予選1回戦
クロキらも、そして、もう一組の参加者たちもどうしたら良いか分からず、見合ったまま動けずにいると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「今、参加者の皆様を会場へと移動させました。さて、これから昂天祭は始まりますが、参加者数が予定を超えているため、予選を行いたいと思います」
クロキらは顔を見合わせ、そして、同じ部屋にいる別の参加者を見た。
「まず、同じ部屋にいる参加者同士で戦ってください。そして、勝者はその部屋から出て、また別の参加者と戦っていただきます。そうして勝ち残った者が本選への参加者となります」
「勝者? 勝敗はどうやって決めるんだ?」
ティムが率直な疑問を呟いた。
そんな参加者の疑問が聞こえたかのように再び声がする。
「さて、勝敗の決め方ですが、ルールはただ一つ。お互いに納得したルールで戦うこと。それだけです。その上で、決めたルールのもとで勝った者が、その戦いの勝者であると認められます」
「ルールは話し合って決めろっていうのか? それじゃあ、いつまでたっても戦いが始まらないってことも—―」
テオの疑問が聞こえていたかのように、またもや声が響く。
「なお、一戦ごとに制限時間を設けます。制限時間以内に勝敗がつかなかった場合は、勝者不在、つまり双方敗者とします。では、始めてください」
唐突な開始宣言にクロキらも、対戦相手である同じ部屋のいる参加者たちも戸惑いを隠せない。
始めに動いたのはクロキであった。
クロキは無防備に、対戦相手に向かって歩き出した。
「お、おい、不用意に近づくな、危ないぞ」
テオがクロキを止めようとしたが、クロキはテオを振り向くと、大丈夫というように手を挙げて、対戦相手に向かって歩き続けた。
ロンの国の皇帝タイソウは、齢28歳のまだ若い青年であった。先代の皇帝である父が10年前に亡くなり、18歳で帝位につくと、父、祖父譲りの政治手腕を発揮し、ロンの国を平穏に発展させてきた。
だが、若い血気盛んな青年は、武術や魔法の鍛錬を好み、武道大会を開催しては、猛者の戦いを見るのを楽しみとしていた。
そのような質であったため、長らく妻を娶ることをしてこなかったが、30歳を目前に控え、家臣の強い願いにより、このたびようやく皇后を迎えることとなったのであった。
タイソウは、いつもは長い黒髪を後ろで三つ編みにして垂らしていたが、今日は髪をほどき、皇后に椿油を塗らせながら、魔法によって鏡に映された地下遺跡の様子を、白壇の香の中でくつろぎながら眺めていた。
輝かしい装飾品に彩られた広い部屋には、タイソウと皇后、そして高齢の大臣と数人の侍女がいるばかり。婚姻の式典に参列した来賓たちは別室に集められ、そこでタイソウと同じように、鏡越しに古代遺跡の様子を見ていた。
「なぜこのようなルールにしたのか、と言ったか」
タイソウが皇后の質問に答える。
「奇襲、だまし討ち、それも一つの強さであろうし、それに嵌るというのは弱さである。駆け引きというのも戦いの醍醐味の一つである。この予選は必ず話し合いをしなければならない。つまり、駆け引きが重要となるのよ」
タイソウは、鏡を見つめる。
「ほれ、既にそのことに気付いた者がおる」
クロキは対戦相手の間合いの中に無防備に入っていく。
対戦相手は男二人に女一人という組み合わせで、その格好から、どうやらロンの国の腕自慢のようであった。
男の一人が剣を抜き、構える。
もう一人の男も、腰の剣を握り、臨戦態勢に入った。
しかし、クロキは両手を上げると、
「おっと、落ち着いてくれ、いきなり戦闘はなしだ。まずは、勝負の方法を決めなくちゃ、だろ」と言った。
テオとティム、そして対戦相手の三人もハッと気づいた。
予選のルール上、基本的にいきなり戦闘ということはあり得ない。
例え相手を戦闘不能にしても、それが敗北であるというルールで合意が得られていなければ、勝敗は決しないのである。
「あ、ああ、そうだな、勝負の方法を決めないといけないな」
対戦相手の男の一人が剣を鞘にしまいながら言った。
クロキは対戦相手三人の仕草や動きを観察し、そして、提案する。
「そうは言っても、なかなか思いつかないよな。ここはシンプルに戦うってのはどうだ?」
「そ、そうだな、制限時間もあると言ってたし、ここは、シンプルに戦って―—」
「ああ、でも、ただ戦うんじゃ詰まらないし、無駄に大きな怪我をしたくもないだろ」
クロキは、男が了承する前に、被せるようにさらなる提案をする。
「お互いにリーダーを決めて、相手のリーダーが自分の武器を身体から放したら負け、っていうのはどうだ?」
クロキの提案に、対戦相手の男はしばし考えた後、
「よし、それでいこう」
と了承した。
クロキは肩越しに親指でテオを指した。
「うちのリーダーはあの弓矢のヤツだ、実際に部隊の隊長だしな、そっちは?」
男は、仲間の二人を見ると頷き、
「俺だ、俺がリーダーだ」
とクロキに向かって言った。
その瞬間、クロキはその男の胸元に飛び込み、右肘で肘打ちをしつつ左手で男の右脇の鞘に納められた剣の柄を握った。
「なっ……」
男が驚く間もなく、クロキは男を弾き飛ばす。尻もちをついた男がクロキを見ると、クロキの手には抜き身の剣が握られていた。
男が自分の脇に差した剣を見ると、そこには鞘があるばかりで中身がない。
「これで、俺たちの勝ちだな」
そう言いながら笑うクロキ。尻もちをつきながら唖然としていた対戦相手のリーダーの男は、状況を理解すると、
「ふ、ふざけるな! まだ、始まっていない、誰も始まりの合図をしていないだろ!」
と激高した。
「おいおい、何かの合図で始まるなんて取り決めはしていないだろ」
「だめだ、無効だ、これは無効だ!」
「どうかな、そうでもないみたいだぜ、その証拠にほら」
対戦相手三人の身体が白い光に包まれる。
「あんたらの負けだとさ」
どうやらこの様子をどこからか見ていたロンの国の者――審判が、この戦いの勝敗を決したようだ。
対戦相手の姿が光とともに消え失せる。
テオとティムは事情も分からぬまま予選の一回戦を突破し、ただただ驚くばかりであった。
クロキ達が予選一回戦に勝利してしばらく経った頃、これまで押しても引いてもビクともしなかった部屋の扉が古めかしい音を立てて開いた。
どうやら予選一回戦の全てが終わったようだ。
クロキらは部屋から出て廊下に出る。
廊下は真っ直ぐと伸び、その先にまた同じような扉が見えた。
次の対戦相手は一回戦を勝ち抜いた者。さっきのように簡単にはいかないことを覚悟し、クロキらは扉を開けた。




