第四十一話 ”普通”の旅路
―――(ペルシオ視点)―――
舗装がされていない道の上を、馬車が走っている。太陽を見れば、もう少しすれば、夜が来るであろうことが分かる。
「いや、まさか、Aランクの冒険者殿が2人も護衛についてくれるとは」
御者台に座った行商人、エボが口を開いた。
「僕たちはイルに向かうつもりだったので、この依頼を見つけられたのは幸運でしたよ。見つけたのは、彼ですけどね」
そう答えるのは、俺とパーティを組んで行動している男、アッシングラーティオ。アッシュという呼び名でよく呼ばれている。
「彼、というと……、不気味…………印象的な外套を身に付けた彼のことですか?」
「呼んだか」
「あなたは、服に血がこびりつくだとか、そういうことはお気になさらないような方で?」
俺は自分の外套を見る。
「やはり、そう見えるのか。今は、これに血は付着していない。元々このような色合いなだけだ」
「……そうですか……。もしやそれは、呪いの品か何かで?」
「まさか」
俺と6年を共にしたスクロアルマが、俺に呪いをかけるはずがない。
そう他愛もないことを口にしているうちに、太陽が地平線に顔をうずめ始めた。夜の闇が、少しずつ辺りに立ち込める。
「ここらで、馬車を止めましょう。これ以上暗くなると、馬が走れません」
道から外れたところに馬車を置き、夜を越す為の準備が始まった。
小枝を拾い、一ヶ所に集める。
「みんな、ちょっと離れててね……〔点火〕」
魔法陣を向けられた小枝の山から、炎の光と熱と音が漏れだした。
これで、焚火は完成だ。各々は座り、干し肉やパン、木の実で夕食を済ませる。身分の良い者は、ここで身体を洗う事もするのだろうが、我々冒険者にはその習慣は無い。そのような事をするのは町や村などの安全地帯、これが原則だ。
「何か食べないの?」
言われるまで、完全に忘れていた。魔法袋から干し肉を取り出し、〔武具支配〕で操って口の中に突っ込む。
乱雑な食べ方ではあるが、両手が無い以上こうするしか無い。〔魔力食〕で右手の回復までやり過ごす事も考えたが、食事をせずに何日も平気な顔をするのは不審がられるだろう。
咀嚼しながら〔虚構〕と〔探査〕を行使。自分の周囲と、勇者一行の周囲の地理情報を得る。
頭痛に顔を顰めながらも、取得した情報を脳内で処理していく。俺が居る地点を基準に、北北西約600メートル地点に狼系魔物3体の反応を確認。勇者一行の周囲に関しては、魔族、魔物ともに発見できなかった。
「向こうに狼系魔物を検知した。群れの規模は3体。万が一の接敵を考慮して、俺が狩猟して来よう」
「僕たちが行くよ。君は食べてて」
「いや、俺が行く。それに、2人の方が俺より強いのだから、行商人殿の護衛をしていてくれ」
俺は森の奥へと入り、魔物を捜索した。思いの他、標的はすぐに見つけられた。
発見した3体の放浪狼から魔力を根こそぎ吸収した後、1体1体、頭上高くへと持ち上げてから頸をオロクロスで切る。
これで、流れた血は全てスクロアルマに吸われる。吸収された血は、臭い含めて完全に消滅している。彼の発言を考えると、「消化」と表現するのが正解かもしれない。
【流石に、人前で同じ事をする訳にはいかないからな】
スクロアルマが〔血浴〕を身に付けてから、毎日こうしてコツコツと生物の血を与えている。
【アル、それで、〔血浴〕のLvはどうなったの?】
【アル? アルとは、スクロアルマの事を?】
【そうだよ。ほら、あの男の人、アッシングラーティオって、『アッシュ』と呼ばれているでしょ? それを、真似したんだよ】
【呼び名か……。スクロアルマが『アル』ならば、オロクロス、お前にはどう呼び名がつく?】
【『オロ』でどうでしょう】
【アルとオロか】
成程、確かにそちらの方が呼びやすい名だ。俺も2体に倣うとしよう。
【〔血浴〕のLvについてですけど、現在Lv:7ですね。今のところ、ひたすら私が頑丈になっていっているだけですが、Lv:10ぐらいになったら、別の効果があらわれると思います】
〔魔力食〕により、魔力で腹が満たされていくのを感じながら、俺は行商人と2人が居る場所へと戻った。
「ただ今戻った」
声に反応して全員が俺の方を見た。そして間髪入れずに3人全員の肩が跳ね上がった。
「驚かせないでくれよ……」
「ごめんね、でも、暗闇からその服装でぬらっと出てくる感じにゾッとしちゃって……」
「屍人かと思いましたよ……」
全く、酷い言い分だ。未だこの身体には、赤い血が流れているというのに。
「そろそろ、寝ましょうか。僕たちが火と荷物の番をやるので、エボさんは、寝ていてください。御者が寝不足になると良くないですし」
「アッシュ、貴方、私の順番で良いかしら」
「異論は無い」
行商人は馬車へと入ってゆき、カタ―フェシは外套を取り出して、それを寝床代わりとして眠り始めた。俺は少し離れたところで座り、樹に背を預けた。
アッシュの死角となる木陰で、魔力を集め、結晶化させ、その結合を少しずつ弱めていく。
狸寝入りのまま、隠れて訓練をするつもりだ。訓練の様子を見られた程度で何か大きな問題が生じるとは思えないが、相手がどういった印象を受けるのかが想定できない。ゆえに、これを見られることに対しては慎重になるべきだ。
魔力の結合が緩み、球体をなす液状になった。さて、問題はここからだ。
どれ程この塊を動かす事ができるか。昨日の段階では、6フィート、つまり約2メートルが限界だったが……
まずは上下に。塊が霧散しかけるまで上に動かしたら、反対方向へと動かす。
7フィートまでなら問題無し。9フィート辺りでほとんど霧散してしまう。
「ペルシオ、起きて。そろそろ交代の時間だ」
肩を叩かれた。訓練に集中するあまり、忘れていたようだ。
「もう交代か。了解した」
魔力の塊を上方向に高速で移動、霧散させ、俺は焚火の前へと移動した。
時々枝を投げ入れたり息を吹きかけたりすれば、火は消えない。火があれば、野生動物は大抵寄り付かない。問題は、逆に野盗を引き寄せる事。奴らにとって、火の発する光と音は獲物のシグナルだ。
〔探査〕により、野盗の存在が検出された。更に範囲を広げて、勇者一行の周囲も調べる。……向こうは、異常無し。誰かが俺と同じように火の番をしているようだ。
野盗は北500メートル先に5人。〔探査〕は大抵の隠形も看破できる事は検証済であるから、これ以上の人数は居ないはずだ。
2人を起こすまでも無い、3分で片付ける。
大きく回り込むようにして野盗の背後に移動し、〔武具支配〕を行使、投げナイフをうなじ目掛けて射出する。
何人かは即死したが、当たり所が良かったのか、まだ息をしている奴も、死んだふりをしている奴も居る。
生きて帰すつもりは無い、と一人一人にトドメを刺していく。
俺に命乞いをする者もいたが、俺はその言葉を、途中で頭部を踏み砕く事で遮った。
「確か、野盗や山賊に代表される犯罪組織の所有物は略奪し、場合によってはギルドに渡す事が推奨されていたか……」
俺は死んだ野盗を、武器とそれ以外に分別してから〔異次元保管庫〕の中に放り込んだ。どうやら人の死体も問題無く収納できるようだ。
焚火の前へと戻り、俺は座り込んだ。野盗は処理した事だし、邪法の為の訓練を再開するとしよう。
魔力を結晶化させ、融解。ここまでの魔力操作も、随分手際が良くなった。そして、自分の周囲を縦横無尽に巡らせる。
「そろそろ、交代の時間じゃないかしら……」
見ると、カタ―フェシがむくりと起き上がっていた。
寝ぼけ眼であったものの、彼女の目は俺の身体の正面にある魔力の塊をしっかり捉えていた。
「……!」
すぐさまそれを消滅させようとした俺に、カタ―フェシが近づきながら声をかけた。
「何、それ……綺麗ね……」
その言葉を聞くと、これを消す気にならなかった。
おそらく彼女は、これが邪法に使われる技術である事を知らないだろう。しかし、忌まわしいものとして避けられ、「邪」悪な魔「法」と名付けられたそれを、「綺麗」だと表現した。
「そうか、『綺麗』か……」
そう、邪法も、何時かは肯定的に評価されるべきなのだ。邪悪だのおぞましいだのと言われる事無く、純粋に、魔法体系の1つとして。
「……交代するのだったか」
魔力の塊に周囲を飛び回らせたまま、俺は火から離れた樹の前に座り込んだ。




