第四十五話 正体不明の魔物
日が昇ると同時に、私たちは渓谷を下り始めた。
地面の色は相変わらず。風にはためく自分の外套の色が、地面によく似ている。決して歩きやすいとは言えない、ゴツゴツとした地面だ。
底の方までは光が届いていない。本当に底があるのか不安になるくらいには、真っ暗だ。
「ここの底に、本当に宝玉があるんですね?」
【ここはかなり深い。道に沿って進めば、次第に底が見えるだろう。或いは、太陽が真上にくれば】
歩いても、歩いても全く変化がない。風景も変わらなければ、魔物も出てこない。あまりにも暇だったのか、気付けば私は何となく、あの歌を口ずさんでいた。
一人の騎士が 森の中
いかにも歪 その姿 全く人とは 言い難い
彼の周りを ぐるぐると これまた異形 練り歩く
騎士は目を閉じ 天仰ぎ はるかに遠い 誰かへと
獣のような その声で 思いをはせて 呟いた
おまえは何処に いるだろう
きらめく布に 身を包み その頭には 王冠か
あるいは人の 声援を その一身に 受けたるか
まさか私を 探すよな 真似などしまい そうだろう?
おまえの騎士は ”死んだのだ” あれだけ強く 言ったから
【初めて聞いた歌だ。最近の有名な詩歌か?】
「いいえ。メリアの故郷で吟遊詩人が歌っていたそうですが、その他に誰もこの歌を聞いた事はありません。調べてはみたんですが、何もわかりませんでした」
騎士は目を開け 歩きだす
腰のあたりで 揺れている 年季の入った 鉄の剣
しかし彼には 要らぬもの 彼には今や 爪がある
鋼鉄程度 易々と 細切れにする 爪がある
彼の背中に 担がれた 傷つき割れた 鉄の盾
しかし彼には 要らぬもの 彼には今や 殻がある
かつての主は 遠くへと 彼には守る ものがない
私の口ずさむ歌に混じって、何か音が聞こえて来た。何か、鳴き声のような……
私たちが歩みを進めるにつれ、鳴き声は大きくなっていく。
「見て、あれ」
ソイフォルが指差した先を見ると、奥の方で大量の魔物がうごめいているのが見えた。みんな同じようにどこかある場所に向かっているようだった。
【……】
「こんなに魔物が集まっているなんて……回り道しましょう」
焦ったようにアギサが言う。まるで氾濫でも起こっているかのようなこんなに大量の魔物を見たら、誰でも焦る。
【他に道は無い。ここから底目掛けて飛び降りたとしても、下で魔物が待ち構えているであろうな】
「となると……、掃討あるのみ、という事ですか」
この魔物たちを全て倒す……? この量を? こんなの、冒険者が何十人がかりで戦わないとどうにもならない。
【魔物を引き付けるようなものは持っているか】
「いいえ。めったに使う事がありませんし」
【ならば、掃討する他ない】
何とか、ならないの?
「そ、そうだ。夜、夜になれば、魔物たちも落ち着くんじゃないですか?」
【果たしてどうだろうか。……全く、あ奴らは加減を知らぬな】
「何故こんな事になっているのか、心当たりが?」
ソイフォルがきく。
【先代の勇者一行が、ここら一帯にある樹を植えたのだ】
「何を植えたのですか」
【アトーレ・シュトだ】
「アトーレ・シュト……?」
聞いたことない名前だ。
【知らぬのか。真赤な色をした実をつける樹木で、血にも似た不快な臭いのするその実は強く魔物を惹きつける。そしてそれを求めて集まった魔物による同士討ちで流れた血を養分として生きるのだ】
「もしかして、闘技場の血の樹の事ですか?」
【名が変わったのか……。いずれにせよ、その樹についた実によって魔物が集まってきている。一度実がつくと、実が食いつくされ魔物を惹きつける力を失うまで、長い時間がかかるぞ】
そう言えば、500年くらい前に、世界中で通じる魔物や植物の名前が新しく造られたんだっけ。今では国家機密や条約、冒険者ギルドでも使われるほどには、それは広まっている。かといって、かつて使われていた名前が消えたわけでもないけど。
「数日から数週間かかりますよね。そんなに待てません。魔族との戦争が再開したら、ここに訪れる時間なんてないだろうし」
ソイフォルは杖を両手で構え、正面に魔法陣を作り上げ始めた。
「果実を傷つけてはダメなのですよね? そうすると、より強く魔物をひきつけると」
【その通り。手についた果汁にすら、魔物は惹かれるぞ。焼けばそれで済むが、もし回収するつもりなら、〔亜空間倉庫〕に仕舞って隔離せよ】
私が腰に提げた銀の剣を抜いた時、遠くの方から雷のような光と音がして、魔物の叫び声が聞こえた。
【…………もう手遅れか? 既に強力な魔物が……、否、これは好機だ。お主ら、来た道を戻れ! 魔物の注意が向かぬようにだ!】
後ろを向いて、坂を駆けあがる。
「サルーティス様、何を思いついたのですか!?」
若干弾む息を抑え込み、アギサが問う。
【あの雷は、何か強力な魔物によるものだ。あの魔物に辺りの魔物を倒させる。あの調子で暴れてくれるならば、魔物の群は壊滅、あわよくばアトーレシュト……闘技場の血の樹の実を喰らって何処かへ消えてくれるやもしれぬ】
私たちは遠くから、その魔物の戦いぶりを眺める。と言っても、実際は魔物の姿はここからでは見えないので、魔物の攻撃らしき雷や爆炎を目で追っているだけだ。時には空中に魔物がはね上げられる。一体どんなのが戦っているのか、見当がつかない。
「うーん、あの雷、何か変だな」
目を凝らしていたらしいソイフォルが、表情一つ変えずに話を切り出した。
「『変』って?」
「あれ、本当に雷なのかな。何というか、色が変だ。雷の色って、青だったり黄色だったり、僕は見た事ないけれど紫色だったりするだろう? でもあれは、白色に所々黒の染みがついたような色だ。そんな色の雷なんて、存在しない」
「言われてみれば、そう……かな」
「それで、もしかしたら雷じゃないのかと思って見ていたら、段々と、〔魔力砲〕に見えてきたんだ」
うーん? ソイフォルが〔魔力砲〕を使うことなんて全然ないから、それに似てる、似てない、って言われても……
「確かそれって、光線みたいに一直線に魔力を放つものじゃなかったっけ? あれは明らかに、色んな方向に広がっているように見えるけど」
おぼろげな何年も前の記憶をたぐり寄せて、私はなんとか言葉をつなげられた。
「魔法陣の形がちょっと崩れると、ああいう風に拡散するんだ」
「つまり、あれは雷じゃなくて、魔力をてきとうに放出しているだけって言いたいの?」
「そうだね。となると、あの爆炎も本物かどうか怪しいな……」
暴れている魔物は、偽物の雷の位置を見る限り、どんどんこっちから遠ざかっているようだった。
日がずるずると動いて私の真上に来ていた。早朝に洞窟を出たのに、もうこんな時間……
光が届くようになった渓谷の底の方へと目をやる。まばらに、木が立っているのが見えた。あれが、多分闘技場の血の樹だ。底の地面には、血が染み込んでいるのが見えた。あれが、木の栄養になる。気持ち悪い性質だ。
一方、例の魔物はとうに見えなくなってしまった。もう、爆発音は聞こえない。
【……頃合いだろう】
「みんな、行くよ!」
アギサが〔祈り〕を使い、私は腰に提げた銀の剣を抜いた。
「〔闇嵐〕! 〔火嵐〕!」
ソイフォルは、宿で新しく覚えたらしい魔術を使っている。彼の周囲を闇と炎とが渦巻き、次に正面の魔物を襲い、飲み込んでいく。
ケイディンは一番前を走って魔物の注意をひき、噛みつきや爪を防いで弱らせてから、私たちにつなぐ。
私はとアギサは通り過ぎざまに次々と、ケイディンが送った魔物を叩き、斬りつける。
ふと横を見ると、岩肌に顔を叩きつけられたらしい蜥蜴系の魔物、だったものがあった。「だったもの」と表現したのは、もはや原型をとどめていなかったから。こんなものが1匹では無く、十何匹も。それが、例の魔物の凶暴さを象徴するようだった。
「戦鬼を連想するな……」
ポツリとこぼれたケイディンの言葉に、誰もが同意した。物語でしか知らないけれど、実際に居たら、こんな戦いぶりなんだろう。
すっかり少なくなった魔物の間を通り抜け、渓谷の底へと駆け降りる。
【件の魔物だけには気をつけよ。何処かに身を潜めているやも知れぬ】
下へ下へと降りるほどに、辺りに散らばる血と肉片の量が増えていく。嫌な鉄の臭い、でも嗅ぎなれてしまった臭いが鼻をつく。
渓谷の底に辿り着くなり、アギサはさっき見た木へと駆け寄った。あれが大量の魔物の原因なら、はやく取り除かないと!
自分が実を採っている間守ってください、と目線で仲間に伝え、彼女は実を摘み始める。
地面に足をつけたままで葉を触れるほどには低いその木には、血が固まったかのような紅い実がいくつもなっている。臭いも血そっくりだ。いくつかは食い荒らされているけど、まだ手を付けられていないものもある。
「いくつか、丸ごと綺麗になくなっている実もありますね。まるで、人が摘み取ったみたいです」
実を全て採って、〔亜空間倉庫〕にしまい、アギサが戻って来た。
「よく熟れた果実って、勝手に落ちるでしょ? それも、丸ごときれいに」
「言われてみればそうですね。うーん、ですが、どうにもあれは人の手によるものだと思うのです」
「普通、こんなところに人なんて来ないと思うけど……、うーん……」
「サル―ティス様、宝玉はどこに?」
しまった。そのために来たんだった。こんな論争をしているひまじゃない。
【闘技場の血の樹に沿って進めば、宝玉を隠した部屋へと繋がる扉がある。岩に似せて造られたが、目印のおかげで見間違う事はないだろう】




