漆黒の令嬢 ヘザー
「どうでもいいけどさ」
ヘザーが口を開いた。
残る疑問を解決する余裕はなさそうだ。
なぜならば、ヘザーの膨れ上がる殺気と、そして――
ケヴィンが跳び上がりながらヘザーの背後から斬りかかる。
ヘザーが月の光を遮るケヴィンに気付き、背後を見やると、ヘザーの足元の影が盛り上がり、その影がケヴィンの剣を受け止めた。
「もう一人いたのね」
そう言ってケヴィンを見るヘザーの瞳にケヴィンは言い知れぬ恐怖を覚え、影に掴まれた剣を引き抜こうとしたが、影が剣にまとわりつき抜けない。
脚や手で影に触れることも忌避され、ひたすら両手で柄を握り引っ張っていたが、影は段々と大きさを増し、それとともに四足獣の形を象っていく。ケヴィンの剣を掴む部分が牙をむき出しの口となり、さらにその左右に一つずつ口が造られた。
2メートルは超える高さの、黒い体毛の巨躯を持つ三つ首の狼。
「フォーミング・ケルベロス」
ケヴィンは剣を加えるケルベロスの顎を下から蹴り、ケルベロスが怯んだところで剣を引き抜いて距離を取った。
「これで、全員?」
ヘザーがけだるく周りを見ながら言った。
クロキ、ゴードン、リタ、ディック、ケヴィンの五人に対し、ヘザー、シアラ、マックス、フェルナンド、モニカ、そしておよそ二十名のメソジック帝国兵という構図で対峙していた。
口火を切ったのはヘザーの作ったケルベロスであった。
ケルベロスはクロキに向かって飛び掛かり、その牙を向けた。
クロキは飛びのいてケルベロスの噛みつきをかわすと、今度は横からマックスが槍を振り回して迫って来たが、ディックがマックスの前に立ち塞がり槍を剣で受け止め、マックスを強く弾き飛ばした。
「ウォーター・フロウ!」
クロキとディック目掛けてフェルナンドが水流を放つ。
「くそっ、フェルナンド」
「ディック、すまない……」
フェルナンドは苦しそうな顔をしながらも水流は止まらない。
ディックは避けてかわしたが、クロキはディックに目配せをしながら水流の直撃を受け、水流に押し流された。
ディックは5本の指から小さな火球―—ウィルオ・ウィスプを放ち、2つでマックスを、3つでフェルナンドをけん制すると、フェルナンドは火球をかわすため水流を止める。
水流が止みクロキが着地したところは、ヘザーのすぐ横。
クロキは全身から水滴をまき散らしながらヘザーに斬りかかった。
ヘザーが一歩引くと足元の影が盛り上がり刀を受け止めた。が、クロキは影に掴まれる前に刀を引き、影の横からヘザーを突く。しかし、影はクロキの動きに合わせて形を変え、刀を防ぐ。気付けばその影は人の形を成していた。
その人型の影はヘザーを背後から抱きしめるようにまとわりつく。その頭部に目も鼻も口もないが、クロキを見ているように感じた。
「あんた、あれを見ても驚かないのね」
ヘザーはケルベロスを指して言った。
「つい最近、同じものを見たからな」
「じゃあ、あんたがベルナルドたちを倒したっていう……へえ…」
ヘザーは興味深げにクロキを眺めた。
「その中に異邦人がいたって聞いたけど、まさか、あんた?」
クロキは答えずにヘザーに向かってナイフを飛ばし、そして、斬りかかった。だが、影がナイフも刀も受け止め、ヘザーには届かない。
「良いじゃない、教えてくれても。まともな異邦人と話をしてみたいのよ」
「異邦人と? どうしてだ?」
ヘザーが微かに笑う。
「だって、私も異邦人だもの」
クロキは思わず距離を取り、目を細めた。
ヘザーの意外な告白。そして、ベルナルドが言っていた、魔法の教えを受けた異邦人とはヘザーのことだったのだ。
「連中にあの魔法を教えたのはお前か」
「せっかく人が育成したキャラを壊しちゃうなんて、酷いと思わない?」
「まるで、ゲームのプレイヤーのような言い方だな」
「そうよ、どうせこの世界は私の世界とは違うもの。私のこの力、きっと神様のご褒美よ。この世界の人間を使って、好きなことをしていいって。いずれ元の世界に帰るときがこのゲームが終わるとき」
「帰る……?」
思わずクロキは反応してしまった。元の世界に帰る方法があるというのか。
「やっぱりあんた、異邦人なのね」
「……さあ、どうかな」
クロキはそう言いながらケルベロスが襲い掛かって来るのをかわす。しかし、ケルベロスの首の毛が蛇へと変わり、クロキを追撃する。
クロキが刀で蛇を切り払おうとしたとき、ディックが炎を纏った剣で蛇の群れを一刀両断にした。
そのディックの背後からマックスが襲い来たが、クロキが素早くディックの背後に移動して槍を受け止めると、ディックが振り向き様に槍の穂先を切断した。
マックスとケルベロスに挟まれる形で、クロキとディックが背中合わせに対峙する。
「クロキ、付いてこい」
ディックの身体を一瞬白い光が包む。ディックの固有魔法フィジカル・ゾーンが発動した。
「それは俺のセリフだ」
クロキが微笑を浮かべながら答えた。
クロキと、フィジカル・ゾーンで身体能力を上げたディックは、フェルナンドの魔法をかわしながら目にもとまらぬスピードでマックスとケルベロスを攻め立てる。
銀髪眼鏡の女騎士シアラは、メソジック帝国兵の治療術師によって脚を治療し、クロキと剣を交えていたときと変わらない動きでケヴィンを翻弄していた。
一方のゴードンとリタは、モニカと彼女が率いるメソジック帝国兵に攻め立てられていた。
リタがファイアー・ウォールで帝国兵をけん制するが、遠くから戦場全体を見渡しているフェルナンドの水系魔法により炎が消し止められてしまった。
立ち上る水蒸気の中、モニカがリタに斬りかかり、リタは杖で剣を受け止めた。
「お嬢ちゃん、悪いけど私にも事情があるのよ」
「な、なんで……仲間同士で戦うの? ディックさんは――」
リタの言葉を遮るようにモニカはリタを蹴って突き放した。
さっきからディックを見ないようにしていた。きっとディックを見ると剣が鈍る。
ヘザーはモニカとフェルナンドを、いや、マックスとシアラでさえも仲間とは思っていない。使えないと分かれば当然のように斬り捨てる。必要があればこの場で殺すだろう。
「あんたに分かるわけないわ!」
モニカがそう叫び再びリタに斬りかかろうとしたとき、ゴードンが割って入り、クレイモアでモニカを吹っ飛ばした。
「あなた方の事情は分かりません。正直この状況も、どこに誰に正義があるのかも私には分かりません。……ならば、私がすべきことはただ一つ、自らの正義を信じることです!」




