第三十六話 中距離通信
月明かりは強くなり、静寂は深まった頃。火の番には、ソイフォルがついているようだ。
【聖剣、聞こえているか】
【……何用か】
【いくつか、質問をさせて欲しい】
【別段構わぬが、我からも質問を】
【承知した。何が聞きたい?】
【其方の名は?】
【ペルシオ。姓は無い】
【其方の使っていた魔法、あれは如何様にして身に付けた?】
【研究して、技術を復元した。情報が9割以上抹消されている中、これ以外で一体どうやって邪法を習得すると?】
俺は、ハッキリとそう言った。我々の功績だ。十二分に誇れる。
【やはり、邪法であったか……そうならぬよう、我々が全て破壊してしまったはずなのだが……】
【甘かった。邪法の技術は確かに抹消したのだろうが、邪法とほんの少しでも共通点を持つ魔法技術は放置していただろう? 特に、南東。今俺たちが居るこの大陸よりも南東の地域だ】
フィルディータ王国の南東、そのずっと先には、別大陸がある。地続きであるとはいえ、あの辺りで大陸が分かたれているというのが一般の認識だ。
【……】
【何なら、陸続きになっていない大陸からの情報もある。それらを組み合わせれば……】
【……その声音、冗談ではないようだな……】
【信じられないのは確かに共感できる。しかし生憎と、俺たちは諦めが悪く、更には頭のネジが外れているからな。成果が出るまで研究してしまった】
あの空間に、まともな奴など1人も居なかった。
【……何故、そこまでして邪法を身に付けんとしたのだ。一度は潰えた技術を、どうして躍起になり蘇らせようとしたのだ】
【俺に与えられた力が、才能が、それだったから。そして、俺がそれを必要としたから】
【……『必要とした』……、何故? 復讐か?】
【否、護衛だ。勇者メリアの守護のため、俺はそれを必要とした】
【……勇者を守るために、勇者によって滅ぼされたものを使うと……。皮肉なもの――待て、では何故、其方は勇者一行から身を隠すように行動している? 今も、草陰に隠れて会話しているではないか】
【ルイード教という、フィルディータ王国の国教があってな、曰く、『邪法使いは裏切者であり、魔王に負けず劣らずの巨悪である』と】
【…………恨んでいるか?】
【俺が、6年間も苦しめられても恨まないようなお人好しに見えるか? 見えないだろう?】
【そろそろ、こちらからも質問をさせていただこう】
【嗚呼、そうであったな。済まない、時間を取らせてしまって】
【構わない。夜は長いからな】
【俺が訊きたいのは、勿論邪法に関しての事だ】
【……】
【邪法の再現は、完璧では無い。効率が悪いもの、手段が誤っているもの、そもそも行使出来ないもの……様々な理由により、不完全と言わざるを得ないものがほとんどだ。この状況で、幸運にも、参考人が現れた。1000年前の邪法使いが戦う様子を、間近で見て来た生き証人。そう、聖剣、アンタの事だ】
【――教えよう。我が知る限りの邪法の情報を、其方に教えよう】
間髪入れずに彼は答えた。
【感謝する。まずは、〔変身〕についてだ。これに関して――】
暫く続いた問答が終わり、俺は聖剣や勇者一行から距離を取った。教えられた事を基に、研究をするのだ。当然実験もするため、多少の騒音の可能性を考慮して、2キロメートル程離れておいた。
……そういえば、今は随分とスクロアルマが軽くなっている気がする。海水をたっぷり吸ったはずなのだが……
【海水って、全然おいしくないんですね】
どうやら、飲んでしまったらしい。
【海水を飲用するのは身体に悪い……無生物には関係無いのか?】
スクロアルマやオロクロスについては、分からない事だらけだ。いつかは、研究しよう……
俺は異次元から手帳と羽ペン、インク瓶を取り出す。取り出すのには、手の代わりとして〔武具支配〕を使った。暫くの間は、これに頼りっきりになるだろう。
3冊目の20頁目、これが最後に書いた頁、『〔精神攻撃〕のメカニズムの考察及び行使手段の模索』だ。これの後に続けて今日得た情報を書き留める。
最も収穫があったのは〔変身〕についてだ。この邪法は自由に容姿を変えられる訳では無く、あくまで可能なのは模倣だけであり、更に、模倣する対象の一部が必要だという。移植するなり魔法を使用するなりして、体内に取り込むのが主流らしい。身体を変化させた際のその完成度、つまりどれくらいの模倣が可能かは吸収した量と変化にかける魔力及び時間に依存するそうだ。ただ、翼、もう1対の肢等の運動器や内臓など、元々存在していないものを模倣するのには、相当な熟練が求められる。形をつくる事が出来ても、それが張りぼてであったら意味が無い。
では、俺が人間から怪人になったのは何故か。
怪人という種族自体、俺自身がそれになってから初めて知った。知らない種族を模倣するなど不可能だから、やはりあの時、失敗してしまったのだろう。邪法の魔力消費が激しいからと、異国の魔法と〔変身〕を参考に魔力を生成する内臓である魔臓を強化しようとしたところ、全身も次第に変化していき、気付けば怪人になっていた、というのが実状だ。
聖剣の考えでは、やり方が悪かったせいで、身体に異常が生じたのではないか、魔物病という、身体が元のものから変化してしまう病気、それでは無いか、との事だ。
変化の程度には個人差があり、罹患前後で容姿がほとんど変化しない者から、完全に異形と化す者まで、と様々だ。俺の場合は、容姿は変化しなかったが、身体の内部が大きく変化したと見るべきだろう。
次は〔虚構〕について。今のところは音や姿を誤魔化す為にしか使えないが、本来は、幻像や嘘の音、匂いを作り出すことで、他人を欺く邪法らしい。熟練すれば、本体を音、匂い、感触、見た目まで完全に複製した幻を作り出せるという。
それ以外にも、〔死霊使役〕、〔眷属化〕等についても有力な情報を得られた。これら全てを書き留める。……文字がいつにもまして汚い。〔武具支配〕はかなり操作しやすいとはいえ、文字を書くには少し難儀する。利き手でない方の手で書いているようなものだ。
何とか読める、という具合には酷い字だが、どうにかメモは書き終えた。これで今日すべきことは終わった事だし、訓練をしよう。
魔力の液体化からだ。これが出来ないと〔水螺旋〕をまともに行使できない。
まずは、体内にある魔力を一部だけ体外に放出して……何処か1ヶ所、今回は身体の正面としよう、にその魔力を収集して……圧縮。小さい魔力の塊が出来たら、それに他の魔力を付着させるように……
これで、魔力の固体、通称魔石が完成した。水晶のように透き通った、正八面体の結晶だ。一見無色透明だが、どことなく黒みがかかっているようにも見える。
これを、液体化させる。やる事は物体の融解と同じだ。魔力を粒と考えて、粒同士の繋がりを弱く、変形しやすいように変えていく。
魔石の形が歪んできた。溶け始めている証拠だ。これより、もう少しだけ、接続を弱く……
まだ足りない……もっと弱くだ……
魔石は完全に溶け、うねうねと蠢く球体となった。後は、これを動かせるか……魔力の塊を掴んで引き摺るように……
1フィート動かしたところで、魔石は空気に溶け込むように消えていってしまった。失敗か。
もう一度。今度は1.1フィートまで動かせた。何度か繰り返すも、1.5フィートで今日は限界だった。
「これからの戦闘は邪法中心、両腕が無ければ脚で攻撃するのも危険だからな……」
その後も、魔石を刃状に形成したのち素早く、正確に動かす訓練や、魔石の生成、消滅速度を上げる訓練など、邪法の為のそれらを一心不乱にやりつづけ、気付けば日が昇っていた。




