第四十六話 乱闘
―――(ペルシオ視点)―――
立ち尽くす勇者一行を、俺は曲がり角の影から眺めていた。
【……】
「こんなに魔物が集まっているなんて……回り道しましょう」
どうやら魔物が進行方向に集まっているらしい。ここからは全く魔物の様子を窺えない。
【他に道は無い。ここから底目掛けて飛び降りたとしても、下で魔物が待ち構えているであろうな】
「となると……、掃討あるのみ、という事ですか」
賢者の言葉にはどうか否定して欲しい、という意図が見える。
【ペルシオ、来たか】
距離が遠くて、ここからは返事できない。近づこうにも、まるで隠れる場所が無い。勇者一行の視線を遮るのは、この曲がり角のみだ。
【魔物を引き付けるようなものは持っているか】
「いいえ。めったに使う事がありませんし」
【ならば、掃討する他ない】
陽光が渓谷の底に射し、そこにひしめく魔物たちの姿が顕になる。
見えるだけで数百。これでは氾濫と変わらない。だが、話の流れからしてやはりあれと戦うつもりだろう。姿を見られずに勇者一行を援護するなら……
範囲攻撃……いや、邪法よりずっと広範囲の攻撃。例えば毒の散布。
俺は〔異次元保管庫〕の中を探りながら記憶を遡る。
毒、毒など持っていたか? 確か、あの錬金術師が、試用して効果を報告して欲しい、と渡したものが……。否。あれは大分前に使い切った。効果覿面であった事はすぐに思い出せた、惜しいものだ。他に渡されたものは、どれも俺が飲用して効果を確認する薬品のみ、この場において使えそうなものは無い。
……あの群衆に飛び込むか?
魔力を途中で供給できれば、あれらと戦い続ける事は可能だ。手っ取り早い供給源は魔物そのものだ、魔力ポーションは数に限りがある。
魔力を奪い取っている余裕はあるだろうか。否。あの状況下では、死体を掴んでいる間に全方位から魔物が飛び掛かって来るに違いない。生きている内に吸うとしても、1体1体を捕まえて、今までやっていたように地面に押し付けているようでは大きな隙を晒す。隙を減らそうと考えると、吸収できる時間は1秒も無い――
「もしかして、闘技場の血の樹の事ですか?」
【名が変わったのか……。いずれにせよ、その樹についた実によって魔物が集まってきている。一度実がつくと、実が食いつくされ魔物を惹きつける力を失うまでに、時間がかかる】
「数日から数週間かかりますよね。そんなに待てません。魔族との戦争が再開したら、ここに訪れる時間なんてないだろうし」
――だが、その1秒を何度も繰り返せば、そのうち……
「果実を傷つけてはダメなのですよね? そうすると、より強く魔物をひきつけると」
【その通り。手についた果汁にすら、魔物は惹かれるぞ。焼けばそれで済むが、もし回収するつもりなら、〔亜空間倉庫〕に仕舞って隔離せよ】
勇者一行はやる気のようだ。俺もやるしかない。俺は背後に〔空間歪曲〕の亀裂を展開。目的地は魔物の群れの中央だ。勇者一行から姿を隠しながら戦うにはこうするしかない。中央で暴れ、奥へ奥へと突き進むのだ。
【お主、一体何処へ行くつもりだ?】
直にわかるさ。距離の関係で、〔念話〕を通して伝えられないのが何とももどかしい。
「……〔制限解除〕……」
全身に紫電の迸る俺はオロを抜き、更には大剣を取り出し浮かべて、亀裂へと飛び込んだ。
着地と同時に、1体の魔物が下敷きになる。頭部を踏み潰す。
<経験値を入手しました>
すぐさま頭上に魔力球を生成、〔雷雨霰〕を行使。
自分を中心に円を描くように大剣を操作し、周囲の魔物を吹き飛ばす。
大剣の操作に意識を多めに割かなければ、まともに操れそうにない。あの投げナイフとはまるで違う、重量が操作の難易度に関わるのだろうか。
続いて〔幻斬〕を四方八方手当たり次第に撃つ。狙いなど定めていない。兎に角、撃てば当たる。
飛び掛かる蜥蜴系魔物の顔面をオロで叩き落とし――
【背後から魔物2体、飛び掛かってきています!】
――振り向きざまに2体の魔物を切り裂く。
前方へ〔雷雨霰〕、背後へは〔急襲の炎〕。
正面の魔物を蹴って後続にぶつけ、地面に落ちた大剣を飛翔させまとめて貫く。
<経験値を入手しました>
オロを真上に放り投げ、入れ替わりに地面に刺さったその大剣を片手で握る。
「両腕があれば、もっと楽なのだが……」
全身の捻りを使って回転斬り、そのまま手を離し、丁度落下してきたオロを回収。
「何か見えたか」
【別に何も。魔物がいっぱいいるよ、とだけ】
「そうか」
左から来る魔物をオロで突き上げ、サマーソルトキックの要領で追撃する。
<経験値を入手しました>
前方を〔水螺旋〕で薙ぎ払う。
<経験値を入手しました>
そうして空いた半径5メートルの空間へと足を進め、〔雷雨霰〕。
<経験値を入手しました>
背中に何かが重くのしかかる感覚。俺はその正体を確かめる前に、岩肌へと自分の背中を打ちつける。
<経験値を入手しました>
肉のひしゃげる音がして、骨の破片らしきものが背中をつつく。だが、刺さるとまではいかないようだ。
壁を背にした俺に、全方位から爪やら牙が襲い来る。
〔空間歪曲〕の亀裂へと滑り込み、それをギリギリで回避。立場の逆転した奴らに、地面に転がしてある大剣の、その側面を叩きつけた。
<経験値を入手しました>
オロをしまい、絶命した1体を掴みあげる。振り向きながらの回し蹴りで他の魔物を払い、蹴りの終わりと同時に魔力を吸い上げる。しかし、ほとんど吸えない内に魔力の供給が止まった。
そこらの奴では、死後の魔力は霧散しやすいか。魔族だったからこそ、あの行為はできたのかもしれない。
すぐそこまで来ていた1体に死骸を投げつけ、再びオロを手にする。
〔雷雨霰〕で視界を奪い、その隙間を縫うように駆け抜ける。
投げナイフを手当たり次第に射出して、直後に回収。
<経験値を入手しました>
自分が通った道を〔惨劇〕で覆い、すぐに解除。
<経験値を入手しました>
魔物を屠り、ただ下へ下へと降りて行く。魔物は相変わらず好戦的で、コンマ1秒でも隙があれば頭部を狙って跳びかかって来る。
残存魔力は……?
魔力:3985/3985 → 1540/3985
「半分か……。そろそろ、奪わなければ……」
【右から1体、左から1体、来ています!】
右のを相手の動きに合わせてその頸を掴み、魔力を吸いながら左にぶつける。
魔力:1540/3985 → 1550/3985
何かをしながらだと効率が落ちる。無意識でもできるように慣れなければならないか?
周りを見回せば、これは俺と魔物だけの戦いでは無いようだ。魔物の同士討ちがそこら中で散見される。1体1体が弱く、かつ連携して来ないならば、想定より苦戦する事は無いか……?
正面から来たものの腹部にオロを突き立て、浮遊させた大剣で薙ぎ払う。
<経験値を入手しました>
反対側から迫る魔物を掴み、
魔力:1555/3985 → 1570/3985
地面に叩きつける。
<経験値を入手しました>
駄目だ、地面に叩きつけようとすると魔力の供給が止まる。一瞬の間に最低でも30は奪う事が出来るならばそれでも良いのだが、現在それが出来ない以上、何かをしながら魔力を奪えるようにならなければ。
覆い被さるように来る奴らに対し、〔惨劇〕の棘をぐるりと自分の周囲に展開して防御。
<経験値を入手しました>
投げナイフを投げる。その直後に、〔惨劇〕の棘で構成されたドームの表面を沿うようにカーブさせて、奴らを一掃。
<経験値を入手しました>
生き残りを掴み、魔力を吸い上げながら地面に叩きつける。
<経験値を入手しました>
また途中で供給が止まった。
1か所に留まって戦うのは勇者一行の為にならない。彼女たちの目的地は渓谷の底だ。魔物を殺しながら、下へと向かおう。
<経験値を入手しました>
殺せ。そしてもっと下へ。
<経験値を入手しました>
殺せ。そしてもっと下へ。
<経験値を入手しました>
……
無我夢中で戦った挙句の果てに、俺は渓谷の底に辿り着いたようだ。何か、樹が見える。
「闘技場の血の樹?」
その幹は鮮やかとは言えない、淀んだ赤のまだら模様だった。葉は季節外れの赤色を呈し、実はまさに血の塊だった。
勿論、その周囲を囲むように、魔物が乱闘を繰り広げている。
あの実が元凶か。俺が回収するにしろ、勇者一行が回収するにしろ、周囲の魔物は減らした方が良い。
魔力は、残り300。3発程度しかまともに邪法が使えない状態だが、俺はひるまずに魔物同士の戦いに乱入する。
殴り飛ばされたらしく、こちらに飛んで来た魔物を受け止めて魔力を吸収する。しかし、その隙が大きすぎた。
【左から攻撃が……あ、これ間に合わな――】
アルの忠告も空しく、視界外からの衝撃で撥ね飛ばされる。
魔力:300/4130 → 350/4130
体力:566/576 → 500/576
壁に叩き付けれられる直前に受け身を取り、そのまま倒れるように前に跳ぶ。1拍遅れて、壁を砕く轟音と岩片が背中を突いた。
振り返ると、そこにはこちらを睨みつける掘進物系の魔物らしきものが居た。鼻からは湯気を吹き出し、全身に岩の鎧を纏っている。具体的な種まで特定する暇は無い。
強力な風圧を伴う拳を避けて奴の懐に飛び込み、腹部を足裏で蹴り飛ばす。
腹部をやはり岩に覆われているが、衝撃は通ったようで、奴は仰向けに倒れた。
俺が追撃を加える前に、好機と見たらしい、辺りの魔物が群がる。その量を危険と判断して下がった俺の耳は、まず岩の砕ける音、次に柔らかい肉を裂く音を捉えた。
<経験値を入手しました>
ここの奴らはかなり気性が荒いらしい。弱らせて、他の魔物にトドメを任せれば、俺はさして労力をかけずに済むかもしれない。
戦法を変え、転倒させるなり、重傷を負わせるなりして隙をつくったら標的を移す事にした。そうすると、こちらに来る魔物の数も減り、敵の処理速度は著しく上昇した。
樹の元に辿り着く頃には、3割までしか魔物は残っていなかった。攻撃を掻い潜りながら実を3つ、掠めとる。
見上げれば、炎や暗黒の嵐が吹き荒び、同じところからは光が刃の形を成したものが飛翔している。あそこが今の勇者一行の位置だ。
魔物を処理しながら、俺の〔念話〕が届く限界の距離まで近づき、聖剣に問いかける。
【渓谷の底に降りたら、勇者一行はどの方角へ向かう?】
【今まで進んできたのとは逆の方角だ。その実で、魔物を惹き付けるつもりか?】
頷きを以って、俺は答えとした。
魔物の間を潜り抜け、聖剣の示した方向へと駆け、出来る限り遠くへと、採った実の1つを放り投げる。
途端に地面を踏む幾つもの音がして、魔物が集まりだす。そのどれもが、自分がこの実を手に入れるのだ、と血走った眼で、所々では既に同士討ちが始まっていた。
たった1つの実でも、十分に誘引力があるらしい。魔物にとっては、樹になっている実よりも、地面に落ちた実の方が食いやすいからだろうか。
多くの魔物が、背中をこちらに晒している。その1つに掴みかかり、その首を捻り上げながら魔力を吸い上げる。
魔力:355/4130 → 455/4130
すぐに奴の首は音を立てて異常な方向に曲がった。
<経験値を入手しました>
俺の攻撃に気付いた数匹が向かってきたので、その場を離れる。
勇者一行は、まだ底へは辿り着いていない。俺は彼女たちが通るであろう場所に居る魔物の掃討に移った。
それにしても、さっきのは……。首をかなりの力をかけて折ろうとしていたのに、魔力の吸収が止まらなかった。これは、間違い無く進歩だ。
<新スキルを習得しました>
新スキル……一体何を? いや、確認は後。落ち着いてからだ。
今は、勇者一行の到着までに、ひたすら魔物の数を減らさなければ。
改めて、俺は自分の両脇に大剣を浮遊させ直した。




