炎の剣VS炎の拳
シアラとモニカがともに立ち上がれなくなったとみて、リタは魔法を解除した。
体感気温が下がったが、ゴードンとリタも暑さで体力を奪われ、それぞれ自分の武器に寄りかかって立つので精一杯であった。
しかし、ケヴィンを守りながら、ひとまずはシアラとモニカを倒すことができ、ゴードンはクロキに後は託し、そのまま気を失った。
迫りくるケルベロスの真ん中の頭を足場にしてクロキは跳び上がり、空中を回転しながらマックスの頭部に向かって蹴りを放つと、マックスはただの棒きれとなった槍の柄で蹴りを打ち落としたが、クロキの影から迫るディックによって槍の柄は真ん中で切断され、無防備となったところを目掛けてディックが剣を振り上げる。
「フレイムソード・スラッシュ!」
剣を包む炎がひと際大きくなり、ディックは剣を振り下ろした。
大きな炎がマックスを包む。
誰もがマックスは倒されたと思った。しかし、突然クロキとディックが吹き飛ばされる。
口から煙を吐きながら、全身から炎が立ち昇らせるマックス。軍服の上着は燃えて塵となり、マグマのように赤黒く色づいた大きな筋肉が露となっている。
全身を炎で包むマックスの固有魔法—―セルフエスティームであった。
マックスが強く踏み込む。
先ほどとは段違いの速度でディックとの距離を詰め、炎を纏った拳の連打をディックに叩き込む。
ディックが剣で受け流しながら炎の拳をかわしていると、横からクロキがマックスの背後に回り込み、マックスに刀を向けたが、マックスは片手をクロキに向け、手の平からファイアー・ボールを放った。
クロキはファイアー・ボールの一つを刀で切り払い、残りを避けてかわすと、退くことなくマックスへと近づき、刀でマックスの背中を突こうとした。しかし、マックスを包む炎が業火のごとく燃え盛り、クロキの接近を阻む。
マックスと正面で対峙していたディックもまた、思わず距離を取らざるを得ず後ずさりしたが、背後からケルベロスがディックを襲い、ディックの肩に噛みついた。
肩のプレートを貫通してケルベロスの牙がディックの右肩に食い込む。
ディックは苦痛の声を上げるが、悶えている暇はない。
ケルベロスのほかの頭部が、涎を流しながらディックに向かって口を開き、さらに、離れた所で様子を見ていたフェルナンドが、地面から無数の水流を発生させ、ディックに向かって放った。
水流はケルベロスごとディックを直撃し、ディックは水流に弾き飛ばされる。
「あんた……何やってんの?」
ヘザーが静かにフェルナンドを責める。
「悪いね、暑さのせいで手元が狂った。次はちゃんとやるよ」
フェルナンドはそう言って、ディックを向き直った。
マックスがディックを攻め立てる。炎を纏った拳、いや、もはやそれは火の球と言っても良い。その拳は命中すれば鎧をいとも簡単に破壊してしまうだろう。
ディックはフィジカルゾーンで身体能力を強化しているが、ケルベロスによってひしゃげた鎧の右肩が邪魔をして、マックスの攻撃をかわしきれず、拳が鎧を掠める。
鎧が変形するに伴って、ディックの動きが少しずつ鈍り、さらにマックスの命中率が上がる。
その悪循環を断ち切るため、クロキはナイフをマックスに向かって投げてけん制しようとしたが、マックスを包む炎によって、ナイフは当たっても針で刺したような傷をつけるにとどまり、マックスの動きを止めることはできなかった。
そして、ついには体重の乗ったマックスの拳がディックの胸部に直撃し、ディックは数メートル吹っ飛ばされてしまった。
倒れたディックにケルベロスが襲い掛かる。クロキは直ぐにケルベロスに向かって走り出すと、跳び上がりつつブーツの踵に仕込んだ魔法石エクスプロージョンを発動させ、勢いを上げつつケルベロスの頭部に蹴りを振り下ろした。
クロキのブーツがケルベロスの脳天に直撃し、ケルベロスの頭部が地面に叩きつけられ、ディックへの追撃は阻止された。しかし、クロキが蹴ったケルベロスの頭部は気を失ったが、残り二つの頭部が無事であるため、ケルベロスは直ぐに立ち上がり、クロキに向かって炎を吐いた。
クロキはすかさずケルベロスの胴の下に潜り込むとそのままケルベロスの背後に移動し、ケルベロスの尾を引っ張った。それによってケルベロスを振り向かせ、ディックをケルベロスの視界から外そうとしたが、ケルベロスの尾の毛が毒蛇に変化しクロキに襲い掛かってきたため、クロキは尾から手を放して、距離を取りつつ、ディックの様子を確認するや、
「ディック!」
と叫んだ。
大きくへこみ、歪んだ鎧で動きにくそうにディックが身体を持ち上げた瞬間、マックスの炎を纏った脚がディックの頭部を打ち、ディックはまたもや吹っ飛ばされた。
ディックは何とか剣を支えに立ち上がったが、脳震盪を起こしており、焦点が定まらず、意識は朦朧としていた。頭から血を流しながらも未だ無事なのはフィジカルゾーンがあってこそ。もしもフィジカルゾーンを発動していなければ、頭部はなくなっていたであろう。
そのディックをフェルナンドの放つ水流が襲い、ディックを岩壁まで押し流す。
ディックは、岩壁への衝突と水を浴びたことによって、脳震盪から回復し、一度頭を振ってからマックスとケルベロスの位置を確認した。
「マックス、さすがだな……」
ディックが言うと、マックスは表情を変えず、
「ディック、お前は弱くなったな」
と言って武骨な目でディックを睨みつけた。
ディックとマックスは、訓練で何度も手合わせをしていた。勝敗はほぼ五分。だが、今、ディックはマックスに、完全に後れを取っていた。
俺は迷っているのか。
古来より迷いは剣を鈍らせるという。
マックスを、フェルナンドを、モニカを、そして、祖国を敵に回すことが正しいことなのか、実は自分の中で確信を持てずにいる。
「そうだ……そうなんだ、俺は、俺はぁぁああ!」
ディックは咆哮し、握った拳で地面を殴った。
マックスは身体を包む炎を弱めながらディックに近づくと膝をつき、俯くディックを見た。
「ディック、戻ってこい。今ならまだ、間に合う」
「マックス……」
ディックがマックスに向かって手を伸ばそうとした。
「ディーック! お前はっ、それで良いのか!」
クロキの声が海に囲まれた空間に響き渡る。
その声は、ディックがマックスに伸ばす手を自ら押しとどめるのと同時、そして、ディックが熱き感情を奮い立たせるのに十分な一言であった。
「貴様らが何をやろうとしているかは、まだ俺に分からない。だが、俺は、俺が納得しないまま、信じることができないものに付いて行けるような人間でもない」
ディックが顔を上げ、マックスを強いまなざしで見る。
「ならば! 自分自身を信じるしかあるまい。例えそれが修羅の道であろうとも」
ディックに気圧されるかのようにマックスは立ち上がり、ディックを見下ろした。
「だが、その様でどうするつもりだ。もはや勝敗は決したも同じ」
「まだだ、まだ、ここからだ!」




