第三十五話 舞台裏
勇者一行が、焦ったように駆けて来た。しかし、聖剣周辺の光景を見るなり彼女たちは仰け反るようにして後退った。
聖剣の周りが血塗れで、鉄の臭いが立ち込めていたら、確かに衝撃的だろう。しかしだ、戦場になったにも関わらず、血に濡れない地面が一体何処にあるというのだ。……少し、血が飛び散り過ぎている気がしないでも無い。
【若人らよ】
聖剣は声色を変えた。
「どこ?」
メリアが辺りを見回している。
【我は此処にある聖剣、銘はサル―ティスだ】
「聖剣!?」
「聖剣が会話できるなんて、伝説には一言も……」
【アンタ、銘があったのか。てっきり『聖剣』という名しか持っていないものだとばかり思っていた】
【失礼な。我は名剣である。名剣には、必ず銘が付く。ゆえに我にも、しかと銘は存在する】
「あの魔族はどこへ? それともまだここに?」
【魔族?】
この言葉は、俺を指しているはずだ。彼女たちは、俺の事を魔族と認識していた。
「えっ?ほら、あの……フードを被って、血が染みついたボロボロの外套を着ているあの魔族のこと!」
間違い無い。
【其方の事ではないか。……其方は、魔族だったのか?】
【いや、勇者一行の勘違いだ。俺の種族は人間。しかし現状では、俺が魔族で、彼女たちと敵対していると思われた方が都合が良い。故に、俺は魔族、そういう事にしてくれ】
この聖剣に対しては、自分が勇者一行の協力者である事を隠蔽出来そうに無い。目の前で彼女たちのための行動をした上で、隠し通せるはずが無い。後で口止めでもすれば……
【……あぁ、あ奴のことか。あ奴は既に何処かへ行ってしまった】
「あの魔族は何をしていったのですか」
【いや、何も。あ奴は遂に何もしていかなかった】
「では、ここはなぜ、こんなにも血にまみれているのですか」
【ここで戦闘が起きた事は隠せそうに無い。ありのまま言ってしまってくれ】
ここより少し奥へ進めば、俺の左腕が転がっている。それにこの血の海。逆に、一体どうやったら戦闘があった事を隠せようか。
【…………それは……あ奴が此処に来てすぐに魔族と闘ったからだ。此処に魔族が潜伏していたのだ】
「危なかった……あの魔族が先走って助かった。でも、どうして、魔族同士が戦いを?」
【申し訳無い。他力本願だが、それらしい、当たり障りのない憶測で繋いでくれ】
【…………我にも良く解らぬが、恐らく、今の魔族共は一枚岩ではないのだろう】
【これで良いか、男よ】
【感謝する。面倒事を押し付けて本当に申し訳ない】
話のわかる奴で本当に助かった。
【ところで、お主らの中の誰が勇者なのだ?】
メリアが一歩、前に出た。胸を張っているが……ぎこちない。俺の眼には、あれが事務的な虚勢に見えた。
「私が、勇者。名前はメリアです」
【そうか、メリアか。さぁ、メリアよ。我を手に取り、使命を果たせ!】
一度はつっかえたものの、彼女が魔力を込めると、あっさり聖剣は抜けてしまった。
【我を振るってみよ、メリア】
メリアが素振りをした。昔は、木の棒を剣に見立てて素振りをしていた子供を、横から見ていただけだったのに……変わってしまったな。その剣筋が洗練されていたのも、その感情を助長した。
【綺麗な剣筋だ。良き師を持ち、相当に鍛練を積んだのだろう】
「ありがとうございます、聖剣さん」
【我のことは銘で呼べ。我が銘はサル―ティスだ】
【メリア以外のお主らの名は何だ?】
勇者一行が、1人ずつ名乗りを上げていった。
【む? 1人足りぬな……そうか、邪法使いが足りぬのか。いや、しかし、邪法使いの技術はインヴィクタらが消し去ったのだったか……】
そして、俺とあの人たちで復活させた。欠片を掻き集めて、再び創り上げた。
【しまった、これを訊き忘れておった。現在、魔王軍はどうなっておるのだ?】
「大陸の東西南北それぞれに魔王の四天王が侵攻して来ています。私たちは、フィルディータ王国から出発して、東から反時計回りに大陸を移動して四天王を倒していくつもりです。そして、四天王を全て倒した後、海を渡って魔王を倒しに行きます」
【フィルディータ王国? それは何処だ?】
フィルディータ王国。400年前に生まれた国家。何時からかルイード教を国教とし、宗教国家へと変化した国。それ以来、ルイード教は安定した勢力を持ち……
「南東の国で、私たちの出身国です」
【南東から出発して、左回りに大陸を移動する、と。…む? 宝玉の回収は何時だ?】
宝玉? 何処かで、書物に記述されていた記憶が……
【……インヴィクタらが情報を隠蔽したようだな……。……宝玉というのは、我が持つ力の一部を分け与えた球体だ。魔力で我と繋ぎ合わせることで、その分け与えた力を再び我が行使できるようになるのだ】
そうだ、思い出した。
「――(前略)――勇者は聖剣と共に、3つの宝玉を用い、魔族に対して勝利を収めたという。如何なる魔法をも消滅させる破魔の宝玉。悪に終焉をもたらす魔術を込めた決着の宝玉。勇者に悪を打ち砕く力を与える亜神の宝玉。それぞれは黒、銀、金の、球ような見た目であった。――(以下略)――」
『英雄録』の記述だ。吟遊詩人が書いたものだと言われており、他大陸に渡っていた写本を取り寄せたのを、読んだことがある。
【イーラ渓谷の宝玉には魔法を打ち消す力を、ペルマーネ山脈の宝玉には聖剣を通すことで勇者のみが使える魔術の魔法陣を、アゴニア洞窟の宝玉には聖剣を使用している者の身体能力を一定時間大幅に上昇させる魔術の魔法陣を分け与えた。今の我には、魔族により深い傷を与える能力しか残っておらぬ。それ以外は、魔力を素早く多く込められる、やたらと軽くて良く切れる剣だ。そうだ、我を〔鑑定〕系スキルを通して見てみよ】
そう言えば、俺もその事はやっていなかった。眼に力を込め、〔慧眼〕を発動。
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聖剣……数千年前に勇者のためだけに打たれた、対魔族片手半剣型兵器。バスタードソードとして使用しても素晴らしい性能を誇るが、これの付属品である3つの宝玉と接続し、それらの持つ能力と勇者の魔力を併用する事で本領を発揮する。その威力は、個人で扱える兵器としては最高級であり、国家が保有する最終兵器にも引けを取らない。
銘:サル―ティス
鋭利さ:525
硬度:1200
特殊効果:〔知能〕 〔念話〕 〔魔族殺し〕 〔重量補助〕 〔魔力接続:主〕
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【……オロクロス、あの聖剣は、お前の何倍もの性能だ……】
【数値は?】
【鋭利さ:525、硬度:1200】
【えぇ!?】
【まともに切り結びたくないな……。それに、ただの剣では無いようだ。宝玉と合わせれば、国家が保有する最終兵器と同等の強さを持つらしい】
【えぇ……】
【流石は伝説の剣、としか言えないですね……】
【『鋭利さ:525』……? 長い間、砥がれぬままであったから、劣化しているのか……】
【【【はぁ!? 525で『劣化している』!?】】】
冗談だったとしても質が悪い。これ以上の数値を叩き出すというのか……
【流石は数千年間も現役の対魔族兵器……】
【その呼び方をされるのは、いつぶりだったろうな。だが、その肩書で我の事を呼ぶのはやめよ。……其方も、我の事は銘で呼んではくれないか】
【それは失礼】
日はとうに暮れ、戦場跡は月明かりに優しく照らされている。これは驕りかも知れないが、俺が為した事を、誰かが称賛し、労っているように思えた。その光景は、俺をそのような気分にさせたのだった。
「野営をするところを探そう」
勇者一行は、来た道を引き返していく。俺は勇者とは反対方向に進んでいく。確か……この辺りに……
あった、俺の左腕。血は既に固まり、断面に蓋をしている。拾ってしまおう……
……もう、手で触れているはずの距離にあるのに、左腕を触れる右手の感触が無い。風が、手首の内部をほんの少し掻き乱していった。
「ああ、……そうだった。自分で切り落とした事を失念していた」
足の甲で掬い上げ、右腕に挟む。そして魔力で空間に亀裂を入れ、〔異次元保管庫〕を発動。魔力による結び付けを済ませて、異次元に左腕を放り込む。
勇者一行が寝静まるまで、待つとしよう。聖剣にいくつか訊きたい事があるのだ。
時間軸の関係で、第二十一話の焼き直しのようになってしまうのですがね……。ここら辺はもう少し、上手い事できないか考えます。




