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第04話

「そこなお二人、拙者は騎士リーナエンタールである! 拙者と組めば報酬の四割で道中の安全確実、家庭円満、幸運到来、立身栄達間違いなしである! いかがか?」


「リーナさんおはようございます、今日もよろしくお願いします」


「よろしくっす」


「うむ!」



あれから一週間、俺とサボイは毎日リーナさんをパーティに入れてコロナドの北の森へと入り続けていた。


死にかけたのにまた行くのかよって感じだが……


俺のアイテムボックスの中にいくばくかの金があるとはいえ、仕事をしないと待っているのは破滅だ。


一本一本の仕事が安い下級冒険者に休みはない、蓄えがないまま冬を迎えると餓死するからだ。


生活基盤のない冒険者はとにかく冬に弱い、冬は動物もいなきゃ商隊の護衛もあんまりない、経済活動がピタッと止まるからな。



「今日も鹿か猪を追いかけよう、見つけたら俺が矢を射かけて仕留める。リーナさんはその護衛、サボイは周囲の警戒。リーナさん、それでいいですね?」


「いーっすよ」


「無論」



剣も振れない冒険者二人と、剣以外何もできない冒険者、凸凹トリオの狩りが今日も始まった。


コロナドの北にある森はあまり深くない明るい森なのだが、狼が出るので普通の町民が立ち入ることはあまりない。


もちろん狼の討伐依頼はギルドへと常に出されているのだが、未だ被害の一切なかった年というのはないらしい。



「昨日辿った獣道へもう一度入る」



三人とも、無駄話はしない。


野生の獣は人間の気配に敏感だ。


草が押し開かれて歩けるようになっている拳ほどの太さのか細い道を、ゆっくりとゆっくりと辿っていく。


狼ならまだリーナさんが倒せるかもしれんが、蛇に噛まれたら本当にまずい。


血清なんかないのだ、素早く毒を吸い出して毒消しを飲んでも、何日も生死の境を彷徨うことになるだろう。


もちろん足回りは何重にも布を巻いているが、関節部分に来られたら牙が通るかもしれない。


いつの時代も、どんな世界でも、蛇は人間の天敵なのだ。



「糞だ、鹿だな……」



獣道の木の根元にコロコロした黒い糞が一塊(ひとかたまり)に残されていた。


鹿の糞は兎のものよりもほんの少し長い俵型だ、この知識はサボイから習ったものだ。


俺はアイテムボックスからナタを取り出し、糞の落ちている木の周りの藪を広く払った。


しゃがみ込んだところに蛇が来たらお陀仏だからな。


一応木の上もよく確認し、しゃがみ込んで指先で糞を潰す。


柔らかく、暖かい、新しい糞だな。



「多分近くにいる」



二人の方を向いてそう言うが返事はなく、頷きだけが返ってきた。


仕掛けていたくくり罠にかかっていてくれればいいが、そうじゃなきゃ運任せだな。


そう考えならがじわじわと獣道を辿ること十分、鹿は突然現れた。


藪を漕ぐ俺達の目の前を、飛び跳ねるように走り抜けていった。



「あっ……」


「クーシー! 前だ!!」



走り抜けた鹿に気を取られた俺の体に、物凄い勢いで何かがぶつかった。


地面から足が離れ、ふわっと宙に浮く感覚の後、背中には地面の硬さが、胸の周りには燃えるような痛みが襲いかかってきた。



「アオオォォォーン!!!」


「コボルドだっ!! サボイ! 下がれ!」



俺を体当たりで撥ね飛ばし、空気を震わす咆哮を放ったのは……


人身獣面の化け物、コボルドだった。


前にギルドで情報を聞いた時はもっと離れた山の方にいるって聞いたのに!


俺が痛みに声も出せないでいるうちにリーナさんは素早く剣の鞘を払い、コボルドの持つ石斧と打ち合いを始めていた。


筋骨隆々なコボルドはリーナさんよりも少し背が低いのに、凄まじい手数で彼女を圧倒しているようだ。


ガギッ、ガギッと剣に石が当たる音が響き、フーッ! フーッ! という獣のような息遣いまで聞こえてくる。



「クーシー様! 大丈夫っすか!?」


「立てない、引っ張り上げてくれ!」


「とりあえずちょっと離れましょう!」



リーナさんとコボルドが打ち合っている現場から近すぎる俺を、サボイが襟を掴んで引きずって移動してくれた。



「やばくないっすか!? あれ!」


「やばいに決まってんだろ!」



サボイに肩を貸されてなんとか立ち上がったときには、コボルドは肩から血を流しながら息を乱していた。


血をダクダク流しながら弱々しい声で吠えているが、相手をしているリーナさんは涼しい顔だ。


さすがは姫騎士リーナさんだ、あの屈強なコボルドの連撃を無傷で捌いて反撃まで加えるとはな……


俺の方は肋骨がやられてるみたいでめちゃくちゃ痛いんだが、根性でなんとか足を動かす。



「矢、射てます!」


「距離が空いたらやれ!」



そう言って敵の石斧の下を潜ってかわしたリーナさんは、「ふんっ!」という気合の声と共にコボルドの腹へ前蹴りを食らわせた。



矢の雨(アローレイン)!」



シュドドドドドド!!っと重い音が響く。


前蹴りでわずかにのけぞったコボルドの胸に、俺のアイテムボックスから解放された矢が二十本ばかし突き刺さったのだ。


コボルドは一瞬何かが喉に詰まったように首をすくめて、真っ黒い血を吐き出して仰向きに倒れた。


俺たちはそいつが完全に動かなくなるまで、無言でそれを見守っていたのだった。




ーーーーーーーーーー




帰り道は大変だった。


多分折れているであろう肋骨の痛みに耐えながら歩いては休み、歩いては休み、最終的にはリーナさんに背負われて町へと入った。


ポーションがあれば……とも思うが、そんなもん買えるわけがないし、魔法使いの治療を受けようにもそういう便利な魔法を使える人間は然るべき場所に囲われているものだ。


俺だって魔法のように便利な異能を持っているが、俺じゃあ商家への就職も難しいだろう。


俺の能力の便利さと、俺の信用は全く別の話だ。


実家の名前も言えないのに学や能力だけあるなんていういわく付きまくりの人間に、大事な商材を預けられるわけがない。


コネ抜きでできる仕事なんて、それこそ誰がやってもいい冒険者の仕事ぐらいのもんなのだ。



「いだだだだ」


「頑張れ、もう少しでギルドだぞ」


「そうっすよ、今日頑張ったら明日はゆっくり休みましょう」


「明後日からいきなり仕事は厳しそうだけどな……」



苦悶の表情を隠しきれないままギルドへ入った俺たちを受付で迎えたのは、いつものやる気のなさそうな坊主のオッサンだった。



「どうした? いい顔してるぜ」


「はぐれコボルドにやられたんだよ! ありゃあ山の方にいるんじゃなかったのかよ!」


「そりゃあ日が経てば移動もするだろ? で、どうなった、逃げてきたか?」


「速戦即決、倒してきたぞ」



リーナさんが得意気にそう報告すると、オッサンはちょっと驚いた後に歯が出るぐらいの笑顔を見せた。



「おおほんとか、やったな! どこらへんだ? 後で人をやって調べるから」


「それには及ばず、そのまま持ってきた」


「そのまま?」


「討伐証明とかわかんないから、とりあえずそのまま持ってきたんだよ。どこで出せばいい?」


「おお、じゃあ裏に回ろうか」



オッサンの案内でギルドの裏にある獲物の解体場に向かい、俺はアイテムボックスからコボルドの遺体を取り出した。



「おお、本当にコボルドだ。さすがは魔法使い様だな」


「ほとんどはリーナさんがやったんだ」


「ま、そうだろうな。コボルドなんか使いみちないから、このまま埋めるぞ」


「わかった」



俺はコボルドの死体に向かって目をつむり、手を合わせた。


仏なんて概念はこっちにはないが、死んだら仏だ。


俺みたいによその世界にそのまま魂が飛んでいかなきゃいいな。



「しかし、このでかさのコボルドを丸々運べるたぁなかなかやるもんだな。さすがは伯爵の息子ってとこか」


「調べたのか?」


「フラっとやって来た貴族の魔法使いだ、調べない方が不自然だと思うがね」



まあ、そりゃあそうか。


俺がギルド側の人間だったとしても俺みたいな人間は調べるわな。


オッサンは解体場の人員に何かを言付けてからギルドに向かって歩き出し、付いてこいとばかりに顎をしゃくった。


骨が折れているからだろうか、春の太陽がやけにぎらついて見えた。


サボイに片側から支えられるようにして、俺はオッサンをゆっくりと追いかけたのだった。

急激に寒くなってきましたね、皆様どうか体調にはお気をつけください

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