第12話
ちょっと短いですけど、ちょうどいいところで切ります
視界の全てを覆い尽くす荒れまくった大草原の中に、一筋だけ残された人間の文明の痕跡。
そんな街道に、俺達はいた。
俺の生まれ故郷の山道がなんだか文明的に見えてくるような、かなり自然に近い道だ。
生い茂った背の高い草花は気持ちよさそうに風に揺れ、どこからか山鳥の鳴き声も聞こえてくる。
街道も砂利があるわけでもなく、踏み固められているわけでもなく、轍があるわけでもない、ただ人間一人が通れる程度の幅でずーっと草が生えていないだけ。
多分大昔の魔法使いかなんかが作った道なんだろうな。
「で、こんなとこに連れてきてどうすんだよこれから?」
ズキモモは細く長く続く街道を見つめ、形のいい爪の人差し指で先を指した。
風にたなびく彼女の薄緑色の髪も、指と同じ方向を指していた。
「この先に街がある、そこで薬を売る」
「さっきの薬か、ありゃ何だ? 時戻しって言うぐらいだから若返りの薬か?」
「その通り、ただし不完全なやつだ」
「不完全?」
「若返るには若返るんだけどな、脳の中身も若返っちまうんだよ。だから時戻しだ」
脳まで若返るってことは、記憶ごと巻き戻るってことか……
そりゃ失敗作だな、それでもいいって人も多そうだけど、俺はごめんだ。
「そいつを売ってよぉ、麦を買う」
「麦? なんで?」
「麦は邪魔にならねぇ、食ってよし売ってよし、施してよしだ。お前のアイテムボックスにありゃあ腐ることもねぇしな」
近くにあった岩に腰掛けたズキモモはごつごつした岩の上で器用にあぐらをかいて、そう講釈を垂れた。
「麦ぐらいならコロナドでも買えただろ、なんでわざわざそんな知らない町に……」
「まあ待て。時戻し、お前ならいくら出す?」
いたずらっぽい笑みを浮かべた彼女にそう聞かれて、俺はなんとなく真剣に考えた。
前世なら一千万ぐらい出したかもしれないけど、死が終わりじゃないって知ってる今の俺ならそこまで金出すかなぁ……
「俺は中身知ってるから買わないけど。本当の効果を知らない状態ならまぁ、金があれば金貨十枚ぐらいかなぁ」
ちなみにうちの国の金貨はだいたい一枚半で新卒の給料分って感じの価値になる。
多分若返りの薬はそんな値段じゃ買えないが、現実的にそれ以上金は出せないってのが俺の答えだ。
そんな俺の答えに、ズキモモは肩をすくめて馬鹿にしたように指を振った。
「金貨十枚ぐらいの価値しか見出だせないのはお前が若いからだ。年食ってる金持ちならその五千倍出す」
「金貨五万枚? マジで言ってんのか? 大きな町が一年運営できる予算だぞ」
さすがにそんな金を払う個人がいるとは思えないが……
貴族だって男爵や子爵じゃあ厳しいよな?
なんとなく、俺と一緒で貴族の出っぽい女騎士リーナエンタールさんをチラッと見ると、彼女は地面に木の棒で数字を書きながら頭を抱えていた。
うん、無理だ。
「金ってのは行くとこに行きゃ唸るようにあるんだよ、それに直接麦で払わせれば金で売るよりももっと簡単だ」
「まさか全部麦で払わせるつもりか? んなことしたら町から麦がなくなるぞ!」
俺がそう言うと、ズキモモはポリポリと眉毛を掻きながら首をかしげた。
「それが?」
「それが? じゃないだろ! 町一つの騒ぎじゃないんだぞ、食い詰めた奴らが盗賊や農奴に落ちて国が荒れまくるだろうが!」
「だからよぉ……」
いつもの悪い笑みを浮かべたまま、彼女は立ち上がって俺の真ん前に立った。
少しだけ背の低い彼女の瞳が、出会ったあの日のようにユラユラと怪しく燃えていた。
「好き放題ぶっ壊しても、誰も何にも困らん国があるよなぁ?」
「ぶっ壊してもいい国って……お前、まさかこの先の町って……」
こいつ、まさか……ゲームの敵国から、あのイントラ帝国から麦を買い取るつもりか!?
彼女の喉から「クッ」とこらえ切れなかった様子の笑いが溢れる。
「そういうことだよ。行くぞ……」
スタスタと歩き出した彼女は首だけで振り返り、困惑する俺達にこう告げた。
「相場荒らしにな」
次回は転生者回