第10話
なんか切るとこがなくてちょっと遅くなりました。
また視点は主人公たちに戻ります。
契約はこうだ、ズキモモと俺で儲けは半々。
俺の儲けの二割をリーナさんに渡し、サボイには小遣い。
アレウスはズキモモ陣営だから、その報酬はあっちで解決するということになった。
そう決まってからは、話が早かった。
まず俺の持っているフェンドラ産の布を売りに、エスキアよりもはるか西にあるグリンジ辺境伯の土地へと飛んだ。
そこで布を売り払った金で名物の陶磁器を仕入れ、エスキアの町に戻って売却。
その金で今度はエスキアの町の酒蔵から、ワインをあるだけ買う。
こういう稼ぎ方、昔歴史系シミュレーションゲームでよくやったなぁ。
実際に自分でやってみると、びっくりするぐらいに金になるものだ。
この一連の稼ぎで俺の資産は数日前の十倍以上に膨れ上がっていた。
「ふぅん、エスキアなんかど田舎もど田舎だと思ってたけど、酒は田舎の方が美味いもんだな」
各地を回って稼ぎまくってきた俺達は、常宿にしているエスキアの宿屋に今日も帰ってきていた。
この宿はボロいけど広いし鍵もかけれるし、安い割にはそこそこ客層もいいしで重宝しているのだ。
そんな宿屋の穴の開いた床に、でんと置かれたワインの樽からカップで掬った中身をがぶ飲みし、ズキモモはケラケラと笑った。
いつもと同じように無愛想な顔のアレウスも彼女の隣でワインを飲んでいて、彼女の言葉にコクコクと頷いている。
エルフってのは酒好きなのか?
「あたしお酒って駄目っす、あんなの美味しくないっすよ」
「リーナさんは?」
「美酒佳肴もいいが、今は護衛の仕事中だ」
「別に宿の中だし、いいんじゃないですか?」
「急に壁を突き破って曲者が現れたらどうする」
そんな事が起きたらシラフでも駄目な気がするけど、そういう心構えを崩さないのが彼女のやり方なんだろう。
「クーシー様、次は酒じゃなくてお肉を買いましょうよ」
サボイはそう言って、楽しそうにワインをがぶ飲みするエルフ二人を恨めしそうな目で見つめる。
別に自分たちで飲み食いするために買ってるわけじゃないんだけどな。
俺がふてくされたサボイの前に西のグリンジで買ったオレンジを出してやると、彼女は「わぁ!」と目を輝かせて、分厚い皮のあるそれをそのままかぶりついた。
「おお、アテだアテだ」
「人の子、こっちにも出して」
酒飲み二人にも催促されたのでオレンジを四つ出し、一つは酒を我慢しているリーナさんに手渡した。
お酒はだめでも果物ぐらいならいいだろ。
「なんだこりゃ、甘くも酸っぱくもないな」
「美味しくない」
「そうっすか? こんなに甘いのに」
「うむ、いいポポナナだと思うが」
エルフどもには言われたい放題だが、品種改良されてないフルーツなんかこんなもんだろ。
こっちの世界じゃフルーツは酸っぱさや渋さよりも甘味が勝ってりゃそれで上等って感じなんだ。
「エルフ様の口には合わんかもしれんがな、これはこれでもこの国では有名なご当地フルーツなんだぞ」
「へっ、こんなもんありがたがってる奴に世界樹の実を食わせてやりてぇよ」
「そんなもんと比べんな」
世界樹の果実なんかこっちじゃ希少すぎて、王族が必死に求めたってドライフルーツすら手に入れらんないんだよ。
「世界樹の実ってどんな味なんすか?」
「美味いぞ、梨みたいな食感のマンゴーだな、人間が食えば寿命も伸びるし」
「梨ってなんすか?」
「天の国の果実だよ」
ズキモモがそう嘯くのに、サボイは目を輝かせている。
梨ぐらいなら、天の国と言わずとも探せばどっかにあるかもな。
「お前らワインはそれぐらいにしとけよ、売りもんなんだぞ」
「物を売るには商品をよく知らなきゃいけないだろ、こいつを売りつけるのはエルフなんだぜ?」
「は? エルフ?」
全く悪びれずにそう言ったズキモモは、カップの底でワイン樽をコンと小突いた。
「こいつは明日、世界樹へと持ち込む」
「世界樹って、入れるのか? 俺たち」
「構いやしねぇ、世界樹に住んでるのはエルフだけじゃないしな」
「そうなのか……」
彼女はもう一杯ワインを掬い、鼻先に近づけて香りを嗅いだ。
「世界樹ってのは上に上に伸びてるからな、こういう水物ってのは上階層じゃ値が張るのよ」
「このワインを売って、何を買うんだ?」
「明日の楽しみにしとけ」
そう言ってニカっと歯を見せて笑ったズキモモは、カップの中身を一息に飲み干した。
ーーーーーーーーーー
翌日、俺達はズキモモの転移魔法で世界樹の上にいた。
木の上に住むというぐらいなんだから明るくて開放的な場所を想像していたんだが、いざやって来てみた世界樹の上はまるでスラム街のような雰囲気だった。
「なんでこんなに薄暗いんだよぉ……」
「そんなに薄暗いか? まぁ暗くても魔法灯がそこかしこに付いてるから困らんぞ」
「人の子は大げさすぎ」
そう、世界樹の上は薄暗く、雑然と入り組んでいて、全く洗練されていなかったのだ。
太陽の光を奪い合うように背の高い木造建築の建物が立ち並び、どこにいても世界の果てのような世界樹の幹が見え、まるで崖の下の町みたいだ。
よく考えたらそうだよな。
木の葉っぱは太陽光を効率的に集めるように生えるんだから、その内側に町なんか作ったら、ずーっと薄暗いよな。
なんか、夢が崩れたな。
こんなことなら外から見てるほうが良かったよ……
「何で落ち込んでんのかしらねぇけど元気出せよ、これ食え、世界樹の伝統料理のフガ蒸しだ」
ズキモモから手渡されたそれは、葉っぱの切れ端に包まれた白い餅のようなものだった。
「これ、なんだよ?」
「温泉饅頭みたいなもんかな? まぁ材料は聞かないほうがいいぜ、木の上で採れるもんだからよ」
ケケケっと笑うズキモモの様子に一抹の不安を覚えながら、俺は白い餅に齧りついた。
ほんのり甘くて、八割青臭い。
「草っす」
「草だな」
俺と一緒にフガ蒸しを口に入れたサボイとリーナさんも微妙な顔。
味覚も違うし、俺達は世界樹には住めそうにないな。
座り込んでいた俺の横を荷車を牽いたエルフ達が通ると、地面がゆらゆらと揺れた。
これもなぁ、辛いよなぁ。
太すぎて大地のような枝と枝との間に、無理やり板を張り巡らせて作られた地面は人が通るたびにギシギシと揺れ、どうにも落ち着かない。
エルフ達は平気そうな顔で歩いているが、これって板を踏み抜いたら下に落ちるんじゃないのか?
「いつまでへたり込んでんだよ、行くぞ」
「ここってさぁ、こんなに揺れてて落ちたりしないのか?」
「そうっすよ、地面がふわふわしてるんすよ?」
「大胆不敵に行きたいところだが、どうにも落ち着かんな」
「人の子は大げさすぎ」
「この板の下は固定のために蔓が張り巡らしてあるから、運が良けりゃどっかにひっかかるだろ」
そう言ってスタスタと歩きだす地元民の二人を震える足で追いかけ、世界樹の内側から外縁に向かって歩いていく。
細い路地を抜け、怪しい飲み屋の中を歩き、よくわからない薬品のようなものを扱う問屋街の狭すぎるアーケードをカニ歩きで攻略する。
そうやって外側へ行くに従ってだんだん家の高さが低くなっていき、自然と周囲の明るさも増していく。
心なしか町並みも、雑然としたものから計画された美しいものへと変わっていっている気がする。
「なんか内側と外側で全然雰囲気が違うっすね」
「外側は賃料が高いから金持ちばっかり住んでんだよ、その割に台風やらなんやらでよく家が壊れるからな、小綺麗に見えんのさ」
うへぇ、世界樹にも賃料とかあるのか……いや、そりゃまあ当然あるか、人が住んでんだもんな。
なんだか歩いている人達も内側の人達よりも上等な衣服を着ている気がするし、なるほどさっきまでいた内側は本当にスラム街だったのかもしれないな。
「ていうかなんでずっと上り坂なんだよ、しんどいよこの土地」
「しゃーないだろ木の枝の上に町作ってんだから、外に向かって上がってんだよ。これでもこの階層はかなり緩やかな方なんだぞ」
「人の子はひ弱すぎ」
「クーシーは足腰が弱いからな」
ひどい言われようだ。
俺だって実家を出てからはかなり運動してるから、ちょっとずつ体力もついてきてるんだぞ。
「もうちょいで見晴らしが良くなるぜ」
「そりゃあ良かった、俺はもう綺麗な景色よりもバス停が見たいとこなんだけどな」
「あるわけねぇだろ」
「バス停ってなんすか?」
「天の国の建物だよ」
ニヤニヤした顔でそう言うズキモモに、サボイは「そーっすか」と露骨に興味をなくした様子で答えた。
こいつ、基本的に食べ物の話しか興味ないんだな。
それからもズキモモに町の案内をされながら緩やかな坂道をずーっと登っていると、ある地点で急に景色が開けた。
強い日光に心を引かれて坂道を走り抜けると、そこには想像を絶するような眺めが待っていた。
俺達が辿り着いた世界樹の一番外縁の百メートルほどには一切建物がなく、樹下に広がる広大な大森林と、白い雲がすぐそばに見える空が混じり合う、とんでもなく雄大な景色が広がっていた。
巨大な世界樹の葉の隙間から入ってくる日光が板張りの地面をキラキラと照らし、そこに寝そべったり座り込んだりして日光浴をしているエルフ達まで含めて絵になる光景だった。
「まさに風光明媚、素晴らしき景色だな!」
「凄いっすねぇ~」
「これこれ、これだよ世界樹に求めてた景色ってのは」
「おーおーはしゃいじゃって、さっきまで文句たらたらだったくせによ」
「人の子は単純すぎ」
感動して足を止めた俺達を置いて外縁に向かってスタスタと歩いていったズキモモは、まるでスポットライトのように人一人分を照らす日の光の下に立った。
そこでくるっとこっちを振り向いた彼女は、光を孕んでキラキラと輝く薄緑色の髪の毛を首の動きだけで払って手を広げた。
「どうよ、世界樹は? なかなかいいもんだろ?」
「ああ、いいとこだ」
「来れてよかった、いい経験をさせてもらった」
「これで飯が美味けりゃもっと最高なんすけどね」
俺達の言葉を聞いて満足そうに頷いた彼女は不敵な笑みを浮かべ、手のひらを上に向けた左手で外縁の道を指し示した。
「じゃあ、行こうか。観光は終わり、商売の時間だ」
ごうっと吹き抜けた突風が彼女の長い髪を揺らし、俺達の足元もそれと同じようにギシギシと揺れ動いていた。
世界樹の上の町の木材は、死ぬほど太い世界樹の小枝で賄われています