第15話
夏も終わりかけの頃、俺達は山道をひたすら歩いていた。
人が二人並んで通れるぐらいの緩やかな上り坂を、一歩一歩踏みしめるように登っていく。
生い茂る広葉樹の上からギャッギャッと鳴く鳥の声を聴きながら、流れる汗を服の袖で拭った。
「で、一体ここはどこなんだよ?」
「カウカル大山脈だ」
どれだけ歩いても涼し気な顔のズキモモは、なんでもないことのようにそう答えた。
「カウカル……? オークの国か!」
「オークの国って……そんなとこ行って大丈夫なんすか?」
エルフと女騎士はオークと相性最悪じゃないのか?
とは思うものの、俺とサボイ以外の三人は平気な顔。
リーナさんだけが興味深そうに目を輝かせているぐらいだ。
「人の子は心配しすぎ」
「そうだよ、オークの連中は人間よりよっぽど気がいいぜ。オークの国は俺が生まれてから一度も滅んでないしな」
滅んでないね、ズキモモ流に言えば間違いの少ない種族ってことなのかな。
「そうなのか、オークに関しては不知案内でな。ズキモモ殿、ぜひどういう人達なのか教えていただきたい」
「まあ、見た目は二足歩行の豚だわな。あいつら自分たちでは自分のこと豚とか猪って言うんだけどよ、人から言われるとめちゃくちゃ怒るぜ」
「へぇ~」
そういうのは人間社会でも結構あるよな。
エルフだって耳の形についてなんか言うとバチ切れする種族だし。
「あと人間たちもオークについてよく知らないけどよ、オークも人間のことよく知らないんだわ。なんか言われても笑って許してやれよ」
「ああ、わかった」
ていうかおっかなくてオークと喧嘩とかできないし、ヘラヘラ笑ってやり過ごすことしかできんだろ。
「あの……オークは人間のこと頭から食べちゃうって、昔母ちゃんから言われたんすけど……」
顔を真っ青にしたサボイがそう言うと、ズキモモはへっと笑って小指の先で鼻の頭をかいた。
「馬鹿だな、人間なんか食うわけないだろ。あいつらは美食家なんだよ」
「よかったぁ~」
「人の子は自意識過剰すぎ」
安堵するサボイを見て、アレウスは珍しく楽しげにクスクスと笑う。
自分が美味しいかもって思ってるのがおかし〜ってことか?
エルフの笑いのツボはよくわからんな。
「まぁ俺達オークなんか見たことないからなぁ、エルフもつい最近までは見たことなかったけど」
「そうっすよね~」
ほんとなら今頃タネットの王都で学校行ってるはずだったしな、人生何があるかわからん。
ていうか……
「あれ? そういや俺達、なんでオークの国になんか向かってるんだ?」
そうこぼした俺を見て、ズキモモはハッとしたような顔になった。
「ああ、そういやお前はレガリアの二作目をやってないんだったな。悪い悪い、オークの国にはよ、強い奴らが無茶苦茶いるんだよ」
「強い奴ら?」
「ああ、こう言った方がいいかな? オークの国は二作目の終盤ステージなわけ」
「はぁー、なるほどね。そんでその強い奴らをどうするわけ?」
「仲間にすんだよ、いつまでたってもボディーガードがリーナ一人じゃあそのうち死んじまう」
「そんなこと……」
と言いかけた俺を、リーナさんが制した。
「いや、それはたしかにその通り。クーシー達がイントラ帝国でしたことを考えれば、相当な人間の恨みを買ったのは間違いない。この先は私一人では護りきれんだろう」
「そうっすかね?」
リーナさんはお気楽そうにそう言ったサボイの頭をポンと叩いて「そうだよ」と答えた。
まぁたしかに今イントラの兵士とかに見つかっても、ズキモモのテレポートで逃げることしかできないもんな。
「人の子は気楽すぎ」
「ていうか仲間にするって言っても、そのオークの人の給料はどうすんだよ」
「そりゃ今の儲けの半分を雑費にしてだなぁ、そこから払うとかにするしかないだろ」
たしかにそれが妥当か。
これからは他の事でも色々出費も増えていくだろうしな。
でも一応、それで儲けが減る人がいる以上聞いておかないとな。
「リーナさん、給料減っちゃいますけどいいですか?」
俺がそう聞くと、彼女は苦笑して手を振った。
「今ですら自分の手で持ちきれぬほどの給金を貰っているのだ、別に構わんよ」
たしかに当時の想定の何万……じゃきかないぐらい儲けたしな。
リーナさんへの支払いだって、金貨にしたって持ち運べないぐらいの量だ。
金貨はあんまないから麦袋の現物支給になるけどな。
別に俺としては彼女にそれぐらい払っても惜しくはない。
なんの後ろ盾もない自分についてきてくれる信用できる腕っこきってのは、本来金じゃあ買えないものだからだ。
「それより一区切りついたら、一度地元に寄りたいのだが……」
「地元? どこだよ? 行ける場所なら今から連れてってやってもいいぞ」
「タネット王国のリドス伯爵領のタナン村なのだが……」
「リドスね……」
「地図」と言って手を伸ばすズキモモに、アイテムボックスから取り出したタネット王国の地図を広げて手渡してやる。
しばらく指で道をなぞりながらそれを眺めていたズキモモは、深く頷いてから地図を畳んで俺に返した。
「タナン村には行ったことないけどよ、そこから歩いて一日ぐらいの街道は歩いたことあるぜ」
「本当か? 良かった」
「クーシー、どうする?」
「もちろんだ、今すぐ行こう」
「あいよ」
次の瞬間、俺達は一面石畳でできた立派な街道の脇に立っていた。
街道はずっと真っ直ぐに進んでいて、石畳みには割れもなく排水機構もきっちりと作られている。
こんなにしっかりした街道を作るなんて、かなり内政に力を割いている領なんだな。
リーナさんにとっては久しぶりの地元だ、さぞや懐かしがっているだろうと思ってちらりと見ると、彼女の顔には困惑の表情が浮かんでいた。
「どういうことだ……? ここは本当にリドスか?」
「ああ、そうだけど。何かおかしいか?」
「おかしいも何も……こんな大きな道は一年前にはなかったのだが……」
その彼女の呟きは、街道を走る小さなつむじ風に吹かれて消えていった。
シャケ野郎!