16話 あなたは私を信じてくれますか?ーYES
飛んでいた。
自らの体から生えた機能しないはずの両翼は、創られてから数年、初めてその本来の働きを果たした。
右の翼と左の翼を同時に上下させる。翼は空気を押して体をさらに上空へと連れて行く。
不意に呪文が頭に浮かぶ。我は躊躇することなく呪文を唱えた。
唱えると、頭部に膨大な魔力を感じる。構わず発射する。
それは呪いだった。我だけのものではない。もっと大きく、もっと膨大な、激しく、燃え盛る恨みつらみが我から吐き出された。
怨念、怒り、苦しみ、妬み嫉み………負の感情が、実体を伴って現世に現れる。声が頭に響く。うるさくはあるが、これが我を完成に導いたのだ、不快には思わない。
遂に我は完成したらしい。
死の国との繋がりを持つことで。
◇
「ヨミ!」
俺たちはネクス王国の王城に転移した。
「ん、誰かと思えば主たちか。早かったな」
あの話を聞いた後、即座に飛んできたのでそりゃ早いだろう。
「準備はできているのだろう?さぁ行くぞ!」
「ちょっと待て」
「なぜだ!こんなに早かったのに………あっ」
ヨミが顔を赤くする。
どうしたんだこいつ?
「い、いや……その、私の怪我は心配しなくていいから!そんなことより!さっさと追いかけるぞ!」
プイッとそっぽを向くとヨミは歩いて行ってしまった。
………あぁ、共鳴石か。
俺の思念が乗っていたのだろう。まあ心配していたのがバレようが特に支障はない。
だが、なぜあんなに顔を赤くしていたのだろうか?心配されたのが嬉しかったのか、それとも恥ずかしかったのか………
見当がつかないので思考を放棄することにした。
「お師匠様ー!!待ってください、早すぎます!」
やっとユリアやソルスたちが追いついてきた。
「お前ら、やっと来たのか。遅かったな」
「遅かったな、じゃないわよ!あんた周りの人のこと考えたことある!?ここには兵士に取り押さえられたら戦える人はいないのよ!?」
ソルスがユリアとエルデを背負ってきたようだ。確かにそれが一番早い。というかエルデはなんで気絶してんだ。
ソルスが察したようで、エルデについて話し始めた。
「いやあ、洞窟おじさんったら『あの魔女より活躍してみせます、ソルス様!』とか言って突っ込んで行ってね?私は止めたのよ?止めたんだけど………ね?」
どうやら睡眠霧に巻き込まれ、倒れた拍子に大怪我を負ったらしい。ホント使えねぇなコイツ。
「じゃあコイツだけドラゴニアに置いてくるよ、ちょっと待ってろ。あっ、少年少女も連れてくか」
俺はユリアの仲間たちであったのだろう少年少女を拾い上げ。
「『テレポート』」
俺は聖竜城に転移した。
そこには………
「……なっ!?魔女殿!?魔女殿が引き返してきたということは………」
まさか………!と呟くグレイ。顔面蒼白なことから、敗北したと思い込んでるらしい。エルデの流血もいい仕事を果たしてしまっているのだろう。
「グレイ様、落ち着いてください。ドラゴニアの勝利です、ユリアも無事ですよ」
「本当か、魔女殿!ネクス王国はあの伝説のドラゴンスレイヤーまで引っ張り出して来たというのに………」
「操られていたからだろうと思いますが、そこまで強くありませんでしたよ。一人ならヨミでも対処できました」
オオオオオオォォォォォォッッッッッ!!!!!!!
王城は歓声に包まれた。
「勝ったぞ、あの伝説のドラゴンスレイヤーに!」
「バッカお前、勝ったのは俺達じゃねぇ。魔女さんだろ!」
「そんなことどうでもいいだろ!勝ったぞ、俺たちは………!!」
所々から安堵からか涙をこぼす者の嗚咽が聞こえてくる。
……………………………………………………………………………………………………………………
黒幕は倒せてないんです。なんて、言える状況ではなかった。
ゴオオオオオォォォォォォ………………
「なんの音だ?」
最初に気付いたのは、もちろん俺だった。
気付いてはいたが、言えなかった。
こんな雰囲気で、ラスボスが迫ってきているとか。
静まり返った王城に響き渡る程の声で俺は叫んだ。
「戦争はまだ終わってねぇ!お前ら、こっからが正念場だぞ!黒幕はここから数キロ離れた上空にいる!いいか、全員………」
「国民のもとに避難しろーー!!!!」
さっきまでの勝利ムードはどこへやら、兵士たちは我先にと逃げ出した。
グレイはまたしても顔面が蒼白になっていた。
「魔女殿………」
「すみません………まだ残ってる、なんて言えなくて………」
「いいのだ、そんな問題ではない。問題は、やつを倒せるのかどうかだ」
結論から言うと倒せる。余裕で。
だが、一つやらなければならないことがある。それを行ったときの周辺被害が半端ないのだ。だから逃げてもらう。
できるだけ王都からヤツを引き離してから、ソルスに結界で覆ってもらい、俺がワンパン………というのが最善なのだが。
「やらなきゃならないことがあるんですよ」
グレイは少し考え込む。
「分かった。この状況、我一人ではどうにもできん。魔女殿に全てを任せよう」
「ありがとうございます」
俺は軽く礼をして、微笑んで見せる。
そして一言。
「あなたの娘さんは最高です、文句の付け所もありませんよ」
「…………は?」
急に娘を褒めだした俺に困惑するグレイ。
だが、それでいい。
「別に気が狂ったわけじゃありませんよ。例の件、受けちゃおっかなーと思うくらいにはあの子はいい子です。あっ、言っておきますが受けたりしませんからね?」
「そうか………魔女殿、この戦いが終わったら一度、我の話を聞きに来てはくれまいか?」
それがたとえどんな話でも………
また厄介事なのだろう。
「分かりましたよ。それではまた後で。『テレポート』」
物語は終幕に向かい出す。
◇
「わぁぁぁっっっ!!!!刃物っ!刃物がぁぁぁ!!!」
転移してきた俺を出迎えたのは大量の兵士たちだった。
「なっ、何者だ貴様!なぜ元々意味不明だった状況をさらに意味不明にするのだ!」
なんかすみません………じゃなくて!
「『破壊』」
あれっ?
兵士たちにかけられた洗脳の魔法を解除しようと、破壊スキルを使ったのだが………
「何をした、貴様!何も起こっていないが!」
何も起こらなかった。ということは、洗脳は解けているのだろう。
「皆さん、落ち着いてください。俺たちはこの国を乗っ取っていた竜を討伐しに来ていたんです」
「あの竜の事か………何故我らはあれ程の長期間騙されていたのだ………」
「それはカクカクシカジカニホンジカ………」
経緯を説明すると皆納得してくれたようで、包囲を解いてくれた。
「すまない!まさかあなた方が我らの恩人だったとはつゆ知らず………」
「いえ、もういいですよ……それでは急いでますので…『テレポート』」
俺が誤解を解いている間に、しれっと俺の服に掴まっていた準備のいい仲間たちを連れて、俺は最終決戦に向かった。
「お師匠様、あれが………」
「ああ、あいつが元凶だ」
上空にはまるで獲物を探す鳶のように旋回する黒竜の姿があった。
兵士たちは土魔法の『迷彩』と風魔法の『無臭』を使っているようで、見つかっていない。
王城にはメリルも居たため、近づけなかったのだろう。今の所犠牲者はいなさそうだ。
「主、私の仕事は!?」
ソワソワとしながら問うてくるヨミに、俺はこう返すしかない。
「もうない」
崩れ落ちたヨミは放っておく。
「ソルス、物理結界だ。あいつが俺の指定したポイントに向かうように対物理結界を張ってくれ。俺が後ろから追い散らすから、ポイントまで行ったら結界で閉じ込めろ!そうしたら………」
「ユリア、ドーンとやっちまえ!あっ、詠唱はしっかり終わらせとけよ!」
ユリアにピシッと指をさす。
その瞬間、ユリアの頬を一筋の雫がつたった。
「おい、ユリア?どうした?」
急に泣かれると流石の俺も動揺するんですけど!?
「いえ、何でもないんです。ただ………」
ユリアは続けなかった。
その代わりに一言。
「………分かってますよ……………流石に、そんなヘマはしません」
何かが吹っ切れたように。
全てを打ち負かすような明るい笑顔を浮かべたのだった。
◇
「それじゃあ始めるぞ?」
お師匠様は、支援魔法を貰わなかったし、かけなかった。
カインとは違い、生身で大空を旋回する竜を追い散らそうというのだ。相手は黒竜、フォレストタイガーの比ではないスピードと膂力を持つ。
ソルスさんもエルと違い、遠く離れた場所から結界を張ったりはしない。
私の魔法の効果範囲は異常に広いため、ここも巻き込まれる危険性があるのだが、彼女は動かなかった。
ヨミさんはのの字を書いていじけていた。ちょっとお耳をモフモフしたくなったが、我慢我慢。
「おい黒竜!聞こえるか!」
拡声スキルを用いたお師匠様が竜に話しかける。
「『ドラゴンフォース』」
準備は万端だ。
『聞こえるぞ?虫共の羽音が!我は遂に完成したのだ、死の淵まで行きかけたがな……逆に取り込み返してやったわ!フハハハハ!!!』
耳障りな声が頭に響く。
「『物理結界』」
対するソルスさんの声はとても清らかで美しかった。
黒竜を包み込む結界は通常ではあり得ないほどの規模だった。村一つくらいなら中に閉じ込められそうだ。
『物理結界か………だが、魔法は通るだろう?「デス・ブレス」』
黒竜の口から放たれたブレスは大量の死の塊だった。見ているだけで怖気がし、へたりこんでしまいそうになる。
だが最強には通じなかったようだ。
「うっせぇボケが!これでも食らっとけ、『ファイア』!」
およそ初級魔法とは思えない程の大きさの火球が死の塊を消し飛ばし、竜目指して飛んでいく。
結界は目に見えるので、竜は唯一ある出口に向かって飛ぶ。そこが自分の墓場だとは知らずに。
「『物理結界球』!ユリアちゃん!」
物理結界で創られた大きな球が黒竜を閉じ込める。しかし、一部にだけ穴があった。
私は視線を、我が師に向ける。
お師匠様はグッと親指を立てた。
「やっちまえ」と。
「私はもう、一人じゃない。我を認めてくれる最高の仲間がいるのだ!悪いのは私です。だが貴様にも非はあるだろう!」
「一緒に償いましょう。『スプリーム・ドラゴニア』!!」
私にとって不要でしかなかったこの魔法が、結界球の穴に突き刺さる。黒竜は為す術もなく、爆発を全身に受け消え去った。私は倒れると魔力切れの気だるさを、初めて心地よいと感じた。
私はもう、自由すぎるほど自由だ。これ以上ないくらいに。
次話でこの章はラストですよー




