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第六十話 別働部隊

 時は遡り、イルが全面戦争に向け挙兵した直後のこと。


―――(メリア視点)―――


 イルの町から一斉に飛び出した、冒険者や騎士団の人波から外れて、私たちは移動していた。すぐに後ろから追いかけてきた騎馬に乗った騎士が私たちを騎馬の後ろに乗せてくれた。


 植物がほとんど生えていない荒野をずっと右に進むにつれ、木がまばらに生えてきて、やがて森になっていった。そこまで行ってから、フリゲーロさんは私たちに説明を始めた。


「事前に伝えた通り、此度は敵の補給路を断つことが目的だ。補給路の中継地点は調べがついている。ただし、物資の破壊は避けろ。医療品や食糧、敵の独自の武器を可能な限り回収したい。何人かの敵兵は生捕りにしろ、情報を吐かせる」


 森の中を、縫うように騎馬隊が進む。騎手と騎馬はぴったり息が合っていて、まるで同じ1つの生き物みたいだ。

 しばらく進むと、騎馬が止まる。目の前には、私達が宝玉を求めて降りたのと同じ渓谷があった。事実上の、私たちと魔族の軍の境界線。


「これで、ほぼ前線に至ったというわけだ。総員、気を引き締めろ。ここから先は敵の縄張りだと思え」


 その声に応じて、騎士たちが武器を片手に構える。馬に乗って振り回す為にあるような、巨大な槍やハルバードを軽い棒切れのように扱う彼らに、私は舌を巻いた。


 私は騎手の邪魔になるかと思って武器は抜かず、代わりにいつでも魔術を撃てるように準備をした。


【メリア、我が教えた鞘の使い方は覚えているな?】

「もちろん」

 私は小声で答えて、片手を聖剣の鞘に添えた。魔族が見えたら、これを使って自分の魔力を辺りにまき散らして、魔族だけに効く、――これは、良くない言い方かもしれないけれど――”毒”の空間をつくる。それがこの鞘の能力。


 騎馬は左に曲がって、崖に沿って進みはじめた。幸いにも魔族に会う事は無く、日が暮れはじめ、そこで野宿をすることとなった。夜間の見回りは、騎馬に乗っているだけで、まだ余力のある私たちがやる。途中から何人かの騎士が代わってくれたが、夜が明けるまで何も起こらなかったらしい。


 2日目も、ひたすら移動だった。西へ進むにつれどんどん渓谷は浅く小さくなってゆき、そしてついに私たちは渓谷の終端にたどり着いた。馬で一日以上かかるなんて、なんて大きな渓谷なんだろう。


「ここから1時の方向に進めば、補給路の中継地点があるという。魔族相手に夜戦は無謀、日の沈まぬうちに畳み掛けるぞ」


 そうして、騎馬は向きを変えた。


「接敵し次第、勇者殿御一行は馬から降りて行動してくれ。そちらの方が互いにとって動きやすいだろう」


 その時突然、甲高い笛の音がした。


「笛の音……? 全員、戦闘準備だ!」

 私たちは騎馬から飛び降りて、武器を構えた。


 木の上から、誰かが降ってきた。その爪を、剣で受け止める。


「チッ」


 降ってきたのは、魔族だった。聖水を練り込んだ銀でできた剣に触れたせいか、その爪は焦げていた。


 周りを見回すと、私たちをぐるりと魔族が囲んでいる。


 使うなら、今だ。


 鞘に触って、能力を発動させる。私の身体から魔力が流れ出て、ゆっくりと周囲に広がっていく。


 騎手の1人が馬上からハルバードを振るって魔族に迫る。魔族側はそれをよけようとするが、身体が急に重くなったかのように動くが鈍り、その間にハルバードの餌食にされた。騎手はすぐさま騎馬から飛び降り、魔族にトドメを刺しにかかる。その間に騎馬は別の魔族を蹴り飛ばし、トドメを刺し終えた騎手を乗せに、騎手の元に帰った。


【動きの鈍ったのが、見えたろう? これが鞘に備わった能力、〔聖域〕だ】


 魔族の動きが不自然に鈍ったのを見て、騎手やソイフォルたちが勢いづく。ケイディンは〔亜空間倉庫(インベントリ)〕からおもむろに、折れた巨剣を取り出した。あれは、イーラ渓谷の魔工人形(ゴーレム)が使っていたもの。いつの間に……


「ちょっと重いが……、どれくらい使えるかな?」

 そう言うとケイディンは魔族に突進していき、相手が魔法を放ったのも気にせず、その折れた巨剣を両手で振り下ろす。魔法は剣に触れた瞬間に散り散りになって、剣はその勢いを保って魔族を叩き切った。


「こりゃすげぇ、出来心で拾って良かったぜ」


 それを見て他の仲間たたいが、自分らが後れを取るわけにはいかない、ケイディンに続くぞ、とばかりに魔族に突撃し、蹴散らしていった。残された一人にフリゲーロさんが剣を突き付ける。

「さて、色々と答えてもらおうか――」

「断る」

 残された魔族は動じずに答えた。

「何故、1年以上も侵攻をせず、築いた砦に籠っている? 何を企んでいる?」

「雑兵が知るよしもない。知っていても話さないが」

「では何故、補給路の中継地点をここに置く? 海路での物資補給では足りぬか? それともここは、シントラー火山を横切って、西の四天王の砦とでも繋がるための連絡路か?」

「答える気はない、と言ったろう」

「フン、見上げた忠誠心だ」

 フリゲーロさんは、剣を魔族の胸に突き立て、縦に切り裂いた。



「ここで魔族に攻撃されたということは、我々の目的地が近いということ。征くぞ。尋問も制圧後でなければままならぬだろうから」

 彼女は私たちに振り向いて、こう言い、さっさと馬に乗った。ここまで、人の命が軽く……、いや、それが“普通”なんだ。今の世の中では。



 しばらくして、フリゲーロさんが右手を上げて騎馬隊を制止する。

「見えたぞ。頭数は大したことないか……?」

「罠かもしれません。先刻の笛、あれがもし警笛ならば、向こうは厳戒体制に入っているはずです」

「周囲を回って、伏兵がいないか見るとしよう」


 そうして、馬の向きを変えようとした時だった。森の中に、甲高い笛の音が響く。


「気づかれたか! 武器を構えろ!」


 背負った聖剣の鞘に触れ、〔聖域〕を起動。剣を抜きながら馬から飛び降りる。


 木々が多くて、敵の数が全くわからない。何人かはチラホラ見えているけれど……、


「こうなっては、正面突破する他あるまい。それが、我らの“戦”なれば!」


 それでも、騎手たちは一歩も引かずに戦いを挑むつもりだ。


 私ははじめは味方の勢いに置いて行かれてしまっていたけれど、騎手の1人と、その背後に回り込んだ魔族を見て、

「危ない!」

その間に割り込もうとした。でも、ここからじゃもう間に合わない。


「〔聖剣〕!」


 考える前に身体が動いていた。剣に込めた魔力が光波となって飛び、魔族を一撃で切り裂いた。


<経験値を入手しました>

<適正職のレベルが上がりました>


 手の震えが止まらなくなり、危うく剣を落としそうになる。左手で右手を掴んでも、震えはまるで止まらない。そうこうしているうちに、魔族が近づいて来る。攻撃される、防がないと……


「〔炎牙(ファイアタスク)〕、〔光牙(ライトタスク)〕!」

 ソイフォルが私の代わりに敵を迎撃して、そのまま倒す。

「メリア、落ち着いて」

「ハァ、ハァ、……大丈夫、わかってる、わかってる……」


 霧がかって狭くなった視界の端で、誰かが斬られたのか、赤い何かが飛び散った。


 私がこうしているうちに、誰かが傷つく。そう思った途端、冷水を浴びたような気分になった。


 手の震えは、まだ止まっていない。剣の切っ先は目に見えて振動している。でも、両手でなら、ギリギリだけど、戦える。いや、戦わないといけない。

「〔聖剣〕!」

 私は視界に入った魔族を次々と斬った。


 次第に手の震えは酷くなるけれど、それでも、味方が傷つくのは、見ていられない……


 何人目かはわからない、斬りすてた魔族の血が顔にかかる。そう、魔族の、人間や獣人と同じ赤い血。はじめて魔族を斬った時の記憶がフラッシュバックする。


 私は、何をやっているんだ。誰かのため、誰かのためと言いながら、他人を斬って……


 手の震えがいよいよ抑えきれなくなって、ついに私は剣を取り落としてしまう。


 そうだ、今私がやっていることは――


 ――同胞殺し……!


 もう、腕が言う事を聞かない。足すらまともに動かせない。目が回る。吐き気がする。真っ白になった頭の中に、ソイフォルが私を呼ぶ声がこだまする。異変にすぐ気づいて駆けつけてくれたみたいだ。それはフリゲーロさんも同じだった。


「勇者殿、一体どうなさった……!」

「だい、じょうぶ、です。ちょっと、眩暈がした、だけ、ですから……」


 フリゲーロさんの表情は、逆光と、安定しない視界のせいでよく見えなかった。


「賢者殿、勇者殿を頼む。残りの制圧は任せて頂きたい」

「ありがとうございます」


 ソイフォルは、私を木の根元に座らせた。


「よくやってくれた、メリア。辛いだろうけど、これから、少しずつ慣れていこう」


 私は俯いたまま、顔をあげられなかった。遠くの方から、フリゲーロさんの、尋問の声が微かに聞こえていた。

<大事なお知らせ>

 この度、当作品について作者自身納得がゆかない部分が多く、今一度、第一話から書き直し、内容を差し替えることを決意しました。今日投稿した部分までの物語を全て裏で書き終えてから、全話まとめて差し替える形で再編版を公開する所存です。展開や設定を大きく変える(登場人物の設定変化については、基本的には装備や能力が変わる程度です)予定なので、差し替え後は再び第一話から読んでいただくことを推奨します。この執筆作業には、小説執筆の修行を含め何ヶ月もかかると思われますが、頭の片隅にでも置いて、気長に待っていただけると幸いです。末筆ながら、この拙い作品を愛読してくださった皆様に感謝申し上げます。

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