第五十話 密談
―――(ペルシオ視点)―――
すっかり日が沈んだイルの町だが、城壁の外側の大地とは対照的に全く熱を失う様子はない。冒険者と騎士が行き交い、店は各々声を張り上げ、酒場と冒険者ギルドからは賑やかな笑い声が聞こえる。その空間とすり抜け、俺は宿へと歩いている最中だった。
聖剣によれば無事宝玉の回収はできたらしい。メリアらがあの石扉の中に入っている間、聖剣からの頼みもあって扉の外を巡回していたが、魔族の姿はなかった。今回も、上手くやりきれたと言える。問題は、この後、特に全面戦争が再開してからだ。俺としてはやはり勇者一行についていきたいが、それはかなり難しいだろう。
恐らくその4人のみで行動するということはないはずだ。必ず、デピス王国の騎士団の団員が随伴するだろう。冒険者と違い、騎士団は何年分もの高度な訓練を経験しているため、一般には冒険者よりも強力な存在だ。彼女たちの後ろをつけようにも、団員が俺の隠密行動を察知する可能性は高い。
それに、臨時でパーティを組んでいるあの2人の事もある。守秘義務があると言って数日間行方をくらませるような行為は、不信感を募らせかねない。冒険者というものは大抵1つくらい人には言いづらいことがあるものだ。だが、あれは言えない、これも言えない、と明確に示していてしまっては、得られる信頼も得られまい。あまりにも向こうがこちらのことを信じなくなると、裏切られる可能性も否定できなくなる。戦力として連れてきたはずが、裏目にでて自分の首を絞めてしまっては元も子もない。
ここはどうにか、2人の信頼を獲得できるように動くべき――
――肩を人間の手をが触る感覚がした。誰に触られた? 敵か? それとも赤の他人か?
触られたのは右肩。利き腕を押さえられたか。奴は背後か、右斜め後ろに居る。
肩は動かさないように肘から下だけをさりげなく後ろに振ってオロクロスの柄に指をひっかける。同時に上体を屈め、手の感触が軽くなった瞬間に奴から離れながら反転。予測通りなら、前傾姿勢を維持したまま奴と正対できる。敵対者なら、すぐにオロで攻撃できる間合いだ。
一体誰が、俺に接近したのか――
「うわ、すごく警戒されているんだけれど……。カタ―フェシ、僕なんかまずいことしたっけ?」
「今のは、いきなり肩を叩いた貴方が悪いわ」
そこに居たのは、件の2人だった。
まずい。数日ぶりに遭遇されたら警戒心を剥き出しに接されたとなっては、さらに不信感を募らせかねない。どうすればいい? 何と言って取り繕う?
「……何だ、アンタらか」
まず捻り出したのはこの言葉だった。オロの柄に絡めていた指を離し、向こうから見えるように脱力する。
「いや、あの……、ごめん。ちょっと驚かせようと思ってやっただけなんだ。まさかそんな反応をするとは思わなくって……」
向こうも気まずそうにしている。このような反応を示されたのなら、そのような感情を抱いて当然だ。
「申し訳ない。完全に気が緩んでいて、2人に気付かなかった。……それで、2人は何故ここに?」
謝罪と話題転換。今はこれしか思いつかない。
「哨戒依頼の帰りよ。貴方も、『急用』からの帰りでしょう?」
「そうだ」
俺は頷き、2人について行った。
適当に夕食を済ませ、今は各々が武具の手入れをしている。俺は大剣の刃こぼれを確認し終えたところだった。俺は大剣をこっそり〔異次元保管庫〕にしまい込み、マジックバッグの中を漁り始めた。
たしか、あれがまだ残っていたはず……
袋から出した手には、コルク栓の詰めてある、中に液体の入ったガラス瓶があった。知り合いの錬金術師から、旅の間に効果を試して欲しい、と貰った試作品の1つだ。これの効果は……
瓶を回しながらその表面を見ると、「鎮静」と書いてあった。麻酔や睡眠薬とは違って、感情を抑えて冷静になりたいときに使う薬だ、と彼女は説明していたか……
現在はさほど興奮状態にある訳でも無いが、完全に落ち着いているというわけでもない。効果があれば、変化が訪れるはずだ。
栓を開け、墨汁のような粘度と色彩の液体を体内に流し込む。やはり薬品というだけあって、お世辞にも美味とは言えないが、俺が試しているのは効果であって、味や見た目ではない。
飲んでからは、10分ほど安静にしていた。万が一想定外の効果が現れた時の為に、体力ポーションを手元に置いていたが、結局使うことはなかった。
効果の方は……。脈は遅くなり、思考はより整然としている。先刻のミスについても、今後どう埋め合わせるかという思索に不全がない。効果が出たといって差し支えないだろう。しかし、効き目が悪いような印象も受けた。試作品だから濃度を下げてあるのだろうか。
武具の手入れが終わったアッシュが最初に寝て、次に作業を終えたカタ―フェシが寝て、という流れになったので、俺も床についた。2人が眠りについたら、邪法の研究をするとしよう。
わずかに仮眠をとって2、3時間。そろそろ2人の寝息が聞こえるはずだが……
「それで、あの子のことだけれど」
予想に反して、耳に入ったのは話し声だった。
「本人が名前を伏せているから、詮索されたくない存在なのは確かだ。でも、彼は悪意を持って僕らに接しているわけでもない」
「そういう雰囲気がしないのは認めるけど、じゃあ、あの子は何者だと思うの?」
声のする方を向く。2人がテーブルを挟んで向かいあっていた。おそらく睡眠の邪魔にならないであろう程度の音量で話しているようだが、この身体の特殊性ゆえ内容まできっちり聞き取れてしまう。
「今日僕が彼を驚かせちゃった時のことだけれど。振り向いてから、両足、両手、首、顔の順番に視線を動かして僕と目が合ったんだ」
「つまり、相手が誰なのかよりも、相手がどう来るか、どう攻撃してくるかを優先して確認したってことね? それで反撃の為に首の位置を見て、最後に相手の正体を確認した、と」
「そう。だから、誰かに突然襲われるような環境にいたって考えられるだろ?」
どうにかして、俺が誰なのかを知ろうとしているようだ。2人がルイード教徒ではないことは本人の口から聞いている。だが、ルイード教の敵というわけでもない。もし、2人が正体に辿り着いたとしたら……
「それに、フードを目深に被って、顔……特に目から上を見られないようにしている。だから、目か、頭を見られるのが彼にとってマズいんだと思う」
「それが、襲われる原因って言いたいわけね。それを避けるためにフードを被るようになったと。どういう人が当てはまるのかしら……魔眼持ちとか?」
「それだったら眼帯をつけた方が確実だね。目が塞がれているから効果が発動することもないし」
「それもそうね。他に候補はあるかしら?」
「僕は、彼が珍しい種族の人なんじゃないかと思っている。大体の亜人は頭部を見れば種族を判別できるから、もし彼が珍しい種なら、当然人攫いがこぞって狙うだろうね。あの時の反応は、襲われた経験があったからだと思うんだ。僕たちに名前すら言わないのも、人を信用できなくなったせいかもしれない」
「でも、パーティは組んでくれたわ。それに、ルイード教とは仲が悪いって自分で言ってたことが気になるのよ。ルイード教が嫌うような亜人って、魔人の他にいたかしら?」
「魔族狩りを僕らに勧めるあたり、彼が魔人ってことはないだろうね。同じく魔族に分類される吸血鬼、霞人も違う。ありえるとしたら、魔人と見た目が似た蝙人か半竜人かな」
ルイード教の名が出た時点で、会話に割り込みそれを中断する用意をしていたが、話は見当違いの方向に進んでいく。
「半竜人が一番似てるわね。角もあって、形は違うけれど尻尾もあって。おまけに翼はほとんど一緒。それに、半竜人なんてほとんど見ないし、角とか眼とか尻尾とか、身体の一部だけとは言え竜そのものだから、黒いことをやってる組織に狙われやすい身でもあるわね」
「これがあくまで予想であって、答え合わせは僕らを信じるまでできないのは肝に銘じておかないと。でも、僕はそのつもりで彼に接する。彼は傷ついた鳥みたいなものだ。それも、似た姿かたちの人に傷つけられたんだ。また襲われるかもしれない。恐ろしい目にあうかもしれない。二度とそんな目にあわないよう、僕たちが……」
「やっぱり、最初からそのつもりで声をかけたんでしょう?」
アッシュを見つめたまま、カタ―フェシが小さくため息をついた。
「君も、わかっていたくせに」
「ええ、そうね。でも……。メイロンは死産で、シーコは死んじゃって、あのクソ貴族の時の子も含めて3回も守りそこねているわ。本当に、今度こそ守れるの?」
「もう、失敗なんてしない」
そう答えるアッシュの眼は、今まで見て来た中でもっとも力強かった。俺を敵だと思って近づいた時や、魔族を殺す瞬間ですら、あのような眼はしていなかった。そこに並々ならない決意があるのは明白だ。
「守り損ねて、守り損ねてだけを繰り返すのはごめんだ。一度でもいいから最後まで守りきって、その背中を見送りたいんだ」
「それには同意するわ。私も、これ以上の過ちは犯したくない。あのまま彼を放っていたら、アビスの底よりも深くまで落ちて、戻って来れなくなるわ」
「そうなる前に、引っ張り上げてやらないとね。まだ普通の人に戻って来れる内に」
カタ―フェシが窓を通して月を見る。
「……もう、寝た方が良いかしら。これ以上は明日にひびくわ」
「そうだね」
そうして2人は、寝ているはずの俺を起こさない為か、ほとんど音を立てずに寝床に戻った。
そうして部屋から一切の音が消えた。薄暗く月明りに照らされた中、横たわったまま情報の整理を始めた。
まず、あの議論の始終からして、俺が「あのペルシオ」だと気付かれる可能性はかなり低くなった。その代わり、俺が竜人とその他亜人の混血であるというおかしな仮説が生まれた。これが害を及ぼし得ることは特にないだろうから無視するとしよう。
注目すべきは、俺が庇護対象として見られていることだ。何故そうなったのか、その経緯は不透明だが、2人の経歴が深く関係しているように思える。彼らの言う「守れなかった」とは、「死なせてしまった」という意味だろうか。その償いか、或いはリベンジとして、俺を守り、救おうとしているのだろうか。
しかし、18歳の現役冒険者を守るべき存在として見るか……? 普通「守る」というなら、その対象は未成年の子供か一国の姫だろう。にも関わらず、そのどちらにも当てはまらない俺に守るべき、救うべきものを見出した。最早2人にとって庇護対象の年齢、成熟度などはどうでも良いことであり、守れたのか否かが最重要項目なのかもしれない。
これ以上は分からない。あまり詮索するのも褒められたものでは無いから、ここらでやめとしよう。
……本当に、何の音もしない、静かな時間だ。草木も眠る丑三つ時とはこの事か。これから何か作業をするにしても、まだ眠りの浅い2人を起こしてしまいそうで動くに動けない。
久しぶりに、眠ってみようか。睡眠の要らない身体ではあるが、睡眠のできない身体ではないだろう。気絶に近い眠りを何度か経験している。
俺は目を閉じ、全身の力を抜く。そうしていると、気絶するときよりもゆっくり、ゆっくり意識が遠のいていった。




