第三十一話 カミカゼ 後編
できる限り気配を消して樹々の間に身を隠し、戦況を見極める。
現在、18体中9体討伐完了。ヒーラー、弓使い、その他1体を除き、全員聖剣のある、開けた空間に集合。全員ほぼ無傷。ヒーラーが治療した可能性が高い。
自分の身体へのダメージ、小。少量の毒が体内に残留している可能性は有。
魔力残量、最大値の1/3まで減少。現在魔族の死体から魔力を吸収しており、多少回復する見込み。
1体でも、多く削らなければならない、〔惨劇〕のあの足止めが、いつまで効くか分からない。時間が無いのだ、急がなければ。
ヒーラーを優先して殺す。これ以上、回復などさせない。
弓を持った魔族の隣に、2体の魔族が居る。どちらがヒーラーだろうか――
「ッ!」
風切り音にどうにか反応し、毒矢を避ける。弓使いの魔族が、こちらに弓を向けていた。いつの間に気付かれた?
いや、それはどうでも良い。気付かれた以上、奴が気付かない内にヒーラーを暗殺する目論見は失敗した。
遠距離向けの武器は、往々にして至近距離が弱点となる。オロクロスの間合いがそうであるのも合わせて、距離を詰めるのが、ここでは最善手か。
〔幻斬〕を1発、奴が持つ弓の弦を狙って放つ。左手を離して死体の重みから自分を解き放ち、生み出した白色透明の刃を追って、奴に肉薄する。
〔幻斬〕は易々と回避され、反撃に毒矢が飛んで来る。
樹を盾に隠れたものの、矢は樹を貫通し、鏃をこちらに覗かせている。
想像以上の毒矢の威力だ、しかし、ここまで近づいてしまえばこちらのもの。
オロクロスを振り下ろすと、奴は腰から抜いた短剣で応じた。左脚を突き出すも、難なく避けられた。
オロクロスを振り上げながら、その隙間から〔急襲の炎〕を打ち込む。奴は寸前で邪法に気付き、身体を捻ってダメージを減らそうとした。
〔急襲の炎〕を打った目的は、目眩ましだ。ダメージがどれ程になるかなど、全く考えていない。
視界を封じて、その間に畳み掛ける。オロクロスの剣身を魔力で覆い、何度も突く。爆炎と煙の中に、紫電が何度も奔る。手応えは、あった。
その時、弦を弾く、あの音がした。
この距離で矢を放っただと!? 当たる前に回避しなければ。音を聞くや否や、足元に〔空間歪曲〕の亀裂を展開し、奴の背後に移動する。と同時に煙が晴れた。
奴が、俺の胸にピタリと触れるように矢をつがえていた。矢は3本で、その全てが禍々しく光っていた。
「ビンゴ。こう来ると思ったよ」
魔族が、初めて口を開いた。弦を弾いたあの音は、矢をつがえずに、ただ弦を弾いただけだったのか――
おおよそ弓矢から出るとは思えない、轟音が鳴り響いた。俺は吹き飛ばされ、聖剣のあるあの場所に投げ出される。
体力:436/546 → 60/546
意識が飛びそうになるが、倒れている暇は無い。早く動かなければ蜂の巣にされる。矢を抜け、〔再生〕が効果を為さない。
矢は、俺の胸の右胸、肩に深々と刺さっていた。咄嗟に身体を捻ったおかげで、どうにか心臓への直撃だけは避けた。矢を抜こうとして、異常に気付く。
残りの1本の矢は、何処へ行った?
途端、右上腕が熱を帯び、激痛を脳に訴えかけてくる。見ると、右腕の上腕から先が見えるはずの場所には、その向こうの地面が見えている。上腕からはボタボタと赤い粘性のある液体が流れ出ている。今の一撃で、右腕が吹き飛んだ? いや、それよりも――
【オロクロス、何処へ行った!】
【ペルシオの少し後ろ! 右腕と一緒に飛ばされた! それと、僕より先に右腕の心配をして!】
【〔再生〕で、その内生えてくるはずだ。気にするな】
俺が重傷を負ったのを好機と見たか、攻撃が一層激しくなる。
右から爪、後ろに跳んで避けると火炎球と竜巻が飛んで来る。回避しながら〔武具支配〕でオロクロスを回収して、左手に収める。
この、身体に打ち込まれた矢は、毒矢に違いない。となれば、後数分もすれば身体に毒が回ることだろう。矢に塗られていた毒が出血毒ならまだ良いが、神経毒だったら最悪だ。常に想定するべきは最悪の事態。後数分でまともに動けなくなると考えれば、それまでに、魔力を全て使い切ってしまうべき。
一番近くに居た魔族に〔急襲の炎〕を放つ。爆炎に突っ込み、奴の顔面に跳び膝蹴りを喰らわせる。
奥へ飛んで行った奴の正面に〔空間歪曲〕で移動。再び顔面を膝を叩き込むとともに、奴の首にオロクロスを突き立てる。
いくら左手で刃物を振った事が無いと言えども、〔制限解除〕を自分に掛けた上で、〔魔纏〕でより強力になった短剣、更には、顔を蹴った反動で生まれた勢い……刺さらないはずが無い。
【オロクロス、やれ】
【はいよっ!】
<経験値を入手しました>
<Lvが上がりました>
残り、8体。
【逃げよ、邪法使いを名乗る男! このまま闘い続けるのは無謀! 一度身を潜め、後から来るという勇者と共に反撃を狙え! さもなくば死ぬぞ!】
【却下。その作戦は実行不可だ。それに、俺はまだ戦える。このままで何も問題は無い】
締め付けるような痛みも、取り巻いて這い縋る死も、恐るるに足らず。
それ程度では、止まらない。俺を止めるのは、叶わない。
〔雷雨霰〕で、手当たり次第に魔族を焼く。1発で倒せないのはよくわかっている。
オロクロスを〔武具支配〕で振り回す。棘を生やしたままのオロクロスが、空間を縦横無尽に飛び続ける。
その間も、魔族からの攻撃は容赦なく降り注ぐ。3体からの近接攻撃、そして残りの5体からの遠距離攻撃を避け続ける。
正面の爪を避けたら、両側から爪が来る。体勢を低くし、足払いで応じる。転がるように後ろへ動き、火炎弾を回避。
〔空間歪曲〕で距離を取り、魔法袋から上級魔力ポーションと中級治癒ポーションを取り出す。栓を口で開け、ラッパ飲みする。そして、飲み干したポーションの瓶を〔武具支配〕で投げつける。この大きさなら、眼球を狙えるかもしれない。
瓶は難無く回避され、魔法が襲い掛かる。半身になって、錐揉み回転する高圧の水流を回避。そのまま後ろに飛び退くと、丁度目の前を氷の矢が掠めて行った。〔雷雨霰〕を放つと同時、身体を右に傾ける。雷撃が顔のすぐ横を穿ち、まだ治りきっていない頬に火傷を残す。
体力:97/556 → 85/556
近接戦闘をしていた3体の魔族が、指を鳴らした。途端に奴らの爪は輝き始める。炎、氷、そして灰色の何かが爪を覆っていた。
3体同時に、こちらとの距離を詰めてくる。右から袈裟懸け、左から唐竹割、それらを避けると、奴らの間からまた爪が来る。属性を纏ってから、心なしか敵の攻撃が速くなったように見える。或いは、俺の身体が弱り始めているのかもしれない。
〔精神攻撃〕で3体の動きを一瞬止め、その間に〔惨劇〕で辺りを針山地獄にする。
〔雷雨霰〕も放つと、まさに地獄のような光景であった。
左の魔族に〔水螺旋〕の接射、そして更にオロクロスで追撃。
【やれ】
<経験値を入手しました>
<スキルのLvが上がりました>
オロクロスを鞘に納め、死んだ魔族の身体を掴む。雷の轟音と光に紛れて移動。〔惨劇〕の棘を全て消失させ、もう一度〔雷雨霰〕。
魔力:427/3915 → 262/3915
<経験値を入手しました>
<経験値を入手しました>
後衛に居た魔族に襲い掛かる。
頭上から魔族の死体を叩きつけ、頭が下がって来た所に膝蹴りを喰らわせる。足を入れ替えて、奴の腹に踵を叩き込む。
奥から毒矢が飛んで来るが、反応が遅れ、回避出来なかった。
しかし、スクロアルマの表面に当たったそれはカン、という音と共に勢いを失い、落下する。
いつの間に、ここまでスクロアルマは成長し、その硬度を上げていたのだろう。
それも大事だが、今この瞬間においては、矢への反応が遅れた事の方が重要だ。原因としては、十中八九毒だろう。もう随分と身体に回ったようだ。
蹴った魔族へ追撃する。蹴った勢いで遠くまで撥ね飛ばされている、そこにオロクロスを〔武具支配〕で突き刺す。そして、
【棘、生やしたよ!】
オロクロスを引き戻すと、魔族がついて来る。
ここで、右から魔法。
何本もの電撃が、空間を駆け巡りながら、俺へと迫る。オロクロスに刺さった魔族を、電撃が集中する所へと持っていき、魔法を防ぐ。
<経験値を入手しました>
身体が少しだけ熱を持っているように思える。中級治癒ポーションが効いてきた証拠だ。ゲームのように、飲んだ瞬間に体力回復、とはいかない。自然治癒力を驚異的なレベルにまで引き上げるのが主な効果なのだ。
しかし同時に、酷い悪寒がする。1歩踏み出そうとすると右足がもつれ、よろめいてしまう。その隙を見逃さなかった弓使いの魔族が再び毒矢を放ったが、これはどうにか避けられた。
これが、毒の症状だろう。遂に影響が顕著になって来た。
【逃げよ、其方はもう――】
【五月蝿いっ!】
もう1本、中級治癒ポーションを飲み干す。自然治癒力の上昇に任せ、回避を捨てるつもりだ。
左手の魔族の死体を投げ捨て、オロクロスを構える。脚に、左腕に、力を溜める。1歩で、残りの魔族らのもとへと辿り着く。その後は簡単だ。オロクロスを、渾身の力を以って突き刺す。中央の弓使いの魔族がまたあの禍々しく光る矢をつがえている。
【オロクロス!】
肉を裂く音がした。それを確認すると、左腕を引きつける。膝を曲げて持ち上げると、吸い込まれるように、奴の腹に突き刺さった。
奴の身体が浮き上がると同時に、オロクロスを魔族が刺さったまま振り、弓使いとの間に割り入れる。
轟音が鳴り響く。本当に、弓から出るとは思えない音だ。魔族の身体を貫通した矢が、俺の身体に軽く刺さっている。
<経験値を入手しました>
体力:185/556 → 105/556
身体が重い。毒が効いてきたのだ。
せめて、倒れる前に、あの弓使いに致命傷を負わせなければ。でないと、勇者一行が容易く全滅しかねない。
倒れ込むように姿勢を低くし、奴に飛び掛かる。弓につがえられた毒矢を〔武具支配〕で操り、飛ぶ方向をずらす。手から矢が離されたのを合図にそれを動かし、奴の首筋に鏃を突き立てる。ここまで距離を詰めれば、精密な操作も可能らしい。駄目元だったが、上手くいった。
奴は矢筒からでは無く、おそらく魔法袋から取り出している。矢筒からなら、〔武具支配〕で、纏めて奴の身体に刺して毒を注入出来たのだが。
奴は焦ったように矢を引き抜き、それを投げ捨てた。続いて奴は短剣を取り出し、俺に躍りかかった。
それに短剣で応じる。右からの横薙ぎ、そして突きを防ぐ。
〔幻斬〕を至近距離で放つ。回避によって生まれた隙を連続突きで埋める。
これでも、まともなダメージを与えられなかった。掠り傷はあらゆる所に出来ているが、それ程度だ。
〔急襲の炎〕をもう一度。今度は、爆炎のせいで自分が不利になるようなミスはしない。
体勢をぐっと低くし、下からオロクロスで突き上げる。腕を引き、その勢いで回し蹴り。中々堅い感触を受けた。
蹴りの衝撃で、煙が一気に晴れる。奴は、弓で攻撃を防ぎながらも、その衝撃は殺しきれず、樹に叩きつけられていた。樹と脚に身体を挟まれている状態だ。この状態では、弓を射る事も出来ないだろう。
脚を経由して奴の魔力を吸い上げながら、〔武具支配〕でオロクロスを操作、奴の腹を突き刺す。
【オロクロス!】
【くらえっ!】
棘が生えたまま、強引に引き抜く。
同じ箇所に、もう一度。
もう一度。……短剣で防がれたか。
奴は、ぐったりしているように見える。内臓と失血を狙って何度も攻撃した、これで平然としていたらどうしようも無い。
そう言えば、残りの1体の魔族は何処へ? ここで、不意打ちされたらたまらない。
辺りをサッと見回すと……居た。地面に、何やら魔法陣が描かれた紙のようなものを広げている。
紙に向かって〔幻斬〕を放つ。
あの魔法陣が起動する前に、破壊しなければ。
透き通るような三日月状の刃が、地面の草を断ち、地面を抉りながら紙へと迷い無く飛んで行く。
軽いモノを裂く、あの小気味良い音を残し、刃は消滅した。後には、俺から紙があった場所へと伸びる土の溝と、
光り輝く、魔法陣が残った。
一足遅かった!
こうなると、あの魔術の発動を妨害するのはほぼ不可能だ。あの魔法陣は、魔力で出来ている。鋳物でも作るように、あの魔法陣の書かれた紙に魔力を流し込んだのだろう。あの状態になっては、物理攻撃で破壊するのはもう出来ない。構成する魔力を吸収すれば破壊できるかもしれないが、魔術の発動の方が間違いなく早い。
魔法陣が、その輝きを増していく。
何の魔術の魔法陣だ? 二重円の外側の形状から、無属性の魔術だと分かる。二重の円の間の紋様は、〔転移〕に似ている。しかし、細部が若干異なっている。紋様がより単純になっているのだ。簡略化……されているの……か?
一体、何が来る?
俺は弓使いの魔族から脚を離し、魔法陣を広げている魔族との距離を詰める。踵でソイツを蹴り飛ばし、魔法陣の目の前に陣取る。
オロクロスは逆手持ちに。左腕を引き絞り、脚を曲げて力を溜める。この魔法陣から何かが現れた瞬間に、全力で攻撃を叩き込む。この場に呼び出される存在が、強力で、碌なものでは無いのは自明だ。仕留めるなら、これしか方法が無い。
眩い光が魔法陣を包み込んで行き――




