30話 あなたは勇者と戦えますか?ーナシよりのナシ
現在、勇者一行は既に行軍をはじめているそうなので、俺たちもその目的地に向かう事となった。
その目的地というのが王都や結界村とはまた逆の方角の、マテリア王国の西側に位置する『二重の森』と呼ばれる場所らしい。
その森では数年前に原因不明の大爆発と魔法暴走が起こったため、現在ではその周囲に魔法結界が張られているとのことでテレポートを使おうとしても阻害されてしまう。
一旦王都に来てほしいと言われたので準備を整え、王都にテレポートしてから聞かされたこの情報なのだがもう少し早く言ってほしかった。それならまだ心の準備も出来たのに………
「主、大丈夫か?ブルブルベリーよりも青い顔になっているぞ?」
「ええ、もはや芸術的な域にまで迫るほどの青さですね」
お褒めに預かり至極光栄にございますと軽口を叩けない程、俺は疲弊していた。
うん、やっぱり馬車は駄目だわ。
しかも馬車は舗装されていない山道に入ったようで、酷い揺れが俺たちを襲う。そして俺にのみ、激しい嘔吐感が………
「出る」
「ユリア、窓を開けろ!早く!」
「分かりました、今すぐ!」
開け放たれた窓から上半身を放り出された俺は、周囲の木々に上半身全体を激しく殴打されながら肥料を撒き散らしたのだった。
こうなるとは分かっていたが、特に対策の打ちようもないのでどうしようもならない。酔い止め薬も無いし、何をどうしたら三半規管に作用する薬を作れるか分からないので自作も不可。
こりゃあ乗り物は一生俺の天敵になりそうだな。
「ははははっ、魔女殿たちはいつも賑やかですなぁ」
「あはは……お褒めに預かり至極光栄です………」
あらかた吐き終えてスッキリしたので、今度は口にすることに成功した。だからなんだという話なのだが。
というか初めての王都だったのに、一切観光出来なかった。また来てやるぞチクショー!
「お師匠様、大丈夫ですか?とりあえず顔色は治ったようですね。馬車が駄目なのは知ってましたが、ここまでとは思いませんでしたよ……だからこの間は沢山休憩を挟んでたんですね」
一人納得顔のユリア。そう、今回は仕事。しかも急ぎらしいので、向かう間一切休憩なしの強行軍。着く頃には俺、搾り滓になってるんじゃないかな………
「すみません、魔女殿。馬車が駄目なのは聞いていましたが、今回は火急の用件なのです。王城に脅迫状まで届いたのを鑑みると、復活を目論む輩の準備は殆ど整ったと見ていいでしょう。復活は、時間の問題なのです」
なるほどねぇ。脅迫状に何かヒント的なものは無いのだろうか?
「えっと、団長様。その脅迫状が届いたというのは初耳なのですが、一体どういった内容なのですか?」
おっ、ナイスユリア!
「ええ、確かにこの仕事を受け持って貰うには皆様には聞いておいておかねばなりませんな。それでは今から読み上げますぞ」
脅迫状とはいっても、その相手が相手だ。脅迫状というよりは宣戦布告、とかの方が近しい可能性もある。それに相手が何を要求してくるのかも問題だ。とりあえず内容を聞いてみるか。
「『我、世界を統べるもの也。これより我が力によって、全ては滅びる。貴様らは選択を誤った。この偉大なる頭脳を異端とみなし排斥したことで全て失うのだから。滅びを止めたくば我らが本拠地に攻めてくるがいい。大いなる力をもってどんな戦力であろうと叩き潰してくれる!元Dr.マッド・マッド・マッドソン』と書かれていました。実はですな、このDr.マッド・マッド・マッドソンというのは元はマテリア王国にて科学者として名を馳せていたのですが、とある研究を仲間と共に秘密裏に行っていた事が発覚し解雇、そしてマテリア王国から永久追放となったのです」
まぁ名前からしてヤバそうだし、文面から解雇、そして永久追放されたことを恨んでいたのだろうことは分かった。だが、秘密裏に行っていた研究とは一体何なのだろう?ちょっと聞いてみるか。
「そして、言いにくいのですが………」
おっ?まだ続きがあったようだ。
「その秘密裏に行っていた研究というのが、人工的な竜の創造。……ユリア殿の故郷に攻め込み、ネクス王国を操っていた人工竜を創ったのが奴らなのです。人工竜の脱走によって事態が露見し、我らの国は国難を免れたのですが……」
おっちゃんは居心地悪そうにユリアを見やる。そんなおっちゃんに対して、ユリアは無理をする風もなく優しく微笑んで見せた。
「大丈夫です、なにもそんなことで怒ったりしませんよ?あのことがなければ、私は今も一人ぼっちだったでしょうし。それに………」
ちょっと顔を俯かせつつチラチラと俺を見るユリア。その顔が真っ赤に染まっているのを俺は見過ごさなかった。
ニヤニヤしている俺を見て拗ねたように唇を尖らせるユリア。プイッとそっぽを向くと小声で、
「お師匠様と一緒にいられなかったでしょうし……」
と呟いた。
いやぁ、ウチの弟子は今日も可愛さ1億%ですなぁ。
「事前に防ぐことが出来ず本当に申し訳ない、ユリア殿。ですが、今回の件に関しては被害がマテリア王国のみに収まるかどうかすら分かりません」
「?というと?」
「睡眠欲の魔砲は、伝承では人々のみならず神々すら滅ぼせる代物だと書かれています。それが実在したとなれば………」
「世界の危機というわけか。主!これだけ大きいスケールの話なのだ、是非私も活躍させてくれ!」
目をキラキラと輝かせ、尻尾を扇風機の如く振り回すヨミ。確かにコイツ、最近出番無かったしな。
「分かった、しっかり働いてくれよ?」
「ああ、任せろ!」
ヨミは嬉しそうに微笑んだ。
◇
(ここですか。初めて訪れた場所です、スキル『空間探知』を行いますか?)
頼む。
(命令を受諾、発動します。『空間探知』)
スキル『空間探知』は、風、土属性の複合魔法で、その名の通りに空間を把握できる。もう魔法結界は抜けているため、内部の空間も把握することができる。
結界村の森では何故か使えないんだよね。
魔法結界も破壊してしまえばいいのだが、いかんせん周辺被害が怖い。当たり一面は森なのだが、ちょこちょこ川なども見かけている。こないだのトーレンさんみたいになるのはもう勘弁だ。
「ただでさえ苦しいんだし……ん、終わったか」
(マスター、空間探知が終了しました。絶対記憶を発動しますか?)
よろしくお願いします。すぐ忘れちゃうからね。
「ふぇー、木、木、木!流石は森だと感服せざるをえませんね」
「何馬鹿なこと言ってんだ。それよりさっさと行くぞ、道も把握したし」
「魔女殿は空間探知も使えるのですか。魔女殿に出来ないこととか無さそうですな」
おっちゃんが言うが、そんなわけがない。
いくら俺でも………
「誰かの死だけは覆せないからな。自分のは覆せるけど」
「うむ、まぁそうですな。いくら魔女殿でも自分以外の運命を覆すのは無理があるでしょう。それに、そんなものポンポン覆されても困りますしな。ハッハッハ」
出来るやつは現在絶賛家出中だし。それにあんた一回それで救われてるんだから困るとか言うなよ。
「さて魔女殿、ここからは歩きで向かいますぞ。勇者殿たちがいるのは一つだけ森にあった廃屋とのことです。さあ、行きましょうか!」
◇
森の中をひたすら歩き、俺たちは目指していた廃屋が視界に入る位置まで辿り着いた。
「今更だけど、ユリアって結構体力あるよな。俺みたいにズルしてるならともかく、お前は素の体力だろ?」
俺はとにかく体力が無いので、初級風魔法の『風の後押し』で体力を増強して歩いてきたのだ。
現世でも使いたかった。
「そこは元はとはいえ真竜族の端くれですからね。基礎ステータスが高いのですよ」
なるほど、素体の差ってやつか。
「主、私には触れないのか?」
「正直、ソルスにも勝る腕力のお前が体力ないとは思えない」
「なっ!?別に私だって好きで腕力があるわけじゃないんだからな!?しかも私だって乙女の端くれだ、そんなことを言われると、傷つくのだぞ……?」
徐々に口調が弱くなっていく。ヤベェこれやっちまったか?
「あ、あぁ、すまん。その……すみませんでした」
舞い散る桜の花のように土下座した。うん、やっぱ俺が悪いなコレ。土下座じゃ足らないかも……
「それじゃあ謝罪の意を示すため腹を掻っ捌かせて……」
「主は不死だろうが」
おっとバレてた?
なんてふざけた会話を交わしていると、突然。
「『バーニングアクセル』」
「『対雷付与』、『雷霆の剣』」
「『波紋同調』、『双剣演舞』!」
おびただしい数の支援を受けた双剣が世界を斬り裂いた。
―――――――
食らうかっ!
咄嗟に剣で防いだ団長は放っておいて、無警戒だったユリアと見切っていたが動けないヨミを抱えて跳んだ。
ああ見えて、おっちゃんも結構やるらしい。俺にワンパンされたけど。
「なんだなんだ!?敵襲かよ!」
着地する前にこちらに跳んでくる敵。さっきは死角から斬りかかられたので見えなかったが、顔を一切隠していない。というかイケメンだ○ね。
右手には水のような透明度を誇る美しい剣、左手には大空を切り裂く雷をそのまま掴み取ったような電撃が握られていた。
ちょっと待てよ?イケメンだし、ブッコロしたいのは山々なのだが、コイツもといコイツラは………
イケメンは両手の剣を振りかざし、俺に向かって振り下ろす。俺はユリアとヨミを抱きしめ、空中で方向転換する。
腕の中の二人が「「なっ!?」」と同時に叫んだが、緊急時なので許してほしい。
元々奴を見ていた俺が方向転換すれば、自然と奴に向けるのは背中となる。
剣は俺を3つに分断せんと迫り……
「『結界』!」
結界に阻まれた。
だが、剣の勢いは止まらず結界を砕き割る。
ヤベッ!?
まさか結界を割られるとは思ってなかった俺は一瞬死を覚悟するが、いつまで経っても俺が死ぬことはなかった。コツンと音をたてて俺の背中にぶつかる水の剣。雷の剣は魔法で作り出していたようで、俺にぶつかる寸前にレジストされたようだ。
………あっぶねぇ、結界で威力殺してなかったら死んでたかも………
最終手段として破壊スキルもあったが、高そうな剣だったので持ち帰って売りたかったので使わなかった。
まぁ、売れないのだけれど。
「まぁ落ち着けよ、勇者サマ」
イケメンは剣を下ろすとこう言った。
「ということは、君が破創の魔女……って訳か」
おっちゃんのこと忘れてない?
◇
木に叩きつけられ伸びていたおっちゃんを介抱するため、俺たちは勇者たちがいた廃屋にある一部屋にいた。
「む、う………うぅむ…………ここは?」
「おっ、団長さん。やっと起きましたか。ここは謎の廃屋。目的地ですよ」
「そうですか……ということはさっきのは………」
「ウィスカーさん、すみません。巨大な魔力が近づいてきたものですから敵襲かと勘違いしてしまいまして……」
そう、襲ってきたのはやっぱり勇者だったのだ。
「じゃあ自己紹介をさせて貰うよ。俺は朝比奈水有、マテリア王国三勇者が一人だ。まぁ、よろしく」
「俺は赤城紅助、水有と同じく勇者だ。お前があの有名な破創の魔女なのか?」
「僕は風雷隼人、勇者のひとりだよ。お姉さん、以後よろしくね」
「誰がお姉さんじゃボケ、ブッコロするぞ」
「「「え?」」」
三人の声が響くのは同時だった。




