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第五十五話 呪いの地雷原

 呪い爆弾……名前から、朧げながら予想はつく。


「地面の上に撒かれていたり、地面に刺さっていたりするけれど、いずれにせよパッと見じゃわかりづらい。それらをうっかり踏んでしまったら、それが破裂して、込められた呪いが周囲に広がる。まったく、非道な作戦を考えたものだよ。普通は要人の暗殺に使うようなものを戦地でバラまくなんて」


 呪いをばら撒く地雷、か……


「ねぇ、それ、遠くから壊しちゃえばいいんじゃない?」


 アナフキネシャが中空にあの鉄杭を浮かべ、口を挟んだ。


 いずれ軍を展開するなら、ここらの地雷は撤去しなければならない。彼女がやってくれると言うのなら、それはありがたいことだ。だが、アッシュの顔は暗い。彼には、彼女に作業を任せたくない理由があるようだった。


「アナ、気付いてる? 君の顔色、明らかに悪いよ」


 アッシュの言葉を聞いた2人の顔を見比べ、やっとその理由がわかった。原因は不明だが、彼女には疲労が溜まっていた。彼女は、自身が疲労困憊しているとは気づかれないよう振る舞っていたのだ。


「大丈夫よ。それにね……」

 彼女は、気丈に振る舞い、自らの腰の薬品ホルダーから1つ、細長い瓶を抜いた。


「私に支給された活力ポーション。これのおかげで、今までよりずっと長く、自分の”力”が使えるようになったの」


 彼女は蓋を開け、瓶の中身に口をつける。飲み干す頃には、血色がいくらか良くなっているように見受けられた。


「ほら、もう元気」


 アッシュの表情は依然として険しい。


「だめだ。休んでくれ」

 普段のアッシュからは想像できないような、怒りの混ざった声が響く。


「心配無用。さっさとやってしまいましょう」

 アナフキネシャは鉄杭を地雷原に打ちこんだ。着弾した辺りから霧が発生する。


「……!」

 アッシュは言葉を失い、開いた瞳孔をアナフキネシャに向ける。


 アナフキネシャは彼を無視して2発目の鉄杭を放つ。


 3発目、4発目、5発目、……


「アッシュ、あなたは私があの時みたいにならないか、なんて思っているんでしょうけど、その心配はいらないわ。昔よりずっと上手く力を使えるし、それに、私が倒れたところで、別に――」


 不自然に言葉が途切れ、後ろから叩かれたかのように彼女が前に倒れ込む。いつの間にか彼女のすぐ側まで接近していたアッシュが、まるで始めから想定していたかのように手際よく介抱する。アナフキネシャは気を失っているようだった。


「手荒な真似をしてごめん、アナ。しばらく寝ていてくれ。そして、二度と、そういうことは言うな」

 アッシュの独り言には、抑えきれない苛立ちとやるせなさがあった。


「少し、ここで待っていてくれないか、すぐに戻る。それと、じきにカターフェシが哨戒から戻ってくるはずだ。彼女は物知りだ、この状況の打開案を思いついているかもしれない」

 アッシュがアナフキネシャを抱え、立ち上がる。俺はその背に、

「アッシュ。アンタも一度、休んだ方が良い。酷い顔をしている。一度前線から退いて、冷たい夜風を浴びてはどうだ?」

 と声をかけた。


「……悪いね、気を遣わせて。……お言葉に甘えて、そうさせてもらうよ」


 アッシュは足早に立ち去っていった。


 2人の関係については、後で調べるとして……

 俺は地雷原に向き直った。


 一部の地雷は、既に鉄杭によって地面ごと吹き飛ばされただろう。残りをどうするか。


 最も単純かつ明快な手段は「高位の聖職者に地面ごと辺り一帯の呪いを浄化してもらう」ことだ。この地域で最も身近なのは、……ルイード教。関わりたくもない。他の手段は……何があったか。


 呪いは火に弱い、と聞いた覚えがある。この荒野に火を放つか?


 単純に火を放ったのでは、上手く炎が広がる保証はない上に、下手をすればこちらのバリケードにまで火が向かいかねない。魔術による炎なら調節は可能だろうが、都合の悪い事に、広範囲の地面を焼く魔術、その魔法陣を俺は知らない。誰かがそれを知っていれば――


 その時、俺の脳裏にカタ―フェシの顔がよぎった。そうだ、火属性魔術を扱っていた彼女なら、或いは……


 辺りを見回す。視界ギリギリに彼女の姿を捉えた。


「アッシュはどこにいったの?」

 篝火に照らされて顔が見える程度の距離から彼女は言った。


「気絶したアナフネキシャを介抱して、バリケードの内側に行った」


 カターフェシは何かを察した表情をする。

「ああ、お得意の閃光手刀でもやったのね。そのシチュエーションを聞くのは久し振りだわ」


 一体何の事だろうか。


「ま、いいわ。それで、アッシュはなんか言っていた?」

「アンタが打開案を考えついているのではないか、と」


「あることにはあるけれど……、現実味が無いわね」

「それでも無策よりはずっと良い」

「それもそうね」


 彼女は指を1つ、ピンと立てた。

「作戦その1。聖女様あたりにここら一帯まとめて浄化してもらう。……彼女がどこにいるかなんて知らないけどね」


 もう1本指が立つ。

「作戦その2、あえてこのまま残して、魔族と私達を隔てる防壁にする。この呪いが魔族に対して効かなかったら私たちが追い詰められる、危険な策ね」


 そして3本目の指が立つ。

「作戦その3、呪い爆弾を焼き払う。呪いは火に弱いからね。でもここら一帯を焼き払うような規模の魔術は私の魔力量では使えないわね。アッシュでも厳しいわ」


「複数の区域に地雷原を分割して焼くのはどうだ?」


「音も光も大きい、派手な魔術だから1発で魔族に気づかれる。そうしたら夜戦勃発よ。夜目の効かない私たちと昼夜問わず戦える魔族。どっちの軍が壊滅するかなんて、明らかでしょう? だから、私たちでも戦える夜明けぐらいに、奴らの目覚ましがわりにデカいのを1発、やるならこれがベストね。そもそもその魔術をその規模で使えればの話だけど」


 そうか。下手に動けば魔族が攻め込んでくる、そこまでは思い至らなかった。


「その魔術を想定する規模で放つのに必要な魔力量は?」


「本来の規模の魔術が200だから……呪いに燃え移った炎の延焼も加味して、ざっと6000かしら。化け物レベルの魔力容量を持つ亜人か、大容量の魔力タンクを持ち運んでいる人間の魔術師でないとこの規模は取り扱えないわ。そんなのそうそういないけどね」


 6000……魔族4人分か。


「……できる」

「?」

「過回復を恐れなければ、俺でも魔力6000は捻出できる」


「それはだめよ。過回復は、何が起こるか分からないもの。下手したら命に関わることだって」

「多少、本来魔臓が貯蔵可能な魔力量を超過したぐらいで、大事にはならないだろう」


「多少って……、あなたねぇ、魔力容量いくつよ。自分の何倍もの魔力を過剰に取り込もうだなんてね……」

「たかが魔力容量の半分だ。大したことはない」


 カタ―フェシは一瞬だけ目を丸くした。そして何かを察したらしく、俺の耳元にずいと寄って、俺以外の誰もが聞き取れないような小さな声で訊いた。

「やっぱり、あなたって人間じゃない感じかしら?」

「…………いや、人間(ヒューマン)だ。そう、魔臓を改造した程度の」


 彼女は、目尻を下げてみせて、こう言った。

「あなたがそう言うなら、そういうことにしておくわ。でもね、あなたが何者だからといって、私たちが何かすることはないから、安心してちょうだい。だって、”同類”だもの」


「”同類”? それは、一体――」

「まぁ、その話は置いておいて、と」


 彼女は俺から少し離れた。

「魔臓の改造、という話自体滅多に聞かないし、ましてや成功例なんて。でもまぁ、そこは信じるわ。夜明けが近づいたら、またここに来て。その時に、魔法陣を教えるわ」


 俺はそれまでに魔力を集めておけ、と。


 彼女は、魔力ポーションらしき液体の入った瓶を何本か取り出した。

「要る? 低級魔力ポーション。何十本もあるから、いくらかあなたの魔力の足しにしていいわ」


「それは遠慮する。流石にポーションだけでまかなうには、集めるべき魔力が多すぎる。それに、もっと良い魔力の源泉が近くに居るだろう?」


 俺は足元に注意しながら地雷原の方に歩き、地面に刺さっている手ほどの大きさの楔のようなものを1つ引き抜いた。その色は地面によく似ていた、これが地雷だろう。


「魔族だ。魔族から魔力を奪いとる。そのついでに、この呪いが奴らにも効くのか調べてくる」


「ちょっと、魔族は刺激したくないって――」

「1人が殴りかかったところで、軍が動き出すか? わざわざ呪いを使って隔離するあたり、奴らは今戦うことに消極的であるはずだ。ここから数人はみ出た程度で軍が動くとは思えない。せいぜい近くの小隊が対応するぐらいだろう」


 俺は目の前の中空を裂き、異次元へと繋げた。


「心配は要らない。ではまた、夜明けに」


 俺はそう言い残し、亀裂の中に入った。

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