王都の転生者達
王都の転生者達とお兄ちゃんのお話です
「はぁ!? あんた誰よ! クシャナンドラは!?」
「だからさっきも申した通り、某はサガトラ・フェンドラと申すものだが、貴女は?」
「私はねぇ……!」
「待て待て! 落ち着け主人公!」
「話せばわかる! 話せばわかる!」
華の王都の学園で、輪の紋章持ちの顔合わせ会は大混乱に陥っていた。
私たちがゲーム世界にゲームキャラクターとして転生してから十五年、満を持してゲームの舞台である学園にやってきたのは良かったんだけど、気づけば周りも全員転生者。
家同士で関わりのあるキャラクター達は自分以外にも転生者がいることをもっと早く知っていたらしいんだけど、私は知らなかったから本当にびっくりしたんだもの。
そんな中、執り行われた聖教会主催の輪の紋章持ちの顔合わせ、そこに一人だけ転生者じゃない人間がいた。
そう、一作目の一番人気にして、二作目に出てくるテレポートエルフに次ぐ便利キャラ、クシャナンドラがよく似た別人に入れ替わっていたのよ!
「やばくね?」
「あれ多分兄貴の方だよな、設定に名前だけ出てきたやつ」
周りの転生者達も落ち着かない様子でざわめいているようね。
クシャナンドラのそっくりさんに食って掛かっていた主人公は、周りの人達に抑えられて強制的に後ろに下がらせられたみたい。
そりゃあ、転生者でもない相手に平民があんな話し方してたらまずいわよ。
輪の紋章持ちだから斬首とまではいかないまでも、面倒くさいことになるのは間違いないわ。
しょうがないわね。
ここは彼と同じ身分の伯爵家の出である私が少しでも情報を引き出さないと……
「よろしいかしら? 私、ジクマ伯爵家の嫡男でジャグラスキルと申しますの」
「ジクマ伯爵家の……って、うわっ!」
私が背中側から声をかけると、振り返った彼はドラゴンかバジリスクでも見たような顔になって、驚きの声を上げながら何歩か後ずさった。
失礼しちゃうわ、乙女のことを何だと思ってるのかしら。
「き、君は男じゃないのか!? なぜ女物のドレスを……?」
「あら、着ちゃいけないかしら?」
彼の緑の目はドレスを持ち上げる私の大きな胸に向いてるみたい、視線が熱くて火傷しちゃうわ。
「男が女物の服を着て、化粧をする……こういうのが王都の流行りなのか?」
「やだ、流行りとかじゃないわよ、普通よ普通、ねぇ?」
「「「ねぇ〜っ」」」
私がそう問いかけると、私と同じように神様のいたずらで男の身体に転生してしまった淑女達が声を上げた。
そういう風に生まれちゃったものはしょうがないんだもの、好きなように着飾ることぐらいは当然の権利よ、ねぇ?
「ジャグラスキルさぁ……お前、原作じゃ一番マッチョな不良だったんだから、もうちょっとイメージをさぁ……」
「原作?」
「あらやだ! なんでもございませんのよ、オホホ」
空気を読まないお馬鹿さんが話しかけてきたけど、ちょっと肩を触っただけで壁際まで離れて行っちゃった。
「うわっ! リグラスッ! 生きてるかっ! リグラース!」
「全身を強く打ってる! 回復っ! 主人公ー!」
こんなところでふざけてるから転ぶのよ。
ちょっと触っただけなんだから、ケガするような吹っ飛び方するわけないじゃない。
魔法キャラっていちいちオーバーでやぁねぇ。
「なんだか私だけ知らないことがあるようなのだが……」
「あらそんなことないのよ、ここにいる人のほとんど、学園に来てから知り合った人ばっかりなんだから」
「それならばいいのだが……」
そう言いながら首を振るサガトラさんはちょっとオトナな雰囲気で、少年漫画の主人公みたいだったクシャナンドラとはまた違った魅力がある感じ。
これは転生者としても私個人としても、打ち解けて仲良くならないとだめね。
「王都にはもうお慣れになって? もしよろしければ案内して差し上げましょうか? 私、学園に入る半年前からこちらにいるから色々詳しいわよ」
「い、いや……遠慮する。いらない」
まあ、照れちゃって。
まだ十五歳だもの、素直になれないね。
「学園でなにかお困りのことはない? 私そこそこ顔は利きますから、なんでも気楽におっしゃってね」
「ああ、すまない。ありがとう」
そんな会話をしていると、外野から小声で「早く家族のこと聞けって」と文句が入る。
もう、せっかちね。
「そうそう、サガトラさんは、お兄さんか弟さんかはいらっしゃって……?」
「兄弟……?」
そう呟いて固まった彼は、周りを見回してからちょっとだけ不機嫌そうな表情を見せた。
「そうか、合点がいった。ここにいる皆は我が愚弟クシャナンドラを待っていたということだな」
「まぁ! それじゃ弟さんがクシャナンドラさんなのね」
この世界のクシャナンドラの中の人って、良くも悪くも有名なのよね。
やりすぎ内政チート野郎として……
やりたくなるのはわかるんだけど、平民レベルの噂話で国中に名前が知れ渡るような大改革はやりすぎよねぇ。
うちのパパも領地の平民が「うちのお貴族様は何もやってくれないのか」って騒いでて困るって言ってたし、色んな所に影響が出てるんじゃあないかしら。
困った子ですこと。
まぁ、今サガトラさんが代理で来てるのは、活躍しすぎたから実家に重宝されすぎて王都に出てこれなくなったってところかしらね。
それぐらいなら聖教会に圧力をかけてもらえば……
「貴君らが何を望んでいたのかはわからんが……我がフェンドラ家はクシャナンドラを追放した。あの愚弟に関してはもう我が家は関知しない」
「えっ?」
彼が部屋中を見渡して放った言葉は、私が想像もしていなかった言葉だった。
あのクシャナンドラを追放?
領地を持つ貴族にとって福の神みたいな異能を持つ息子で、それも仕事熱心すぎるぐらい仕事熱心すぎる男を……?
フェンドラ家って一体何を考えてるのかしら?
「はああああああ!? クシャナンドラを追放!?」
「マジかよ!?」
「追放って……やばくねぇか?」
「あいつがいないと成り立たないイベントだらけだろ……」
サガトラさんの言葉が伝わっていくにつれ、部屋中がどんどん騒然としていく。
さすがにそれはちょっとやばいのよね。
創世のレガリアってゲームは主人公以外のキャラクターは割といなくてもなんとかなるのだけれど、クシャナンドラだけは絶対にいないとまずいわ。
というか原作じゃあ最初から仲間にいて解雇もできないぐらいの特別扱いキャラだったわけだし、こんな事想像もしてなかったし。
「ねぇサガトラさん。弟さんの行き先、ご存じないかしら?」
「知らん! 関知せんと言ったはずだ!」
あらやだ、怒らせちゃったかしら。
「探そう! まだフェンドラ周辺にいるかもしれない!」
「冒険者ギルドに当たれ!」
「やべぇよ……やべぇよ……」
転生者達が走り回る中、私は憮然とした顔を隠さないサガトラさんに微笑みかけながら尋ねた。
「ちなみにサガトラさんは何か得意な事ってあるのかしら? ほら、世の中でこれは自分にしかできないだろうな〜ってこととか……」
「そう特別なことはないが……剣では負けたことがないが?」
サガトラさんがアイテムボックス持ちって線もなさそうね。
あら、これってほんとにやばいかも。
実家や子飼いの者を動かすために一斉に部屋から飛び出していく転生者達の流れに乗るため、私はサガトラさんに優雅なカーテシーを見せた。
彼はこの日最後まで、一人だけなにがなんだかわからないような顔をしていた。