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第五十八話 限界宣告

 カタ―フェシに追いつくと、彼女はこちらに語り掛けた。

「ええと、今から見せる魔術なんだけど、ちょっと変わっていて……」


 彼女は手に持つ杖を前方に向け、詠唱を始める。

「”属性(アテルビト) 火炎(フレア)基底形態(ベース) 設置(セット)範囲(エリア) 魔導線指定(サイン)、――」


 彼女の詠唱は、この大陸では聞き慣れないものだ。その詠唱に合わせ、正多角形の外縁を持つ魔法陣が構成されてゆく。


「――対象(ターゲット) 燃素(フロギストン)作用(アクト) 発火(ファイア)出力度合(パワーレベル) 最大(マクス) 外力受付(エクスターン)発動待機(ステイ)”」


 どうやら詠唱を終えたらしい彼女は、こちらに顔だけを向けた。


「多角形の魔法陣なんて、見ないでしょう? この大陸じゃ、二重円の魔法陣が主流だものね」

「中央大陸の魔術か」

 この大陸の東方面に、地続きになっているのが中央大陸だ。彼女は中央大陸出身なのだろうか。


「あら、知っているの?」

「いや、詳細は知らない」

「そう。それで、どう? この魔術、見ながらなら真似できるかしら? 魔力は3000ぐらい残してちょうだい、後で使うから」


 俺は地面にその魔法陣を彫り写し、その窪みに自分の魔力を流し込んで、魔法陣を複製した。ここまで魔力を圧縮して使う時が来るとは……、結晶化させ、魔石と成していなければ制御しきれなかった。


「変わったやり方をするのね」

「俺は魔術の才能がなくてな、型を用意しないと魔法陣1つ碌に組めない。それに、型も素材が悪いと……」


 俺は複製した魔法陣を浮上させる。その輪郭は凸凹していた。俺はその凸凹した輪郭をオロクロスで削り、形を整える。


 カターフェシが怪訝な顔をする。

「何をしているの? 魔法陣は、別にナイフで削ったところでーー」


 俺は魔法陣を手の甲で軽く叩く。コツン、コツンという硬質な音が鳴ると、彼女は絶句した。


「変なやり方だろう? 魔術師のように魔力をそのまま使って魔法陣を描くことができないからと、魔力を結晶と成し、魔法陣型に成形する、そのような非効率的で珍妙な真似、誰もやらないだろうな」


 普通の魔法陣は、触る事も、叩いて音を鳴らすこともできない。ただの光の集合体だ。だからこそ、彼女にはこれが途轍もなく異質に見えることだろう。


「……え、ええ、そうね。想定外だわ。さて、じゃあ、今から魔導線を張りに行くわ。魔法の作用する場所を線で指定するの」


 彼女は、呪いの地雷原をぐるりと一周するように、魔力で線を引くように指示した。


「残った魔力3000をここで使うのだけれど、あなた、魔力のままで線は引ける? また結晶化させてうんぬんするのは面倒よ?」

「それはやってみなければわからないが……、長時間放置した時、その魔導線とやらは気化しないのか?」

「気化? ああ、消えてなくなるかもってことね。魔導線は濃い魔力でつくるから、そうそう消えないわ。それに、こういう空気中に大量に魔力がある所なら、空気中の魔力が魔導線に集まってくることもあるぐらいだから、心配は要らないわ」

「そうか」


 俺は魔力を帯のように形成し、地雷原を一周する一続きの魔導線を張る。が、どうも安定しない。〔幻斬(ファントムエッジ)〕の応用で魔力を固体化させると、やっとその帯の形状が安定した。


「魔力を固めて結晶みたいにできるその謎の技術に驚けばいいのやら、それともどうしてもその方法を貫き通すあなたに呆れればいいのやら……。まぁ、引けたのならいいわ」

「この魔導線に、何か働きかける必要は?」

「ないわ。後は、ここの魔術と同じ様に、魔術の名前を言うだけ。そうしたら、魔導線に沿って魔術が発動するの」


「本当に、この大陸の魔術とはまるで勝手が違うな。手間がかかる」

「ええ、でもその分、こっちの方が威力や効果範囲を細かく設定できるから、一長一短ね」


 魔術の準備が済んでしまえば、後は待つだけだ。拠点はにわかに賑わってくる。


「あなた、休んだら? 魔力6000、魔族から奪ったんでしょ? 相当に消耗しているんじゃないの?」


 俺は、否、と断った。


「丸一日戦闘した程度で消耗するような、やわな身体はしていない」

「この後、あなたは休みなく戦うことになるわよ? 今のうちに休まなきゃ」

「大丈夫だ」


 彼女は額に手をやった。

「これは、もうてこでも動かないわね」


「アンタこそ、休まないのか?」

 逆に俺が問うと、彼女は大丈夫、と首を振る。

「アナを看るついでに休ませてもらったから。それに、その魔術は発動する時に、ちょっと特殊なことをしないといけないの。それができるのは私だけだから、そう休んでもいられないわ」


「特殊なこと?」

「見てもらった方が早いから、その話は後でね」


 ◇◇◇◆◆◆◇◇◇


 戦場に変化が訪れたのは、それからしばらくしてからのこと。


 未明の空に黒い大砲が浮き、拠点内に降り立つ。様子を見に行ったカターフェシの後を追うと、すっかり調子を取り戻したらしいアナフキネシャとアッシュ、副指揮官の魔術騎士の姿があった。


「へぇ、あれが魔族の……」

 感嘆する彼女をよそに、大砲を詳しく観察する。砲身は細長く、全体を見ても、スマート、という言葉が似合う。


 それの姿は、“現代兵器”の砲を彷彿とさせた。


 植え付けられた記憶の断片に眼前の砲を重ねてしまったが最後、最早それが、“現代”から召喚されたもの、或いはその複製品だとしか思えなくなってしまった。


 ああ、頭痛がする。記憶の断片が深淵から次々と浮上し、塊となり、俺の頭を圧迫するようだ。


 この感覚、まさか、俺の自我に――


 頭を振って、大砲から目を背ける。脳内にできた、腫瘍のような記憶塊をバラバラに破壊し、雑多な記憶の海に沈める。


 これで、しばらくは大丈夫……なはず。


「どうした、急に頭を振って」

 副指揮官に訊かれて俺は、何でもない、と答えた。


「この大砲について、何か解るかね?」

「申し訳ありません。魔工学は門外漢でして。魔力を使う兵器のことは微塵も解りません。」

「おや、君はその方面の学があるとばかり踏んでいた。……もしや、魔力を使わない兵器のことなら?」

「それならば、或いは。」


 この世界の物理法則は、魔力などという、物質なのかエネルギーなのかすらよく分からないモノの所為で好き放題に捻じ曲げられ得る。質量保存の法則、エネルギー保存の法則、……、魔力が絡んだ瞬間に、それらはあってないようなものになる。それにどうしても慣れる事ができず、ゆえに俺は魔力を扱う工学、魔工学を全く理解できないのだ。


「そうか、それは残念だ」


 少しすると、魔工技師らしき人が数人来て、大砲の様子を探り始める。


「物見やぐら、確か、もう出来ていましたよね?」

 大砲への興味を失ったらしいカタ―フェシは、副指揮官に問いかける。

「ええ、あそこに。君たちが見張りをやっているなら、こちらから見張りを櫓に配置する必要はないな。バリケード周辺の防衛に回そう」


 副指揮官の指差す先の、三階建ての建物ほどの高さの櫓。彼女は俺を連れてそこに行った。


「ここからの方が、魔術を使うタイミングを見極めやすいでしょう?」


 よく目を凝らし、遠くを眺める。といっても、砲を牽く部隊がやられてから大して時間も経っていないのに向こうが出撃するはずもなく、ただ夜闇が広がるだけだ。


「そういえば、さ」

「何だ」

「あなたって、斥候よね?」

「それが何か?」

「言動がらしくないな、って」

「というと? 斥候らしい仕事はこなしているつもりだが」

「斥候の割には、魔術とか、魔法に詳しいというか」

「何が言いたい?」

「別に詮索するつもりはないの。でも、もしあなたの力が生まれつきのものなら、そのままただの斥候を名乗り続けるのは勿体無いし、その内限界が来るわ」

「……」

「ごめんなさい、会ってから大して時間の経っていない私に何がわかる、ってあなたは思うかもしれないわね。でも、このタイミングを逃すと、もう手遅れになってしまそうだから、今言わせてもらったの。はじめて会った時は、その力を私たちから隠していたじゃない? でも今は、あのテレポート能力みたいなのも含めて、力を使い始めている。ただの、何の特殊能力も持たない斥候として戦い続けるのが、難しくなってきたんでしょう? あなたは随分と長いこと自分を隠して生きてきたみたいだから、難しいかもしれないわね。でもそろそろ、ありのままの自分を隠すのをやめる覚悟が要るわ。私も通った道よ、怖いのは解る。でも、このまま“逃げる”わけには――」


 彼女は言葉を止め、こちらの顔色を窺う様子を見せる。彼女が横から見たところで俺の表情が見えるわけでもないが。


「逃げてはいない。自分の正体は、来るべき時に明かすつもりだ。その時が今ではない、ただそれだけのこと」


 会話らしい会話はそれ以上続かず、沈黙の中、敵軍のやって来る時を待った。

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