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割れる海

 同じ頃。

 海が割れた、という不可思議な情報はギルバートの耳にも入っていた。

 全く理解できない情報にギルバートは無視しようと考えていたが、急いで駆け寄ってきたケヴィンがもたらした情報に戸惑った。


「なに? アトリスの使者が海に向かっただと?」


 ギルバートが聞き返し、ケヴィンは無言でうなずく。

 割れたという海に行って、アトリスの使者は何をするつもりか。どうしても知る必要があるとギルバートは考えていた。そして、アトリス共和国の使者とともにゴードンがいるに違いない。

 しかし、オウギュストとピエールを置いて、隊長たる自分がここを離れるわけにはいかなかった。


 ギルバートはケヴィンを見た。

 ケヴィンは無言でうなずく。


「すまない、頼むぞ」


 ギルバートはケヴィンの後頭部に手を当てて引き寄せると、ケヴィンの額と自分の額を合わせた。





 ゴードンが馬を御し、クロキとリタを乗せた馬車が全速力で海に向かって走る。

 徐々に民家が減り、大きな倉庫が見え、そして、倉庫の陰から海が見えた。


 そこにあったのは海面に月が浮かぶ黒い海、ではなく、沖合に向かってぱっくりと割れた海。海の壁に挟まれ、30メートルから40メートルほどの幅の海底が露となっている。

 その光景はまるで、かつて読んだ本の挿絵にあったモーゼのエジプト脱出の挿絵のよう。


 クロキとリタは目の前の光景に畏怖していたが、ゴードンは馬車の速度を緩めることなく、海の割れ目に入っていく。

 先ほどまで海の底であった地面は水分を含んだ砂であったため、馬は走りづらそうに速度を落としながら進んでいく。

 沖に向かって海底は坂になっており、ゴードンは比較的緩やかな部分を選びながら馬車を走らせた。


 少しずつ海の壁が高くなり、その高さが30メートルほどになったところで、海底の勾配も平坦となり、さらにしばらく進むと、はるか先に岩や珊瑚とは違う、明らかな人工物の姿が見えてきた。

 そして、さらに近づくにつれ、中心に三段の階段状の構造を持つ巨大な建物――ピラミッドがそびえたつ古代の都市がその全貌を現わした。

 古代都市の遺跡は、長らく海底に沈んでいたためか、海洋生物による装飾はあるが、遺跡自体はアーミル王国で見た遺跡よりも保存状態は良いように思われた。


 ゴードンが馬車の速度を緩め、停止させた。マックスの乗って来た馬車を見つけたのだ。

 クロキは直ぐに馬車を飛び降り、マックスの馬車を調べたが、マックスらはその中にはいなかった。

 遺跡の中でマックスを探すには、小回りの利かない馬車は邪魔になるため、古代都市の中へは歩いていくこととした。


「これ……」


 リタが足元を指差す。

 クロキも気付いていたが、砂の上にマックスら三人の足跡がくっきりと残っており、それは街の中心部へ続き、そして、その先にはピラミッドがあった。

 平坦となっているピラミッドの頂上で魔獣が羽根を休め、その周りを数隻の飛空艇が浮遊しているのが見える。マックスはそこにいると確信し、クロキらは真っ直ぐピラミッドを目指して歩き始めた。


 しばらく歩くとクロキらのものとは違う砂を踏む音が聞こえ、身を隠す。

 岩壁の陰から出てきたのは二人組のメソジック帝国兵。クロキらは彼らに見つからないように物陰に隠れながら移動する。

 メソジック帝国兵はその二人だけではなく、二人一組で数組の兵士たちが遺跡の中で何かを探しているようであった。


 メソジック帝国兵の目をかいくぐり、クロキらは中心部の三段のピラミッドに到着した。

 見上げると頂上ははるか遠い。一段当たり15メートルはあるだろうか。建物全体に様々なレリーフが施され、そして、往時は白かったことが偲ばれた。


 クロキは古代の人々がこのような巨大な建物を作ったことに驚きを禁じ得なかった。

 立ち並ぶ柱を見上げながらクロキらは進み、頂上に向かって作られた外側の階段を上り始めた。

 三段のうちの一段目の上に到達すると、一段目だけで奥行きが15メートルほどあり、様々な遺物が立ち並んでいた。

 クロキは二段目に向かって歩き続けたが、周囲に置かれている物の中に、岩石とは異なるものがいくつも紛れていることに気付く。

 よく見ればそれは、朽ちた樹の株であった。かつては、この建物の上にたくさんの樹木が生い茂っていたが、海底に沈み、長い年月をかけて幹の大半が失われてしまったのだろう。


 クロキらは二段目に上がり、そして、最上段への階段を上り始めた。身を屈めて、階段を這うように上り、クロキが顔だけ出して、近くに誰もいないことを確認すると、三人は素早く最上段に上って壁の残骸に身を隠した。そして、壁づたいに歩き、壁の端まで行くと、そこから中央を眺めた。


 かつてはこの最上段に大きな建物があったのだろうか。大部分は失われているが、基礎部分と壁の残骸と、そして数本の石柱が残っていた。

 その中でも比較的しっかりと建物の形を保っている入り口と思われる石の建造物の上に魔獣が止まり、その下にマックスの姿が見えた。

 マックスが話しているのは、白いローブに身を包んだ女魔術師。赤いメッシュの入った外はねの黒いセミショート。眠たげな眼に黒いアイメイクをし、黒いリップのゴシックなメイク。右耳にはいくつものピアス。

 クロキは知る由もないが、その女魔術師は破壊の七徒が一人、ヘザーであった。


 マックスは手に何かを持っており、それをヘザーの傍らに立つ、眼鏡を掛けた銀髪の女騎士に渡そうとしているようであった。

 そのとき、クロキは背後に気配を感じ、振り向き様にゴードンとリタを押しのけながら刀を抜いた。

 首に触れる寸前で刀が止まる。

 背後にいたのは、黒髪短髪の騎士――ケヴィンであった。

 ケヴィンは軽く両手を上げていたが、首に突き付けられた刀の刃をつまんでゆっくりと降ろすと、ゴードンを向き、


「ゴードン様、直ぐに引き返しましょう」


 と撤退を促した。


 ゴードンは、ケヴィンが兄ギルバートに言われて来たのだと直ぐに悟った。


「ケヴィンさん……ですが、今は依頼の最中です。このまま依頼者を置いて帰ることなどできません」

「……では、なぜここで隠れているのですか」


 ケヴィンの質問にゴードンは言葉に詰まった。


「さあ、戻りましょう」


 ケヴィンがゴードンの腕を掴み引っ張ろうとした。


「い、いえ、ですがっ……」


 抗うゴードン。

 リタは不安そうに二人を見ていたが、二人の動きが大きくなり、クロキが思わず、


「お、おい、落ち着け……」


 と二人を制した直後、ゴードンの腕が石壁に触れ、岩壁の一部が崩れた。


「……誰?」


 ヘザーがクロキらの隠れる石壁を見た。

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