第五十六話 魔力狩り
着地と同時に辺りを見回す。遠方に微かに蠢く影が複数見えた。あれが魔族の哨戒隊か……
奴らの進行方向はこちらのようだった。どうにかして背後を取れやしないだろうか。身を隠すにしても、周囲に遮蔽物はない。この外套の色ならば夜闇によく溶け込めるだろうが、それだけで背後に回り込めるとは思えない。
ならば、と俺は自分に〔虚構〕を使った。厳密には、魔力で霧をつくって纏い、自分と周囲の景色との境界をぼやかした。この霧がいつまで消えずに耐えてくれるかは分からないが、この状態で大回りすれば、奴らに気付かれる事なく背後を取れる。
幸いにも、霧は長く持ち堪えた。俺が魔族に飛び掛かる直前まで、その効果は続いた。
魔族の首を掴むと同時に、足元に亀裂を展開。自分の全体重をかけて魔族を引き摺り込む。標的の前で隊列を組んでいた魔族が異常を察知する頃には、亀裂は消滅していた。
魔族を引き摺り込んだ先は、あの隊からはかなり離れた荒野だった。魔族の後頭部を掴んで岩に叩きつける。両脚で奴の両腕を踏みつけて魔法も封じる。抵抗が止むまでには1分もかからなかった。丁度、人間の首を絞めて殺すまでにかかるのと大差ない長さの時間だった。
あと、3人……
確か、さっきの哨戒隊は4人組だったはず。今1人殺したから、残りは丁度3人か。徒歩で哨戒隊の巡回ルート付近に移動する。今度は始めから背後を取れている。しかし問題は、奴らの隊列だった。ほぼ横一列に並び、互いに互いを監視できるようにしてある。
攫おうとすれば気付かれる。
俺は岩陰に隠れた。そして呪い地雷を取り出し、それを魔族の首を狙って撃ち込む。
狙い通り、地雷は首に軽く刺さった状態で炸裂し、その周辺に呪いが舞う。
死角から攻撃を受けた奴らは一斉に散開する。それでもかなりの量の呪いにあてられたはずだ。
よく目を凝らし、呪いの効果が出る瞬間を待つ。しかし、一向にその兆候はない。体調を崩す様子も、苦しんでいる様子もまるでない。
効かない? それとも魔族自体、呪いへの耐性があるのか?
いずれにせよ、カターフェシの策その2は成功しなさそうだ。やはり、魔術で焼き払う必要がある。
まだ、奴らは俺の居場所を特定し損ねているようだった。
奴らの足を貫くように、〔惨劇〕の発動準備をする。あの時のように、空中に避けられては厄介だな……
奴らの足元に這わせた魔力に一度に働きかけ、地面ごと奴らを貫く棘を形成する。
3人中2人はそれで捕獲できた。残り1人は空へと逃げる。
回避した1人は放置し、残りの2人の腕も棘で貫く。これで、一切抵抗できないはずだ。
問題は、空に逃げた魔族。奴は何かを取り出し、口元に当てた。それの形は、笛にも似ていた。
まさか―― 俺は真横に亀裂を展開し、亀裂を経由して奴の頭上に移動する。
ビ……
後頭部に踵を叩きつけるが僅かに間に合わず、笛を鳴らされた。仲間を呼んだのか何かを召喚したのかわからないが、少なくとも、状況は芳しくない。ここから離れた方が良さそうだ。
今すぐ逃げるか、捕獲した魔族から魔力を奪うか。収穫なしは苦しいな、せめて1人分は……
俺は踵落としをくらって伸びている魔族から魔力を奪い尽くしながら考えていると、何処かから笛の音が鳴る。さっき魔族が吹いた笛と同じだ。近くに他の魔族が? あの笛は連絡用だったのか。
俺は捕獲した魔族2人を一瞥した。
魔力を奪う余裕がないのが口惜しいな。殺しても魔石が採れるかどうかはわからないしな……
その時、俺の脳裏をある考えがよぎった。だがそれは、実行に移すにはあまりにも惨い。
いくら合理的であろうとも、魔臓を奪って喰らうのは、流石に人としてやってはいけない。それは獣のすることだ。
俺は何も言わず、魔族2人の顔面と心臓を〔惨劇〕の棘で貫いた。
<経験値を入手しました>
棘を消滅させ、死体、魂は異次元内に回収。自らの身体に〔虚構〕で隠蔽を施し、俺はその場から逃走した。遠くまで来て振り向くと、5人の人影があそこに見えた。逃げて正解だった。5人同時は相手したくない。
死体を取り出し、魔石を漁る。……収穫は1つだった。俺はそれを取り込んだ。
次は……、いや、やめておくか。今は笛が鳴らされたのもあって、魔族らは警戒状態にあるはずだ。この付近で仕掛けるのは得策とはいえない。
俺は大回りして哨戒部隊を避けながら東に移動した。ここまで来れば、あの警笛も聞こえていないだろう。
俺は岩陰に身を隠し、周囲の様子を探る。そして発見した魔族の部隊の死角から距離を詰める。
数は4人。1人は直接捕えて、残りは串刺しで間に合うだろう。そう思って、奴らの背後から1人に掴みかかるまでは良かった。
しかし亀裂に完全に引き摺り込む直前、奴はするりと俺の腕から逃れてしまった。
俺と奴は同時に亀裂から吐き出され、地面を転がる。
オロを突き立てようと追い縋るも、すぐに体勢を立て直した奴に逃げられる。
奴が警笛を取り出す。それを〔急襲の炎〕で弾き飛ばす。
立ち込める煙に紛れ、膝を顔面に叩きつけようとする。奴は両腕を交差させて防いだ。
奴の表情が驚愕に歪む。
「触れただけで魔力を奪うだと……! 珍妙な……」
刺突するように振られた爪を避ける。それと同時に奴の足元から棘を生やすも、難なく回避される。
これも避けるのか……! 早く残りの4人を仕留めなければならないのに、ここで時間を取られては……!
大剣を取り出し、2つ連続で発射する。回避されたそれらをすぐに魔力で掴み、横に振る。
切断とまではいかなかったが、出血はさせられたようだった。
〔幻斬〕を1発放ち、更に大剣を鋏のように交差させ追撃する。
奴が上に飛んだのを見て、その真上と自分の真横に亀裂を展開。
奴の頭上をとり、オロをそのうなじに突き立てる。
<経験値を入手しました>
空中で死体を異次元に収容し、すぐに別の亀裂を展開。元いた場所に転移した。
転移直後、笛を鳴らされる前に全員を〔惨劇〕で貫く。
逃げた魔族は〔急襲の炎〕と〔幻斬〕で撃ち落とし、落下と同時に棘を突き刺す。
そうしてから、俺は1人ずつ魔力を奪っていった。奴らの魔力を奪い続けるうちに、心が満たされるような心持ちがしてくる。そして、あっという間に全員の魔力を奪ってしまった後に、
ああ、これで終わりか。
と残念がる自分が居た。
<適正職のLvが上がりました>
斥候としての実力が向上したことを伝えるそれで、俺は我に返った。俺はそそくさと、現場から痕跡を除去した。
【ペル、大丈夫?】
【ああ、大丈夫だ】
地面の砂をぐりぐりと足で動かして血痕を消しながら、そう答えた。ふと、左肩が疼く。
触れてみると、左肩の断面から、肉が盛り上がってくる感触が伝わった。しかしすぐに動きが止まる。
アルを半分脱ぎ視診する限り、左腕全体のうち、肩から5パーセントが再生したようだ。一体何が原因で?
自分のステータスを参照しながら調べると、魔族から魔力を奪った直後よりも魔力が減少しているのに気がつく。しかし依然として魔力は過回復状態で、目標である6000を越している。
これが原因と見て良さそうだ。つまり、過回復状態では身体が再生するのか。僥倖なことだ。しかしそのとき、俺の脳裏に疑問がよぎる。もし過回復状態で発生する現象が身体の再生だとしたら、何故あれほどに過回復は危険だ、と騒がれるのだろうか。身体の再生の他に何か影響があるのか?
……考えたとて、仕方のないことか。分からないことが多すぎる。
俺は手早く意識を切り替え、拠点に戻ることにした。これ以上魔族を狩ると警戒されそうだ。もしかすると、既に警戒されているかもしれない。と考えながら踵を返す、その時だった。
【ペル、あれって……】
オロクロスに示された方角の遠方に微かに、黒い何かがうごめくのが見えた。夜闇を横切り動くそれをよく見ようと近づくと、それが大砲であるのがわかった。
〔探査〕で詳細を探る。
【大砲、ですよね】
【だろうな。俺には少し見えづらいが】
並の軍が使うものよりずっと砲身が長く、光沢のない黒色の大砲を、魔族が運んでいた。それも1つではなく、全部で5門だった。
これは、今すぐに報告しなくては。
【見えるものを全部言ってくれ】
【やたらと細長い、黒い大砲が5つ。車輪がついているのは普通のと同じ。魔族は、50人ぐらいかな?】
【大砲の後部には魔石、魔晶が積まれていますね。大砲自身の速度は人が歩くより遅いぐらいですね】
俺は〔空間歪曲〕を連続使用し、拠点内に飛んだ。




