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第四十九話 1000年前からの贈り物

 トビラを通り抜けた先は相変わらず、ずっと光り続けるランプに照らされた大して広くはない部屋だった。中央にある、石でできたテーブルの上には幾つかのものが乗っていて、壁際には魔工人形(ゴーレム)を模した石像があった。その胸のあたりに、光を反射して輝く黒曜石のような球があった。


 私たちはまず先にテーブルに近づき、上に乗っている1つの本を手に取った。

「えーと……、”賢者の為の魔術書”? 著者は……”サペノート=スカラス”!?」

 先代勇者一行の賢者の名前、それを聞くなり、ソイフォルの目の色が変わった。タイトルから魔法の詠唱に使われる言語で書かれた本を彼に渡すと、彼はそれを食い入る様に見つめ、少しして1枚、また1枚、とページをめくりはじめた。



 テーブルの上には他に、誰かの手記と、砂時計をモチーフにした留め金のついた木箱があった。


 手記はあるページを開いたまま置かれていて、そこにはこう書かれていた。



 ヴィート歴1013年、種月(3月)20日


 ユースティータが魔族の城から本を盗んできた。ここにどうやって魔王が復活するのか書いてあるから、上手くやれば二度と魔王が現れないようにできる、などと言っていたが、恐らく無理だろう。魔王は魔族にとっての崇拝の対象だ。英雄譚やその他を使っていかに魔王が素晴らしいかを語ることはあっても、その存在そのものを深く研究するのは、不敬と見做されうる。だから、どうせそこに書いてあることは嘘に決まっている。それに、死者が蘇るなどという馬鹿なことがあり得ていいはずが無い。……



「それで、ユースティータ……最後の、忌まわしき邪法使いが盗んできた本がこれ、ということですね」

 アギサが手に取った本には、私の知らない言語で何やら書いてあった。


「何書いてあるんだろ、分かんないや」

 アギサがページをペラペラめくるのを眺めていると、角と翼、尻尾の生えたたくさんの人が、同じ姿の1人の周りでひれ伏している挿絵が目に留まる。ページをめくる手もそこで止まった。

「恐らく、魔族の使うイスル語で書かれた、魔王と魔族についての書物でしょう。イスル語に明るい人がいれば解読してもらえるかもしれませんが……、うーん……」


 この本に書かれたことが重要なのか、そもそも正しいのかすらわからない状況で、どこかに寄り道して解読を頼むべきじゃない。これから行く先に、研究所でもあれば……そうだ!


「これから行くアントロポス帝国の帝立学会はどう?」

「フィルディータ王国とアントロポス帝国は仲がよろしくありません。魔族という共通の敵が居るからこそ、私たちに最低限の助力をしてくれるそうですが……、それ以上のことを望むような、私たちの頼みを引き受けてくれるのでしょうか?」

「とりあえず聞いてみて、ダメだったらまた考えよう」


 これ以上考えられることもなかったので、私は頭を切り替えて、机の上にある木箱に目を向けた。

「これは、何なのかな?」

 砂時計形の留め金を触ろうとすると、ソイフォルが割って入って、私の代わりに木箱を開けた。

「メリア、君は今重傷を負っているんだ。無理しなくていい。言ってくれれば、代わりにやるよ」


 木箱の中には、赤い液体で満たされた10本の小瓶と、中央に魔石のようなものが埋め込まれた腕輪があった。ソイフォルは薬の方を手に取った。

【それは、「強化薬」と呼ばれる薬だ】

 強化薬、初めて聞いた薬の名前だ。

【どうやら知らないようだな。となると、どこかで作り方が失われてしまったか。……この薬は、その名の通り、身体能力を向上させるがある】


「薬を飲むだけで、身体能力が上がるのですか。普通、トレーニングや戦闘経験を積んでLvを上げることで向上するものでしょう?」

 ソイフォルの疑問はもっともだ。飲むだけっていうのは、何となくうさん臭いというか、裏に何か隠されているような、そんな感じがする。


【その通り、飲むだけで身体能力を向上させられる。ただ、その強烈な副作用には注意せねばならぬ】

「副作用?」

【1日の間、全身が捻じ曲げられるような激痛と、高熱に見舞われる。人によっては出血し、そのまま止まらないこともある。だが、副作用によって死ぬことだけは決してあり得ない。後遺症もないはずだ】


 私たちはそろって絶句した。何を考えてこんな危険な薬を私たちに残したんだろう。


【その反応も無理はない。だが、薬で得られる効果は魅力的だ。副作用がひく頃には身体能力全てが100ずつ向上する。それに、この副作用もまだましな方だぞ? これは効果を薄める代わりに副作用を軽くした改良品、元の薬はもっと副作用が酷かったのだからな】


「この薬のそれより酷い副作用って、どういった感じなのですか?」

【言葉では言い表せぬ。ただ1つ言えるなら、もし我がこの身を自力で動かせたならば、飲んだものの頸を掻き切って楽にしてやりたいと思うほどだった、という事だ。インヴィクタらは、よく耐えたものだ】


 死んだ方がましなぐらいの副作用って……!


「どうして、そんな副作用を負ってまで先代はこの薬で強くなろうとしたんですか? トレーニングすれば、時間はかかるけれど苦しまずに強くなれたんじゃないですか?」

【あの時はだな、時間がなかったのだよ。今のように、各国がそれぞれ戦線をつくり、魔族と睨み合うという状況なぞ無かった。大陸は壊滅状態で、生き残った民衆はいつ来るかわからぬ魔族の襲撃に怯えていた。ゆえに、戦闘経験や訓練を丹念に積む暇などなく、どれほど苦しもうと、魔族と渡り合える身体能力が即座に手に入ればそれが最善だったのだ。今回の魔王は、侵攻を始めてから2、3年経っているにも関わらず、未だにどの国も手中におさめておらぬ。それのおかげで、今の余裕があると言っても過言ではなかろう】


 どうしてこんなに侵攻がおそいのか、誰にも見当がついていない。砦に攻め入ったときに何かわかればいいのだけれど。



「僕らには時間があるから、Lvを上げて強くなることも、薬を飲んですぐに強くなることもできる。この薬。飲むか、飲まないか」

 ソイフォルが話を戻して、みんなに意見をきいた。


「ちょっと待ってください。その薬って、1000年前につくられたものですよね。1000年も経っているのに、薬が正しく作用するのか怪しいものです。」

 私たちがすっかり見落としていたポイントを、アギサが指摘した。でも、かなりの時間が経っているはずなのに、薬の見た目も、瓶そのものも、かなりきれいに見える。


【それについては問題ない、留め金が砂時計形になっているその木箱には、しまったものの時を止める力がある。数千年は時を止めていられる代物だ、箱が壊れている様子もないから、大丈夫であろう】


 つまり、この木箱はただの箱じゃなくて、魔法を使った道具ということらしい。


「ちゃんと効果が残ってるなら、強くなるために俺は飲むぜ」

 ケイディンは迷いなく言い放った。薬の効果を聞いた時からもう飲むことを心に決めていたみたい。


「私は、やめておく」

 Lvが10上がれば、身体能力は100上がる。私にはサル―ティスさんがあるし、力不足を感じているわけでもないから、薬を使わず、経験を積んで着実に強くなりたい。


「僕は飲むつもりだ」

「私は今は飲みません。ですが、手元においておこうと思っています」


 全員の意見を聞いた後、ソイフォルは1人あたり2本、強化薬を配った。私にも、彼は必要になった時に使えるように、と渡してきた。余った2本は、後に入った5人目の仲間の為に残しておくらしい。まだアテすらないけれど、はやいうちに5人目を見つけたい。


 それぞれが〔亜空間倉庫(インベントリ)〕の魔法陣の中に薬をしまったところで、

「話は変わるが、これは何だ? 〔鑑定〕を使っても、かなり昔につくられた、大量の魔力が込められた魔晶のはまった腕輪としかわからないんだが」

 とケイディンが手に持った腕輪を見せて質問した。


【それは、サペノートが使っておった魔力タンクだ。普段はその魔晶の中に自分の魔力を流し込み、必要な時に魔晶からそれを取り出す、単純だが扱いやすい道具だ】

「ってなると、魔力をよく使う人が持っていた方がいいよな?」

 腕輪を手渡されたソイフォルはすぐに自分の腕につけたけれど、少しして、しまった、そうだった、とつぶやいて、頭をかいた。


「魔晶から魔力を取り出すなんて、どうやってやるんだろう?」

 私たちが答えられないのは当然として、サル―ティスさんからも答えが言われることはなかった。


 ソイフォルの瞳がサル―ティスさんに、私が鞘ごと支え代わりにして寄りかかっている彼に向いた。

【すまぬが、我もそれは知らぬ。幾ら意思疎通ができるとしても、我は生きてはおらぬ。生きておらぬ者は、常に魔力を与えられる側の存在であって、誰かに分け与えることはないのだ】


 それを聞いてすっかり頭を抱えてしまったソイフォル。私もあれこれ考えてはみたけれど、全く教えてもらったことのないことを短時間で思いつくなんてこと、できっこない。


 しばらくの沈黙をはさんで、アギサが口を開いた。

「それも、帝立学会に聞いてみたら何とかなりませんか? あそこでは、魔術だけでなく錬金術やその他もろもろも研究していると聞きました。研究者の中に、1人ぐらい魔力の取り込み方を知っている人がいるかもしれません」

「そうだね、それがいい。というかそれしか思いつかないね。学会の人が好意的だといいんだけれど……」



 それでだめならお手上げだ、ということで話がついて、ついに本題の宝玉へと注目が集まった。


 私の代わりに宝玉を石像から外そうとするソイフォルを制して、私は自分の手で宝玉をつかみ取った。それはツルツルしているけれど、かなり堅そうな材質でできていた。

「〔鑑定〕」

――――――――――――――――――――――――

破魔の宝玉……聖剣の部品の1つ。これを接続した聖剣には、魔法を打ち消す力が備わる。長い時を経ているが、一切の劣化は見られない。


特殊効果:〔魔法破壊〕〔魔力接続:従〕

――――――――――――――――――――――――

「よし、間違いない。それで、サル―ティスさん、どうやってこれとあなたをつなげるの?」

【我の柄頭にその宝玉を触れさせ、我と宝玉の双方にお主の魔力を流し込むだけだ】


 サル―ティスさんの柄の先端を見てみると、いかにも宝玉とぴったりくっつきそうなボウル形のへこみがあった。言われた通りにして、自分の魔力を流し込む。すると左手に持っていた宝玉が淡く光を発して、その重みは感じられなくなってしまった。


「急に軽くなった……、持っているのがウソみたい……」

【よし、よし。では、そのまま手を放して見よ。安心せよ、その宝玉が割れることはあり得ない】

 恐る恐る手を離すと、宝玉は地面に落ちずにふよふよと宙に浮かんだ。呆然とそれを眺めていると、それは私の周囲をゆっくり回り始める。私が見ている中で3周したそれはサル―ティスさんの近くで止まり、それきり大きな動きは見せなくなった。


 私がちょっと横に歩くと、宝玉は少し遅れてついてくる。宝玉に向かって歩くと、私の邪魔にならないようにそれは私の後ろに回った。辺りをぐるぐる歩き回っても、宝玉はおくれることなくついてくる。

「すごい……、ちゃんとついてくる。まるで生きているみたい」

 最初の感想がそれなのはどうかとも思ったけれど、つい口にしてしまったものは仕方ない。聖剣の何処かに埋め込んで接続するものだと思っていたから、びっくりしてしまったのもある。


「よし、宝玉も手に入れた事だし、戻ろうか。イルに」

そういってトビラに戻ろうとする私に、サル―ティスさんが忠告をした。

【扉を開けたら、魔工人形(ゴーレム)がおる。ここを出る前に、それの相手をしてから出て行くとよい】

「えっ? だって魔工人形(ゴーレム)はもう倒したはず……」

【別の個体だ。ただし、お主らに危害を加えることはないから、安心せよ】


 トビラの先には、確かに魔工人形(ゴーレム)がいた。でもそれは車輪のついた大砲のような形をしていて、今まで見て来た人型のそれとは見るからに違う。部屋のあそこには、さっき倒した魔工人形(ゴーレム)の残骸がそのまま残っているのが見えたから、やっぱり別につくられたものみたい。



 その砲口の奥が、聖剣に魔力を込めた時のような高音とともに、紅く輝き始めた。魔法陣が展開されるわけでもなく、ただ純粋な魔力がそこに集められつつあるのは、本能的にわかってしまった。

「サル―ティスさん!? 明らかに危ないものをチャージしているように見えるんだけど!?」

【我を使った魔法破壊の訓練だ。飛んで来る魔法に合わせて剣を振りさえすればいい】


 急いでサル―ティスさんを鞘から抜いて、治りきっていない身体で構える。


 その高音と紅い光が最高潮に達した時、ボウッ、という音と一緒にそれは発射された。飛ぶ間にそれはバラバラの破片になって、そのそれぞれの方向と来るタイミングは違っていた。


 それらに合わせるように剣を振るうと、剣に触れた瞬間に、まるで溶けるように破片は消えてしまった。それでも、傷のせいか全部をさばけず、最後の1つが私の身体を貫通した。


 でも、痛みはなかった。触ってみても、穴は開いていない。体力すら減っていない。

「これが、『危害を加えることはない』ってことか……」


 その一方で、大砲は仕事は終えた、という風に、無言のまま地面に沈んで消えてしまった。


 それが消える時に、サル―ティスさんを背負った男が私の方を見てうなずくのが視界に一瞬だけうつった気がした。それ自体はきっと気のせいだっただろうけど、私が先代から力を受け継いだことを実感させるには十分だった。


 同時に、心が重くなったように思えた。また、背負っちゃった。誰かの期待を。魔王を倒してくれるという期待を。魔族1人斬れない私に、その期待に応えられるんだろうか……



 行きとは違って静まり返った坂道を上っている私の足が微かにちりをまきあげ、蹴り飛ばしていた。

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