第四十八話 渓谷の宝玉の試練
扉を開けると同時に、その影に隠れる。
すぐに、扉の奥からとんでもない爆音と風圧が襲った。扉の奥から目の前に、矢ほど速くちりが飛ぶ。
私たちは無言のままだったけれど、考えていることは全員同じだった。
何かがいるのは分かったけど、この攻撃……
自分らは、この先にいる何かに勝てるのか?
どうしようこれ、とソイフォルが目線を送った。
「この先にいるのを倒さないと、宝玉は手に入らない。これはたぶん、先代勇者たちからの試練なんだと思う。入ろう」
私の言葉に応じて、全員が部屋に入った。
部屋の中には、聖剣を守っていたあの魔工人形をちょっと大きくして、両手に巨大な剣を持たせたような見た目だった。あの大剣を叩きつけたんだろう、その正面の地面が大きくえぐれている。爆音も、風圧も、きっとあれのせいだ。
それは何も言わないまま私たちを紅い目で見つめている。まるで私たちを見定めているみたいだ。
「あの時の魔工人形と一緒なら!」
ソイフォルは魔法陣をつくりだした。
「〔水牙〕!」
このままあの魔工人形の動きを封じる、はずだった。
魔工人形を取り囲む魔法陣から伸びた触手のような水塊に向かってその剣を振るった。それと同時に水塊は勢いを失い、地面に崩れ消えた。
「そんな……、〔炎弾〕、〔氷弾〕、〔岩弾〕、……」
ソイフォルは次々と違う属性の魔法を放ったけれど、全部魔工人形に斬り捨てられた。
「クソッ、魔法が全て防がれる! 考えろ、考えろ……」
魔工人形はゆっくり二つの剣を振りあげた。そして地面に叩きつけて、衝撃波を飛ばしす。
全員がバラバラに衝撃波を避け、孤立してしまった。一番近いのケイディン、一番遠いのはソイフォル。
魔工人形はまっすぐ私の方に向かい、滅茶苦茶に大剣を振り回す。
黒い線が血管のようにはりめぐらされた、岩を削ってつくったかのような武骨なあの剣、当たったらお終いだ。何が何でも避けなきゃいけない。
大剣の動きに合わせて右にステップ、左にステップ。後ろに跳んで、聖剣で大剣を斬りつける。先端は壊せたけれど、まだまだ武器として使えそうだ。
大剣2振りの連撃の勢いはとどまる事を知らず、背中に硬い岩壁が当たるまでに追いつめられていた。
魔工人形は力をためて大剣を突き出す。
「うわっ――」
咄嗟に身を屈めると、頭上をとんでもない質量が掠めていった。
その体勢のまま、もう一方の大剣が右から迫る。
そこに、ケイディンが割り込んだ。
「〔要塞〕!」
ズゴン、と重い音が鳴り、ちりがあたりに舞う。少し遅れて、ソイフォルの〔炎弾〕が魔工人形の背中に直撃する。
「うおぉぉ!」
盾に全体重をかけて、ケイディンが魔工人形の攻撃を受け止めていた。
ケイディンの表情は見るからに苦しそうだった。反対側に回りこんで、彼の受け止めた大剣をバラバラに斬り刻む。
ケイディンは自由に動けるようになったけれど、盾を持っている左腕が力なくだらんと垂れ下がっていた。
「魔法を打ち消す効果はやっぱり大剣そのものにしかないみたいだ。〔炎牙〕、〔雷弾〕、〔岩弾〕!」
ソイフォルの援護を受けて、私たちは魔工人形から距離をとった。すかさずアギサがケイディンの治療を始める。
「腕が完全に折れています。元通りにするのには少し時間がかかりそうです。その間、あれをここから遠ざけて下さい」
今度は私とソイフォルが一緒に動き、ケイディンとアギサから離れるように位置どった。
魔工人形はためらいなく壊れた大剣を捨てて、残った1本を両手で構えた。それは紅い光を発し始める。
大剣の落ちる重い音、それと同時に、魔工人形の表面の紅い線が眩しく輝きだす。大剣が風を切り、光が分離してこっちに飛んで来る。散開してそれを避けると、再び大剣が光りだした。次に魔工人形はそれを地面に突き立てた。
地面にも、あの魔工人形と同じ色の線が何本も、剣を中心に伸びる。
足元に通った線から離れると、その線に沿って岩の牙が生み出される。
ちょっと驚いて、安心したのも束の間、頬を冷や汗が伝った。
岩の牙のせいで動ける範囲が制限されている。極端に狭いわけではないけれど、あの巨大な剣を避けるには足りない。
その牙をなぎ倒しながら、ソイフォルには目もくれず、魔工人形がこっちへ迫って来た。
「なるほど、勇者一点狙いってことだね」
剣は肩に乗せるように構えられてる、きっと斜めに振り下ろすつもりだ。
でも、牙をものともせず、壊しながら近づいて来てくれるおかげで、前方、魔工人形の足元の方へと、逃げ道ができた。
危ないけれど、やれるかもしれない。ただ避けるだけじゃもったいない。
「ソイフォル!」
私は彼を呼んだ。
「膝の裏、弱点をつく! 私は左をやるから、あなたは右をおねがい!」
剣が振り下ろされるより速く、魔工人形に向かって疾走。
足の間をスライディングでくぐり抜けるようにして裏に回り、ソイフォルは光弾をカーブさせてあれの膝裏を狙う。
膝の裏には、紅い線が集まっていた。糸にも見えるその線の束を切るように、それを斬りつける。
無理な体勢で斬ったせいで、あまり深い傷はつけられなかった。魔工人形はよろめいたけど、それだけだった。
走り出してすらいない私に振り向いて、魔工人形は剣を叩きつけようとする。その後ろに、2つの人影が見えた。
「〔浄化〕!」
さっき私が斬りつけた部分にアギサが手をかざすと、反対側にいるこっち側から見えるぐらいまで傷が広がった。魔工人形は体勢を崩し、振り下ろされた剣は私からかなりずれたところに着弾した。
「やっぱり。屍物の身体が使われているようですね」
そう言って、アギサはもう一度〔浄化〕を放つ。続いてケイディンが同じところを斧で叩くと、魔工人形は右足を完全に壊して、その場に片膝をついた。
間髪入れずにソイフォルが炎の嵐を巻き起こし、魔工人形を焼いた。でもまだ倒れる様子はない。
魔工人形の大剣にいままでよりずっと強い、紅い光が宿った。斬り上げるために下段に構えられたそれを切断しようと、魔力を込めて聖剣を振り下ろす。
しかし、その攻撃は紅く光る大剣を叩き割るには至らなかった。
「ウソ!? さっきはできたのに!?」
【やはり、この身は鈍っていたか! メリア、回避は間に合わぬ、防御せよ!】
私は吹き飛ばされ、岩の壁が鎧を貫通して私の身体を叩く。
体力:511/521 → 111/521
両目の視界が真っ赤に染まって見える。左半身からのどろりとした血の感触が肌を濡らす。
……危なかった。聖剣で防御しなかったら、身体が真っ二つになるところだった。
向こうでは、2人が魔工人形を魔法や打撃で攻撃していた。表面がボロボロで、後一息で倒せそうなのは明白だった。
アギサが手早く私の治療に入る。
「左上腕と腰、太ももの骨がやられていますね……」
アギサはダメージを受けたところだけを狙って〔治癒〕をかけ、次に〔自然治癒〕をかけた。
ものの数十秒で激痛はいくらかましになって、不自然に曲がっていた左腕も元通りになった。
「うーん、歩けるぐらいまでには治せましたが、完全回復とはいきませんね。本格的な戦闘は控えた方がよろしいかと」
「わかった。でも、歩けるだけでも十分。ありがとう」
動かせる程度まで直った左手でペンダントを握りしめ、治癒魔法を発動する。少しずつ楽になるのに合わせて立ち上がって、右手だけで聖剣に魔力を込めなおす。そして魔工人形の方をよく狙って、斬撃を飛ばした。
<経験値を入手しました>
<Lvが上がりました>
魔工人形は頭から足にかけて真っ二つになっていた。
「た、倒した……」
【お主ら、よくやった。試練は突破された。さあ、あの奥に見える扉に入り、宝玉を手に入れよ】
戦っている間は気づかなかったけれど、奥の壁にはトビラがついていた。私がそっちに歩こうとした時、ソイフォルが口を開いた。
「やっぱり、そうでしたか。しかし――」
「――助言ぐらいして欲しかったぜ」
ケイディンが言葉をつないだ。2人とも助言をもらえなかったことが不満だったみたい。私が死にかけた、というのもあるかもしれない。
【それでは試練の意味がないだろう。それに、我は最低限の助言はしたとも。この大陸の希望にあっさり死なれては困るからな】
「だってさ、行こう?」
私は痛む身体を動かして、トビラに手を触れる。
「サル―ティスさん、この先は安全だよね?」
【ああ、安全だ。保障しよう】
その言葉を確認して、私は手に力を入れた。みんなは私の後に続いて、トビラの内側に入っていった。




