった疲労に耐えきれず片膝をついた。
呼吸が荒い。荒いなんてもんじゃない。
呼吸。できているのだろうか。
声が聞こえた。
「見つけた。応急ショ……処置した。逃げて」
俺の側には、隼人の精霊がやって来ていた。
緑色の、羽の生えた小さな馬だ。彼は風の中級精霊の『サスペガ』だ(命名 風雷隼人)。
精霊の中でも数少ない、会話を交わせる精霊である。
精霊は、よほど高位の精霊か、人間に触れて育った者でないと会話は成り立たない。
隼人にそう伝えるように言われて来たのだろう。
彼はそう言うと一目散に帰っていった。
「俺も、行くか。『水の活力』」
溜まった疲労を魔法で誤魔化し、全速力で走る。
隼人と紅助の魔力は長年一緒にいるからか、見分けることができる。
俺は、そちらに向かって全力で駆け出した。
走って走って走り続け、ようやく二人のもとへたどり着く。少し崩れた建物の地下で二人は待っていた。
「紅助、無事か!」
「水有、静かにしてよ。起きちゃうでしょ?」
「あ……あぁ、すまない」
死を覚悟した。再び、仲間を、家族を失う覚悟も。
でも、生き延びた。
「本当に……良かった」
俺は隼人と笑い合う。
「水有、そういえばあいつはどこいったの?最後に大きな振動を感じたのはついさっきなんだけど」
ついさっき?俺は逃げるのに必死で気付かなかったが、また何か起きたのだろうか。
その時だった。
声が聞こえて……
「とーーーーーーーーーうーーーーーーーーちゃーーーーーーーくーーーーーーーーー」
大質量が、一番下まで落ちてきた。
◇
皆は何処にいるのだろうか。
私は未だにモニタールームにいた。
どのモニターにもさっき見えた魔女殿の姿はない。
勇者殿達もそうだ。
何やら酷く砂煙がたっている画面が幾つかあることと、数個映らなくなってしまったのを最後に、変化は起きなくなった。
「私は一体何をするのが正解なのか……」
というかここは何処なのか?
と、モニターに変化が。
いくつかのモニターに映っていたはずの砂煙が晴れた。
そこに残るのは、無残にも地面に倒れ伏した勇者たちだった。
◇
「あれは……!」
来た。
来てしまった。
「「「ああああああああああっっっ!?!!!?」」」
彼もあの子も彼女も。
迷惑。
私がいれば、皆の邪魔だ。
私がいたら、人が死ぬ。
私がいたら、人じゃなくても死ぬ。
私は眠りを連れてきてしまう。しかも、私以外の誰かに。自分では眠りにつけない、一人じゃ眠れない赤子のようだ。実際問題、そうに違いなかった。人の手を借りないと生きられない。迷惑しかかけられない私には、生きる権利などない。
そう、思い続けてきた。
彼は言った。
もう少し生きてみないかと。
「希望を探してみる」なんて言ったが、希望と絶望は表裏一体。希望は見つけるたびに絶望へと変わっていく。
大切な人を、もう二度と失いたくない。
そんな思いが積み上がっていく。
もう、疲れた。
もう、生きていたくなんかない。
私がなければ、私が悲しむこともない。失うことも楽しいことも苦しいことも嬉しいことも辛いことも優しくされることも恐れられることも愛されることも排斥されることも。
ぜんぶ、なくなる。
私の願いは………
「……死にたいなぁ」
俯きながら呟いた言葉は、涙とともに落ちていった。
涙は、地面に垂れると同時に吸われていく。
ここは一番下ではないらしい。
◇
「助けに来たぞーー!!!」
華麗に着地。
ヨミは上手く着地できたようだが、ユリアは顔から突っ込んでいった。うわぁ、痛そう。
涙を流しながらも微笑むメリル。
「久しぶりだな」
「………ええ、そうですね」
辛そうに。でも、嬉しそうに笑うメリル。
「……ごめんなさい。また、あなたに迷惑をかけてしまいました」
「謝んなよ、いつもの事だろ?もう慣れたし。それに……」
言葉を止めた俺を不思議そうに見上げるメリル。
………あれ?
この状況って、まるで俺が勇者みたいじゃん。
散々寄り道しちゃったし勇者たちが先に着いてると思っていたので、こうなることは全く予想してなかった。
……どうしよう、なんか気の利いた台詞でも言うべきだろうか?
そんなバカな事を考えていたのが悪かったのだろうか。
俺たちが落ちてきた穴よりも、遥かに巨大な穴をあけて、ヤツは落ちてきた。
しかも、ピンポイントに俺の真上に。
「てーーーーーーーーきーーーーーーーーしーーーーーーーーーねーーーーーーーー!!!!」
大質量が俺を踏み潰す。
一瞬だけ、メリルの顔を見た。
そこには。
深い深い、絶望が浮かんでいた。
俺は目を閉じてみた。何も見えなくなった。
まるで襲い来る眠気のような温かさが俺の体を包む。
俺は、絶命した。
眠たい




