第五十四話 負傷兵保護
亀裂から身体を吐き出され、俺は負傷兵を下敷きにしないように着地した。周囲の騎士や冒険者にぎょっとされるが、担がれた負傷兵を見て状況を察したらしかった。
野戦病院に駆け込むと、すぐに医師や看護師が集まり、俺から負傷兵を受け取る。
「右半身に熱傷。薬で十分対応できる範囲ですね。軽傷者用の医療テントに送ります」
「向こうのベッドが空いてます。傷病者をあそこに」
治療手段について協議しながら、医者らは風のように行ってしまった。
俺は魔力ポーションを喉に流し込む。これ1本で、〔空間歪曲〕1往復分の魔力。あの負傷兵全員を運ぶのなら、魔力の枯渇は目に見えている。今日1日はポーションの乱用で乗り切れる程度の人数だが、負傷兵は明日明後日と増えていく。このままではいけない。別の手段が必要だ……
なるべく〔空間歪曲〕の移動先の決定精度が上がるよう、崖際まで歩く。
「お、見つけた、見つけた」
空間を引き裂くのを中断し、俺は振り返った。
「誰かと思えば、あの時の……。先刻の援護、感謝いたします。」
俺は丁寧な口調で答える。
「別にいいわ、そんな風に話さなくたって。私は、冒険者あがりなんだから」
「しかし、今は騎士団員でしょう。加えて、その国の紋章の刻まれたマント、相当な戦果を挙げたこととお見受けします。有象無象の傭兵と、高名な騎士団員。元冒険者ということを加味しても、身分の差は歴然です。」
わざとらしい、芝居がかっている、とさえ思える丁寧な口調は崩さないままだが、脳内では猜疑と不信の念が渦巻いていた。
「そういえば、貴女は私を探しておいでになっていたご様子でしたが、何かご用件が?」
「アッシュから頼まれてね。君を対岸まで送るんだよ」
「なるほど。しかし何故? 私は独りで向こうの崖まで渡れます。何も、貴女のお手を煩わせることなどありません。」
「いやいや、君のテレポート、回数に制限があるんでしょ? アッシュから聞いたの。私のはほぼ無制限に使えるから、帰りの分だけ、私のテレポートであなたを運んであげる。そうすれば、あなたは2倍の人数を運べるわ」
彼女は手を差し伸べた。
「わたしと離れていると、テレポートの時においていかれるわ。ほら、手、掴んで?」
俺はその手を取った。だが、信用はしていない。相手の正体は誰か、見当はついている。明らかな危険人物でないことは知っている。しかし、だからといって信用に値するわけではない。
「よし、しっかりつかまってて!」
視界が歪み、周囲の景色が超高速で動く。それは一瞬にして起こったことであり、その次の瞬間には、俺の両の足は再び地面の上に立っていた。すぐ近くにはさっきと同じ、負傷兵らが座り込んでいた。
良かった、誰も居ない場所に飛ばされることはなかったようだ。
「感謝します、『一人軍隊』殿。」
「あら、私のこと知ってたのね」
俺は別の負傷兵を担ぎ上げる。
「ええ。元同業者の、最強の一角ともなれば、無論存じ上げております。」
俺は空中に亀裂を生成し、その中に消えた。
「一人軍隊」。それが彼女――アナフネキシャの二つ名だ。〔念力〕の他にも、パイロキネシスとも呼ばれる〔念発火〕、〔瞬間移動〕、〔千里眼〕など様々な超能力を使う、白衣の女だ。
なぜ彼女が騎士団への所属を決意したのかはわからない。
亀裂から降り立った俺は、衛生兵に声を掛ける。
「この負傷兵はどの病床に運べばいい?」
「怪我の状態は?」
「腹部と右腕に裂傷。患部は圧迫し止血してある」
「中程度の怪我ならあの黄布が括り付けられたテント、あそこに運んでくれ」
衛生兵は黄布のテント群を指差した。それに隣接するように、赤布の括り付けられたテント群、緑布の括り付けられたテント群があり、そして、少し離れたところに真白なテントがあった。
遅れてアナフキネシャが瞬間移動して現れる。彼女もまた、負傷兵を担いでいた。
「この人、今すぐにでも聖魔法かけなきゃ死にそうな勢いなんだけど、聖治療テントはどこ?」
「あそこの白いテントです。死にかけなら急いでください!」
さっきの衛生兵が答える。
俺は黄布のテントへ、アナフキネシャは真白なテントへと、それぞれ負傷兵を預け、テントの外で合流した。
「そういえばさ、あなたの名前、教えてくれない? アッシュは教えてくれなかったんだけど」
「……名乗るほどの者では無い、ただそれだけの事でございます。アッシュ殿も、カタ―フェシ殿も、私の名は御存じないですよ。」
少々不満げな表情を浮かべたアナフキネシャが手を伸ばす。俺はそれを掴み、2人は数瞬のうちに対岸の崖へと舞い戻った。
それからも、俺たちは負傷兵を運び続けた。途中、軽い怪我なら向こうで治療してくれ、と救急キットを渡されたが、魔族の攻撃を受けて、救急キットでどうにかなる怪我で済んでいる者は誰一人として居なかった。
日没が近づき、戦闘の勢いは弱まる。
「今のうちに、拠点、防衛ラインをつくるわ」
アナフネキシャが、いつの間にか運び込んでいた物資を眺めながら言う。拠点設営に必要な、バリケードや篝火、そして天幕は既に揃っていた。
後衛戦闘員が何十人か集められ、手早く作業を進める。魔力が枯渇しかけていた俺もそれに加わり、天幕の支柱を立てた。前線より少し後ろにバリケードを置き、そうして囲われた中に天幕を立て、物資が雨や砂で劣化しないよう、天幕の中に運ぶ。
「ひと通り終わったみたいね。ありがとう。じゃあ、前線の人の援護に戻って」
兵に指示を出すアナフキネシャに横から近寄って、俺は声をかける。魔族の攻撃の手が緩められた今こそ、明日、明後日の為にやれる事をすべきだ。
「失礼、アナフキネシャ殿、ある程度複雑な魔法陣を彫れる程度の大きさの盤を2枚、今調達できますか。」
「騎士団の備品に魔法陣用の石板があったはず。だけど、何に使うつもり?」
「それに〔転移〕の魔法陣を彫り込みます。それを使えば、我々の負担も減り、負傷兵の運搬効率もあがるかと。」
「それはいいアイデア、今すぐにでも盤を持ってくるわ」
そう言って、アナフキネシャは消える。数秒後に再び出現した彼女の手には、石板と、巻物があった。
「その巻物は?」
「転移の巻物よ。魔法陣を彫る時の参考になるかと思って」
俺は1度ゆっくり瞬いて、何と言えば良いのか考える。一体彼女は何を言っているのだ、冗談か? からかいか? それとも、ただの無知か?
「恐縮ながら、アナフキネシャ殿。そのような類の巻物は、往々にして魔法陣の流用を防ぐべく魔法陣に細工がされているものでございます。調達して頂いたのはありがたいのですが、残念ながら参考にはできません。」
彼女が目を見開く。
「え、本当?」
「ええ、本当です。……もしや、今まで巻物の紐を解いたことがお有りでない?」
彼女はぎこちなく、ゆっくりと頷く。バツが悪そうな様子の彼女から俺は石板を受け取り、オロの切先で彫り始めた。
【ペル、魔術の巻物使ったことない人って居るの?】
【冒険者としての研修をどこかで受けていれば、必ず習うものだ。大陸民全員が就学しているわけではないから、多少はそういう類の人がいるだろうとは思っていたが……、まさか彼女がそうだったとは】
始めに2重円を彫ってから、その内部を時計回りに埋めるように幾何学模様を彫り、文字列を彫り、そして始端と終端の繋がる所に魔術用の言語で”転移”と刻んだ。後は魔術の巻物と同様、魔法陣を解析されないよう小細工して、…………完成だ。
「これで半分」
彼女がタイミングよくもう1枚を手渡す。俺は彫り終えた方を彼女に預け、彫刻作業を再開した。
さっきと同じように魔法陣を彫る。仕上げに“転移”と刻み、細工を施し、俺は顔を上げた。
「アナフキネシャ殿、お待たせしました。」
彼女は、俺が彫った魔法陣をまじまじと見つめていた。
「へぇ、魔法陣ってこんな風になってるんだ……」
「あまり参考にはなりませんよ。巻物のそれと同様、解析妨害の為細工していますので。……簡単にそれの使い方を説明しますね。一方に魔力を込めれば、両者に魔力が行き届き、繋がり、となる。それだけです。」
「これって一回一回魔力を込め直すの?」
「この石板自体に魔力を貯蔵する機能はなさそうなので、その形になります。」
「これ一回につき、どれくらい魔力を取るの?」
「数値にして150かと。概ね、初級魔術7、8発分に当たります。」
彼女は解ったような、解っていないような表情をする。
「これの一方を野戦病院の近くにでも配置して、後は野戦病院側から、常に魔法陣が使えるよう魔力を供給するよう頼めば、一件落着です。向こうの面々には、中級魔力ポーション1本弱で一度使える、と伝えて下さい。」
「えぇ、わかったわ」
彼女は一瞬で姿を消した。少しして残された石板上の魔法陣が光り、光の消失と同時に何種類かの医療品が出現した。
成功だ。魔法陣に不備はなかったらしい。
アナフキネシャが帰還する。
「あら、無事届いたみたいね」
「ええ、何の問題もなく。」
「私は、魔術はからっきしだから、こういうのは凄く助かるわ。ありがとう」
俺は首を横に振った。
「礼を言われるほどの事ではありません。では、アナフキネシャ殿。私はこれで、失礼します。」
「何処に行くつもり?」
「青肌の人外どもを少しばかり、狩って参ります。」
俺はそう言って、移動を始めようとして、
「ちょっと待って、外の様子がおかしいわ」
と止められる。
『外の様子がおかしい』? その言葉の詳細を問おうとしたその時。
「誰か、誰か呪いを解ける人は!」
1人の兵が、何者かを担いでやって来る。担がれた者は酷く咳込み、肌は黒ずんでいた。
「そこの光っている魔法陣の上に寝かせ、”転移”と唱えろ! それは野戦病院に繋がっている!」
俺はアナフキネシャに向き直る。
「向こうで何が起こっているのか、解りますか。」
彼女は遠方に目を凝らす。成程、〔千里眼〕か。
「魔族の姿は少ないわ、でも……なぜか、全く前線が押し上げられていない。『視る』だけではこれが限界ね」
「ならば、俄然直接赴く必要性が増すというものですね。」
「私もついていく。こういう時は、取り敢えずアッシュに訊くのが一番ね」
一体、彼女とアッシュはどうのような関係なのだろうか。迂闊に当事者には訊けない疑問を抱え、俺はバリケードの外側へと歩みを進める。アッシュの姿は存外すぐに見つかった。
「アッシュ、一体何があった?」
アッシュは前方を指差した。魔族の姿はごく少数しか見られない。異常だ、何か裏があるに違いない。
「あの地面に、呪い爆弾が埋め込まれたんだ」
「『呪い爆弾』……?」
どうやら、奴らは去り際に厄介なものを残していったようだ。




