第11話
世界樹の外縁をしばらく歩いて辿り着いたそこは、なんともこぢんまりとした店だった。
周りの建物よりも樽一つ分ほど背が低いその店には扉がなく、壁にはパチンコ屋の換金所のような小さな窓が空いているだけだ。
怪しすぎるぐらいに怪しい店だが、こんな小さい店に酒なんか持ってきて意味あるのか?
「ここは特別な店でな、世界樹中のいろんな店と一度に取引ができるんだよ。ここまでダラダラ歩いてきたのもこの店に来るための手順だったんだ」
「中にお前みたいなのがいるわけ?」
「エルフにはそういう魔法があんだよ」
なんでもありだな、エルフ。
まあ樹の上に町まで作っちゃうわけだし、色んな技術持ってないとやってけないか。
「おーい! ギリアム!」
ズキモモが小窓をゴンゴン拳で叩くと、小窓が一瞬開いて中から目のでかい男エルフが顔を覗かせ、また閉まった。
……と思ったらまたすぐ開いて、さっきのエルフが小窓から首を突き出すようにしてズキモモに顔を向けた。
「おいっ! ズキモモじゃねぇか! いつ帰ってきたんだよ!」
「さっきだよ」
「ゆっくりしていけんのか? 後ろの人間たちはなんだ? 友達か? 友達だろ? 友達だよな?」
「まあこいつらは俺と運命を共にする仲間ってとこだな」
「運命!? そりゃどういう意味だ? いやらしい意味じゃないよな? 友達だよな? な?」
必死すぎだろこいつ。
なんか会うエルフ会うエルフ全員キャラが濃くて、前まで持ってたエルフの神秘的なイメージとか、ここ数日で全部なくなったなぁ……
そんなキャラの濃いエルフ筆頭であるズキモモは店の壁によっかかり、小窓から出たエルフの頭をポンポンと叩いた。
「こいつギリアムってんだよ、俺んちの近所に住んでたガキでさ。一応幼馴染って事になるのかな」
「友達だよな? そこの男は友達だよな? 恋人とかじゃないよな?」
なんでギリアムの言うことガン無視すんだよ、かわいそうだろ。
「おいギリアム、お前も挨拶しろよ」
「挨拶の前に事実関係をはっきりさせよう! お前らどういう関係だ? アレウス! アレウース! どうなんだ? 教えてくれ! アレウース!」
思いっきり名前を呼ばれたはずのアレウスも、ポカンと口を開けたまま空を眺め、彼の言うことをガン無視している。
俺が聞きたいよ。
こいつら一体どういう関係なんだ?
「おいクーシー、あの酒出せよ」
「ああ」
「クーシーっていうのかお前! 異種族愛は良くないぞ! 非生産的だ! 子供が生まれないんだぞ! やめとけやめとけ!」
凄い勢いで喋り続けているギリアムの言葉を丸っきり無視して、ズキモモは小窓から突き出た彼の首の真下に酒樽を置いた。
「なんだこの酒? お前の結婚の引き出物とか言い出したら受け取らんからな! いやらしい!」
「ギリアム、これが四十樽あるからよ、全部時戻しの薬に変えてほしいんだよ」
「時戻し? 時戻しって言ったか? あの失敗薬か? あんなもんどうすんだ? お前が飲むのか? 俺は許さんぞ!」
「飲まねぇよあんなもん。色々使い道があんだよ」
「使い道? 使い道ってなんだ? まさかお前、本気でその人間とどうにかなるつもりか? そのための時戻しか? 許さんぞ! 俺は!」
なんとなくエルフの二人がこの男をスルーしている理由が見えてきた気がした。
多分この人と真面目に話してると全然話が進まないんだな。
「いいから早く仕事しろよ! 時戻しなんかどうせ売れないんだから、安くしろよ」
とうとうズキモモに頭をはたかれたギリアムは「ちょっと待て」と言って窓からワインの樽を店内へと引き込んだ。
不思議なことに、彼の顔がギリギリ出る程度のサイズだった窓はワインの樽の大きさに合わせてぐにゃりと形を変え、通り抜けるとまた元の小窓へと戻ってしまった。
やっぱりエルフの技術力ってのは凄いなぁ。
「ズキモモさん、なんであの人の言う事無視するんすか? かわいそうっすよ」
そうサボイが聞くのに、ズキモモは耳をほじりながらあまり興味がなさそうに答える。
「ああ、あいついっつもまくしたてるばっかりでさ。いまいち何言ってるかわかんねぇから、あんま話ちゃんと聞いてねぇんだよ」
か、かわいそうすぎる……
あんなにもアピールしてるのに……
「たしかにギリアムは昔からうるさい子だった」
「だよなぁ、こっちが一話す間にあいつ十ぐらい話すんだもん」
過ぎたるは及ばざるが如しってことなのかな。
かわいそうに、人の十倍愛を囁いても届かないんだな。
ズキモモが特別人の話を聞かない奴だってのもあるんだろうけど。
「ズキモモ! この酒は悪くもねえが良くもねえ! 甘く見て二級品ってとこだ! でも第二階層のミレーヌ婆さんが引き取ってもいいってよ!」
「それでいい。クーシー、出してやれ」
「お前ら距離が近くないか? もっと離れた方が良くねぇか? 年だって釣り合い取れないぞ? お前の事を思って言ってるんだぞ?」
俺は何かの念仏のように切れ目なく喋り続けるギリアムを一旦放っておいて、彼の前にアイテムボックスからワインの樽を一つづつ出していく。
「いいか、あいつは昔からデリカシーのない女なんだ。人間の感覚じゃあとてもついていけるような女じゃない。お前のことを思って言ってるんだ」
彼はそれを店の中へ引き入れながらも、とにかく喋り続ける。
ここまでくるともうあっぱれだが、なんてったって重量級の荷物を四十個を運びながらの事だ……
さすがの彼も、全ての酒を店へと運び込んだ時には息も絶え絶えになっていた。
「いいか……お前……ズキモモ……あいつは……」
「お前いつまでくっちゃべってんだよ、さっさと交換してくれ」
「ちょっと……待て……息が……」
そんなに苦しいなら黙ってゆっくりやればいいのに。
ギリアムはぜぇぜぇ言いながら、店の奥から持ってきた十袋ばかりの薬包を小窓へと出した。
ズキモモはそれを一つ開き、中に入っている茶褐色の薬の匂いを嗅いで、にやりと笑った。
「おいクーシー、仕舞っとけ」
「あいよ」
「もう行くのか? 実家には顔出したか? 行きづらいんなら俺が一緒に行ってやろうか? そうだ、お前の好きなプルガダの干物がつい最近入ってきたんだ……」
「助かった、また来るよ」
ズキモモが彼の言葉を最後まで聞くことはなかった。
俺たちは一瞬のうちに、世界樹の上から見知らぬ土地へとテレポートしていたからだ。
スマホが壊れて体調も崩し、ラインのトーク履歴をバックアップするの忘れて消してしまいました
寒い季節ですので皆様もお気をつけてお過ごしください