第四十三話 戦場の転機
―――(ペルシオ視点)―――
馬車はイルの街に入ると、そのまま中央へと向かった。そして、ある1つの建物の中で止まる。
中から騎士が出て来て、積荷の運搬先を指示し、荷下ろしと運搬を開始する。俺たちも協力し、無事にその作業は完了した。
「はい、ではこれで、依頼完了です」
そういって、エボがアッシュに報酬金を渡す。彼はその報酬金をマジックバッグにしまった。
エボが馬車と共に去るのを見届けてから、彼は俺に振り返る。
「君は運ぶの手伝わなくても良かったのに」
「リハビリの為にはあれもやるべきと判断しての事だ」
アッシュとカタ―フェシが俺の右手に視線を送る。
そう、護衛依頼の間に、右手が大方再生したのだ。
【思ったよりもはやかったね?】
【そうだな。ただ……】
問題は、左腕。肩口から切り落とされて以来、いっこうに再生する気配を見せないのだ。
組織が壊死して腐り始めている様子はない。傷口が塞がった状態のままである。再生する見込みがない訳では無いが、このまま状況が好転しないようなら、別の手段を模索するか……
「取り敢えず、宿取ろうか」
「そうか。ではまた、明日、冒険者ギルドで」
「何言ってるの? あなたも同じとこに泊まるのよ」
「……?」
「まだ手が使えない分、不便なことも多いでしょ?」
そう言われてしまうと、反論できなくなる。
宿を探すという2人の後ろをついて行きながら、思索に耽る。
はじめの内はただのお人好し程度だと思っていたが、ここ数日の様子を見るかぎり、彼らの態度は「お人好し」という言葉では到底片付けられない。出会って数日の奴に対して、一体何の目的でここまで? 考えを巡らせるも、答えは出ない。
やがて、1つの宿に着いた。
「3人で1部屋、お願いできますか?」
「はい。えーっと、204が空いてますね。食事はどうしますか? 食事ありなら一泊銀貨7枚、食事なしなら一泊銀貨5枚です」
「食事ありで」
「はい。ちょっと待っててくださいね」
管理人が奥へと消え、鍵を1つ手にして戻って来た。
「これが、204号室の鍵です。なくさないようにしてください。しないとは思いますが、盗むのもだめですよ。204号室は、そこの階段を上って右手にあります」
部屋の中には、ベッドが4つ。木製の土台の上に布を被せた、粗末なものだ。地べたに寝そべるよりかはまし、といったところの寝心地だろう。
「魔族との戦争に伴って緊急で建築された宿だったか」
「それで、これからどうするの?」
「魔族関連で、依頼が出ていないか確認する」
冒険者ギルドに向かい、掲示板に目をやる。
「『周辺哨戒及び魔族討伐依頼』ね、報酬金が一日銀貨10枚か。『何体でいくら』じゃなくて『1日でいくら』なのか」
掲示板には更に、『四天王の砦には侵入禁止、指定された範囲で哨戒、戦闘すること。魔族との交戦があったことが認められれば報酬を全額支払う。そうでない場合は銀貨5枚を支払う。』と書かれている。
「魔族討伐の利益があまりにも少ない。となれば、哨戒させるのが目的か。今はあまり魔族軍を刺激したくないらしい」
「討伐していなくても報酬を支払うのは、この街に留まって欲しいからかな?」
奥からギルド職員が掲示板に近づき、何かを貼り付けている。冒険者の視線は次々にそれに集まっていき、職員が離れる頃には建物内の視線全てが注がれていた。
特別依頼:魔族との全面戦争及びイーラ渓谷以北領土奪還作戦の参加
報酬:作戦1回につき、1人あたり
Cランク冒険者は金貨10枚
Bランク冒険者は金貨15枚
Aランク冒険者は金貨25枚
〇〇月の18日、魔族への積極的攻撃を再開する。作戦は当日指示。目標はイーラ渓谷北部に存在する穿山軍の砦への侵略及び破壊。希望すれば武具の支給もあり。
1週間後に、魔族に対する正面戦闘を開始する。その知らせに、辺りの冒険者たちは獲物を狙う肉食獣のように目を光らせていた。半数以上が報酬目当て、国への忠義で参加する者はごく僅かだろう。ただ、士気が十分なのは間違いない。
その知らせに大きく影響を受けたのは冒険者だけでは無い。通達のあった数時間後には、薬屋は商品を値下げし始め、武具屋は銀製武器を取り扱っている事を広告した。銀製の武器は魔族によく効くという。これは事実無根の迷信では無く、宮仕えの学者によるれっきとした研究結果だ。
俺は腰につけたマジックバッグに目を向けた。これには、今はルイード教の瓶入り聖水が入っている。
アッシュから貰った、淡く青色に輝く液体だ。その輝きは、俺に生理的な嫌悪感を抱かせる。
邪悪なモノを滅し、遠ざけるというこの液体。魔族を狩るならあった方が良い、というアッシュの言葉があったから大人しく受け取ったが、一刻も早くこれを手放したい。
その不快感は消える事を知らず、ずっと意識にこびりついている。既に陽は沈み、2人は寝てしまったというのに、一向に弱まる気配すら無い。
【ペルシオよ】
これは……聖剣の〔念話〕か?
【今日、イーラ渓谷の宝玉の回収に向かう。ついてきてくれ】
俺は、言われなくとも、と返そうとした。しかし、その言葉は聖剣へと送られる途中で、魔力と共に空気に溶けた。
距離が遠すぎる。遠すぎて、〔念話〕を送れない。メリア及び聖剣の居る場所は、ここから150メートル程離れている。俺の〔念話〕が霧散したのはここから50メートルの地点だ。
返事が出来ないならば、行動で示すのみだ。
「とりあえず、哨戒の依頼を受けてみない? 辺りの地形を確認したいし、そのついででお金が貰えるならね」
野菜スープを掬い取りながら、カタ―フェシが言う。
「済まない、急用が入った。数日かかるだろう」
そう淡々と述べる俺に対し、
「僕たちもついて行く」
アッシュが慌てて答える。口を開く為に急いで食べ物を呑みこんだのか、言い終わるや否や咽てしまい、水を喉に流し込んだ。
「第三者からの助力は禁止されている」
「どうして? 誰から?」
「守秘義務がある。これ以上詳しくは言えない」
「……いつ出るの?」
「朝食を摂り次第すぐに」
俺は残ったパンを口に運び、皿を返却した。
「生きて戻って来れる確率はほぼ100パーセントだ。戻ってきたら、共に依頼を受けよう。特に、1週間後の作戦には」
荷物は常に全て身にまとっている。マジックバッグと〔異次元保管庫〕に全て詰め込んである。
ペンダントの位置からして、メリアは既に街の外に居る。北に真っ直ぐ、イーラ渓谷へと向かっている。
今から追えば、見つからず、かつ助太刀にも向かいやすい完璧な距離で後をつけられるはずだ。
俺はそう考えながら、イルの門をくぐった。




