第三十二話 降臨
魔法陣の光の中に、影が見えた。
脚のバネを使い、その影に飛び掛かる。腰を捻って、上半身を左回転、弾くように左腕を動かす。紫電はより一層激しさを増す。そして、遂に刃が届く。
鋼鉄に銃弾を叩き込んだような音が鳴る。刃の先に、途轍もなく硬い何かがある。鎧か?
光が収まると、そこには男が居た。
全身を包んでいる漆黒の金属製鎧は、よく手入れされているように見える。背中の蝙蝠の翼の有無は、王族が身に付けるような赤いマントを羽織っていた為に分からなかった。
額からは、捻り曲がった1対の角が突き出ている。恐らく男に合わせて製造されたらしい特殊な兜に覆われて、角以外の顔の部位は見えない。
奴はこちらを振り向き――
「む? コレはいったい……?」
流暢に大陸南部の言語、エルリ語を話す奴の眼は、両方とも青緑だった。
攻撃が失敗したのは間違い無い、一度距離を取るべきだ。
飛び退くと、数メートル距離を空けた所で、よろめいた。このままでは倒れてしまう、と近くの樹にぶつかるように寄りかかる。
咳と共に、口から、赤い液体が飛び出した。
体力:125/556 → 123/556
体力:123/556 → 121/556
体力:121/556 → 119/556
……
これを見た奴は、
「何っ!? お、おい、フーク! アレは上級竜相手でも無ければ使うなと言わなかったか!?」
口調からしてあの兜の下では血相が変わっているのだろう。
「えぇ、確かに。しかし私は、彼が相当に危険であると判断したので」
そう言われた奴は、バッとこちらを向いた。
一体コイツは、何者なのだ。
「「……〔慧眼〕……」」
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名前:ディスティオ=カグラ
種族:悪魔♂ Lv:50
職業:魔王軍将帥/ハイラ帝国王
適正職:魔王Lv:4
体力:10823/10823 魔力:26550/26550
攻撃力:3023
魔法攻撃力:3032
防御力:3145
魔法防御力:3111
素早さ:3911
器用さ:3034
スキル:〔慧眼〕Lv:1(〔鑑定〕Lv:41) 〔全言語理解〕Lv:1(MAX) 〔念話〕Lv:5 〔爪術〕Lv:4 〔刀術〕Lv:10 〔魔力操作〕Lv:10 〔暴走〕Lv:5 〔魔法剣〕Lv:10 〔錬金術〕Lv:3 〔魔工学〕Lv:5 〔魔王の加護〕Lv:2
魔法:〔操界〕 〔炎〕 〔水〕 〔氷〕 〔風〕 〔土〕 〔電〕 〔光〕 〔闇〕 〔魔撃〕
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「……魔王、だと……」
魔族軍の長が、ここに居る。勇者一行を潰す為に、魔王自らが出てくるとは……
「……邪法使い!?――」
「――死にかけではないか! と、とりあえず貴様はこれを飲め! フーク、ルーヴ! お前らはコレで仲間を回収して帰還しろ! まだ『蘇生』は間に合うはずだ!」
そう言って、奴は俺に小瓶を、他の魔族に腕輪のようなものを投げ渡した。
瓶を取ろうとして、空いている右手を伸ばす……
前に伸ばされたスクロアルマの袖は、上腕の辺りから、へにゃりと下に折れ曲がっていた。
すぐさま〔武具支配〕で掴み取り、左手に収める。瓶の中身は淡い緑色に輝く液体だった。この薬品は一体……
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エリクサー...飲めばたちどころに身体、魔力共に完全復活する、最も有名な霊薬。小瓶1本も飲めば、四肢がもがれていようとも、不治の病にかかっていようとも、たちまち治癒する。製法は確立されていない。
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……このようなモノを、投げ渡すだと? 相当貴重な品だぞ? 乱暴な扱いをして良いモノでは断じて無い。魔王ともあろう者が、その価値を理解していないはずは無い。
一体、裏に何がある? 毒を混ぜたか? あるいはその他の薬物か?
「敵から渡されたモノが信用ならないのは分かるが、いいから飲め、でなければ死ぬぞ!」
確かに、今俺は死にかけている。この状況をどうにかするためには、飲むしかない。
瓶の蓋を歯で噛んで引き抜き、中にある液体を流し込む。さらりとした口触りで、爽やかな甘味を感じた。喉から身体全体に、爽快感が吹き抜ける。身体から悪いものが抜けていき、代わりに精気を流し込まれる感覚がした。続いて、右腕に変化が起きた。袖を捲ると、エリクサーの色と同じ、淡い緑色に包まれて、逆再生でもするように、みるみる腕が生えてきている。
体力:50/556 → 556/556
魔力:60/3915 → 3915/3915
「陛下、回収完了いたしました」
「よし、分かった。して、お前らも無傷ではないだろう? すぐさまその腕輪で帰還して、治療を受けなさい」
「仰せのままに」
そう言うと、魔族らは腕輪を、もう一方の手で押さえる。次の瞬間、奴らの足元に、あの魔法陣が生成された。それから発せられる光が奴らを飲み込んで、魔法陣は消えた。
「では、我輩も仕事をするとしよう……」
魔王は兜の前面を外し、次に兜の後面を外した。やはり、変わった構造の兜だ。現れた顔は、一般的に整っていると言え、銀髪に青緑の瞳をしていた。恐らく何かの魔道具の効果だろう、奴の手の中で、兜はまるで手品のように消えてしまった。そして奴は1つ咳払いをすると、表情を王らしく威厳のあるものにして、声を張り上げこう言った。
「『邪法使いのペルシオ』よ。我が魔王軍に、協力する気はないか?」
一体何を言っているのだ、コイツは。
「何故そのような事を?」
「貴様は、フィルディータ王国で生まれた。フィルディータ王国ではルイード教が国教だ。ルイード教では、邪法使いは巨悪だ。お前は12歳から15歳の間にかけて、迫害を受けていた……」
確かにそうだ。その情報に誤りは無い。
「一方、お前の幼馴染は勇者となっていた。英雄としてあがめられ、我輩を倒すという大義を背負って旅に出た……」
「ふむ」
「貴様は、こう思ったに違いない。『どうして、どうしてアイツが勇者なのだ』と」
「あぁ――」
全くその通り。メリアは勇者でない方が、ずっと良かったに違い無い。彼女には、錬金術師や、農家、商人、鍛冶屋、……所謂生産職が似合っている。殺生を生業とする適性、ましてや、とんでもない重圧と苦難の伴うあの適正職は、俺が背負うべきだった。代われるなら、代わってやりたかった。
「何なら、こうとまで考えただろう。『俺が、勇者だったら。もしも、俺が邪法使いでなかったら。アイツと俺の適性が、逆だったら』と」
「……」
それは誤りだ。……もしも彼女が邪法使いとなっていたら、彼女は、耐えきれたのだろうか。迫害、孤独感、劣等感……、きっと彼女は、壊れてしまうだろう。俺が、彼女と同じように気にかけたとしても、だ。
彼女には、無理だ。彼女が背負うには、この十字架はあまりにも重すぎる。自分で決定出来ない事をこう表現するのは、あまり適切ではないが……。
俺は、俺が邪法使いになって「正解」だったのだと思う。
「憎いだろう? 勇者が。憎いだろう? フィルディータ王国が。もし我々に協力するというならば、貴様が我が部下を殺した事は不問とする。どうだ、我々に、協力してはくれないか?」
その答えは、最初から決まっている。
「断る」
「……は?」
「聞こえなかったのか? 俺は、『断る』と言った」
「どうしてだ?」
彼は疑問を呈し、そして、独り言のつもりだったのだろう、誰にも聞かせるつもりのない小声で、こう言った。
「今のは承諾する流れだっただろう…………何を間違えた……」
「――1つ」
「!?」
「俺は勇者メリアを憎んでいない。2つ、俺は、魔王軍に協力する気は毛頭無かった。そして、3つ」
「俺は、メリア――最も長く俺の『味方』として在る者のためにここに居る。今の全ての俺の行動は彼女を守るためにある。『味方』の利益となるならば、俺は国をも相手取る。『味方』の救いとなるならば、俺は喜んで磔になる。『味方』のためとなるならば、俺は手段を択ばない。だというのに……魔族に協力しろと? 『味方』の苦に加担しろと? 『味方』に、刃を向けろと? …………有り得ない。有り得ない、有り得ない、有り得ない! 例え天地が覆ろうとも、絶対に、有り得ない!!」
魔王が、眉を顰めて後退った。
「こんな奴だとは、聞いてなかったぞ……」
そして、先ほどまでの態度とは一変して、敵意を剥き出しにした。
「そうか、そうか、では仕方ない。……貴様は研究サンプルとして丁重に持ち帰ってやる! 我輩……いや、オレの部下のお礼参りに、手足はもらっていく!」
さっきまでとは打って変わった、崩した口調でそう吐き捨てると、魔王は腰から得物を引き抜いた。銀色に輝く、反りのある片刃の剣。細身で、剣身には刀文が浮かんでいた。
「……刀か……」
もっと細かく言えば、日本刀の類だろうか。
「よくこれが刀だと分かったな。部下の内、1人を除いて誰も分からなかったのにな」
そう言いながら、奴は刀を身体の正面に、中段に構えた。




