第二十九話 使命
【さっきの紅い球は、お前らと同じか?】
【自我は無さそうだったよ。決められた言葉をそのまま話すだけみたいで、生きている感じがしないもの】
つまり、機械であると。台詞からして、聖剣のある方へと導くもの……
あぁ、思い出した。イロア樹海に眠る聖剣を守護し、勇者を聖剣の元へと導く、「導き手」の魔工人形だったのか。
これで納得した。役目に対してあまりにも禍々しい見た目になるのを承知の上で、魔族の身体を素材に使ったのだ。それは、勇者のみが容易く倒せるようにするため。そうして倒された奴は、あの紅い球を以って勇者を聖剣のもとへと導く。……1000年前の勇者一行は、よくこのような事を思いついたな。
聖剣に辿り着くまでの地形を把握しておこう。勿論〔虚構〕をかけた上で〔探査〕だ。但し、今回は調べる方角を聖剣のある方に絞る。〔探査〕は確かに便利だが、調子に乗ってあまりにも広い範囲を調べると、情報量のせいで脳に負担がかかる。無駄な情報は省くのだ。
【……3、4キロメートル先に、樹が無い空間がある。中央に岩と棒状の何かがあるから、あれが聖剣だろう。ただ……】
【ただ?】
【その周りを、十何人もの人型の生物が取り囲んでいる】
【?】
【おまけに、角と羽、尾……】
【角がついた人型? それって、魔族では?】
【そうだよな……羽と尾が生えているとはいえ、角がある上に、皮膚が鱗のようにゴツゴツしていないから、半分人間、半分竜の竜人でも無さそうだ……】
では、何故、魔族がここに居る? 聖剣の場所を捕捉されたのか? だとしたら、まずいぞ……、あのまま彼女たちが辿り着こうものなら、袋叩きにされる。生きて帰ってはこれないだろう。
どうしたら良い? 聖剣は勇者の手元にあるべきだ。悪を打ち払うために必要だ。引き返させる、という選択肢は無い。
玉砕覚悟なら、敵戦力の9割を削る事が出来るだろうか。そうしたら、後は彼女たちが掃討してくれるだろうか……。彼女を守って死ねるというのならば、この命は全く惜しくない。
とにかく、どうにかして、向こうに敵が居る事を教えなければ。彼女たちの安全を確保し、俺が戦う時間を稼ぐためにも、足止めもしなければならない。
ふと、1日前の、あの2人の事を思い出した。俺は去り際に、2人に俺が魔族であると思い込ませた。同じ手法で行けるのではないか? 敵のように現れ、詠唱もせずに魔法を行使して、勇者一行を足止めし、聖剣の方へと向かっていく。完璧だ。問題は、声のせいでメリアに正体がばれる可能性がある事ぐらいだ。彼女は俺の事を、かつて兄のように信頼し、慕っていた。俺が魔王軍側に寝返ったと思ったら、どれ程ショックを受けるだろうか。余計な心労は負わせたくない。
ノストルギア伯爵を尋問した時の事を思い出した。あの時、〔念話〕で俺は話していた。俺が〔念話〕を使える事は誰も知らないから、これで誤魔化せるだろうか。しかし、声色の問題が……
【お前ら、〔念話〕の声と普通に会話する時の声は違うものなのか?】
【どうしたんですか、急に……。普通の会話に使える声があるならある程度それに引っ張られますが、送るのはイメージですから、受け取る側の人から見た、送る側の人の印象で声は変わります】
そうだったのか。ならば、今俺が聞いているオロクロス、スクロアルマの声も、他の人からしたら違うように聞こえるのだろうか……
【では、昔の俺を知っていて、かつ今の俺を知らない人が俺の〔念話〕を聞いたら、違う声に聞こえると?】
【そうですけど、それって、メリアの事では?】
深呼吸を1つ。
【いいか、お前ら。よく、聞いてくれ】
【?】
【何処かのタイミングで、魔族のふりをして、勇者一行を足止めする】
【はいっ?】
【そして、そのまま、魔族らの居る聖剣のもとへ特攻する】
【今、特攻って言った?】
【そうだ、捨て身で、死ぬ腹づもりで、突撃する】
【またですか? また自分の命を軽く――】
【俺が死ぬか、勇者一行が死ぬかだ。俺が死ぬつもりで行動すれば、4人の命が助かる。1対4の交換だ。両方生き残る可能性もゼロでは無いがな】
【……】
【俺が死んだら、メリアに拾ってもらえ。メリアはものを非常に大切にする性分だから】
【取り残される私たちの気も考えずに――】
そうだとも、俺は考えていない。巻き込んでしまって申し訳ないとは思うが、これは必要な犠牲だ。誰かの幸福のためには、誰かが血を、涙を流す必要がある。全てを救うなどというものは、夢物語だ。誰かの不幸をいちいち案じていては、首が回らない。悪いが今回は、俺たちが血を流すのが最適解、それだけの事だ。
【――狂ってますよ、本当に】
俺は機を待った。右手には研究成果、左には地獄への片道切符。背中には暗躍の象徴を、腰には完遂の象徴を。瞳には酷く淀んだ紅を湛え、脳内は走馬灯を焼きつぶさんとする光に満ちていた。
覚悟は、とうに出来ている。
勇者一行が2体目の悪魔・岩製魔工人形を倒し、あの紅い球がメッセージを伝え、ドポンと地面に沈む。
この音だ、これが号砲だ。
俺は走り出し、近くの樹に飛び乗る。奇襲の形で、彼女たちの正面を塞ぐ。
「後ろに反応! あの魔族だ!」
既に存在には気付かれていたか。魔族と思われているならば好都合。
着地点を勇者一行の正面に定め、跳躍する。足止めには〔惨劇〕だ。彼女たちの注意を向けるためと、武器を振りづらくさせるために、まず3本。コイツはかなり硬い、〔聖剣〕を使っても、破壊には時間を要するだろう。といっても油断は禁物、棘は大量に生やす。ざっと30本だ。空中からなら、全体がよく見える。勇者一行に当てないよう、かつ周囲を取り囲むように生やすのは朝飯前だ。更に補強で60本、これ以上は魔族との戦闘に大きな支障が出る。
身体を捻って、勇者一行の方を向いて着地する。トンッ、成功だ。……着地の反動でフードがはためいて顔が見えなかっただろうか。
ここからは、邪悪さを滲ませて、会話をするのだ。イメージするのは、アニメや映画に登場するヴィラン。決して分かり合える事の無い、完全な悪役を。
【ふむ、この先に聖剣があるのか。道案内をどうも】
成長したメリアを正面から見たのは初めてだ。背も随分と伸びて、顔も凛々しくなって――あの頃の面影は、ほんの少ししか残っていない。
「お前は何者だ。聖剣に何をするつもりだ!」
【貴様の名前は……ケイディンだったか】
「なんで俺の名前を……!」
アンタらがセーアに居る間に、〔ステータス〕を覗かせてもらった。
【情報というものは案外容易く漏れるものだ。それと、敵にされた質問に素直に答える訳ないだろう】
ソイフォルが冷静なのが気になる。隙を伺っているのだろうか。その不意打ちを容易くあしらえば、絶望感を与えられるかもしれない。それも足止めに繋がる。
【スクロアルマ、賢者からの奇襲が来るはずだから、それが来たら教えてくれ】
クルリと背を向けて、聖剣のある方へ歩き出す。余裕があるように見せるためだ。彼女たちからの視線が切れたら、〔制限解除〕も使って全速力で向かう。
「〔氷弾〕」
かなり小声だが、聞き取る事ができた。
【来ました。〔氷弾〕です】
氷なら……そうだな、〔武具支配〕で跳ね返してやろう。
風切り音が近くなる。此処ぐらいだ、ピタリと止めてやる。
音を頼りに〔武具支配〕を掛けたが、上手く効いたらしい。風切り音が止んだ。
今から跳ね返すが……振り返らないと、何処に飛ばせばよいか分からない。
【甘いな】
狙う場所は、賢者の足元で良いだろう。送り主に返す。
ズガン!
【えげつない音……】
酷い破壊音がしたが、賢者には一切当たっていない。これで良し。
【……】
聖剣のある方を向き、悠々と歩き出す。余裕を見せられるのも、これで最後。……どうか、俺が死んでも、気付かないでくれ。俺と知らずに屍を踏み越えてくれ。お前が知っている「俺」は、今も何処かで悠々と旅をしているはずだから――




