第三十話 カミカゼ 前編
【メリアたちの視線は切れたか?】
【……よし、切れたよ】
【では、行くぞ】
「〔制限解除〕」
紫電を纏って、駆け抜ける。
暗澹たるこの空間に、光が差しているのがチラと見えた。もうすぐだ。
〔探査〕で敵の位置は把握済みだ。聖剣の南、おそらく勇者一行が入って来るであろう方向のみ開けられており、それ以外は全て包囲されている。勇者一行が聖剣に近づいたところで、各方向から奇襲するつもりだろう。
外側から叩いてやる。左から奇襲だ。
翼の生えた背中が見えた。あの蝙蝠のようで禍々しい翼、魔族だ、魔族に違いない。
まず1体、一撃で仕留められるかわからないが、致命傷を負わせてやる。
オロクロスを魔族のうなじ目掛けて射出する。錐揉み回転はさせていない。
【オロクロス、やれ!】
【わかった!】
若干刺さりが悪かったものの、彼は奴のうなじを抉り、そこに深く根を張った。
距離を一気に詰め、そのままオロクロスを引っ張ると、呻く魔族の身体が付いてきた。
抜けなかったか、そうだ、このまま振り回せば……
距離を開けながら〔武具支配〕でオロクロスを魔族ごと振り回す。
ドゴゴゴ……ドッ……
これでオロクロスも抜けた上に、1体重傷、他個体にもダメージ。
「奇襲だ、気を付けろ!」
別の魔族の身体をぶつけられよろめく魔族の足を払い、うつ伏せに倒す。
「吹き荒べ!」
声の方向は横からだ。仰け反るように重心を後ろに傾け、跳ぶ。
目の前をゴウッという音と、微かな空間の歪み、散り散りになり、螺旋状に運動する木の葉が通り過ぎる。
重傷を負わせた奴を確実に殺そう。何らかの治療を受けて戦闘に復帰されたら困る。俺が飛ばしたのは北の方角だったはずだ、音からして、樹に激突して止まっているだろう。
北へと走りながら、通りすがりに〔幻斬〕を1体につき1発ずつ、魔族に打つ。反撃は来なかった。
見つけた魔族は虫の息、ぐったりとしている。
丁度良い、コイツから魔力を吸ってしまおう。奴の首を鷲掴みにし、持ち上げる。
奴は呻くだけで、抵抗しない。魔族の身体の何処に魔臓があるのか調べたいが、生憎とそのような事をしている暇は無い。
じわじわと魔力が回復していくのが分かる。
【後ろから来てます!】
振り返ると、火球がこちらへと飛んで来ている。魔力の強奪を中止し、掴んでいた魔族を盾にした。
<経験値を入手しました>
咄嗟に思いついた作戦だが、上手くいったようだ。盾となった魔族は死んだが、魔力の供給は止まっていない。しかし、この死体は、持ったまま動くには邪魔だ。乱雑に手を離し、南に戻る。
攻撃の再開だ。見つけた1体の背後に回り、オロクロスで一撃。数メートル飛び退いて回避するだろう、そうしたら、奴は〔惨劇〕に見事貫かれる。二段構えだ。
少しかすりはしたものの、奴は半身になって仰け反るだけで攻撃を全て回避した。
見誤ったか。
更には、パチンと指を鳴らしてから、爪で前方を振り払った。オロクロスで弾こうとしたが、異変を視認し、跳び退く。爪が、燃え盛るように赤く、異常に長くなっている。恐らく実体のないであろう炎の爪を刃物で弾くなど、不可能だ。
〔空間歪曲〕で背中を狙うように動く。が、〔虚構〕で音を消したにも関わらず、戦闘勘とも言うべきか、それにも反応して攻撃してきた。
これはまずいと後ろに跳ぶと、急に明るくなった。聖剣のある空間に出たのだ。
【勇者よ、我を抜け!】
切羽詰まった〔念話〕が聞こえる。
「誰だ!」
【そこにある聖剣だ!】
その言葉に面食らってしまい、戦闘中であるにも関わらず、聖剣の方をバッと見てしまった。
本当に聖剣が声の主ならば、こちらからの〔念話〕を聖剣に送れば通じるはず……
【俺は勇者ではない、勇者一行は後から来る】
伝説によれば、聖剣は勇者にしか抜けないように封印されているらしい。俺に抜けるかどうか実験したいという好奇心が無い訳でも無いが、万が一抜けなかった時のリスクが大きすぎる。この場において、大きな隙を晒すのは得策では無い。
矢が飛んで来る。続いて、火、水、風、電、そして灰色の球が飛んで来た。中央に出てしまったのだ、蜂の巣にされてもおかしくない、さっさとここから脱出する。このまま後退し、東の魔族らを攻撃する。
折角周囲に敵が大量に居るのだから、置き土産に〔雷雨霰〕でも使おう。
〔探査〕で敵の位置をもう一度把握して、狙いを定める
頭上に、圧縮された魔力エネルギーの球体が異常なく発生している事を確認して、東に抜ける。
【魔法陣も、詠唱も無しに魔法を……!? 其方は一体……】
【邪法使い。それと、戦闘中に話しかけないでくれ。気が散って危険極まり無い】
【あの邪法使いか!? 我々が、技術を焼き捨てた……】
後ろから魔法の球が追いかけてくるのを見ながら周囲の閃光と轟音に紛れ、再び奇襲を狙う。
体表を焼かれ、突然の轟音に耳を押さえている魔族の首を〔魔纏〕をかけたオロクロスで一突き。棘を生やして、抉る。
<経験値を入手しました>
2体排除。残り、16体。
雷による視覚、聴覚へのダメージがもう回復したのか、敵の反撃が再開した。前から2体分の爪と、驚愕と敵意のこもった眼が迫る。
後ろの球をギリギリまで引きつけてから、奴らの背後に〔空間歪曲〕で移動する。が、奴らはさっと横に避けてしまう。
踵を返してオロクロスを振り、何とか左の1体を切りつけることは出来た。しかし、後ろから迫る球は既に、俺の目と鼻の先にあった。スクロアルマを翻し、ダメージの軽減を試みる。
体力:536/536 → 450/536
防具はかなりダメージを負ったが、身体へのそれは比較的軽微に済んだらしい。まともに喰らえば瀕死になっていた。
魔法球に被弾した事で生まれた煙の中、さっきの魔族の姿を捉えた。
3歩、強く踏み込んで、左の魔族に追撃を加える。腰を捻り、腕を捻り、首を狙って一突き。
爪で防御されたので、頭上から左腕を叩きつける。弾き出されるように奴は後ろに避ける。
奴は右腕を前に突き出し、左手でそれを支える。重心を下ろしてきっと俺を睨みつける。
同時、高圧の水が手から噴射され、俺へと向かって来る。足に力を溜め、ジグザグに跳んで距離を詰める。右腕をオロクロスで突き刺し、
【オロクロス、やれ】
【それっ!】
そのまま扇を描くようにして、奴を地面に叩きつける。
<経験値を入手しました>
辺りには鮮血が舞う。その幕越しに、次の標的を視界に捉える。正面に迫る氷の投槍もだ。これを避けながら奴に急接近、振られた爪は左手の魔族の死体に沈め、右手で突く。もう一方の爪で止められてしまった。
【オロクロス、ソードブレイカー】
【わかった!】
爪を絡めとって、捻る。その勢いで奴の腹を強く蹴り上げる。
後ろからズドドド、という破壊音が迫ってくる。それに追われるようにタックルして、奴諸共前に移動。
この位置からは、聖剣が見える。倒れる勢いのまま奴の顔を掴み、そこから〔水螺旋〕を発射する。ほんの少しの間なら、魔力の液体化は出来る。接射なら、それが可能な時間の限界は考えなくて良い。
<経験値を入手しました>
<Lvが上がりました>
この中央の場所に、数体の魔族が群がっている。ここで戦うしか無さそうだ、せめて、北に居る敵と俺の間にコイツ等が来るように立ち回ろう。
一番左に居る奴に向かって蹴り。もう一度蹴り。樹に叩きつけたところで、左拳で顔を殴りつける。奴は奥に吹っ飛んで行った。〔制限解除〕を使用した状態ならば、素手でもかなりの破壊力になるようだ。
奴を追い、ダメージの具合を見る。顔に損傷があるが、死んではいなかった。ならばとオロクロスを突き立て、
【やれ】
捻る。
<経験値を入手しました>
後ろから、風を切る音。
振り返ると、氷柱が群を成して飛びついてくる所だった。足元に転がっている死んだ魔族の首を掴んで拾い上げる。魔法は、さして広範囲には放たれていなかった。
まるで銃弾でも防いでいるかのような、衝撃と轟音。それが終わると、魔族の死体のほとんどがポロポロと崩壊していった。
辛うじて残った上半身から、魔力の供給が始まった。これぐらいの重量なら、持ち運べるかもしれない。
魔力:1777/3845 → 1779/3845
魔力:1781/3845 → 1783/3845
魔力:1785/3845 → 1787/3845
魔力:1789/3845 → 1791/3845
……
他の魔族の居る所に戻る。
「アイツ、仲間を盾にしやがった!」
俺の姿、というよりも、左手で掴んでいる魔族の死体……否、残骸とも言うべきそれを見て怒りに駆られたらしい。義憤のような表情を浮かべた奴らの足元、そしてその周囲に、大量に〔惨劇〕の棘を生やす。2体には命中したが、残りは翼ばたいて空に浮かび、避けてしまった。地面に縫い付けられた方の2体を殺す。
空中の3体から、一斉に魔法が放たれる。俺の居る所に火炎放射、突風、そして前方数メートルに氷の礫の雨。
弾丸のように飛び出してこれらを避けながら、左手に持つこれの質量を余さず、標的に叩きつける。自らの死を悟ったのか、防御の代わりに、俺の顔目掛け爪が振るわれた。この咄嗟の反撃はオロクロスで弾く。
鈍く重い音が鳴る。しかし、経験値を入手した事が通知されていないならば、未だ死んでいないという事。追撃だ。〔幻斬〕を3発、それぞれ角度を変えて、地面に縫い付けた2体の魔族を射線上に収めるように打つ。
<経験値を入手しました>
手前の奴が崩れ、奥の魔族が見える。〔惨劇〕からは脱出したらしい。その大穴の空いた身体で、まともに戦えるとは到底思わないが。とは言え戦線復帰する可能性も否定出来ないため、きっちりトドメは刺す。
そう思って一歩踏み出した瞬間、右から奴に向かって何かが飛んで来るのが見えた。1拍遅れて、背後から炎が空気を食らう音、何かが空気を裂く音。
方向転換して、南の方角に回避。北の魔族と俺で、中央の魔族を挟むように……
淡く白く光る謎の飛来物が奴に当たると同時、ボコボコと、身体に空いた穴が塞がり始めた。それは、〔再生〕と同じように見えた。あの魔法を受けてから傷が塞がったから、生物の身体を再生させるのがあれの効果だろう。
やはり、居た。未だその姿を視界に捉えられてはいないが、あの魔法を放った魔族こそが、この集団におけるヒーラーに違い無い。
北には、ヒーラーが居る、これは念頭に置こう。ソイツを発見し次第、優先的に殺す。
ともあれ、今は中央に居る魔族が優先。地上に居る1体は身体が万全に回復、3体は空中から狙撃中。空中の奴らから潰すか。
〔精神攻撃〕を使えば、意識が散漫になって墜落するだろうか? 試す価値はある。
空中の魔族全員に1つずつ〔精神攻撃〕。すると、ガクン、と飛翔高度が落ちた。落ちるまでは行かなかったらしい。
追撃として、右端の奴に〔急襲の炎〕、他には〔幻斬〕だ。〔急襲の炎〕さえ当たれば良い。
空で、紅が爆ぜた。それに紛れて、跳び上がってオロクロスで切りつける。脚力をそのまま威力に変換するよう、下から突き上げる。
手応えあり、刺さったな。
【オロクロス、やれ】
【何回それ言ってんの! 言われなくてももう分かるって!】
彼が傷を抉るが、未だコイツは死んでいない。
跳躍の勢いで、オロクロスを支点に、全身が回転する。足が上へ、頭が下へと。途中で膝を曲げ、回転速度を上げる。
ドゴン、と鈍い音が鳴り、俺の踵が突き刺さった奴はオロクロスごと吹っ飛んでいく。爆炎がまだ消えていないせいで、何処を蹴ったのかまでは分からない。
再び、鈍い音がしたのを合図に、〔武具支配〕でオロクロスを手繰り寄せる。当然、魔族の身体もついて来るが、そのまま他の魔族に向けて叩きつける。
他の魔族との衝突と遠心力で、魔族の身体は彼から離れて飛んで行く。神聖であるはずの聖剣の周りには既に、赤い水溜りが出来ている。更に、空に描かれた赤い放物線が、形を崩して降り注ぐ。
<経験値を入手しました>
体勢を立て直した空中の魔族が、いつの間にか氷の投槍を構えている。翼を負傷し、地に落ちたもう一方は手の平をこちらに向け、俺を睨みつけている。
瞬きもしない間に、俺に氷の投槍と極小の嵐が迫る。更には、反対側から、3本、矢が飛んできている。勢いを失って地面に落ちていっているから、避けられないとでも思ったのだろう。
自分の足元に〔空間歪曲〕の亀裂を展開。移動先は奴らの頭上だ。
重力が一瞬消え、俺の視界には、2体の魔族が入った。左に居る魔族に向かってオロクロスを射出、真下の魔族には、左手に持つ魔族の残骸を投げつける。いつの間にか、これからの魔力供給は止まっていた。そのような不要品は、投擲物として有効活用ぐらいしか使い道が無い。
【あーっ、外れたー!】
咄嗟に奴は氷柱群を生成したが、左手の魔族の残骸がそれらを受け止める。氷柱がその死体に刺さり、その破壊力を増して着弾した。
<経験値を入手しました>
また、矢が飛んできた。〔武具支配〕でオロクロスを回収、矢は反射だ。
着地して、翼の折れた魔族に追撃する。右上から袈裟がけ、奴の右手の短剣で防がれた。
背後に回って横に振り抜くが、左手の爪でいなされた。奥から矢が迫って来ているのが見える。
回避した所に奴の爪、身体を捻って避けながら、突く。
短剣で防がれるが、そのまま距離を詰めて足払い。足を掬われて奴がこけると、その後ろから矢が3本、顔を出した。
体力:510/546 → 450/546
上半身を思いっきり傾け、頬に軽く切り傷を負いながらも、致命傷だけは回避した。傷を負った部分が焼けるように痛い。傷口は治り始めているのに、痛みは増すばかりだ。
鏃が残っている様子は無い。ならば……毒?
すぐさまオロクロスで頬の肉、傷口があった所を削ぎ落とす。
体力:422/546 → 386/546
【っ!? 何やってるんですか!?】
【受けた矢が毒矢だっただけだ。気にするな】
体勢を崩した魔族を蹴り飛ばし奥へ追いやる。弓使いの魔族と距離を詰めるためだ。
トドメを刺そうとしたところで、別の魔族がカバーに入る。北、東の奴らもここに集結したらしい。
纏めて〔惨劇〕で貫こうとする。
魔力:1542/3845 → 1042/3845
命中したのは、4体か。致命傷という訳では無さそうだから、更に棘で貫く。
……まだ死なないか。
棘をくらわなかった奴らからの攻撃が来る。左から爪、右からは氷の砲弾、正面からは毒矢。それらを回避しながら、〔惨劇〕の棘に貫かれた魔族らを仕留めにかかる。
魔力は節約したい。まだ、10体も残っているというのに、魔力が1/3しか残っていないのは不安だ。最低後1体の魔族から魔力を補充したい。
棘が刺さってその場から動けない魔族らが、苦し気に血を吐きながら手をこちらに向けた。明確な殺意が眼に宿り、ギラギラしている。
魔法が、来る。
正面から迫る雷撃、竜巻、そして、空から降り注ぐ豪速の水滴を最小限の動きで回避しながら距離を詰める。1つの魔法を回避すれば、他の魔法が飛んで来る。他の魔族らからの魔法も混ざり、さながら混沌としている。
身体へのダメージを無視すれば、あの魔族らとの距離を一瞬で詰めることは可能だ。しかし、問題は、未だ姿を見ていない弓使いの魔族、そして奴が使う毒矢だ。こちらには有効な解毒手段が存在しない。それに加えて、奴が不意打ちを好むのは、痛いほど理解している。だから、隙を見せないように回避する他無く、非常にやりづらい。
投げナイフを1本取り出して、【武具支配】で弾丸のように射出する。
投げナイフは魔族の身体に掠り傷を残して、あっけなく弾かれてしまった。
まるで効いていない。手から離れてしまうから、〔魔纏〕で強化する事も出来ない。その大きさ故に、敵の眼球を狙う事も出来ない。投げナイフの出番は最期まで訪れないだろう。
武器自体の品質がもう少し高ければ……
出費を惜しむべきでは無かったな。
やっと、あと一歩でオロクロスの間合いに入る、という所で、毒矢が飛んで来た。上に軽く2メートル跳躍する。
空中で1人の魔族に狙いを定め、足を振り上げ、踵落としの構えを取る。
再び迫る毒矢は〔武具支配〕で撥ね返し、踵が魔族の頭部を捉える瞬間、その魔族に刺さっていた棘だけを消失させる。
頭上からの衝撃に呼応するように、奴の傷から血が勢いよく流れ出す。
耐えたか、しぶといな。
頭部を掴み上げ、自分の膝に叩きつける。他の魔族から魔法が放たれたのを見て、今仕留めにかかっているコイツで防御する。
<経験値を入手しました>
ピクリとも動かなくなったソレを拾い上げ、魔力を吸い上げる。
【……手慣れて来ましたね……】
辺りを見回すと、頭上から夥しい数の魔法が降ってきていた。火、雷、水、氷……属性も様々だ。着弾まで、後1秒だろう。
逃げ場は無い。棘をくらった魔族への追撃も出来そうに無い。
〔惨劇〕の棘を消失させ、仕方なく〔空間歪曲〕でここから脱出する。北の方角、森の中に隠れる。とにかく、遮蔽物を。
纏めて2話投稿です。
<ペルシオが戦っている敵について>
強さをざっくり数値化すると、
ペルシオ(〔制限解除〕使用中):1000
敵:600〜1100
ペルシオ(通常):400
位だと思っていただければ。
「〔制限解除〕を使えば身体能力5倍」というペルシオの発言、あれは言い過ぎです。
「普段、人間は20〜30パーセントの力しか出せず、何らかの方法で100パーセント近い力を出すと身体が壊れる」
という知識から、彼はああ言ったのでしょうが、それは前世の話です。異世界でもそれが通じるとは限らないのです。




