第二十三話 詰問は虚空より
時は遡り、勇者一行が聖剣を求め発った直後の事。ペルシオはノストルギア伯爵の屋敷に潜み、微動だにせず、ただ思案に沈んでいた――
―――(ペルシオ視点)―――
どのようにしてノストルギア伯爵に詰問するか、これが問題だ。他人に詰問を邪魔されない環境を整える必要がある。
伯爵は現在部屋に居ない、庭を散歩しているようだ。伯爵の部屋に侵入することは容易いが、そこで伯爵を待ち構えて詰問を始めるのは妙案とは言えない。この世界での隠形は、極めれば正面に仁王立ちしても存在に気付かれないほどには強力だが、一度声や音を出してしまえば、簡単に気付かれる。身を隠したまま詰問をするのは、ほぼ不可能だ。
ならば、また誘拐という手段を取るか? これも却下だ。昨夜のは、相手の腱を切って逃げられないようにしたから上手く行った。しかし、同じことを伯爵にする訳にはいかない。腱を切るのは、証拠が残らない様に詰問するのには適さない。更に、今は日中だ。森の中に人が居る可能性が否定できない。伯爵の助けを求める声を誰かが聞き付けるかもしれない。総じて、やり辛い上にリスクが高すぎるのだ。
……他人に介入されること無く、相手に存在を感知されず、相手に自白を促す……
【どうしたの、固まっちゃって】
良くないな。また1人で考えていた。
【伯爵への尋問方法を考えている。部屋で待ち構えるのは俺の存在が簡単にばれるから駄目、あの暗殺者たちにしたのと同様の手法も不適だ】
【部屋に閉じ込めて、自分は外から話しかければ?】
【ドア越しに聞こえるほど大きな声を出せる訳がないだろう。瞬く間に見つかるぞ】
【……〔念話〕があるから、声出さなくてもいいでしょ】
目から鱗が剝がれ落ちた。これは盲点だった。確かに〔念話〕は特定の対象にのみ思念を伝えるスキルだ。実際に音は出ない。
【成程、それなら確かに可能だ! 助かったぞ、オロクロス!】
〔念話〕は、辺り一帯と頭の中に反響する、何処からのものなのか分からない声として対象には聞こえる。俺の居場所は特定されないし、得体が知れないことから来る恐怖も与えられる。詰問にあたって、かなりの優位に立てるだろう。
音を立てないよう、静かに、静かにドアノブを回した。そのまま奥に押しても何も起こらず、手前に引くとドアは開いた。閉じ込める先についての調査が足りなければ、思わぬ事態に陥るかもしれない。
部屋を見渡す。部屋の扉から見て左に机がある。木製の横長の机で、上にあるインク瓶と羽ペンは部屋の奥の窓からの陽光に照らされている。おそらく仕事用の机だろう。机の向かい、扉から見て右側には本棚がある。見たところ、真新しい本から古びた本まである。『創世神話』『魔術理論―初級』『道化』……、ジャンルも豊富だ。窓のすぐ傍にベッドがある。朝日と共に目覚める、というつもりだろうか。
隠し扉のようなものが室内にあるかどうかは不明だが、あの窓からは脱出できるかもしれない。窓に近づき、はめ込まれたものを軽く手で触れる。返って来たのは、柔らかく、しかし堅い感触。
……ガラス製では無く、透明に近い布、それも数枚を重ね合わせたであろうものでつくられた窓か。
錬金術による加工を施されたであろうその布は、突き破るのも、焼き払うのも容易ではなさそうだ。外からの侵入を防ぐのに役立つが、同時にこれは室内の人を逃がせない。今回は、こちらの味方として機能するようだ。
伯爵への詰問で使う物品を部屋の隅に転がして、俺は部屋から出た。
これで、下準備も済んだ。後は主役の登場を待つのみ。
暫くして、伯爵が帰って来る。奴はドアノブに手をかけると、するりと部屋に入っていった。完全に奴の身体が室内に収まり、かつ閉じられたドアの取手から手を離したのを確認するなり、俺はドアに寄りかかるようにして体重をかけ、奴を室内に閉じ込めた。
【貴様がノストルギア伯爵だな?】
できるだけ、圧を、恐怖を感じさせるように〔念話〕で詰問を始める。
「なっ、何者だ、貴様は! どこに居る!」
驚いたもの束の間、こちらに負けない剣幕で返す。
【昨夜、貴様は、議会の平民代表らに刺客を送った】
奴の言葉を無視し、本題に入る。さて、この質問にどう返してくるか……
「私はそのような事はしていない!」
やはり、白を切ったか。
【刺客らが所持していた武器だ】
俺は部屋の隅に転がしておいたパペットスティレットを1本、〔武具支配〕で伯爵の足元へと放り投げる。カラン、という音が鳴り、
「なっ……」
絶句すると同時、扉の方へ駆け出し、逃げようとする伯爵。俺は再び〔武具支配〕を行使し、ドアノブを固定する。
伯爵は、うんともすんとも言わないドアノブを回そうと必死になっている。例えドアノブを回せたとしても、外開きのドアに外側から全体重をかけているのだ、そうそう開ける事は叶わないはずだ。話を続けよう。
【傷を付けた対象の精神を、それの対となるパペットコマンダーを通して操作出来る代物】
「待て、パペットコマンダー? 何だそれは! 私はそんなモノは知らない!」
伯爵はドアノブから手を放し、明らかに困惑した声を上げた。
どういう事だ? パペットコマンダーの存在を知らない?
【これの入手経路は】
「………」
【答えないなら、こちらも相応の対応を取らせてもらう】
〔探査〕で伯爵の位置を確認。そして〔武具支配〕で、伯爵の目の前にあるパペットスティレットを操り、宙に浮かせて剣先を伯爵に向ける。
「っ……」
【答えなければ、これを貴様に刺す。どうなるかは、良く分かっているだろう?】
流石に、他人を操るための道具である事は理解しているはずだ。
「………とある商人から入手した」
【とある商人、とは?】
「フードを目深に被っていて、全身を外套で覆っていた。声は女性のものだった」
【それで?】
「その商人はこの屋敷を訪れて、取引がしたい、と私と2人だけで地下へ向かった。地下室で商人に、今の政治を変えたいとは思わないか、と問われた。現在の政治体制は異常だ。かつての貴族と平民の関係は崩れつつあり、我々貴族という鎖から放たれた平民代表は自らがより大きい富と権利を得ることしか考えていない。政治を変える手立てがあるのならばと、そう私は答えた」
【……ふむ】
相槌があった方が話しやすいだろう。
「そうしたら、商人は、刺した相手の精神を操作できる短剣だと言ってこれを見せ、その短剣を見せて、『これは、。これで、貴方が憎む平民代表らを、理想のそれに変えてみませんか?』と言った。私は、この国をより良くするために政治をしている。自らの利益しか考えない平民代表など不要だ」
「私は彼女からこの短剣を4つ買った。彼女は去り際、『ディーズ丘陵の方で、氾濫の予兆があったそうです。実行するのはそれからの方がいいかもしれませんね。』と言って、町の人混みに消えていってしまった」
商人の女は、氾濫が起こることを知っていた? ディッセルの冒険者ギルドにすらそんな情報は流れていないかった。それでも知っているということは……氾濫の時に居た魔族の仲間、つまり……
【その商人って、もしかして魔族?】
【そう考えて問題無いだろう】
成程、それなら伯爵がパペットコマンダーの存在を知らなかった事も納得が行く。恐らく、パペットスティレットを平民代表に刺すのは伯爵に任せ、後から魔族らが操る算段だったのだろう。
ただ、1つだけ不審点がある。
【その商人を胡散臭いとは思わなかったのか? 一切の疑念も持たずに、短剣を購入したのか?】
話を聞く限り、無条件で信用している様だ。
「胡散臭い……? ……? ……!? ………本当だ、なぜ、なぜ私はあの商人を疑わなかった!?」
様子がおかしい。まるで、暗示から覚めたようだ。
奴が暗示に掛かっているか否かはどうでも良い。今欲しいのは情報だ、解答だけだ。
【では、勇者を招いたのは何故だ?】
「……利益しか考えない平民代表らから勇者を保護する為だ。国王陛下に話は通してある」
平民代表が本当に貪欲な人間だとしたら、確かに勇者一行を私利私欲の為に弄ぶ真似をするかもしれない。そうであるならば、俺は伯爵に感謝しなければならない。だが、本当に平民代表がそうなのかは知らない上、伯爵こそ私利私欲で動いた可能性もあり、更には、今俺は伯爵に正体不明の敵対的存在として接している。今は、何も言わない。
【勇者に危害を加えるつもりは無いか】
俺にとって問題なのは、この質問の答えだ。
「ない。……お前は、勇者の味方なのか?」
【勇者は私の計画の駒に過ぎない。今、死なれては困るのだよ。勿論、誰かに操られる事も】
「っ……」
裏に「邪魔をすれば殺す」という意志を込めた、凄みの利いた思念に対して伯爵がたじろいだ。
【オロクロス、スクロアルマ、もう伯爵からは十分な情報を得た。さて、2人に1つ訊きたいのだが、これから勇者一行を追うのと、魔族の商人を探すのと、どちらが良いと思う? 俺は正直、決めかねていてな】
魔族の襲撃の可能性を考慮して勇者一行を追いたいが、その間に魔族が王都に手出しするのも考えられる。既にノストルギア伯爵に働きかけているのだ。裏で他にも何か動いているかもしれない。
【勇者たちを追った方がいいと思う。手がかりが少なすぎるから、今確実にできる事をした方がいいんじゃない? オプロト大森林の時と同じように、魔族が襲ってくるかもしれないし】
【商人の行方を追いましょう。勇者たちはこの事を知りませんし、こちらから伝えることもできませんから、私たちがやるしかないです。それに、場合によっては一国が乗っ取られる可能性もあります。そうなったら、後の勇者たちの行動にも響くでしょう】
【割れたか……】
【政府が勇者たちに濡れ衣を着せて罪人としたら?】
国から指名手配されれば、勇者一行は町に入れなくなる。誰も犯罪者など町に入れたがらないからだ。更に、勇者一行を捕縛するための部隊がこの大陸をうろつく事になる。
【縁起でもない事を……しかし、あり得るな。魔族からすれば、国を乗っ取った後の行動としてそれは最善だろう。そうなったら俺にはどうする事も出来ない。それを考えると、魔族を探したほうがいいか……。いや、しかし、やはり魔族の襲撃の可能性が……】
この王都とイロア樹海の間の環境はどうなっている? 確か、木が疎らに生えた林があるのみだったはずだ。長く使われず、廃れているが、道もある。そこに居れば、勇者一行が襲撃に気付く可能性は低くない。氾濫の時に魔族との戦闘を経験しているから、仕留めるのには至らなくとも、撃退はできるかもしれない。
この王都からイロア樹海まで、2,3日かかる。明日までに魔族を捻り潰して全速力で向かえば、勇者一行がイロア樹海に入る前に追いつけるはずだ。
【用は済んだ】
俺はドアノブを回して、ドアが開くようになったことを伯爵に示す。そしてドアの真横に立ち、部屋から出て来る伯爵と入れ替わるようにして、室内に侵入した。
〔空間歪曲〕であの路地裏まで戻れば、俺はここから安全に、誰にも見つかる脱出できるだろう。
魔力:3470/3795 → 3200/3795
地面に落ちたままのパペットスティレットを掠め取り、ノストルギア伯爵邸の様子を窺うのに使った路地裏に瞬間移動した。
【パペットコマンダーを所持している事から、王都を狙っているというならばそこに魔族が潜んでいると考えて良いだろうか?】
パペットコマンダーがどういう形状、大きさなのかは分からないが、重要であるのは確かだ。それならば、自分たちの目の届く所に置いておくはず。まさか、野外にポン、と置くなどという事はしないだろう。それを保管している建物があるはずだ。
【隠れるなら、あまり目立たない路地裏とかかな?】
【そおの可能性は高い。路地裏に絞って捜索するとしよう】
王都はかなり広いとは言え、路地裏に絞れば捜索はかなり楽になる。ただ、途中で魔力が枯渇する事が危惧される。それに加え、俺が〔探査〕つまり邪法を使っている事が周囲にばれるのも厄介だ。王都の路地裏を、何かしらの正体不明な魔法を使いながら練り歩く男など、不審者以外の何者でも無い。王都という環境故、非常に強力な冒険者も居る。彼らが、俺が魔法を使っている事に気付かないのを祈るばかりだ。




