第三十三話 前哨戦
オロクロスを右手に持ち替える。腰を落とし、重心を低く。しっかりと魔王を見据える。
相手が魔王であると言えども、恐怖心は覚えない。絶望も感じない。ただ、為すべき事を。
「アイスマシンガンだっ!」
軍の指揮をするかのように、奴は俺を刀で指し示し、そう叫んだ。
同時に、奴の両側から氷の礫が飛んで来る。礫が発射されると、別の礫が生成され、発射される。それは絶え間なく続いた。
これら全ての礫を〔武具支配〕で打ち返すか、破壊するかするのは不可能。俺はそう判断した。
奴の周りを回りながら、礫を回避する。避けながらも、少しずつ、距離を詰めていく。
弾幕が薄くなった所で、〔幻斬〕を1発。
奴は、それを見るとぎょっとした後、玩具を見つけた子供のように口角を上げ、刀を真横に構え直した。
次の瞬間、刀の姿がブレた。そして、俺が放った刃は真っ二つになり、霧散していった。
「なっ……」
今まで、〔幻斬〕を回避される事はあっても、破壊される事は無かった。
奴は拳を握りしめ、それに従うように氷の礫の雨は止んだ。
「魔法陣も、詠唱も、何なら予備動作も無しの魔法ねぇ……面白い。それが、『邪法』だろ?」
そう言って、奴が指を鳴らす。途端に、俺の足元の土が隆起する。飛び退くと、そこから土色の顎が現れ、俺がさっきまで居た空間を噛み砕いた。
〔急襲の炎〕を放ち、それと共に距離を詰める。
「おわっ……! あっぶねぇ」
奴は当たる直前で邪法に気付き、身を捻って強引に避けた。回避された極小の礫が後ろの樹に当たり、爆炎を上げる。しかし、延焼はしない。都合の良い炎だ。
〔魔纒〕で強化したオロクロスを関節に突き立てようとするが、少し狙いがずれて金属の鎧に阻まれる。鎧は少しだけ凹んだが、それだけだった。
追撃に、と蹴りを脇腹目掛けて繰り出すも、びくともしない。俺は岩でも蹴っているのか。そのような錯覚をしてしまう。
距離を開け、再び魔王の様子を窺う。
有効打を与えられるとすれば、邪法のみ――
「考え事してるヒマはあるのか?」
魔王は刀を上段に構えた。奴の攻撃の兆候を見逃すまいと、凝視する。
ダンッ!
地面を力強く踏み鳴らす音と共に、奴の姿が消えた。
体力:556/556 → 356/556
強い風が吹き、足元の草を揺らす。
「よーし、まずは一本!」
後ろから奴の声がした。背後を取られたと思い、反射的に振り向く。しかし奴を視界に収めるより前に、衝撃的なものが眼前を通過した。
黒色と赤色の混ざった布に包まれ、くの字に曲がっている肌色の棒状の何か。片面からは紅い液体を滲ませている。俺の左肩からも出ている液体だ。
それが何であるか理解するのに、時間はかからなかった。
魔王は俺の背後数メートルの所で、刀を振り下ろした体勢のまま、こちらを見ていた。スクロアルマは既に再生を始めている。傷は彼の裾に隠れていった。
攻撃が、見えなかった。始めから終わりまで、その間の一瞬も。
左肩が失った腕を求め、慟哭するように痛みだす。
間髪入れずに奴は指を鳴らし、俺の背後から魔王に向けて突風が吹き荒れた。
近くの樹にオロクロスを突き立てて風に逆らうも、その抵抗は空しく、俺は奴の方へ投げ出される。
魔王は腰を落として待ち構えていた。咄嗟に〔惨劇〕を奴の足元に向かって発動。空中に逃れた奴によって、棘は刀でバラバラに切り刻まれた。奴は着地し、再び腰を落として片脚を後ろに引く。
まずい、と思った時には既に、俺の腹に硬いモノが食い込んでいた。
体力:366/556 → 106/556
一瞬だけ視界が真黒になり、俺は宙へ打ち上げられる。視界が気持ち悪くなるほどに廻っている。そして、聖剣の横に、背中から落ちた。
体力:108/556 → 88/556
<スキルのLvが上がりました>
「アサシンらしく、紙装甲だな」
【あのプレッシャー、纏う雰囲気……間違いない! そこに居るのは魔王だ! 逃げろ、其方では到底敵わない! 勇者にも逃げるよう伝えよ!】
聖剣の見立てによれば、俺ではまるで歯が立たないらしい。勇者にも退避するのを求めているあたり、この場に勇者が現れようとも、焼け石に水、俺と共に仲良く討ち死に、という事だろう。
聖剣の予想は、信用出来るだろうか。彼には、一度大陸を巡り、四天王及び魔王を討伐した経験がある。先駆者の言葉は信用出来るだろう。それに、俺を騙すメリットも無ければ、そもそも発言が嘘であったとしても、俺にとって不利にならない。
聖剣の言う通り、俺と勇者一行は、今の魔王に敵わないのだろう。少なくとも討伐は現実的でない。しかし、「あのプレッシャー、纏う雰囲気」の部分だけは全く理解出来ないが。
このままではどうなるだろうか。勇者一行が接近し次第、魔王は標的を彼女たちに変更するだろう。魔王軍にとっては邪法使いより、勇者の方がよっぽど危険人物だ。メリアのペンダントの位置は、あれから大して動いていない。まだ、あの足止めは効いている。
勇者に危険を知らせるか? どうやって?
「ここは危険だ! 今すぐ逃げろ!」
とでも言うか? 無理だ。〔念話〕をここから彼女たちに届けられるとは思わないし、俺のこの姿で言ったところで、信用などされやしない。
ならば、どうにかして、魔王をここから引き剥がすしか無い。何処か、ここから遠くへ。しかし、
「〔空間歪曲〕、〔付喪術〕に〔惨劇〕……面白そうな名前の奴をたくさん持ってるだろ? ソイツらを使ったらどうだ! このままだと拍子抜けだな!」
――そうだ、〔空間歪曲〕だ。これで、俺諸共奴を遠くまで飛ばせば良い。しかし、何処へ? 奴の本拠地の島までとはいかなくとも、この大陸の外に運ばなければいけない。そうでなければ、移動先が重大な被害を負う。一切の被害を出さず、かつ遠いところ、簡単には戻って来れないところ……
海か。それも、深海だ。
この大陸の西の海に、とても大きい海溝があったはずだ。巨大な海棲の魔物の巣窟であり、そのあまりの深さから、深淵の名が付いたあの海溝。
奴をそこに、アビスに沈める。主な目的は隔離だが、場合によっては圧迫、窒息も狙えるかもしれない。
足元と移動先に〔空間歪曲〕の亀裂を生み出し、〔虚構〕で隠蔽。亀裂に倒れ込むように落ちると、身体は魔王の頭上へと移動した。
奴が焦ったように辺りを見回した後、こちらを見上げる。〔虚構〕は通用した。奴には、俺が突然消えたように見えた事だろう。
まず、〔雷雨霰〕。今回ばかりは、標的は奴1人。全ての雷を、奴に収束させる。
続いて〔急襲の炎〕、〔幻斬〕、〔惨劇〕を乱れ打ち。
弾幕に紛れて〔虚構〕と〔空間歪曲〕、奴の正面に瞬間移動。
奴が目を見開いている。弾幕に紛れて〔空間歪曲〕する所までは予想していたが、正面から来るとは思っていなかったのだろう。オロクロスを手放し、〔武具支配〕で操作、奴に刺突攻撃をくわえる。同時に奴の刀を操り、俺を狙って振り上げるつもりであろう、その軌道をずらす。
生まれた隙を逃さず、奴の腕をガッチリと右手で握る。
「捕まえた」
〔空間歪曲〕の亀裂を足元に生み出し、重力に従うままに奴をそこへと引きずり込む。
足場が消え、上に向かって風が吹き出す。真下にあるのは街であり、山々の位置からして、ここが大陸の西端であると分かった。もう一度、〔空間歪曲〕。
光景は切り替わり、一面の海に。沈みかけた日の、僅かに赤い光を水面が反射している。右手にあの大陸が、左手には島が、ぼんやりと見える。ここでは無い。目的地はもっと南だ。
3度目の〔空間歪曲〕で辿り着いたのは、海に奔る、闇のように黒い亀裂の上。
「れ、連続ワープとか、チートじゃねえか……」
唖然とした表情の魔王は、眼下の光景に気を取られている。
「邪法を、チートと呼ぶか。不正と言うか。失礼な。これは紛れもない技術だ。人間が自らの手で創り上げたのだ」
「……」
「見えるか、魔王。あの、海に刻まれた亀裂が。――深淵だ。山よりも深い、底なしの闇だ。一体、水深何メートルあるのだろうな。1000は容易く超えるかも知れない」
「アビス!? どんだけの距離を移動したんだよ……」
「さて。水深1000メートルにおいて、生物は如何なる影響を受けるのだろう。圧迫か、窒息か、はたまた無事か」
「貴様、まさか……」
目の前の空間を魔力を以ってこじ開ける。ここから下に、大海のもっと深くに、もう1つ。出来た亀裂は、ここから見えるアビスよりも、ずっと禍々しい。
腹の底から、笑いがこみ上げてきた。数十秒前まで優勢だったはずの魔王が、狼狽えている。俺を勧誘する時のあの王らしい口調が嘘であるかのような、庶民的な語り口で焦っている。
本当に、余裕が無いようだな?
「クックックッ……その通り。共に堕ちよう、深淵へ!」
「ウソだろおぉ!?」
重力に従って、俺と魔王はそこへ吸い込まれた。




