第08話
スシローのえびバジルチーズが好きです
「へ?」
「引き寄せの魔法に見えたけど、全く魔力を感じなかった、何をした?」
そのエルフは星のように煌めく金色の瞳を興味深そうに俺へと向け、そう尋ねた。
森の人とも、世界樹の民とも呼ばれるエルフは、人間の何倍もの寿命と途方も無い魔法の力を持つ種族だ。
もしかして、俺のアイテムボックスが魔法じゃないことに気づいたのか?
別に気づかれたからどうってわけじゃないが、手の内は晒したくない。
「いやいや、大したことはなにも……」
「大したことがないわけがない、人の子、師の名前は?」
師の名前?
師なんていないけど……とにかく無知な冒険者のふりをしてなんとか誤魔化そう。
エルフなんかと関わって得することなんか一つもないからな。
「へへ、あっしはちょっとした手習いで魔法を覚えただけのケチな冒険者で、おエルフ様のお眼鏡に適うようなことは何一つ……」
「ちょっとした手習いだけで魔法を? へぇ、君は才能ある人の子なんだね」
しまった、話の持っていきかたに失敗した!
もうめんどくさいなぁ、相手してらんないよ。
「すいませんけど、これから仲間と食事がありますので……」
「食事、場所を移すの? いいよ」
「いえ、身内の集まりですので……」
「私は気にしないよ」
「こっちが気にするんですよ」
「なぜ?」
駄目だ、エルフとは感覚が違いすぎて話にならない。
彼らからすれば人間なんか喋る種類の猿みたいなもんだからな、なぜ聞かれたことに素直に答えたがらないのか不思議だなぁとでも思っているんだろう。
俺がなんと話していいものか考えていると、通りの向こうからもう一人エルフがやってきた。
「アレウス! こんなとこにいたのかよ! 勝手に出歩くなって……」
「む……」
今度のエルフは女か……一人でも対処に困るのに、二人も来るのは厄介だな。
む、女のエルフが俺の顔を見て固まっている。
俺別に、今アイテムボックス使ったりしてないよな?
「ズキモモ、私が勝手に出歩いたのではなくお前がフラフラ歩き回っていたのだろう」
「なんで……どうして……?」
「どうした? そうだ、さっきこの人の子が妙な魔法を……」
男のエルフが語りかけるが、女のエルフの視線は俺の顔に固定されたままだ。
「大袋……」
「えっ……?」
なんか嫌な単語が出た気がする。
「大袋のクシャナンドラが、なんでこんなとこにいるんだよ!!」
夕日に染まりつつあるエスキアに、エルフの女の叫びが響く。
俺は咄嗟に女の口を塞ごうと飛びかかったが……
飛びついたはずの女は、俺の手の中から煙のように消えていた。
「クシャナンドラ? それがこの人の子の名前?」
男のエルフはそうつぶやく。
顔を向けると、俺がいる場所に立っていたはずの女は男エルフを挟んだ向こう側に立っていた。
どういうことだ?
瞬間移動の魔法を使ったのか……?
「千錯万綜だ、とりあえず移動しよう。ここは天下の往来だ、人目もあるし邪魔になる」
「そーっすよ、話があるならなにか食べながらにしましょうよ」
リーナさんの真っ当な提案に、サボイの呑気な声が重なった。
俺とエルフの女は目を合わせて頷きあい、一言も喋らずに大通りへと歩き始めた。
春の夕暮れ、肌寒いぐらいの町を歩く俺の背中を、冷たい汗が走っていた。
ーーーーーーーーーー
「まず自己紹介しよう、俺はズキモモ」
「俺?」
「女じゃないのか?」
「胸あるっすよ?」
「うるさいな! 心は男なんだよ!」
移動した俺たちは大通りの宿屋の一室にいた。
さすがに俺の名前どころか『大袋』なんてゲーム知識まで持っている女が相手だ、人目のある酒場なんかでしたい話ではないからな。
サボイがぐずったので手早く食べ物や酒を買い込んできたが、未だそれらには彼女以外は誰も手をつけていなかった。
二つあるベッドのうちの一つにはエルフの男女が座り、もう一つに俺とサボイが、リーナさんはベッドの間に置かれたテーブルの脇に陣取っていた。
「私はアレウス、世界樹から来た」
「ズキモモさんは?」
「ズキモモはズキモモだよ」
ズキモモとの関係が聞きたかったんだが、アレウスは聞かれたことの意味がわからないのか俺の顔を見てにこりと笑った。
うーん、エルフってのはドワーフとはまた別の意味で喋りにくいな。
「あーあー、俺はそいつの姪なんだよ」
「姪か」
「千歳ぐらい年離れてるけどな」
やっぱエルフはタイムスケールが違うな。
「俺はクーシー、こいつは同郷のサボイ、あちらが一緒のパーティで護衛のリーナエンタールさん」
続いて俺が手早く三人分の自己紹介をすると、ズキモモは怪訝な顔で俺を睨めつけた。
「それでクシャナンドラ、お前なんでこんなとこにいるんだ?」
「なんでって?」
「馬鹿おめぇ、ほんとならお前はそろそろ王都の学園に行ってなきゃおかしいだろ」
「なぜそう思うんだ?」
「……見ろ」
ズキモモは憮然とした顔でくるりを背中を向け、シャツを捲りあげた。
産毛の一本も生えていなさそうなその背中には……俺の背中にもある、あの紋章が刻まれていた。
「伝説の輪の紋章、初めて見たぞ。まさかエルフの中に護国の戦士がいたとは……」
リーナさんは何やら感慨深げにズキモモの背中を見つめ、右手で聖印を切った。
「護国の……? ああ、そういう設定なんだったな」
「設定?」
「お前も転生者だろ? もしかして『レガリア』やってねぇの?」
話の流れが速すぎる。
ズキモモが転生者かもしれないとは薄々思っていたが、設定ってのはどういうことだ?
「ちゃんとクリアまでやったぞ、説明してくれ」
「もしかして二作目やってない?」
「二作目? 出てたのか?」
全く知らなかった。
俺、割とそういうの何年も経ってから気づくタイプだったんだよな……
「出てたぞ、一作目のファンからは非難殺到のやつがな」
「非難? クソゲーだったのか?」
「ゲーム自体はいつも通りだったけどな、一作目が何の意味もなかったって話になったのよ。戦争に勝ったはずのこの国の王都にダンジョンができてな、王城が崩壊して国が滅んじまうんだよ」
「国が滅ぶ? ダンジョンで?」
「ああ、一作目のメンバーがそれを押し返して封印するんだが、今度はダンジョンが世界中にできる。主人公たちは世界中にいる輪の紋章を持つ戦士たちを集めてそれを封印に向かうんだ」
なるほど、今度の戦いは世界だってことか。
ゲームなら結構なことだが、自分の生きてる世界の話だとシンプルに最悪だな。
「つまり、お前がその戦士の一人だと?」
「そういうこと、俺はテレポーターのズキモモだ」
テレポーター、さっきの瞬間移動は彼女の異能だったのか。
「なるほどな」
「なるほどじゃないっすよ、全然わけがわかんないんすけど」
「国が滅びるだの、ダンジョンだのと、私には虚誕妄説にしか聞こえんな」
俺は着ていたシャツを脱ぎ、皆に背中を見せた。
「輪の紋章!? クーシー、どういうことだ?」
「クーシー様、伝説の戦士だったんすか!? めちゃくちゃ弱いのに……?」
おいサボイお前……まあいいか。
「俺とそこのズキモモは同じ紋章を持つ同志で、その力でこの国の未来をある程度知っているんだ」
「さっきの妄言が真実だとでも言うのか?」
「多分、そうなります」
リーナさんは俺の言葉にしばらく考え込んでいたが、ぶるっと首を振って俺の目を見た。
「判断がつかないから、今は忘れておくことにする」
「それでもいいです」
そりゃあそうだ。
俺だっていきなり人からこんなこと言われたら、未来よりも相手の頭を心配するもの。
サボイは「あたしもそうするっす」と言ってテーブルの上の料理をつまみ始めた。
気楽な奴だ。
俺は塩辛そうな料理を頬張るサボイに水を与え、ズキモモへと向き直った。
「でだ、俺たちが出会ったのはたまたまだが、テレポーターの俺とアイテムボックスのお前、初めて出会ったのがサポートキャラ同士だぞ。これってなかなか運命的な出会いだとは思わないか?」
「今日はちょっともう衝撃的なことが多すぎてよくわからん、できたら続きは明日以降に話したいんだが……」
「まあ聞け、俺たちにはアドバンテージがある。今聖教歴993年だから原作開始まではあと一年もないだろうが、二作目の開始まではまだ五年ぐらいあるんだ」
「だから?」
「備えておかないか? 俺とお前で」
「備える?」
「ダンジョンができれば、今でさえちぐはぐな世界は完全に分断される。沢山人が死ぬぞ、人間だけじゃない、西の世界樹の耳長も、北の穴蔵の地虫共も、南の大山脈の豚共も、みんな滅茶苦茶になる」
ズキモモは端正な顔の右側だけを歪ませて笑い、だから……と続けた。
「俺たちが今から食料を、人を、戦力を集め、この世紀末を乗り越えて……作らないか?」
星を散らしたように、人間離れして美しい彼女の瞳は、あまりにも人間的な感情に満ちていた。
俺はこの目を知っている。
前世の上司の目であり、今世の父の目であり、兄の目でもあり、もしかしたら俺の目でもあるのかもしれなかった。
「何を?」
恐る恐る聞いたその問いに、ベッドの上にあぐらをかいて座った彼女は不敵に笑った。
そうだ、彼女の瞳に灯った感情は、真っ赤に燃え上がる野心だ。
ズキモモは、まるで皇帝のように手を広げて、野心を剥き出しに続けた。
「俺たちの王国をさ」
追放されて流れ着いたエスキアの、ありえないぐらいボロい宿屋の、一番いい部屋。
すえた匂いの立ちこめるその中で、俺は自分の人生を激流の中へと飲み込むであろう女と対峙していたのであった。
やっと話が動き出しました




