第六話 狩りの時間
冒険者らしいこと。依頼を受けます。
ピーキット戦のダメージが相当大きかったのか、ぐっすりと眠ってしまったようだ。〔不休体質〕の影響で睡眠を取る事が少なくなったから、ここまで寝たのは1年ぶりになるだろうか。
部屋の窓から太陽を仰ぎ見る。……現在朝の8時頃か。
勇者一行は既に冒険者ギルドにいるようだ。ばったり会わないよう、朝食はゆっくりとる。そうだ、時間もある事だし、〔異次元保管庫〕の実験をしよう。〔空間歪曲〕の研究やその他からこれについて断片的なヒントを得ている。少し難しい程度の邪法だ。
魔力で空間に干渉し、強引に裂き、こじ開ける。此処までは〔空間歪曲〕と変わらない。空間の亀裂から、丁寧に黒く塗りつぶされたような闇が広がっている。この、空間が裂けた時のみ姿を現す闇、「異次元」と俺が暫定的に呼称しているもの……やはり何度見ても、不気味な光景だ。
魔力:3270/3270 → 3170/3270
この中に物を放り込む事自体は、かつて興味本意でやった事がある。その時は雑草を入れたのだが、結局は回収出来なかった。
何が足りなかったのか。それは、おそらく「命綱」だ。この空間に存在する「支点」と、異次元に存在する「対象」、そしてそれらを繋ぎ合わせる「何か」が必要だ。
これが無かったから、雑草は異次元に放り込んだっきりになってしまった。まるで、宇宙空間で命綱が切れてしまった宇宙飛行士のように。
この異次元については、まだまだ研究が必要だ。第一に、これの正体が何なのか。俺が「異次元」と呼んでいるこれには、次のような特徴がある事が判明している。…………
……
…………実験をしよう。この場合では、「支点」は自分、繋ぐための「何か」は魔力だ。
俺が背負っている魔法袋から干し肉を取り出し、それと自分とを魔力で結びつける。これは〔魔纏〕と〔武具支配〕の応用だ。
そして、異次元へ放り込む。
干し肉は溶けるように、闇に消えていった。干し肉を取り出そうと、結びつけた魔力を頼りに〔異次元保管庫〕の中に手を突っ込むと、何かが手の平に触れるのが分かる。それをむんずと掴んで引っ張り出す。その感触の正体はさっきしまった干し肉だった。
この空間に出て来ても、俺とモノは結びついたままだった。もう一度干し肉を異次元に放り込んでから亀裂を閉じても、魔力による繋がりは絶たれなかった。
魔力でいちいちモノと自分を結びつけなければならないのが面倒だが、一度その作業をしてしまえば、そのモノは〔異次元保管庫〕で自由に出し入れできるようだ。
確かに便利であるとは言え、魔法袋にも容量や重量の限界があった。しかしこれならば、その心配は無いだろう。
勇者一行が出たのを確認してから、俺は冒険者ギルドに入った。中に居る冒険者たちのうち、一部は溌剌とした雰囲気であり、他の一部は剣吞な雰囲気を醸し出しているが、それらをものみ込み、冒険者ギルドを覆っているのは、勇者一行が冒険者ギルドに現れたことへの徒ならぬ興奮だろう。
「見ちゃったよ、マジの勇者!」
「あんな若いのに、すごいよな! なんか、こう、キリッとしてたぞ!」
「若者らしい、いい眼をしていたな……」
冒険者たちからの勇者一行の印象を小耳にはさみながら、俺は掲示板へと向かう。ここに公示された依頼の中から受諾するものを決め、ギルド受付にて申告する。
依頼達成の報告をするときは、受付にてその旨を伝え、案内された先で討伐依頼なら討伐の証拠を、納品依頼なら納める品をギルド職員に渡し、依頼の達成が確認される。
報酬は換金所という場所で貰える。換金所は魔物の死体やその他薬草などの素材類を換金する役割を兼ねている。これが冒険者ギルドの基本的なシステムだ。
俺は掲示板にて、最近常設されるようになった依頼、「ディーズ丘陵の魔物討伐」について調べる。ディーズ丘陵は、この町の北にあるかなり大きな丘陵だ。依頼内容は魔物15体の討伐、報酬は銀貨30枚か。複数回こなせば装備を整える資金が集まる。
俺はギルド受付に向かう。
「『ディーズ丘陵の魔物討伐』を受諾したい」
「冒険者ギルドへようこそ。ギルドカードの提示をお願いします。」
俺は職員にギルドカードを手渡す。
「確認させていただきます。……ペルシオ?あぁ、貴方が……」
「何か問題でも?」
抑えたつもりだったが、かなり冷たく、鋭く、低い声が出てしまった。
「い、いえ、何でもございません。ただ、貴方がフィルディータ王国で酷い扱いを受けていたことを聞いていましたので……。配慮が足らず、申し訳ございません」
「いや、早とちりした俺が悪かった。改めて、依頼の受諾がしたいのだが」
「はい、『ディーズ丘陵の魔物討伐』ですね。………はい、依頼の受諾が完了致しました。では、お気をつけて」
俺はそうして、冒険者ギルドを出た。歩きながら、俺は顰めていた眉をもみほぐそうとした。長い間フィルディータ王国の領土内に居たせいで、他人の言動に対して神経質になり過ぎているのかもしれない。ここはもう、奴らが覇権を握っている場所ではないというのに……
……切り替えよう。さて、狩りの時間だ。
町を北から出て、ディーズ丘陵に向かう。勇者一行はここから北東か。なら、北西へ向かおう。北西には林があるので、相当派手な戦い方をしない限り俺の存在は誰にも気づかれないだろう。一応、勇者一行の移動には気を付けておく。
ここに出現する魔物は、狼系、蛇系、猪系、小鬼系、そして林の中に限り彷徨樹系だ。最近は上位種が増えているらしいので、一応気を付けておこう。
林の中に入り、〔探査〕を使う。平原の方に冒険者たちが集まっているようで、林の中には3パーティしか居ない。これなら魔物の取り合いにはならなさそうだ。彼らは全員林の手前側におり、奥には誰も入って行っていないようだ。これは好都合。遠慮なく林の奥深くの魔物を狩らせてもらおう。
俺はできる限り気配を消し、無駄を承知の上で罠が隠されていないか探しながら移動する。適正職のレベルは、関連する行動を取る事でしか上げられない。
気配を消したのは〔隠密〕と〔隠蔽〕の訓練の為、罠を探すのは〔罠察知〕の訓練の為だ。
斥候のLvを上げ、いつかは暗殺者に昇級させたいのだ。そうすれば、勇者一行の魔王討伐を補助するにあたって取るであろう、隠密行動や暗殺行為に補正が掛かり、今よりずっと手際良くこなせるようになる筈だ。
かなり奥深くまで来た。〔探査〕を使うが、冒険者と思われる反応はなく、代わりに敵がそこら中に居ることが確認できた。隠形のおかげで今はどの魔物にも気付かれていない。不意打ちで仕留められるか?
手頃な森狼を見つけた。奴に背後から近づく。
神経と血管が集中している首に短剣を真っ直ぐ突き立てる。刺さり方が良かったのか、森狼の体は力を失い、地面に崩れ落ちる。
<経験値を入手しました>
それを素早く〔異次元保管庫〕にしまい、俺は次の獲物を探す。
6体目の森狼を同じように殺そうとするが、短剣の切れ味は鈍り、森狼の首を突き刺すには足らなかった。短剣は引き抜こうにも引き抜けず、奴は俺の見つけ、唸り声と共に襲いかかってくる。避けることはできたが、短剣は奴の首に刺さったままだ。
〔武具支配〕を使ってみよう。短剣に魔力を纏わせ、こちらの手へ戻ってくるよう引っ張る。これで合っているはずだ。
短剣は想定通り、こちらの右手に持ち手を向け矢のように飛んで来た。俺の手の近くまで来ると、先ほどまでの速度が嘘であったかのように、手元へスッと収まった。短剣が抜けた奴の首からは血が噴水のように溢れ出した。
魔力:1270/3270 → 1198/3270
<経験値を入手しました>
<Lvが上がりました>
短剣はこの切れ味では使い物にならないだろうから、今から邪法を使っていこう。〔精神攻撃〕と〔惨劇〕を試したい。
森狼を見つけた。〔精神攻撃〕をかける。相手の脳と自分の脳を魔力で繋ぎ、精神衛生上良くない情報を相手の脳に大量に叩きつける。肉が裂け、臓腑が溢れ出す光景、何重にも重なって延々と繰り返す唸り声、何もない空白そのもの……直後、奴は硬直した。様子をうかがっていると、そのままバタリ、と倒れた。
魔力:1233/3365 → 1173/3365
<経験値を入手しました>
近寄って、首筋に指を押し付けるも、脈動は感じられない。間違い無く死んでいる。成功……だろうか? 邪法を行使した結果、奴は死んだ。何かが起こった事は間違い無いが、……人間は強い精神的衝撃で死にうる、という話を聞いたことがある。魔物にも共通するのならば、〔精神攻撃〕の効き目が強すぎたがゆえに、死に至った、という考察も可能だが……。もう何体かにも試してみよう。
次に見つけたのは暴れ猪。本来ここには現れないはずの、人と同じくらい大きい猪系の魔物。魔物の不自然な強化、増加現象により、出現するするようになった、中級種だ。
コイツは〔惨劇〕の実験台とした方が良さそうだ。地面から棘を生やすので、骨が無い下顎から脳を貫くのが良いか。暴れ猪の下顎を狙い〔惨劇〕を使う。
生えたのは、鉛筆ほどの太さの黒い棘。ジャキン、という鋭い音と共に一瞬で伸びた棘は、奴の頭を貫いた。そのまま棘は頭蓋骨を貫通し、赤く濡れた棘の先端がその頭から見えている。
しかし、棘の細さ故か、奴の命を奪うには至らなかったようだ。奴は棘から逃れようともがくが、それは叶わない。仕留めきれなかったのは事実なので、更に棘を増やす。1本、2本、3本と数を増やしたところで、
魔力:1173/3365 → 1093/3365
<経験値を入手しました>
どうやら、やっと命を散らしたらしい。しぶとい奴だ。改めて暴れ猪を見ると、そこにあったのは、地面から生えたいくつもの棘が頭に刺さり、前足が宙に浮いている猪。気が狂った芸術家が作りそうな、おぞましいオブジェだ。まさに〔惨劇〕。これを見て失神する人も居そうではある。
一体誰が、この邪法を生み出したのだろうか。名前を〔惨劇〕としているあたり、明らかに目の前のような、血生臭い事態を意識して名付けられたのだろう。
暴れ猪のオブジェを撤去してから、魔物を求めて彷徨う。それから7体ほど〔精神攻撃〕の実験台にし、或いは串刺しオブジェにした。〔精神攻撃〕をくらった後に、明らかに狼狽していたり、逃走を始めたりしている個体も居たから、〔精神攻撃〕はあれで形にはなったのだろう。
そして、合計15体の討伐が完了した。討伐証拠も確保したことだし、依頼達成だ。
<スキルのLvが上がりました>
<適正職のLvが上がりました>
斥候のLvが上がったらしい。キリが良い。俺は冒険者ギルドに戻る。もちろん、その道中も〔隠蔽〕は切っていないので、一切接敵せず町の前まで着く事ができた。
門番にギルドカードを見せると、
「やはり貴様がペルシオか。何をしでかす気だ!」
こう怒鳴られた。どうやら彼は、フィルディータ王国出身、或いはその王国の国教であるルイード教の信者のようだ。
6年間程同じ目に遭っていたから、もうルイード教信者から何を言われても俺は傷つかない。上手い受け流し方も身に付けた。
「邪法使いの技術を全く知らない、ただの斥候の俺に何ができると?」
大分知っている上に、やりたい放題使っているが。さぁ、どう答えるのだろうか。
「…………フン、通れ。だが、貴様が何かしでかそうものなら、私が放っておかないからな!」
どうやら、何も思いつかなかったらしい。聖職者の言う事を妄信して、俺の事を知ったつもりになっているからそうなるのだ。
気味が良い。
俺は冒険者ギルドへ向かい、依頼達成の手続きをする。途中で別の場所に案内され、魔物の死体を討伐証拠として見せた。その時〔異次元保管庫〕で回収した魔物の死体は、魔法袋から取り出したように見せかけておいた。流石に人前であれをやるつもりは無い。
「はい。依頼達成報酬の銀貨30枚と、魔物の死体の買い取り額の金貨1枚、銀貨67枚と銅貨80枚です。依頼達成までかなり早かったですね?」
現在は正午あたりだ。本来この依頼はパーティで達成するものなのだろう。
「斥候としての技術を大分鍛えたからな。それのおかげだ」
そう誤魔化しておく。魔物の死体の分の金を手に入れられたのは想定外だった。依頼を何回も受諾する必要はなさそうだ。
次回、勇者一行の狩りです。
<魔物について>
森狼...体毛の色が茶色。目の色は緑。全長約120cm、体高約60cm、体重は約25kg。大体現実のタイリクオオカミより一回り小さい。
暴れ猪...体毛の色は茶色。目が紅く、牙が発達している。全長約180㎝、体重約100kg。現実にいるイノシシよりかなり大きい。
2021/9/10 〔異次元保管庫〕について、内容を大きく変更しました。




