第01話
よろしくおねがいします。
「クシャナンドラ、お前を追放する! 王家の槍と謳われた当家に、貴様のような腰抜けはいらぬ!」
俺の15歳の誕生日の一ヶ月前であるこの日、呼び出されてやって来た父の執務室に、年子の兄であるサガトラの大声が木霊した。
いきなりすぎる話に呆気に取られる俺を、父と兄は憎々しげに睨みつけている。
ここは異世界、タネット王国はフェンドラ伯爵領。
その領都フェンドラにある、名前もそのまんまのフェンドラ城だ。
そしてここは日本で事故でくたばって転生してきた俺の、この世界での実家でもあった。
「追放ってそんな急な……」
「急ではない! お前は一体、これまでの人生で何をしてきた?」
「え? 何が?」
急にそんな事を言われても、兄にキレられる心当たりがなかった。
俺は俺なりに、家のために色々とやってきたはずだ。
「これまでの人生で、何か貴族としての役目を果たしたのかと聞いている」
「役目……って、俺結構色々やったろ? 水車作ったし、千歯扱きだって作った、お陰で民はずいぶんと楽になったと……」
その言葉を言い切らぬ内に、苛立った様子で近づいてきた兄は俺の胸ぐらを乱暴に掴み、俺の体を宙に釣り上げた。
息苦しさにもがきながら見上げると、二十センチも背丈の違う兄の、緑色の冷たい瞳と視線が合った。
「まだそのような事を言っているのか。本当にわかっていないのか?」
「お、俺は……この領を良くしたろ? きちんと働いたじゃないか……」
この世界に生まれてから、我ながら結構よくやった方だと思っている。
戦に忙しくて領地にまで気の回らない兄や父に代わって、領地を良くしようと色んな事をやってきた。
麦の収穫量も増やしたし、適当だった戸籍も領都だけだけど把握したし、流行り病の犠牲者だって減らした。
割と八面六臂の活躍だったはずだ。
兄や父も、口には出さないまでも俺の頑張りを認めてくれていると思っていたのに……
「そんな事は貴族の働きではない! 貴族の働きとは槍働きのことだ! 民を護り、国を護り、誇りを護るのが貴族だ! 民がいくら肥えようが、負けて奪われれば全て同じことだ!」
そう、俺が思っていたよりも、この世界の貴族はずっとスパルタンな存在だったらしい。
兄に乱雑に床へと放り出され、背中を打った激痛で息が詰まった。
「もう一度問おう。お前は今まで何をしてきた?」
たしかに、子供の頃からずっと言われてきたことではあった。
貴族は戦が本分だ、貴族は卑賤な銭など数えない、貴族たるもの学など自らの名前を書ける程度で十分である、なんて。
そんな父や兄、家臣団達の脳筋な薫陶を、さすがにそれは言いすぎだろうとあれこれ理由をつけて受け流してきた。
それは認める。
認めるが、まさか実家を追放されるほど悪い事だとは思っていなかった。
俺はどうせ戦えないんだから、戦以外の事で家に尽くせばいいと、そう考えていたんだ。
「……った、戦いは……向いてないんだ……俺は……」
兄の鋭い蹴りが脇腹に入り、胃の内容物が一気にせり上がる。
俺は兄に背を向けて、吐瀉物で床を汚した。
そう、俺に戦いなんてできるわけがないんだ。
俺はそんな野蛮な世界に生きてこなかったし、クシャナンドラに戦う才能がないことは最初からわかり切っているんだから。
「なぜだ」
キーンと鳴る耳に、兄の冷たい声が響く。
彼は這いつくばる俺のシャツを背中からまくりあげ、そこにある輪の紋章を手でなぞった。
「なぜお前のような弱い男に、この紋章が出た」
知らないよ。
なんで……なんで俺はこんな世界に来ちまったのかなぁ。
「クシャナンドラ、こちらを見ろ」
俺が必死に息を整えながら振り向くと、兄が金糸で細かな刺繍を施されたシャツを脱ぎ捨てるのが見えた。
中肉中背でふにゃふにゃの俺とは違って、大きく高く、見るからに硬そうな彼の体は巌のように鍛え上げられている。
その体をくるりと回転させ、兄は俺に背中を見せた。
そこには、俺の背中にある輪の紋章とよく似た紋章が彫り込まれていた。
「伝説にある護国の戦士を示す輪の紋章であるが……その役目、軟弱者のお前に代わって俺が引き継ぐ。安心して野に下れ。お前は以後、フェンドラ家の名乗りを禁ずる」
そう告げた兄がパンパンと手を鳴らすと、部屋の外に控えていた兵士たちが俺のそばへとやって来た。
「連れて行け」
兵士たちに左右から抱えられた俺は、釣り上げられた宇宙人のように宙に浮いたまま部屋から連れ出された。
父からも、兄からも、別れの言葉がかけられることはなかった。
罪人のように引き立てられ、私物に手を付ける間もなく、俺は着の身着のままで粗末な馬車に乗せられて生まれ故郷を追放されたのだった。
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「はぁーっ……」
「坊っちゃん、そう気を落とさんで。あなたには才能があるんだからいくらでもやり直せますよ」
「そうっすよ」
「あー、ああ、そうだな……」
俺を領都の隣町へと送る粗末な馬車の持ち主である農夫やその娘が、さっきから気を使って色々と話しかけてくれるが、気もそぞろでろくに返事も返せずにいた。
大きく見えていた城も子供の頃から走り回った町並みもあっという間に遠ざかり、今や目に映るものといえば畑、山、畑、ときどき家でまた畑だ。
「あぁ、この先どうなるんだろう……」
「坊っちゃん、とりあえずは冒険者になってみちゃあどうですか? 冒険者っちゅうのは身分も出自もなーんも問わんって聞いたことがあります」
「冒険っすよ」
「ああ、冒険者ね」
そういう自分の身の振り方のようなミクロな先の事ももちろん心配なのだが、俺が今一番心配なのはもっとマクロな事、この国のこれからの事だった。
俺……いや、クシャナンドラというキャラクターがいなくなったこの国が、一体どうなるのかという事だ。
実は、どうやらこの世界は俺が前世の日本で姉にやらされたテレビゲームの世界と同じ世界らしいのだ。
『創世のレガリア』と呼ばれたそのゲームは、いわゆる乙女系ゲームというやつで、なかなか難易度の高い戦略シミュレーションとしても有名なゲームだった。
護国の戦士を示すという輪の紋章を背負った主人公である平民の女が、国中の貴族が通う王都の学園で恋愛したり強大な敵国と戦ったりするという話だ。
そのゲームの中で主人公の仲間として出てくるのが、主人公と同じ運命と輪の紋章を背負った男達なのである。
要するに攻略対象なんだが、その一人が俺、クシャナンドラだったのだ。
「クシャナンドラさ……あ、いや、えーっと……」
「いいさ、俺はこれから名前をクーシーと改める」
「クーシー様ですね……いい名前だと思います」
「そうですよ、短くて呼びやすいっす」
そう、だっただ。
高名な武門の家に生まれたのに戦う才能皆無の荷物持ちキャラ、大袋のクシャナンドラは今死んだのだ。
彼はいわゆる初期加入のお役立ちキャラで、その異能であるアイテムボックスで主人公パーティの兵站を支える役目だった。
いくらレベルを上げても他のキャラクターの十分の一程度の成長しかしないクソザコな彼を戦いに使う人はいなかったから、戦力ダウンってことはないだろうが、それでもこれから先何が起こるのかは読めなくなった。
あのゲームはバッドエンドがえげつなかったのだ。
王都の王城と学園は焼かれ、主要メンバーが皆殺しにされて終わる。
これまでの俺はそのエンドを避けるために少しでも国力を上げようと……いや、待てよ?
そっか、俺もう貴族じゃないんじゃん。
敵国の奴らだって別に化け物じゃないんだから、普通の平民まで殺しまくったりはしないはずだ。
ていうか最悪ゲーム本編が始まったら外国に逃げてしまえばいいのだ。
そう思うと、暗く沈んでいた気持ちがどんどん上向きになってきた。
家も家族もなくなったが、俺にはクシャナンドラの異能がある。
金は稼げばいい、家は建てればいい、家族だって作ればいいんだ。
いっちょやってみようじゃないか。
「よしっ!」
「どうされました?」
「いや、まぁ、追放されちゃったのはしょうがないし、元気だして前向きに生きようかと思ってね」
「そうですね、沈んだ夕日は戻せないとも言いますし。その方がいいですよ」
「そうっすよ、夕日っす」
せっかく拾った二度目の人生だ。
明るく生きなきゃな。
俺はガタガタ揺れる馬車の上でゆっくりと体を伸ばすと、荷馬車の上にゴロンと横になった。
一眠りしようかな、などと思う間もなく、俺は気づいたときには眠りに落ちていた。
春の太陽は優しく俺を照らし、暖かな風は髪を揺らす。
一緒に乗馬の練習をしていた幼き日の兄が、夢の中で俺の頭を撫でた気がした。
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隣町の入り口に到着した馬車は、俺と娘を残してそのまま領都へと戻っていった。
「お前、なんで残ったんだよ」
「あー、父ちゃんにですね、クーシー様のお世話をしてあげろって言われたんすよ」
俺と同い年ぐらいの農夫の娘は、焦げ茶色のポニーテールの先をちょいちょい触りながらあっけらかんとそう言った。
こいつ、俺が二度と故郷に戻れない身分だってこと、ちゃんとわかってるんだろうか?
「お世話って何だよ?」
「貴族の方は服の脱ぎ着だって自分でやれないから、一人じゃ生きていけないだろって言ってたっす」
「さすがにそこまで箱入りじゃないって……」
とはいえ、たしかにそういう人はいるかもしれない。
うちの兄貴とかマジで銭金を毛嫌いしてたからな、一人じゃ宿にも泊まれないかも。
「ていうか、お前はいいのかよ? このまま俺と来たら故郷には戻れないんだぞ」
「いいんすよ。うちの家女六人姉妹なんで、五女のあたしは家にいても変なとこに嫁に出されそうな感じだったんすよね~」
「それでも俺みたいなのについてくるよかいいだろ」
俺がそう言うと、彼女は不思議そうな顔をして、一本歯の抜けた前歯でニコッと笑った。
「クーシー様だって捨てたもんじゃないっすよ。水車とか、でっかい櫛とか、クーシー様が作ったもので暮らしが楽になったって、父ちゃんもそりゃあ感謝してました」
「捨てたもんじゃないって……」
言い方はあれだが、気持ちは嬉しかった。
俺がこれまでやって来たことは人の役には立っていたんだと、そう思えたから。
「まぁいい。俺についてくるってんなら、お前にもちゃあんと報いてやる」
「むく……なんすか?」
「いい暮らしさせてやるってことだ」
「毎日飯食わしてくれるってことですか?」
「毎日? 当たり前だ。二食、いや毎日三食食わせてやる」
「えっ!? 毎日三食っすか? お祭りでもないのに、やっぱお貴族様は豪気っすね~」
少しぐらいは俺が食糧事情を改善したとはいえ、やっぱりこの世界の食糧事情は悪い。
農夫の娘も背が低くてガリガリだ。
「飯ぐらいはこの俺に任せておけ、腹いっぱい食わせてやる」
「マジっすか!?」
着の身着のままとはいえ、俺は元貴族のアイテムボックス使いだ。
金も物もそこそこ入れてある、こいつをしばらく腹いっぱい食わせる程度の甲斐性はあるのだ。
「それでお前、名前は?」
「あたし、サボイっす」
よし、サボイだな。
ここから、この二人から成り上がりを始めようじゃないか。
「よしサボイ、俺についてこい。まずはあの町でひと稼ぎだ」
「冒険者っすね!」
「行くぞ!」
俺とサボイは小さな町に向かって意気揚々と駆けた。
街道の周りの畑の青々と実る麦が、俺たちを応援するように風に揺れていた。
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「そこなお二人、拙者は騎士リーナエンタールである! 拙者と組めば報酬の五割で道中の安全確実、家庭円満、幸運到来、立身栄達間違いなしである! いかがか?」
「いや、まだいいです」
「見ない顔だねお二人さん、あたしティラン。鍵開けできるよ、一日銀貨二枚でいい、石級以上のパーティならどこでも行くよ~!」
「いや、まだいいです」
サボイと二人でやってきたコロナドの町の冒険者ギルドは、もう夕方だというのにえらい喧騒だった。
組む相手を探して声をかけてくる連中や、酒飲んで爆笑してる連中、それに何やらカードで遊んでいる連中なんかでごった返している。
俺は声をかけてくる連中をいなして、空いていた受付窓口の椅子に座った。
ちなみに一応舐められないように、背中にはアイテムボックスから取り出したロングソードを一本背負っている。
こんな重たいもん俺には振れないが、まあ見せかけだ。
「なんだい?」
受付のあんまりやる気のなさそうな坊主のオッサンがそう言うのに、俺は自分と後ろのサボイを親指で指した。
「俺とこいつ、冒険者になりに来た」
「なんだ新人か、何ができる?」
「ちょっとした狩りぐらいなら」
やったことはないが、俺にはアイテムボックスがある。
やってできないことはないだろう、多分。
「鳥は狩れるか?」
「鳥にもよるけど」
「ここらへんじゃあだいたい冒険者ギルドに依頼がある鳥はクチブトガラスだよ。最初のうちはそいつを狩るといい、鳥は反撃してこないからな」
「ありがとう、やってみよう」
「はいはい。後ろの嬢ちゃんは?」
「こいつは荷物持ちだ」
「ここいらは森の外でも時々狼が出るし、戦えない人間連れてちゃ危ないぞ?」
「一人ぐらいなら守れるよ」
「へぇへぇ、ほんじゃまあこの魔道具のここの枠に自分の血で名前書きな。一人ずつだぞ」
あんまり興味もなさそうにそう言って、オッサンは針と一緒に銀色の箱を出してきた。
一抱えもあるような四角い箱で、金の線で名前の枠が囲ってある。
俺は針で人差し指に傷を付け、枠の中にクーシーと書き込んだ。
「書いたよ」
「はいはい」
オッサンが銀の箱をゆすると、何かが中でコツコツ当たる音がする。
箱の蓋がゆっくりと開かれると、中には「コロナド」という地名と俺の名前が刻まれた若草色の金属板が入っていた。
「はいはい、クーシーくんね。これは昔の偉い魔道士が作ったもので、依頼を受けていくとだんだん色が変わって等級が上がっていくから頑張ってな」
「これってなくしたら?」
「なくすな、と言いたいとこだけど時々なくすやつがいるからなぁ。そんときゃ最初からやり直しかな」
「へぇ~」
「後ろの子もさっさと書いて書いて」
「サボイ、お前文字書けるか?」
「書けるわけないっすよ」
「そりゃそうか」
俺はサボイの指をペンのように使って代わりに文字を書いてやり、オッサンはさっきと同じように箱から緑のカードを取り出してサボイに手渡した。
「これでお前らは冒険者だ。今日はもう仕事ないけどよ、食いっぱぐれたくなきゃなるべく朝に来たほうがいいぜ」
「ああ、わかったよ」
じゃあな、と言いながら銀の箱を持って引っ込んでいくオッサンを見送り、今夜の宿を探しに出ようとした俺たちの前に、壁のように立ちふさがる者があった。
冒険者ギルドの一角にある酒場スペースから千鳥足で現れ、俺とサボイの行く手を阻む影。
「おいおいおい、緑の階級章じゃんか」
「おやおやおや、じゃあこいつら新人かよ」
「こんな弱そうなルーキー久しぶりに見たぜ、冒険者ギルドも寒い時代になったよなぁ」
それは見るからに酔っ払っている、人相の悪い先輩冒険者達だった。
その男たちは三人とも屈強な体を持ち、剣を帯びており、鋭い眼光でこちらを見据えていた。
まずいな、こういうの何て言うんだったっけな?
テンプレ展開……だったか?
ぶっちゃけこのまま殴りかかられたら成すすべもなくやられるだけなのだが、俺は一応彼らに対して身構え、ロングソードの柄に手をやった。
正直背中に吊ったこと自体が初めてなので、抜けるかどうかも怪しいのだが、こうしないとハッタリにもならないからな。
そんな俺の肩に、ほんの一瞬のうちに一番背の高い男の手が置かれていた。
「お前……そんな剣抜けないだろ?」
どうやら俺の虚しいハッタリは気づかれていたようだった。
男はズイ、と身を近づけ、俺の首に手を触れた。
こいつ一体、俺をどうする気だ!?
咄嗟に体を縮込めると、男はそのまま俺の体の色んなところをぺたぺたと触り「細いな……」とつぶやいた。
「剣を持つにしても、もう少し軽くて短いののほうがいいぞ。お前重心悪くてフラフラしてんだよ」
「初心者は短槍にしろ、短槍に」
「いい剣だが、駆け出しには逆に危ないな。藪を払っているうちに怪我をするぞ」
なんだ、単なるアドバイスだったのか……身構えて損した。
「弱いうちは山に近づくなよ、熊が出るからな」
「まずは役に立つ草を覚えろ、ポーションの材料になる草は錬金術師が高値で買ってくれるからな」
「農家には気をつけろ、あいつら冒険者よりつえぇぞ」
「毒消しだけは買っておけよ」
「蛇に噛まれたらすぐに毒を吸い出せ、冒険者たるもの一人では街の外を出歩くなよ」
すっかり力が抜けてしまった俺に、彼らは好き勝手にアドバイスをし続け、しばらくしたら満足した様子で席へと戻っていった。
なんか、どっと疲れたな。
俺は酒も飲んでいないのにさっきの三人と同じようなフラフラとした足取りになって、どうにも騒々しい冒険者ギルドを後にしたのだった。
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「いたっすよ、クチブトガラスっす。あの一番背の高い木っすよ」
サボイが指差す木には、生い茂る緑の葉しか見えなかった。
クチブトガラスはくちばしまで真っ黒のでっかいカラスだ、あんな所にいられては見えるはずがない。
「どこだ? 全然わかんねぇ」
「あれっすよ、あれ、ほんとに見えないんすか?」
「お前の目が良すぎるんだよ」
このコロナドの町へとやって来て早五日、俺達は冒険者として活動していた。
俺みたいなモヤシと農夫の娘で冒険なんかできるのかって感じなんだが、意外と大丈夫なのだ。
なぜかっていうと、こんな普通の土地に冒険なんかないからだ。
この町での冒険者の役割っていうのはほとんど狩人。
人類の支配域の端にでも行かない限り、冒険者が相手にするのは害鳥や害獣、時々出るのが狼ぐらいのものだ。
もちろん街の外に絶対の安全はないわけだが、それでも割と平和に仕事ができてしまう。
まあ逆に言えば、そうじゃないと普通の人間たちが農業なんかやってられないわけだしな。
「見えないならもうあれやってくださいよ、矢がぶわって出るやつ」
「あれをやると後が大変なんだぞ」
「でも見えないんならあれしかないっすよ、多分ほっといたら今度来た時に畑の人に怒られますよ」
「しゃーないか、やろう。ここか?」
「もうちょい右っす」
俺が伸ばした右手を木へと向けると、サボイがそれをちょいちょい動かして微調整をする。
「いくぞ。矢の雨!」
俺がそう叫ぶと、木に向けた手の先からあんまり勢いのない鏃のない矢が五十本ぐらい飛んでいき、刺さった矢でハリネズミのようになったクチブトガラスがぼとりと落ちてきた。
これは別に、俺がそういう魔法を使ったってわけじゃない。
飛んでいる矢をアイテムボックスに取り込んでおいたものを、ただ開放しただけだ。
仕組みは簡単。
俺のアイテムボックスは、温かい物を温かいまま保存できる。
物が温かいということは、分子の振動が大きい状態だということ。
つまり、物の動きをそのままに保存できるということは、飛ばした矢や投げたナイフをそのまま保存しておけるということなのだ。
「さすがっすねぇ~クーシー様の魔法は」
「準備が大変なのは知ってんだろ。俺矢拾ってくるから、血抜き頼むな」
「了解っす」
俺は木の後ろへと回り込み、自作の矢を拾い集める。
矢っていうのは自分で買ってみると驚くほど高いのだ。
こんな大味な使い方をするのにいちいち武器屋の矢を使う余裕はない。
俺が再利用できそうな矢を拾って戻ると、サボイはもう半分ぐらい捌いたクチブトガラスを棒にくくりつけて担いでいた。
「クーシー様、そろそろ畑に報告に行きますか? あたしもうお腹すいちゃったっすよ」
「まあ今日は三羽も狩ったし、そろそろ帰るか」
「このカラス焼いて食べましょうね、麦食べてたカラスですから、きっと美味しいっすよ~」
「こんな臭い肉食うなよ、もっといいもん食おうぜ」
クチブトガラスの肉はなんていうか、脂がなくて後味が臭い。
俺は一口食ってからは食材として見るのをやめたのだが、サボイは食えれば何でもいいとばかりに毎日嬉しそうに焼いて食っているのだった。
「駄目っすよ、食べれるものを食べないなんて神罰が下るっす」
「俺はいいから、お前全部食えよ」
「いいんすか?」
「俺はもうカラスは一生食わないことを女神に誓ったんだ」
「誓ったんじゃあしょうがないっすね」
ニコニコ笑うサボイと俺はカラス退治の依頼人の元へと向かって割符を貰い、日が暮れる前に町へと戻ったのだった。
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