第02話
コロナドの冒険者の朝は早い。
冒険者御用達の激狭激安の宿の一室で目覚め、寝坊がちな隣のサボイの部屋のドアを蹴飛ばしてから身支度を始める。
身支度といっても鎧を着たりするわけじゃない、地味な野良着に帽子を被ってブーツの上から脚絆を巻くだけだ。
鎧も一応実家でアイテムボックスに突っ込んだものがあるけど、それはつけない。
俺の体力でそんなもんつけてたら、いざという時に走れないからな。
アイテムボックスからの矢の掃射技さえあれば狼や猪の一匹や二匹ならなんとかなるだろうが、俺は冒険をしないのが冒険者という稼業の鉄則だと考えている。
狼は群れで動いているだろうし、猪には矢が通らないかもしれん、想定外があっても打ち破ればいいと考えて行動したら多分俺もサボイもあっという間にあの世行きだろう。
「ふわぁ~、クーシー様~、起きましたよ~、ご飯食べましょうよ~」
「ああ、今行く」
ドアを開けたら、ぼっさぼさの頭で眠そうな目を擦るサボイがいた。
「お前目やについてるぞ」
「あい~」
サボイを部屋に招き入れ、昨日買っておいたパンと、陶器のカップに入った量り売りのスープを手渡す。
アイテムボックスの中に入れていたから、パンもスープもほかほかだ。
「便利っすねぇ~魔法ってのは」
「おい、パンくずをポロポロこぼすなよ」
厳密には魔法じゃないんだけど、多分本職の魔法使いにだって魔法と異能の違いはわからんだろうな。
まあ、魔法でも異能でも使えりゃ何でも一緒だ。
俺はサボイのこぼしたパンくずに右手をかざして、アイテムボックスの中に吸い込んだ。
吸い込みながら、くあっとあくびが出る。
小さい小さい明り取り用の窓から外を見ると、今日も快晴のようだ。
物欲しそうに俺のパンを見つめるサボイの口に半分に割ったパンをねじ込み、拳一つ分ほどの空を見ながら薄いスープを喉に流し込んだ。
ーーーーーーーーーー
「そこなお二人、拙者は騎士リーナエンタールである! 拙者と組めば報酬の四割で道中の安全確実、家庭円満、幸運到来、立身栄達間違いなしである! いかがか?」
「いや、いいです」
「リーナさんおはようっす」
毎日ギルドにやってくる人に声かけを続けている謎の女騎士リーナさんをやり過ごし、俺はサボイを酒場の椅子で待たせて馴染みのギルド職員のオッサンの窓口へと赴いた。
ここじゃあ昔何かで読んだ宿屋の依頼板のように、依頼の紙が壁に貼っつけてあったりはしないのだ。
そんなことしたって誰も文字なんか読めないんだからな。
「お前か、今日はカラス退治はないぞ」
「えっ? なんで?」
「そりゃ毎日毎日カラス狩ってりゃあいつらもここらがやばいって気づくだろ、しばらくは農家も安泰だな」
「やりすぎたか……」
よく考えれば俺たちがコロナドの街に来てからこの二週間、毎日毎日カラスを狩って、焼いて、食ってきたからな。
カラスは頭のいい動物だ、危険を察して消えたんだろう。
「そういう言い方は良くないな、ちゃんと仕事をした結果ということだろ」
「他に仕事は?」
「鹿、猪、狼、なんでもござれだが……お前におすすめの仕事はこれだ」
そう言ってオッサンが俺の前に差し出したのは、ギルドの依頼受注表だった。
「なになに、はぐれコボルドの討伐? こんなもんできるわけないだろ」
「お前噂によると魔法使いなんだろ? こんぐらい狩れないのか?」
「どんな噂なのかは知らんが、魔法ってのは何でもできるわけじゃないんだよ。俺たちには手に余る仕事だ」
コボルドというのは、要するにちょっと小柄な狼男の事だ。
大規模な森林の中で独自の文明を築いて生活しているらしいのだが、時折こうしてはぐれものが人間の支配圏に足を踏み入れてくる。
剣を持っているとか、弓矢で人を射たとかって話も聞くし、噂では魔法を使うやつまでいるらしい。
普通は草級の次の石級冒険者達が五人組とかで当たるような危険な相手なのだ。
オッサンは無理を言った自覚があったのか、気まずそうに無精髭の生えたあごをポリポリとかいて、受注表を引っ込めた。
「わかった、冒険者としてお前たちは正しい」
「わかってくれればいい」
「そこな御仁、拙者と組めばコボルドなどは鎧袖一触であることは明々白々、好機到来、気炎万丈である。今なら報酬の四割で手を打とう、いかがか?」
「いりません」
「リーナお前人の話に割って入ってくるな、どっか行ってろ」
「意気消沈……」
いきなり俺たちの話に割り込んできたリーナエンタールさんは、オッサンに窘められ肩を落としてギルドの入り口へと戻っていった。
「あの人って正直どうなの? パーティー組めてるとこあんまり見たことないけど」
俺がオッサンにそう小声で聞くと、オッサンも小声で答えてくれた。
「悪いやつじゃないし実力もあるんだが、戦い以外できないし、ちょっとがめついからな。ああしていつもあぶれてるんだよ」
「結構美人だから男が声かけそうなもんだけどね」
「あんな見るからに元貴族ですって女に手出すやつはいねぇよ、それにあいつの腕っぷしだけは本物だ、おっかねぇぞ」
「ま、そりゃそうか」
俺はオッサンから鹿の駆除依頼を受け、サボイを伴ってギルドを後にした。
なんとなく、騎士リーナエンタールのあのブラウンの瞳が、去っていく俺たちの背中を見つめていたような気がした。
ーーーーーーーーー
「もう腕がパンパンっすよ~、何発矢用意するんですか?」
「今日からは鹿を狩るわけだからな、森に入るんだからきちんと用意しとかなきゃ危ない」
サボイが必死に弓を引き、矢を放つたびにそれを一本一本アイテムボックスに収納する。
俺のアイテムボックスは便利で強力なんだけど、いちいち準備が大変なんだよな。
「もう力ないっすよ~」
「頑張れ、あと十二本だ」
「じゅうにって、どんぐらいっすか~?」
「お前んちの姉妹の倍だよ」
「そりゃうるさそうっすね」
毎晩毎晩枝を削って羽をくっつけて作った自作の矢はついに三百本を突破した。
散弾みたいに使うから、完全に真っ直ぐ飛ぶ必要がないからこその自作なのだが、いずれは鏃付きの矢にステップアップしたいものだ。
鳥相手ですらごくたまに刺さらない時があるからな、繁殖期の猪なんかだと脂肪が鎧みたいに硬化してるからマジで効き目がないかもしれない。
「終わったっす~!」
そう言って地面に寝転がったサボイの鼻先にご褒美の焼き菓子をぶら下げると、彼女は飛び跳ねるように起き上がった。
「これ食べていいんすか?」
「いいぞ」
「甘いっす~! 祭りでもないのに甘い物が食べられるなんて、クーシー様に付いてきて良かったっすよ~」
とろけるような笑顔の彼女に釣られ、俺もニコニコ笑顔でアイテムボックスから取り出したロングソードを手渡した。
「こんなの使えないっすよ?」
「使えってんじゃない、これも思いっきり投げてくれ」
切り札ってわけじゃないが、もしもの時のためのお守りだな。
昼前だというのに疲れ切った顔でロングソードを投げてくれたサボイにもう一枚焼き菓子を渡し、俺達は初めての森へと足を踏み入れたのだった。
カブのカムチェーンを交換しようとしたのですが、フライホイールプーラーをへし折ってしまいました