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第五十七話 戦乱前夜

 亀裂を通って着地したのは、比較的人の少ないところ。近くの騎士を捕まえてここの指揮官の場所を問うと、先刻気絶したので医療テントで寝ている、と言う。俺は取り急いでテントに踏み入り、指揮官を呼んだ。返事は無かったが、俺の声を聞きつけたのか、アッシュとカターフェシが奥から顔を出した。


「どうしたの?」

「魔力6000の収集を完了した。何時でも行動を起こせる。それと、まずいことになった。指揮官の居場所は分かるか?」


 アッシュとカターフェシは顔を見合わせた。2人に連れられ奥へ行くと、アナフキネシャがベッドに寝ていた。その隣りで椅子に座り、アナフキネシャの顔と地図とを交互に眺めていた者がおもむろに顔を上げる。その人は、騎士鎧を着込んで、頭には魔法使いの帽子、という出立ちだった。


「指揮官は――」

 俺の言葉を遮り、その騎士はアナフキネシャの方を示した。


「指揮官殿はご覧の通りだ。話があるなら私が聞こう」

 俺は1つ、大きく息を吸った。

「拠点から北5キロメートル地点、魔王軍のものと思しき大砲5門がこちらに向け移動中。大砲は特殊な形状をしており、また、全て光沢のない黒色で塗られており、夜間の奇襲が運用目的と思われます。視界不良の為正確な数値は不明ですが、砲兵の数はおよそ50。」


 騎士は渋い顔をした。


「砲兵の進行速度は」

「人の徒歩より遅いです。しかし隠密性、安全性を度外視すれば更に速度が出るかと」


「そうか。この状況、君はどうするべきだと思う?」

「有象無象のCランク冒険者の意見を聞いて何になるのです。」

「直接大砲を見た君から意見を聞きたいのだ」


 そう言われては、俺が折れるしかなかった。


「……大砲というものは、砲身が長いほど射程が伸びるものです。魔法を用いた大砲なら尚更のこと。あの大砲は今までのものとは明らかに異なり、砲身が細く長い。恐らく魔族側の新型大砲でしょう。魔力を用いぬゆえに危険度は未知数、撃たせたくはありません。ですので、魔族の砲兵に奇襲をしかけ、大砲を鹵獲するべきでしょう。しかしそうなると、敵軍は正面戦闘に舵をきるであろうことだけは肝に銘じる必要があるかと。魔族は夜間でも昼間と同じように戦闘でき、また、この拠点を取り囲む呪いは魔族には効果がないので、敵軍はこの決断を躊躇うことなく下すはずです。」


「ふむ、その先は考えているかね?」


 つまり、続きを言え、と。


「…………我々は皆イーラ渓谷の上を越える術を持ち合わせていますから、同様の手段を用いれば呪いの埋まっている範囲を越えて逃走するのは容易でしょう。しかしそれでは、この拠点の存在目的である、『渓谷をまたぐ橋の先の安全確保』がなされません。この拠点は死守しながら、敵の猛攻を凌ぐのが大前提です。現在別行動をしている勇者一行や、渓谷の向こうで待機している本軍と合流できれば勝機は十分にあるので、彼らと合流するまで持ち堪えることを目的に据えるべきしでしょう。」


「ほう」


 まだ満足しないのか……!


「……。…………作戦としては、『まず大砲を運搬している部隊を奇襲し、大砲を鹵獲し、この拠点の装備とする。そうしたら暫くしてから魔族が正面戦闘を仕掛けてくるであろうから、バリケードを利用して魔族らを呪いの存在する範囲に押し留めておく。ある程度魔族が集まったら、魔術を利用し、呪いの存在する範囲全てを同時に焼く。』というものを提案します。呪いを焼くための魔力、魔術はこちらで用意できます。相手の出鼻を挫けば、敵軍の戦意の減退、そして自軍の士気の上昇を見込めますから、この防衛戦を有利に進められるかと。……申し訳ありません、これ以上はーー」


 騎士は突然、大口を開けて笑い出した。兵法のへの字も知らない素人に作戦を提案させ、それを笑うとは何と性悪な奴だろう。


 騎士は拍手して、笑いながら話し始めた。

「いや、驚いた。ここまで真面目に答えてくれるとは。やはり私の勘は正しかったらしい」


 騎士は自分の笑いをやっと鎮めると、表情筋を引き締めた。

「君、Cランク冒険者というのは嘘だろう?」

「いえ、事実です。」


「打ち抜きで言わせた割には理路整然と話せている。相当に学があると見える。そんな奴が、Cランクで燻るはずがない。その魔力だってそうだ。君の今保有する魔力の多さは、君がどの種族か、という事のみで説明できるものじゃない。生まれつき、優秀な魔臓を持っているのだろう? それは間違いなく才能だ。今に君は、素晴らしい魔法使いになる。或いは、既にそうか?」

「お褒めに預かり誠に光栄ですが、事実私はCランクです。この魔力量は、過回復状態ゆえのものです。いくらか時間が経てば、元の魔力量に戻ります。」

「ふむ、過回復状態。では別の質問をしよう。一体どうやって、あの呪いが魔族に効果がない事を確認した?」

「……」


 しまった。


「高名な呪術師なら、呪いの効果対象は簡単な検査でわかる。そうでなくとも、あの呪いを直接魔族にかけて様子を見れば、魔族に効くかどうかは判別できる。しかしどちらにせよ、『有象無象の冒険者』には難しい。さて、君はどちらで知ったのかね?」


 俺は答えに窮した。アッシュとカターフェシに助け舟を求めようとするが、2人は「ごめん、無理だ」と視線で伝えてくる。


「ウェイン、やめてあげなさい。彼が困っているでしょう?」

 何と言えば良いか悩んでいると、突如凛とした声が響いた。声の主に目をやると、両眼を開けたアナフキネシャと目があった。


「アナ! 思ったよりはやく目を覚ましたわね?」

「指揮官、もう大丈夫なのですか」

「大丈夫も何もね、近くであんなに喋られたらそりゃ目が覚めるわよ」

 俺は彼女に謝罪の意を述べようとするが、彼女はそれを手で制す。

「いいのよ、大事なことなのは聞いていてよくわかったわ。それでね……」

 彼女はアッシュを睨みつけた。


「アッシュ、あんたやりやがったわね。これで2回目よ。覚悟なさい、きっと高くつくわ」


 しかし当のアッシュは、自分は正しいことをした、とばかりの堂々とした態度を崩さない。間にカターフェシが割って入る。


「アッシュはあなたのことを思ってやったのよ、だからあんまり責めちゃいけないわ」


 アナフキネシャは大きくため息をついた。


「ああ、もう。話がとっ散らかりそうだからもとに戻すわ。今の報告を受けて、ウェイン、貴方はどうするの?」

「おおまか、彼の案をそのまま実行して良いでしょう。ただ、魔族をバリケード周辺に引き付けること、これにはリスクがあります。カウンターとして使うより、攻め入る魔族への牽制として使うべきでしょう。魔族の攻め入る前に発動し、攻め込めばあれのような罠の魔術で痛手をくらうのではないか、と思わせる事ができれば、幾らか優位に立てるはずです。――そう言えば、カターフェシ殿が仰っていた呪いを焼く話、彼が魔力を供給する協力者かね?」

 騎士ウェインは俺の方を指し示した。


「まさかこんなに早く集めてくるとは思いませんでしたけどね」という言葉を付け足して、カターフェシは首を縦に振る。


 ウェインが両手をパン、と合わせる。

「そうか、そうか。では、行動を始めるとしよう。カターフェシ殿と、君は、魔術の準備を始めてくれ。指揮官とアッシングラーティオ殿は、大砲の鹵獲作戦の開始を。私は寝ている兵を起こして来ます」


 各々が立ち上がり、与えられた役割を全うする為に動き出す。カターフェシと同じように呪いの地雷原に向かおうとした俺に、ウェインが耳打ちをする。


「どうかね、君。デピス騎士団に入らないか? 私の推薦ということで、入団試験は免除させよう。高品質な装備と道具を携え、収入の安定した生活の中で、君はより高みへと至るのだよ。魅力的だとは思わないか?」

「ええ、それは多くの人にとって魅力的でしょう。しかし、私にはそう見えません。もっと魅力的な居場所を知っていますから」

「それは、冒険者であることか?」

「……」

「そこで言い淀んでしまっては、それ以外に何かある、と言っているようなものだろう」

 俺は乾いた笑いで誤魔化す他なかった。

「残念だ。気が変わったら、声を掛けてくれ。何時でも私は君を歓迎するとも」


 副指揮官はそう言って、踵を返した。

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