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ゴードン・パーティー

「た、倒したんですか」

「ギリギリだったがな。眼窩も固いことを想定して、こいつの勢いを利用して正解だった。さすがに脳みそは普通の動物と一緒だろ」


 クロキは、熊の突進を受けたときに熊の左目に槍を突き刺していた。


 槍は脳まで達していたが、熊は直ぐには死なず暴れまわったため、クロキは熊の上に飛び乗って、左目に刺さった槍で脳をかき回し、絶命に追いやったのだった。


 クロキが槍を抜くと、白色の糸を引いて槍の穂先が出てくる。


「すまない、欠けてる」


 槍についた熊の脳や体液をクマの体毛で拭い取ると、穂先が欠けているのが見えた。


「い、いえ、良いんです。助かったんですから。奇跡です。そうだ、傷の手当てをしましょう」


 ヒースはリュックサックの中から、木箱を取り出すと、木箱に収めた薄緑色の軟膏をクロキの右腕に塗り始めた。


「滅菌効果のある薬草で作ったものです。熊の爪でできた傷でも化膿することはないと思います。背中は大丈夫ですか。それにしても、凄いですね、クロキさんは一体何者ですか」

「国のために汗水流して働いていただけさ。背中は、この防弾チョッキのおかげで骨は大丈夫そうだ」

「防弾チョッキって……やっぱり普通じゃないですよ」


 ヒースはいぶかしんだが、クロキに大きな怪我がないことを確認すると安心し、先に進むこととした。




 クロキとヒースが歩いてきたけもの道を同じように進む4人の若者。

 重装の鎧を着た茶色い髪の男を先頭にして、軽装で斧を携えた筋骨隆々の男と、マントを羽織り、太もものホルダーにナイフを装備した女、そして、ローブをまとい赤い水晶のついた杖を持った女が追随していた。


「ゴードン、さっきの動物の群れの数、ちょっとヤバくない?」


 ナイフを装備した女が、先頭を歩く男――ゴードンに話し掛ける。


「大丈夫、俺たち4人なら何が来たって大丈夫。そんな心配するなよ、アンナ」


 ゴードンはそう言いながら、ナイフの女――アンナに向かって親指を立てたが、アンナは小さくため息をついた。


「相変わらずだな。少しは慎重になってくれよ。今回のターゲットはかなりの強敵との噂だ」


 ゴードンに注意をするのは斧の男――アーノルド。しかし、ゴードンにはアーノルドの注意は聞こえないようで、ゴードンは進む道を探っていた。


「うーん、さっきの群れが来たのはこっちかな」

「ちょっと、どう見ても左の方が草が倒れてるでしょ。こっちよ、こっち」


 アンナに引っ張られ、ゴードン一行は左のけもの道を先に進み、しばらくすると木々がなぎ倒された空間に出た。


「何だこりゃ。おいおい、まさかターゲットの仕業か」


 アーノルドが倒れた木につけられた爪痕を手でなぞる。

 その傷は深く木を抉り、そして、まだ時間が経ってない。


「ちょっと、これ、聞いてた情報よりも相当デカくて強いよ。一旦戻って作戦立てなおそ」


 アンナの提案に、ゴードンは思案する。果たして退くべきか、それとも進むべきか。

 しかし、どちらの結論にたどり着くにも判断材料が足りなかった。


 そんな中、杖の女――リタが何かに気付き、前方に向かって杖を向けた。


「あれ」

「うん、何だ?」


 リタが杖を向ける方向に黒い物体が見える。

 ゴードンたちがその黒い物体に近寄ると、それは熊の魔獣の死骸であった。


「こ、これ、ターゲットよね」

「あ、ああ、そのようだが」


 アーノルドとアンナは息を飲む。

 想像していたよりもはるかに大きい個体を前にし、生きて遭遇していたことを考え、背中が冷たくなった。


「先に誰かが依頼を達成しちゃったのかな」

「いや、依頼は、ターゲットの肝臓を持ち帰ることで達成の証とするとあった。こいつには肝臓を抜き取った形跡はない」

「じゃ、じゃあさ、依頼を知らずに誰かが倒しちゃったってこと?ラッキーじゃん。うちらが肝臓を持ち帰れば、うちらの手柄でしょ。何もしないで達成じゃん」


 アンナはそう言うと歓喜し、嬉しさのあまりリタの手を取って飛び跳ね始めたが、ゴードンは真面目な顔でアンナを制する。


「いや、それは良くないな。これだけの魔獣を倒すなんて大変だったろう。その人が依頼を知らないことを良いことに、手柄を横取りするような真似はだめだ。この魔獣を倒した人に了解を得るのが筋だと思う」


 アンナは至極嫌そうな顔でゴードンを見て呟く。


「相変わらずのくそ真面目ね……」

「まあ、リーダーの方針だからな、従うさ。それに俺としては、どうやってこいつを倒したのか聞いてみたいね。目立った傷は左目だけ。どんな手練れか、連中の顔を見てみたい」


 アーノルドは、この魔獣を倒すには複数人が必要と考え、当然のように「連中」と言った。


「では、決定だな。行こう」


 再びゴードンを先頭にして、一行は魔獣を倒した者を探すため、森の奥へと進み始めた。




「あそこです、あそこ。見えるでしょう」


 岩肌がむき出しになった崖をヒースが指でさす。

 クロキは目を細めながら岩肌を眺めるが、今いち正確な場所がつかめない。


「どこだ。崖の上じゃなくて、崖の中腹辺りなのか」

「そうです、ほら、真ん中より少し上に、白いのが見えるでしょう」

「ううん、見えるような見えないような……」


 クロキは少し考えると、

「取りあえず登ってみるか」と言って、準備運動を始めた。


「それじゃあ、これを使ってください」


 ヒースは、リュックサックから滑り止めの樹脂やロープを取り出し、クロキに差し出したが、そのときには既にクロキは目の前にいなかった。


 クロキは、左の手甲からワイヤーを取り出し、崖の途中に生えている木に引っ掛けると、ワイヤーを巻き上げながらスキップするように崖を登って行った。


 そして、崖の中腹にへばりつきながら、辺りを確認し、白い小さなつぼみをつけた花を発見した。


「あったぞ。たぶんこれだな」


 その花を1房切り取り、崖下のヒースに見せると、ヒースは腕で大きな丸を作った。


「それです。さっき渡したカゴが一杯になるくらい集めてください」


 クロキは、ヒースの指示を受けて、比較的足場になりそうなところを跳び回り、次々と竜牙草を集めていく。


 ヒースはその光景を見ながら感嘆していた。


「何という身のこなしだろう。これは、そうだ、あれだ、ニンジャだ。きっとクロキさんはニンジャに違いない。ニンジャは国に仕えるらしいし、間違いない。凄いぞ、異世界でニンジャに会うなんて、僕はツいてる」


 ヒースは一人合点し、目を輝かせながらクロキに手を振った。


 クロキは、ヒースの様子に戸惑いながらも、あっと言う間にカゴ一杯に竜牙草を集め、下に飛び降りようとした。

 ちょうどそのとき、熊の魔獣を倒した者――クロキを追いかけてきたゴードンが、崖から飛び降りようとするクロキを目撃した。


 ゴードンは、クロキが崖から落ちたと思い、「あ、危ない!」と言って急に走り出し、クロキを助けようと全速力で崖下に向かって行ったが、重い鎧姿で森の中を歩き回ったためか、足がもつれて転んでしまった。


 クロキは、ゴードンの心配をよそに、仰向けに倒れているゴードンの顔の前に悠々と着地すると、ゴードンに向かって手を差し出した。


「大丈夫ですか」

「え、いや、あなたこそ大丈夫、なんですか…」


 ゴードンは崖を見上げる。

 クロキが飛び降りた位置は地上から10メートル近い高さである。にもかかわらず、その高さをいとも簡単に飛び降りたクロキに、ゴードンは驚きを隠せなかった。


「急に走りだしたと思ったら、1人で転んで、忙しい奴だな」


 アーノルドがそう言いながらゴードンのもとに駆け寄ってきた。


「お騒がせして申し訳ない。ああ、俺はアーノルドと言います。こいつはゴードン。こう見えて我々のリーダーです」

「これは、ご丁寧にどうも。私はヒース、こっちはクロキさんです」


 ゴードンが恥ずかしそうに立ち上がり、鎧についた土をほろうとヒースに尋ねる。


「あ、ええと、この辺でとても強そうなパーティーを見ませんでしたか」


 クロキの頭の中に、一瞬、クロスの掛かったテーブルとドレスがよぎるが、すぐに人の一団のことだと気付き、1人で合点した。


「いえ、私たちはここまで誰とも会っていませんね」


 ヒースは何でそんなことを聞くんだろうという顔をしながら答えた。


「そうですか。もしかして、別の方向かな」

「その方たちは、どんな人なんですか?」

「僕たちもよく知らないんですが、今通ってきた道の途中で魔獣――」

「しっ……」


 ゴードンの言葉をクロキが遮る。


 クロキは何かを感じ、周囲を警戒していた。


 クロキの次に気付いたのはリタであった。


「あれ」


 リタが杖で指す方向にいたのは、1匹の狼。


 狼は灰色の毛に覆われ、鋭い牙をむき出しにして腹に響くようなうなり声を上げている。その体躯は、クロキが元の世界で見た動物園の狼よりも一回りは大きい。


 ゴードン達が狼への対処方法を考えようとしたそのときであった。


 狼はヒースに向かって飛びかかってきた。

 しかし、ヒースはもちろん、あまりにも一瞬の出来事であったため、ゴードンたちも反応が遅れ、誰も無防備なヒースの助けに入れない。


 ただ1人クロキを除いて。


 クロキは咄嗟にヒースを蹴り飛ばすと、飛び掛かる狼の真下に身体を滑り込ませながら、真上を通過する狼の柔らかい下腹部を刀で切り裂いた。


 狼はクロキ達から離れた所に着地すると、よろよろと歩きながら下腹部から臓物を吐き出して倒れ、そのまま息絶えた。


 呆気に取られるヒースやゴードン達に対し、クロキは警戒を解かない。


 一匹だけである訳がない、間違いなく群れだ。


「あんた達は戦えるのか。だったら、手伝ってくれ。さすがに俺1人じゃ切り抜けられない」


 気が付くと、十数頭の狼がクロキ達を囲んでいた。


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