22話 聖なる夜の贈り物ークリスマス特別話 後編
良い子に寝てない皆さんへ
作者サンタからのプレゼントですよ!最後のシーンは覚えておいて貰えると!
今からサタンとかいう悪魔と戦うらしいのだが、私達のパーティーにそんな気配は一切感じられない。
理由はお察しの通り。
「あーあーあーっ。魔導具テストオッケイ!それでは一曲、聞いてください。『悲しみと苦しみの絶え間なき連鎖』」
「やめろ、そんな縁起でもない曲名の歌を歌うんじゃねぇ!あぁもう、だから連れてきたくなかったのに!」
「リン君がユリアに負けたからでしょう?全く、ユリアに甘すぎですよ……」
「はぁ……」と、見せつけるように溜め息を吐くメリル。
私達の前では、ユリアが楽しそうに進んでいく。久しぶりの皆での外出(異物は除く)なのだ、はしゃぐのも無理はない。私はユリアの背中を温かい目で眺めていた。
「おい、どうしたヨミ。そんなユリアの方ばっかり見て。ま、まさか欲情したんじゃないだろうな!?ユリア任せろ、俺が守ってやるからな!」
「?はい、頼りにしてますね!」
前半が聞こえていなかったであろうユリアの発言に、主が顔を赤くして「いや、いまのはその……」とかもじもじしながら言っている。
なんだろう、百合の花が咲きそうな雰囲気なのだが。そういえば主は男だっけ?
「ユリア、きっと聞こえていなかったと思うがこれだけは言っておこう。私は太陽教徒ではないからな」
太陽教には、この世界に存在しうる全ての性癖を持つ人間たちが集まっているらしい。獣人には動物と話せる者もいるらしいし、生物の垣根が越えられると言うのなら性別の垣根など気にしなければ良い、というのが私の持論だ。太陽教徒は『自由』という最大の教えに従っている。つまり、なんでもする。らしい。
出会ったら逃げろと何度も教えられた。
「ねぇ、なんで皆私の可愛い信徒たちを積極的に嫌うの?そんなことに嫌な感情を向ける位なら、この世界に害しか及ぼさない悪魔どもをぶった切って頂戴よ」
「実際出会ったことはないが、その悪魔どもにお前の信徒が含まれてないわけないだろ。こんだけの悪評を頂いてるんだ、相当酷いんだろ?」
相も変わらず適当な主だ。人を噂だけで評価するのは良くない。多分。
ちなみに、今私達はサタン到着まで時間があるためゆっくりと北に向かっている。伝令の騎士がサタン降臨を伝えてくれ、その方角が北だったからである。
「はっ!魔女様!たった今、まるで春一番のようなインスピレーションがビビッと!聞いてください、『甘すぎる蜜を舐めあう百合』」
「歌うな、ぶっ飛ばすぞ!」
確かにうっとうしいが、死んでしまうから、やめてあげてほしい。
◇
ここでやっと冒頭に戻る(前話)。
ヤツが現れる直前に雪が降り始めた。ヤツの能力なのか?それとも、何か別の意味合いが………
「ソルス!浄化出来るならやっちまえ!無理そうならメリルが足止め、ユリアでトドメのパターンだ!」
「任せて頂戴!アハハハハハッッ!木っ端悪魔如きが私の前に現れたこと、後悔しながら消滅しなさい!」
「ソルスが!ソルスがおかしいです!」
ソルスはあれが平常運転だと思う。
「とりあえずドラゴンフォースだけ展開しておきます!」
このパターンに私が入っていないのは当たり前だ。
あんなに血を滴らせる刃物に私が近づける訳がなかった。
「あぁぁぁぁぁっっっ!!!!主ぃぃぃっっっ!!!」
私は号泣していた。もちろん純粋な恐怖から。限界を超えた脚力で、咄嗟に主に飛びついた。
「よーしよし、怖くないぞー」
主が優しく頭を撫でてくれる。面白がっているように感じるが、きっと気のせいだ。
「うぅぅぅ………」
少し落ち着くことができた。呼吸を整え、できることなら二度と視界に入れたくない化け物を見る。
詠唱を始めたソルスを警戒しているのか、動こうとしない。
ソルスの体が光輝き、膨大な魔力が集まっていく。その様は、夜を破る日の出のようにも見えた。
「『聖星の裁き』!」
聖職者が戦闘を行う際には杖を持ち、魔法の威力を底上げして戦う。というのがスタンダードなのだが、ソルスは杖無しであれ程の大魔法を行使できるらしい。全く、家のパーティーは規格外なメンバーばかりだ。
ソルスが突きだす右手から、溢れんばかりの輝きを湛えた巨大な剣が飛び出す。剣は、辺り一帯を真昼程の明るさに変えながらサタンに突き刺さる。退魔魔法にしては過剰すぎる威力だ。だが、飛び出した剣はサタンにダメージを与えられていないようだった。
「リン!ダメだわ、こいつ悪魔じゃないわよ!」
「なんだ、違ったのか。まぁいい!ユリア、やっちまえ!」
だが、ユリアがぶっぱなす前に、サタンは右手に持った鉈を私達に突きつけて言った。そう、私が抱きつく私の主に。
「破創の魔女よ」
「ワシと決闘しろ」
◇
ヤツは一体、何を思ってそんな馬鹿な事を言ったのだろう。ヤツが相対するのは世界最強。あの老体で敵う相手ではないと分かっているはずだ。
確かにヤツからは膨大な魔力が感じられる。さっきソルスに相手にもされなかった鹿のような生物も、相当の手練れだ(蹄練れ?)。
「それが目的で結界村に向かって来ていたのか?」
主は、村の外に広がる噂からは想像出来ないが、結構平和主義者だ。言い換えるとただの面倒くさがりだが。
というわけでさっきのパターンにも主は含まれていない。
「おい、ユリア。詠唱をやめろ」
ユリアがビクッとしながら詠唱をやめる。私にも聞こえない程の小声だったので、きっと撃ちたくて撃ちたくてたまらなかったのだろう。
だが、主はやるときはやる。
「いいぜ、受けてやるよ。その決闘」
◇
互いは数メートルの距離を取り対峙している。
サタンが鉈を振り上げ、シュパッと切り払う。
「ワシはサタン、この世界の均衡を司る者。『ハッピーラッキープレゼンツ』の名に置いて、貴様に死をプレゼントしにきた。いざ、尋常に勝負!」
サタンが鉈を構える。
主は特に何かするわけでもなく。
「俺はスズキリン、『破創の魔女』だの呼ばれているがそれこそ不本意でしかない。かかってこいよ、早めに終わらせたい」
構えることもせず、極めて自然体だ。
「流石最強………か。赤鼻!」
サタンの側に待機していた赤い鼻の鹿が飛び出してくる。
鹿は主でも難しいという、空中歩行を見事に行って見せた。周囲を暴風が襲うこともない。
「なっ………!?」
主の驚きの声に、サタンが不敵に笑う。飛び上がった鹿は空中で動きを止め、魔法を放ってきた。
それはなんとも形容しがたい物だった。無理矢理言うなら、赤い光弾。しかもとてつもない速さで主に迫っていった。
「『破壊』……うっ……!?」
破壊スキルでいくつもの欠片に分断されたはずの光弾が大爆発を起こす。
「主っ!」
「心配すんな、平気だ!」
もちろん、心配するまでもなく無傷なのだが、何故か落ち込んでいる自分がいる。
嫌な感覚だ。まるで、主の存在が受け入れられないとでもいうかのような。
私の心を乱す感覚を頭から追い出し、戦いに集中する。主が決闘を受けた以上、私達が手出しすることはできない。
もちろん、私は主が決闘を受けていなくても手出しはできない。
それならば、私に出来るのは相手の観察だ。相手の得意な魔法、戦法、攻撃パターン等を読み、主に伝えるのだ。
そんなことを考えている間に、戦況が動く。
「青鼻、『二光乱弾』だ」
二体目の鹿がサタンの指示を受け飛び出す。奴は空中を歩くことはなく、地面を歩いていた。ゆっくりと、確かな足取りで。
先程の光弾鹿もそれに合わせて魔法を紡いでいるようだ。
「主!連携魔法だ!」
「分かってる!」
連携魔法というのは、魔法を使う者が二人(二匹でも可能なのは今知った)以上で同じ魔法を唱え、なおかつ完全に相手と同調しなければ放つことができない高等技術だ。もちろん、連携魔法の威力は単純計算では計れないほどに増加する。
だが主は連携魔法など眼中にないとでもいうかのように、鹿の後に飛び出してきたサタンと殺りあっていた。
「チッ、思ってたより強い……!」
私と同レベルの速度の剣閃を素手でいなす主。いつもヘラヘラとしている顔には、珍しく焦りが浮かんでいた。
負ける?
こんな言葉が頭に浮かんだ。そんなことがあっていいはずがない。私は主の忍びで、それで、それで………
………これだ。
私は叫んだ。もちろん、主のために。
「主、歌うんだ!」
鹿によく似たとなかいという生物の歌を。
◇
真っ赤なおっはっなーのー、トっナカイさーんーはー♪
いつっもみっんなーのー、わーらーいーもーのー♪
でもっそのっとーしーのー、クリスマスーのー日ー♪
サンタのおっじっさんはー、いーいーまーしーたー♪
くーらーいーよーみーちはー、ぴっかっぴっかっのー♪
おーまーえーのーはーなーがー、やーくーにーたーつのっさー♪
いつっもなっいってったー、トナカイさーんーはー♪
こよーいこっそっはっとー、よーろこーびまっしったー♪
今日、くりすますについて聞いた時に主が歌っていたのを思い出したのだ。ソルスがいつの間にか空中に光で楽譜を作っていたので、パーティー皆で(異物含む)の大合唱になっていた。ヒナタの歌は相変わらず下手くそだったが、さっきほどではなかった。作詞作曲が自分ではないからかもしれない。
◇
『ハッピーラッキープレゼンツ』、サタンは討伐された。結局、奴はなんのプレゼントも残さず消えてしまった。鹿たちも気付いた時にはいなくなっていた。
これで一件落着、でいいのだろうか?
いや、まだ終わっていなかった。
「くかーっ、すかーっ………」
あの後、冒険者ギルドにて、浴びるほど酒を飲んだ主は主の部屋で良く眠っている。
私は懐からあるものを取り出す。
それは、不器用なりに頑張ってラッピングしたプレゼントボックス。共鳴石のお礼にと本気で頑張ったのだが、鋏が使えないのでどうしようもならなかった。
それを主の枕元に置き、
「メリークリスマス」
◇
そろそろお師匠様も、グッスリでしょう。
そう思い、私はベッドを出る。
そう、この時を待っていた。少しの間眠ってしまったことはここだけの秘密だ。
私はお師匠様の部屋へと向かった。
ドアを開けると、やっぱりグッスリ眠っている。
私が枕元を見ると、そこには一つのプレゼントボックス。
胸がチクリと痛む。
だが、その痛みがまだ私には何か分からなかった。
プレゼントを置くと、
「メリークリスマスです」
◇
私は今日も眠れない。睡眠欲の魔女が眠れないなんて、これほど滑稽なことが他にあるだろうか?全く笑えないが。
私の部屋には私一人。
私は一人、恐怖と格闘している。毎夜の如く。
太陽の女神様はお酒でグッスリです。




