第十六話 豪胆な口止め
小説内でペルシオが人間と長く話すのは、これが初めてだったり。
「俺に用があるってのは、お前だな?」
そう言うのは、ディッセルの冒険者ギルドのギルドマスター。
「そうだ。用件について話す前に、人払いをして欲しいのだが……」
「それほどの用か。わかった。お前ら、一度ここから離れてくれ」
「……はい」
職員は、特に何も言う事なく消えていった。
「初対面の奴を信用しすぎではないか?」
「まだ信用してはいない。疑うか信じるかは、話を聞いてからだ」
「……そうか。では、用件を話す前に、もう1つ」
「アンタはルイード教の関係者か?」
「いや、違う」
〔探査〕を発動する。他のギルド職員は近くには居ない。
これなら話しても問題ない。
魔力:1655/3795 → 1625/3795
「では、用件を話そう。今日の氾濫についてなんだが……」
そういって俺は王猪の死体を取り出す。
「なっ……王猪……!?」
「コイツがディーズ丘陵の林の中で発生していた。今回の氾濫は相当大きいものだったようだ。皆が気づいていないだけで、これと同等の魔物が近くに潜伏している可能性もある」
「いや、それらは勇者御一行が倒した」
「……この王猪と魔族は何の関連性もない。魔族に影響を受けることなく、今回の氾濫で偶然発生したものだ」
「……なぜ、魔族のことを知っている? 勇者一行と俺以外、そのことは知らないはず……」
「索敵中に偶然発見した。あちらに気付かれる前に逃走したが」
「…………それと、お前がこれを倒したのか? 他に仲間は?」
「居ない」
ギルドマスターの目が射貫くように鋭くなる。
「コイツの腹に刻まれた傷は、同時に複数回攻撃しないとできないものだ。傷の深さからして、長剣かもしくはそれ以上の刃渡りの得物で攻撃されているはずだ。内臓は、槍で穿たれたような穴が空いている。もう一度きこう。本当にお前がコイツを討伐したのか?」
……これは、討伐証拠の横取りを疑われているようだ。冒険者の間で時々発生するトラブルだ。
「間違い無い。それに……王猪は大物だ。その討伐証拠を、それも死体を丸々盗まれて被害届を出さない冒険者が居ると思うか?」
「……それもそうだが、お前がコイツを倒せるとは思えん」
「どうすれば納得する?」
解決策は思いつかない。
「俺と戦ってくれ。それで判断する」
「戦闘する事に関しては構わないが、できればまた人払いをして欲しい。特に、ルイード教徒が関わらないように」
「……お前がルイード教を避けるのはなぜだ?」
「冒険者の個人の事情の詮索はマナー違反では?」
「そうだ。しかし、フードを被っている冒険者が居ない訳ではないが、お前はその中でもあまりに異常だ。下からのぞき込まないと顔が見えないほど目深に被る奴は居ない。ルイード教をやけに警戒する点も不審だ。それに、何故、魔族のことを知っている。顔を見せろ。お前は何者だ」
ギルドマスターは警戒心を顕にする。どうしたものか。氾濫があった後だから、警戒心が強くなるのは理解できなくもないのだが。だが、顔を見せるのだけは嫌だ。
俺は冒険者カードを見せた。
「それは冒険者であることの証明にしかならない。お前がどの種族であるかはわからない。魔族が人の振りをして冒険者になった可能性もある。顔を見せろ」
「断る。これは冒険者の個人の事情に深く関わる事だ。譲るわけには行かない」
その言葉を聞くなり、彼は俺のフードを掴み、取った。強硬手段には出ないと思って油断していた。
彼の手をフードから引き剥がそうとするが、腕力が拮抗しているのか、中々外れない。
彼と目が合う。目だ、俺を見る眼だ。アイツらと同じ、人の眼だ。心臓から熱が消えた。鼓動は大きくなり、まるで耳のすぐ近くで鳴っているようだった。
息が荒くなる。腕の、肩の、震えが止まらない。
「〔制限解除〕!」
半分錯乱しながら俺はスキルを発動し、ギルドマスターの手をフードから引き剥がして僅か1歩で壁際へと逃げた。
どこからともなく、声が響く。
「悪魔め! 貴様は、『邪法使い』だ! およそ30年に1度、現れる裏切者! 罪を知れ、恥を知れ!」
耳を塞ぐが、声は消えない。それどころかより音量を増していく。
「今や貴様らは羽をもがれた小鳥に等しい! その軟弱な身体で、贖罪を請うが良い!」
……
……母の姿が見えた。まるで、化物でも見るような怯えた眼で、こちらを眺めている。おおよそ、自分の一人息子に向ける眼差しでは無い。……
【ペルシオ、ペルシオ!】
オロクロスの声がした。そうだ、オロクロスが居る。スクロアルマが居る。邪法がある。
俺はもうあの時の様に無力ではない。抗える、やり返せる力が、俺にはある。
次第に動悸は落ち着き、体に熱が戻って来た。
「……すまない。少々取り乱してしまった。……俺が、魔族でない事は、納得してくれたか?」
ギルドマスターの気分を少々害してしまっただろうか。しかしあまりその事に触れていては話が進まないので、何事もなかったかのように会話を再開する。
「……あ、あぁ。角が無い事は確認した。お前は間違い無く人間だ。……申し訳ない。氾濫直後だからといって過剰に警戒し、個人の事情に深く立ち入ってしまった」
そう言って、彼は目を伏せる。
「気にしないでくれ。日常生活に支障をきたす課題であるにも関わらず未だ克服できてない俺の方に問題がある。さて、早く模擬戦をやってしまおう。何処へ向かえば良い?」
「……わかった。では、訓練所に行こう」
訓練所には模擬戦ができる、円形のフィールドがある。少し離れて2人は向き合い、訓練用武器を構える。事前に〔探査〕を使用して、他に人が居ないことは確認済みだ。訓練用武器は刃が潰されていて、更には魔法がかけられており、誤って致命傷を与えることが無いようになっている。
ギルドマスターは直剣を正面に構えている。一方俺は、右手に短剣、魔法袋の中に短剣を3本だ。今回、邪法は少しだけ使用するつもりだ。邪法が使えることを示さないと、王猪についた傷の説明ができない。たとえ俺が邪法無しで彼に勝とうとも、彼は納得しないだろう。
「お前の好きなタイミングで始めてくれ」
【ペルシオ、がんばってー!】
【ペルシオ、華麗に勝利して下さいね!】
声援が聞こえる。全て〔念話〕だが。どうやら2人はお祭り気分でこれを見るつもりらしい。
「……では、行くぞ」
そう言って駆け出した。怪人のダッシュは相当に速い。
そのまま短剣を横に振るう。
彼は俺の速度に驚きながらも、直剣で受け止める。
Lv差故か、現在の俺と彼の力は本当に拮抗しているらしい。
「やるじゃないか……フンッ!」
振り抜かれる直剣を後ろに跳んで避ける。
直剣が振り抜かれるのに合わせて再び懐に飛び込む。
あらゆる角度から短剣を振り続け、彼はそれを直剣で受け流し続ける。
50回ほど切り結んだだろうか。そろそろ変化を加えよう。
右手で短剣を大振りで、袈裟懸けに振るう。
そのまま勢いで回転して、魔法袋の中の短剣を投げつけた。
短剣で大振りの攻撃を放った後に回転した俺を見て、好機と思ったのか、直剣を上段に構えていた彼は慌てて短剣を弾いた。
しかし、その行動とは裏腹に、口角が吊り上がっていく。
「ほう……」
再び剣戟が始める。
さっきと変わらないように見えるが、現在彼は突然投げられる短剣にも注意する必要がある。
<スキルのLvが上がりました>
〔短剣術〕のLvが上がったか。
暫くして、俺はまた変化を加える。
最初はさっさと邪法を見せて勝負をつけようと考えていたが、せっかくの機会だ、新しい戦い方を試そう。
左手で魔法袋の中にある短剣を1本掴む。
両手の短剣を少し時間差をつけて投げ、同時に後ろに跳ぶ。
彼が投げられた短剣を弾く間に、魔法袋の中の最後の短剣を右手に取り、残りの、フィールド一帯に散らばった短剣に〔武具支配〕を掛ける。
魔力:1600/3795 → 1570/3795
そうして、空中に浮遊させ、自分の近くまで移動させる。
今回は弾丸のように射出するのとは別のやり方。購入した投げナイフは切断に使用されるのを想定されていなかったが故に、できなかったこと。
「それができるのか……、面白い!」
「行くぞ」
飛び込んで、斬りかかる。右手の短剣と同時に、空中に浮く短剣が彼に襲いかかる。
「うおぉぉ!」
文字通り四方八方から切りかかる4本の短剣を彼は防ぎ続ける。
この手数に対して、掠り傷の1つも負わないとは……
戦う間に4本の短剣の扱いにも慣れてきた。彼が4本の短剣を軽くいなせるようになる前に、初見殺しの1手を打って戦いを終わらせる。
空中の3本の短剣を一気に彼に向かって射出する。勿論、弾丸のように錐揉み回転させての射出だ。
同時、足元に〔虚構〕で隠蔽した〔空間歪曲〕の亀裂を広げる。繋がる先は彼の背後。
魔力:1390/3795 → 1120/3795
彼の首元に短剣をピタリと添え、
「これで……」
勝負ありだ、と言いかけたところで、腹部に違和感を覚え、その場所を見た。
そこには、彼の直剣が、ピタリと脇腹に添えられていた。
「相討ち、か……」
魔力:1120/3795 → 1096/3795
<経験値を入手しました>
〔武具支配〕を切られた短剣が、地面に落ちてカラカラと鳴った。
【……あ、相討ちだー! 何とこの勝負、相討ちでの決着となりました! 2人が勝負をつけるまでの動きについて、どう思いますか、解説のスクロアルマさん】
【え!? そ、そうですね。……まず、途中の剣戟についてですが、その場で新たな戦闘スタイルをつくりあげ、手数にものを言わせるペルシオに対し、ギルドマスターは大きな隙を見せない、安定した剣術で立ち向かっていきました。手数だけで考えれば4対1のような状況で、2人が完全に拮抗していたのが印象的ですね。最後は、武器を囮にしたペルシオの不意打ちと、勘で居場所を予想したギルドマスターのカウンターで、綺麗な相討ちとなりました。トリッキーな戦い方をするペルシオと、鉄壁の防御のギルドマスター、互いの練度の高さを証明するような1戦でした!】
何故かあちらの方でスポーツの試合後の解説のようなものが始まっている。一体、何処で覚えたのやら。
「訓練用の短剣で、あれほど威力が出るのか……。防いだはいいが、まだ手がジンジン痺れている」
「手数で攻めても、瞬間移動で背後から攻撃しようとしても、全て対応されるとは……」
「20歳にもなってないのに、大したもんだ」
「流石はギルドマスターだ」
俺とギルドマスターは、互いの手を握った。これは、摸擬戦終了時の礼儀だ。
「それで、俺が王猪を倒したことに納得したか?」
「あぁ、何も文句はない。片手で短剣を振るっているのに、俺が両手で振るった剣と力が拮抗する時点で相当の戦闘経験があるようだし、あの回転しながら飛んで来る短剣……確かにあれなら、槍で突いたような傷跡が残るだろう。あんな風に短剣を操れるなら、深く大きな切り傷をつける事も可能だ。それなら王猪を倒した、というのも、嘘ではないだろう」
一切の猜疑点は無い、とでも言うように、彼は大きく頷いた。
「納得してもらえたようで何よりだ。……こちらの頼みというのは、この王猪を倒したのは勇者一行だということにして欲しいのが1つ、それと、俺が王猪を殺したこと、アンタが見た俺の技術、能力について口外しないこと。口止め料はそこの王猪の死体の買い取り額の半分だ」
「……俺が断る、といった場合はどうするんだ?」
「実は〔眷属化〕という魔法を研究していてな。生物を眷属化して強化でき、また術者はその眷属に対して耐え難い苦痛を任意のタイミングで与えられるらしい。どうにも実験体が不足していてな……。どれくらいの苦痛を与えられるのか知りたいのだが、自分に〔眷属化〕は使えないから、会話できる生物……そう、例えば人間などに協力してもらいたいのだ。…………なんてな。冗談だ」
〔眷属化〕は現在試用にも使いどころにも困っている邪法だ。〔死霊術〕もそうだが、習得した以上、何処かのタイミングで研究、利用しないのは勿体無い。
「……『冗談』って……。……本気の目じゃないか……。煽った俺も悪いが、ギルドマスター相手に真正面から脅すとは……」
「それは、勿論。下手すれば命にも関わるからな。……それで、頼みを聞き入れてくれるか?」
「あぁ、了解した。――お前がこの魔物を殺していなければ、甚大な被害が及んでいた。その感謝と先ほどの謝罪としてこれくらいはやろう。そもそも、冒険者個人が持つ能力、事情について強く追及するのはご法度だ。あれをやった俺が言えた事じゃないがな。口止め料はいらない」
「ありがたい。しかし、もうあの事は気にしないでくれ。変に気を使われるとこちらもやりづらい」
「……そうか。では、受付で待っていてくれ」
「分かった」
そう言って、俺は先に受付に戻った。
「これがあの魔物の買い取り額だ」
そう言ってギルドマスターから渡されたのは布袋。中には金貨34枚。とんでもない重みだ。すぐさま魔法袋にしまった。金やその他の一部のものは、〔異次元保管庫〕では無く、こちらに入れたままにしてある。
「ではこれで失礼する、ギルドマスター」
そう言って俺は冒険者ギルドを出る。
【ひゃあ、こりゃ大金だね……】
【ルイード教にこの事がばれなさそうなら何よりです】
懐が一気に温まった。ありがたいことだ。
【勇者一行に合わせてこの町を出るぞ。向かうのはデピス王国王都だ】
【で、何か不安があるんだよね?】
【そう。貴族によるクーデターだ。王都に着いたらまず情報収集だ】
【心配のしすぎだとは思いますが……】
そのようなことを話しながら、俺たちはオプロト大森林に向かう。朝になるまでオプロト大森林の魔物から魔力を奪い続けるつもりだ。
経験値は生物を殺さなくても手に入ります。文字通り経験が蓄積されるので。
<貨幣について>
金貨1枚=銀貨100枚
銀貨1枚=銅貨100枚
銅貨1枚=鉄貨100枚
5/21 訓練所に行く前後のペルシオとギルドマスターの会話を変更しました。以前はペルシオはギルドに入った時点でフードを脱いでおり、すんなりと会話が進んだのですが、ペルシオを過去を考慮すると、フードをすぐにとって顔を見せる行動は不自然であるため、このような内容に変更させていただきました。
5/31 貨幣の交換比率について、金貨1枚=銀貨100枚に変更しました。




