透き通る微笑と高鳴る心臓(男女)
ふと思い付いて、彼女に顔を近付けた。
もしかしてキス、出来るかなと思って。
「……」
「……」
けれど、それは失敗した。
彼女が、申し訳なさそうに眉をキュッと寄せる。
「やっぱり、キスは無理……?」
「……ごめんなさい」
「ううん。いいんだ。キスしたり、手をつなぐだけが恋人のやることじゃない、そうでしょ?」
「けど……」
「いいんだ」
僕は、彼女に笑って欲しくて、敢えておどけた笑みを浮かべた。
「僕は、君と話したり、こうして同じ映画を見たりして過ごせれば、それでいいんだよ」
本当だよ、と念を押して言う。
「でも、本当にこんなのいいのかな?」
彼女が、自分の手に視線を落とした。
「君のお父さんとお母さんも怒るだろうし……他の人も」
うーん。まあ、確かに彼女との交際は、怒られそうだった。
そんなの、出逢った頃からわかっていた。
きっと、「何を言ってるんだ」って激怒されるだろう。
世間体を気にする両親だから、なおのこと。
「まあ、いざとなったら、死んでこの想いを証明するさ」
「! それは、ダメ!!」
彼女が、声を荒げた。
机が、ガタンと鳴る。
彼女は、ハッとしてすぐに口を閉じ、身体を竦めた。
「別に僕は君のためなら死んでもいいんだけどなあ」
「……私は、嫌だよ」
彼女が、ぽつりと零すように言った。
「君が、こうなるの」
また、彼女は自分の手に視線を落とした。
透き通って、床が見えている手。
手だけじゃない、彼女は全体的に透けていた。
「悲しい、ことだから」
「僕にとっちゃ、些末なことなんだけどね」
彼女が既にこの世に居ないなんて、そう、僕にとっては全然大したことじゃない。
こうして、お互いを認識できて、喋れて、愛を伝え合うことが出来て……とても、倖せなことではないだろうか。
「でも、君が悲しむ顔は見たくないから」
僕は、彼女がこれ以上辛い顔をしないよう、明るい声で言った。
「当分、この選択肢はお預けだね」
大丈夫だよ、と伝えると、彼女は顔を上げて……ほんの少し微笑んだ。
透き通った微笑みはあまりにも美しく、僕の心臓は今日もドキドキと脈動するのだ。
END.