第四十二話 前線到着
―――(メリア視点)―――
私たちを乗せた馬車が、街に入り、止まった。日はちょうど頭上にある。
「さぁ、着きました。イルですよ」
御者に促されて、私たちは馬車から降りた。
「騎士団の駐屯地は、街の中央付近にあったはずです。では、御武運を」
街の中を、騎士が歩いている。食糧や武器を運んでいる馬車も見える。建物が破壊されている様子はないから、厳しい状況にあるわけでは無さそう。
私たちは、街の中央へと向かった。
デピス王国を表す紋章が描かれた旗が掲げられた建物がある。あそこが、ここの軍の拠点に違いない。
建物の前に居る門番の騎士に声をかける。
「ここの、責任者の方とお会いしたいのですが」
「あぁ、勇者殿御一行ですね。はい、今、長のところまでお連れしますね」
騎士の男の人は扉を開け、私たちに中に入るよう促した。
彼に連れられ、階段を2階、3階と上っていく。
「着きました。フリゲーロ様、勇者が到着しました」
「入れてくれ」
中には、デピス王国の紋章がついた鎧を着た赤い髪の女性がいた。
「勇者殿御一行、よく、ここまでいらっしゃった。私はアッシーミ=フリゲーロ、デピス王国軍魔族対策科長だ。どうぞ、よろしく」
彼女は、そう言って右手を差し出した。私は一歩前に出て、その右手を握った。
「そこに座ってくれ。現在の戦況からお伝えしよう」
彼女は奥の机の上に置いてあった地図を取り、私たちの前で広げた。
「これは、ここ周辺の地図だ。中央のこれがイーラ渓谷で、これを挟んで四天王『穿山』が率いる魔族軍と、我々デピス王国軍が睨み合っている」
地図の上を指でなぞりながら、彼女は説明を続けた。
「今のところ、戦況は互角と言ったところだ。敵からの攻撃がパタリと止んだのが、大きな要因だ」
「ここは魔族の本拠地である島から最も遠いから、物資の補給は大変で、危険でしょう。なら、短期決戦を狙うはず。それなのに……」
「それは我々にとっても不審だ。この状況下で攻撃の手を弱め、戦闘を長引かせるのは自殺行為に近い。にも関わらずこうしているという事は、他に狙いがあるはずだ」
「他の狙い……?」
「それが何なのか、我々にはわかりかねる。その正体を知るまで、下手な手は打ちたくない。だが、ズルズルと長期戦になるのは我々からしても不都合だ。よって1週間後、魔族軍に対する破壊工作の開始を計画している。勇者殿御一行には一時的に我々の指揮下に入り、その作戦に参加していただきたい」
となると、イーラ渓谷に入るならそれまでに、ということかな。一応、遠回しに確認は取った方がいいよね……
「その作戦までに、私たちだけで戦場を偵察しても良いですか?」
「特に構わないが……、あれを」
アッシーミさんが近くの兵士にそう言うと、兵士は頷いて奥へと消えた。
「これから行動するにあたって、勇者殿御一行には、これを身に付けてもらいたい」
ここで、さっきの兵士が4つの黄土色のフード付き外套と、革製の鞘に入った剣を持って戻って来た。
「万が一にも魔族に存在を察知されない為に、これを着て身分を隠してほしい」
兵士が一着ずつ外套を私たちに渡していく。
「それと、勇者殿にはこの剣を」
手渡された剣は、サル―ティスさんよりも重いけど、これくらいが剣としては普通の重さだ。
「その聖剣を見れば、誰でも貴女が勇者だと分かってしまう。しばらくは、それを使っていただきたい。聖剣には劣るが、かなりの名剣である事は保証しよう。この場で実際に抜いてみてくれても構わない。調整が必要ならこの場で致そう」
私は言われた通りに剣を水平に持って、少しだけ鞘から抜いてみる。剣は抵抗なく鞘からスライドして、その剣身を見せる。……青白く輝く剣身なんて初めて見た。
「魔族に特攻効果を持つ銀とルイード教の聖水、そして耐久性の高い魔鋼を剣身に用いている。正真正銘対魔族用の剣だ。〔魔剣〕の多用にも耐えられるほど頑丈になっている」
私は聖剣を背負って、その上から外套を被り、腰に貰った剣をさげた。これで聖剣は外から見えないし、ひと目で私だと分かりづらくなった。
「話を戻そう。偵察をしていただけるのはこちらとしてもありがたいが、一体どこへ?」
「……イーラ渓谷の方に」
「……あそこには、上で戦争をしているにも関わらず、何食わぬ顔で徘徊している魔物が山ほどいる。こちらから、護衛の戦力を出そうか?」
「いえ、大丈夫です」
サル―ティスさんの口ぶりからして、宝玉の事は世に知らしめない方がいいみたいだったから、護衛は頼めない。
「そうか。危険だと思ったら、すぐに戻ってきてくれ」
「はい、わかりました」
「偵察の結果は、私に直接伝えてくれ。作戦で使えそうか検討する」
建物から出て、私たちは宿に案内された。案内してくれた騎士によれば、魔族の侵攻が始まってから軍の為に急ごしらえでつくられた宿舎だが、品質は約束する、とのこと。
宿舎の見た目は庶民的な感じで、貴族の屋敷に泊めてもらうやら、王城に招待されるやら、国の所有物らしき馬車に乗せられるやら、豪華な経験を立て続けにしていた私は、ちょっとだけ心が落ち着いた。
「こちらが勇者殿御一行の部屋になります」
目の前の木製ドアの内側には、4人で使うには少し広いような気がしないでもない部屋が広がっていた。明らかに質の良さそうなベッドが4つ、綿も入ってふかふかしていそうだ。
騎士が帰ると、私は口を開いた。
「やっと落ち着いたけど……、デピス王国に来てから、扱いが良すぎない……?」
「そりゃ、当然だろ」
ケイディンが答える。
「デピス王国にとって俺たちは、軍にタダで協力してくれる、対魔族のスペシャリストみたいなものだぜ?」
「そっか、それは優遇するよね……」
「と言っても、まだ僕たちはそんなに魔族を討伐してはいないけどね。ハータマーズと、数年前、野外訓練中に騎士団長と一緒に倒したアイツぐらいかな」
ソイフォルがそう付け加えた。彼は、私がトドメを刺した、あの魔人のことを言っているんだろう。
私は、手を握って、開いて、また握った。
……覚えてる。〔聖剣〕をかけた銀製の剣で、魔人……人を斬った、あの感触が、まだ手に残っている。ハータマーズにつけたものよりももっと深く、もっと強く斬りつけたあの感触を。
ソイフォルが怪我を負いそうになったから、そこに割って入って、横なぎに剣を振るった。血を見たくなくて、目をつむったまま振るった。
そうしたら、顔に、温かいものが飛んで来て……
目を開けたら、目の前の魔人から血が出てて……
目を見開いて、武器を持った手を前に伸ばしたまま、あの人の上半身だけが後ろにズレていって……
まずいと思って伸ばした左手は、届かなくて……
あの人の上半身だけが地面に落ちて……
私の伸ばした腕は、返り血をじかにたっぷり浴びて……
そして、<経験値を入手しました>、<Lvが上がりました>と。
それは、私が彼を殺した証拠に他ならなかった。私が、自分の手で、殺したんだ。
あれから、人間にも、獣人にも、亜人にも、もちろん魔族にも、剣を向けられなくなった。騎士団長との摸擬戦でも、必ず刃のつぶれた剣を使った。剣と同じ長さの木の棒でやった事もあった。
万が一にも、目の前の人が死んでしまうんじゃないかと思うと、怖くて、怖くて。
「メリア? おーい、メリア?」
ソイフォルが、私の肩を揺すっている。
「えっ? 何?」
「やっと戻って来たか。お前、しばらく上の空だったんだぜ?」
「じゃ、あらためて話をまとめるよ。明日になったら、イーラ渓谷に潜る。事前に、偵察で数日街の外にいる事は伝えておく。なるべく早く戻って来る事」
日はもう傾き始めている。確かに、今から行くのは無理そうだ。そう話を取りまとめると、ソイフォルとケイディンは部屋から出て行った。




